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2019年10月 3日 (木)

オーストリアの狭軌鉄道-イプスタール鉄道 II

イプスタール鉄道山線 Bergstrecke Ybbsthalbahn

キーンベルク・ガーミング Kienberg-Gaming ~ゲストリング・アン・デア・イプス Göstling an der Ybbs 間 26.8km
軌間760mm、非電化
1898年開通、1988年一般輸送休止、1990年保存鉄道運行開始

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ヒューナーネスト高架橋 Hühnernest-Viadukt
 

ヴァイトホーフェンからイプス川 Ybbs の谷(イプスタール Ybbstal)を延々遡ってきたイプスタール鉄道 Ybbstalbahn は、行路の最後に分水嶺を越えて、エアラウフ川 Erlauf の谷(エアラウフタール Erlauftal)に移る。最急勾配31.6‰、最小曲線半径60mと、蒸気機関車泣かせの険しい峠道は、昔から「山線 Bergstrecke」と呼ばれ、区別されてきた。駅でいうと、ルンツ・アム・ゼー Lunz am See とキーンベルク・ガーミング Kienberg-Gaming の間で、マリアツェル鉄道の山線やヴァルトフィアテル鉄道の南線と並び称される760mm狭軌の名物ルートだった。

*注 マリアツェル鉄道の山線については「オーストリアの狭軌鉄道-マリアツェル鉄道 II」、ヴァルトフィアテル鉄道南線は「オーストリアの狭軌鉄道-ヴァルトフィアテル鉄道 III」で詳述。

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イプスタール鉄道と周辺路線図
(破線は廃線、灰色は貨物線を表す) 

ÖBB(オーストリア連邦鉄道)の一般旅客輸送がまだ行われていた頃、17.3kmあるこの区間の通過には、ディーゼルカーで40分近くかかった。それに対してクルマなら、最短コースのグループベルク Grubberg 山麓を通って、わずか15分で到達できる。そのため山線は閑散区間で、他に先駆けて1988年5月に運行が休止されてしまった。

廃止となれば、遠からず線路は撤去の運命にある。事態を回避しようと、地元ニーダーエースタライヒ州の「オーストリア地方鉄道協会 Verein "Österreichische Gesellschaft für Lokalbahnen" (ÖGLB)」が、保存鉄道化する準備を始めた。ÖGLBは1977年の設立で、ゼメリング山麓を走る同じ760mm軌間のヘレンタール鉄道 Höllentalbahn で、こうした活動を続けてきた実績がある。

*注 ヘレンタール鉄道については「オーストリアの狭軌鉄道-ヘレンタール鉄道」で詳述。

協会は、運行管理を行う「ニーダーエースタライヒ地方鉄道運行会社 Niederösterreichische Lokalbahnen Betriebsges.m.b.H. (NÖLB)」を設立し、ÖBBから線路を借りて、1990年から山線で再び列車を走らせ始めた。

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駅名標と運営主体の掲示
 

後の2010年12月に、山線を含むイプスタール鉄道全線が、ÖBBからニーダーエースタライヒ州に移管された。その際、谷線のグシュタット Gstadt ~ルンツ・アム・ゼー Lunz am See 間は廃止とされたが、このうち、東側のゲストリング・アン・デア・イプス Göstling an der Ybbs ~ルンツ・アム・ゼー間については、州との協議でNÖLBによる管理が認められた。その結果、2013年7月から山線の運行をゲストリングまで延長することが可能になった(下注)。

*注 なお、2018年と2019年は、全便がルンツ・アム・ゼーで折り返す運用になっている。

運行拠点であるキーンベルク・ガーミングにも、大きな変化があった。ここは長年、ÖBBエアラウフタール線 Erlauftalbahn の終点だったのだが、イプスタール鉄道移管と同じタイミング(2010年12月)で、シャイプス Scheibbs ~キーンベルク・ガーミング間10.6kmが廃止されてしまったのだ。それ以来、山線は標準軌路線との接続を失い、孤立線となった。ただ幸いなことに、この廃線跡はÖGLBが取得しており、将来的に山線の線路がそちらへ延伸される可能性も残されている。

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保有蒸機の一つ U1
キーンベルクの修理工場前で

2019年6月に、このイプスタール鉄道山線 Bergstrecke Ybbsthalbahn(下注1)を訪れる機会があった。その時の様子を書き留めておこう。

「エッチャーラント・エクスプレス Ötscherland-Express」の名で行われている山線の運行日は、2019年の場合、6~9月の土・日・祝日だ。キーンベルク・ガーミング(以下、キーンベルクと記す。下注2)~ルンツ・アム・ゼー間に1日2往復の列車が設定されている。

*注1 イプスタールの綴りは、hの入った「Ybbsthal」が使われている。これは1898年開業当初の綴りに倣ったもの。
*注2 保存鉄道としての駅名はキーンベルク・イプスタールバーン Kienberg Ybbsthalbahn(時刻表では Kienberg YB と略記)。

上述の通り、エアラウフタール線がシャイプス止まりになったため、保存鉄道へのアクセスは路線バスが肩代わりしている。ペヒラルン Pöchlarn 駅から、パープッとユーモラスな警笛を鳴らしながら走る旧型気動車に50分ほど揺られ、さらにシャイプス駅前でMO2系統ゲストリング行きのバスに乗り換えて17分、キーンベルク・ノスタルギーバーンホーフ Kienberg Nostalgiebahnhof 停留所が、保存鉄道の駅前だ。

*注 バス時刻表は、VOR(東部運輸連合)のサイト https://www.vor.at/ > LinienfahrplanでMO2を検索。

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ÖBBシャイプス駅
(左)鉄道連絡はここまで
(右)駅前で路線バスに乗換
 

休日はバスの本数が少ない。そのため、ノスタルギーバーンホーフ停留所に9時48分着、山線列車は9時50分発と、わずか2分のきわどい接続になっている。間に合ったとしても、駅で列車の切符を買う時間があるだろうか。バスの窓から、道路脇に続くエアラウフタール線の廃線跡を目で追いながらも、内心焦っていたのだが、すべて杞憂だった。バスは時刻どおりに走り、切符(下注)は列車内で車掌から買う方式だったからだ。

*注 残念ながら、乗車券は発行機によるレシートで、保存には向かない。

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(左)州道の脇をエアラウフタール線の跡(バラストが残る)が並行
(右)キーンベルク・ガーミング駅舎
 

本日の列車を牽くのは、濃緑色のディーゼル機関車2093 01だった。1927~28年製で、運行可能な電気式ディーゼル機関車としてはオーストリア最古のものだそうだ。最初イプスタール鉄道で使われた後、グレステン線(マリアツェル鉄道の支線)に移籍したが、1991年にNÖLBが購入して、1994年から再び古巣で保存列車を牽くようになった。古典機関車の後ろには、形式もさまざまな2軸客車が3両連なり、しんがりを緩急車が務めている。

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ディーゼル機関車2093 01
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形式もさまざまな2軸客車
 

客車はどれも満席状態だ。窓枠に予約席を示す紙が貼ってあるから、団体客が乗車しているのだろう。走り出せばデッキも混むに違いないので、早めに立ち位置を確保した。視界は、サミットであるプファッフェンシュラーク Pfaffenschlag 駅まで左側、その後は右側に開ける。

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キーンベルク駅にて
満席状態で発車を待つ
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東斜面
キーンベルク~プファッフェンシュラーク間の地形図
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

列車は定刻より10分遅れて、10時ちょうどに発車した。列車の終点ルンツ・アム・ゼーまでの所要時間は1時間15分だ。駅を後にすると州道を横断し、さっそく上り勾配が始まる。狭い谷間を流れる川や道路との間に、見る見る高低差がつく。木々の間を縫ううちに左側の谷が開けて、まとまった集落が見えてきた。これがガーミング Gaming の町で、それを見下ろす高台の駅に列車は停車する。

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(左)キーンベルク駅を後に
(右)さっそく始まる上り勾配
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ガーミング駅
(左)駅から見下ろすガーミング市街
(右)小ぢんまりした駅舎
 

山線の起点駅の名も「キーンベルク・ガーミング」なので紛らわしいが、そちらの所在地はキーンベルク村だ。エアラウフタール線の開業時、すなわちイプスタール鉄道がまだない時代に、ガーミングの入口という意味で地名を併記した駅名が付けられた。ガーミングに14世紀創設のカルトジオ会(シャルトル会)修道院 Kartause Gaming があり、名が知られていたからだ。

*注 奇しくも、ÖGLBが関わるヘレンタール鉄道の起点駅名「パイエルバッハ・ライヘナウ Payerbach-Reichenau」も、同じ構成の併記駅名。

「本」ガーミング駅のほうは町の最寄りの場所に設けられたが、今は乗降する人もなくひっそりとしている。再び動き出すと、草地の下方にその修道院の、朱屋根に覆われた伽藍が俯瞰できた。もちろん修道院の機能はすでになく、ホテルや大学の研究所として活用されているそうだ。

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カルトジオ会修道院の裏手を上る
 

再び森の中に入ると、右に左にカーブが休みなく現れる。山襞を忠実にトレースしているからだが、中でも大きな沢を渡る個所では、立派なトレッスル橋が架かり、美しい弧を描いている。一つ目が長さ94m、高さ28mのヒューナーネスト高架橋 Hühnernest-Viadukt だ。続けて2006年に設けられた同名の停留所(リクエストストップ)を通過した。5分ほど走ると、二つ目のヴェッターバッハ高架橋 Wetterbach-Viadukt(長さ79m、高さ35 m)を渡っていく。どちらも森に囲まれて見通しが利きにくいが、山線の名所なので見逃すわけにはいかない(下注)。

*注 鉄道のトレッスル橋は、オーストリアではこことシュトゥーバイタール鉄道 Stubaitalbahn にしかない。

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(左)ヒューナーネスト高架橋にさしかかる
(右)橋の南詰にある停留所
 (冒頭写真も参照)
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ヴェッターバッハ高架橋
景観はヒューナーネストと瓜二つ
 

起点の標高388mに対してサミットは699mで、差が311mもある。それで、ミッタラウバッハ川 Mitteraubach の谷を遡る約11kmの間、線路はガーミング駅構内など一部を除いて、ほとんど上りっぱなしだ。勾配は最大31.6‰(下注)とかなりきつい。ずっとデッキに立っていたので、牽いているのが蒸機だったら、今ごろは排煙で煤だらけになっていただろう。

*注 鉄道公式サイト(URLは本稿末尾に記載)の Streckenbeschreibung(ルート紹介)記事による。

起点から約40分、ようやく谷が浅くなり、森が開けて牧草地が現れた。ボーディングザッテル Bodingsattel(ボーディング谷の鞍部の意)と呼ばれる分水界だ。列車は、峠の駅プファッフェンシュラークに滑り込み、15分ほど停車した(下注)。給水の必要な蒸機と違って、ディーゼル機関車も、線路際に立つ給水塔も手持無沙汰だ。

*注 時刻表上は12分停車だが、それより少し長かった。

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(左)分水界ボーディングザッテル
(右)峠の駅プファッフェンシュラークに到着
 

乗客もみな車外に降りて、しばらくの間、山の空気を吸いながら談笑に耽る。機関車の運転台も公開され、客が次々と乗り込んでは乗務員に記念写真を撮ってもらっている。後方へ行くと、緩急車が売店に早変わりし、車掌自ら売り子をしていた。ヴァルトフィアテル鉄道でもそうだったが、人手が少ない保存鉄道では、車掌が一人何役もこなさなくてはならない。

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休憩15分、給水塔に仕事はない
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(左)運転台公開中
(右)緩急車は臨時売店、車掌は売り子に
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西斜面
プファッフェンシュラーク~ルンツ・アム・ゼー間の地形図
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

ルンツ・アム・ゼーへの下り坂も、同じように山襞に沿って細かいカーブを繰り返すが、勾配は20‰にとどまる。山麓にあるルンツ駅の標高は591mで、サミットとの標高差が100mに過ぎないからだ。通り抜ける森も東斜面に比べて明るく、ところどころで農家や牧草地が見られる。

のどかな風情のホルツアプフェル Holzapfel 停留所を通過し、谷底まで降りきったところで、ボーディングバッハ川 Bodingbach を渡った。町裏を少し進めばルンツ・アム・ゼー駅、保存鉄道の終点だ。定刻11時05分のところ、列車は11時20分に到着した。

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(左)野の花咲く下り坂
(右)ホルツアプフェル停留所を通過
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山線の旅も終わりが近い
 

ここでも運転台の見学者をひととおり受け付けた後、機関車は構内の一番端まで行って転線した。団体の人たちは、この近くにあるルンツ湖 Lunzer See へ行って、次の列車(16時30分発)で帰ると言っていた。湖畔まで歩いても30分足らずだから行ってみたいが、そうするとウィーン帰着がかなり遅くなってしまう。

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(左)ルンツ・アム・ゼー駅に到着
(右)団体客は湖へハイキング
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機回し作業が始まる
 

到着が遅れた分、帰りの発時刻もずらされ、11時45分にルンツ・アム・ゼーを出発した。団体客が消えたせいで、車内はみごとに閑古鳥が鳴いている。往路では機関車のお尻を拝んでいた車端デッキが開放されたので、これ幸いと陣取った。際限なくうねるレール、朽ちて草に埋もれそうな枕木など、最後尾ならではの展望を楽しむ。列車は峠の駅すら停車することなく(下注)、事実上の急行運転でキーンベルク駅に戻った。

*注 時刻表でも復路のプファッフェンシュラークは1分停車で、給水時間は想定されていない。

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(左)復路の車内はガラガラ
(右)最後尾のデッキを開放
 

ところでキーンベルクでは、各便の発車40分前から、駅構内にある機関庫のガイドツアー Heizhausführung が催されている。次は14時10分開始なのだが、まだ1時間半も先だ。車掌氏に相談すると、快く整備担当の人を紹介してくれた。「シェッド(車庫)の前に蒸機がいるから、自由に見てくれ」と言われて、いっしょに駅舎と反対側に並ぶ建物群へ向かう。そこには、1898年製のU1とおぼしき機関車がいた。前面の煙室扉が開いていて、プレートもすべて外されている。残念がる私に、「修理が終わったら、また走るよ」とその人は言った。

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キーンベルク駅の修理工場前
入換用機関車が転車台に載る
後ろは蒸機U1
 

公式サイトによれば、山線では蒸機が3両保存されているが、もとシュタイアタール鉄道のモルン Molln は長期休業中、もとヴァルトフィアテル鉄道の複式機関車 Uv.1 も2017年に不具合が発生して運用から離脱している。時刻表には、ディーゼル機関車で運行する日だけが明記(下注)されているが、それ以外の日も当面、ディーゼルが代走に出ざるを得ないようだ。

*注 「#印の日はディーゼル機関車による運行」という注記がある。

次回は、シュタイアタール鉄道を訪れる。

■参考サイト
イプスタール鉄道山線 https://www.lokalbahnen.at/bergstrecke/

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