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2019年9月 7日 (土)

オーストリアの狭軌鉄道-マリアツェル鉄道 II

マリアツェル鉄道 Mariazellerbahn
谷線 Talstrecke

ザンクト・ペルテン中央駅 St. Pölten Hbf での、西部本線 Westbahn(ウィーン~ザルツブルク)とマリアツェル鉄道との接続はけっこう歩かされる。前者のホームが駅舎の東寄りに伸びているのに、後者の頭端ホームは西端にあるからだ。もしウィーンからの特急列車(レールジェット Railjet)で後方車両に乗ってきたのなら、乗り継ぐのに300m、徒歩4~5分は見ておいたほうがいい。

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鉄道の起点ザンクト・ペルテン中央駅
左がマリアツェル鉄道
右は標準軌トライゼンタール線のホーム
 

マリアツェル鉄道は、同じように南へ分岐する標準軌のトライゼンタール線 Traisentalbahn(11番線)に並行した12、13番線に発着する。20年前に一度訪れたことがあるが、屋根なしの島式ホームは当時とさほど変わっていない。しかし今、乗り換え客を待っているのは、電気機関車が牽くくたびれた客車ではなく、金色に輝く3両編成の電車ET形だ。

土曜の朝8時台で、乗車率は1ボックスに1組程度だった。行楽に出かけるにはまだ早い時間帯なのかもしれない。座席予約のビラを貼ったボックスがいくつかあるから、途中の駅で団体客が乗り込んでくるようだ。後ろに1等展望車を3両もつないでいるのだが、2等席でこれだと、1等は空気を運んでいるだろう。

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(左)ザンクト・ペルテン中央駅正面
(右)ホームで出発を待つ電車
 

ET形の車内は、狭軌車両としてはかなり広く見える。実際、車体幅は2650mmもあり(下注1)、ÖBBでよく使われている標準軌電車ボンバルディア・タレント Bombardier Talent の幅2925mmと比べても、軌間差を相殺して余りある。これで、わずか760mm幅、かつ急カーブ続出の線路上を何事もなく走れるとは信じられないほどだ。谷線の途中にあるロイヒ Loich まで、かつてロールボック(後にロールワーゲン)方式で標準軌貨車が直通していたから、車両限界が大きく取られているのは確かなようだ(下注2)。

*注1 この車体幅は、1世代前のÖBB 4090形ですでに実現されていた。ちなみに、762mm軌間の四日市あすなろう鉄道(旧 近鉄)内部・八王子線の現有車両の車体幅は2106~2130mm。
*注2 なお、ロイヒ以遠では、トンネルの建築限界がロールボック方式に対応していなかったため、貨物輸送は狭軌車両で行われていた。

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(左)狭軌用連節式電車ET形
(右)広く見える車内
 

発車すると、すぐに短いトンネルを2本抜ける。この間に、トライゼンタール線をアンダーパスするので、次に同線と並行したときは車窓の左側を通っている。

最初の停車駅は、ザンクト・ペルテン・アルペン鉄道駅 St. Pölten Alpenbahnhof(下注)だ。珍しい名前だが、マリアツェル鉄道の正式名が「ニーダーエースタライヒ=シュタイアーマルク・アルペン鉄道 Niederösterreichisch-Steirische Alpenbahn」であったことを思い出せば、腑に落ちる。ここはザンクト・ペルテン側の運行拠点で、車庫兼整備工場がある。さらに南側には標準軌線への積替えができる貨物ヤードが広がっていたのだが、すでに撤去されている。

*注 開通当初はザンクト・ペルテン地方鉄道駅 St. Pölten Lokalbahnhof と呼ばれた。なお、Alpenbahnhof はアルペン鉄道の駅を意味するので、和訳では「アルペン駅」としていない。同じような例で、ウィーンの西駅 Westbahnhof、(旧)南駅 Südbahnhof なども、本来「西部鉄道 Westbahn の駅」「南部鉄道 Südbahn の駅」という意味だ。

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(左)ザンクト・ペルテン・アルペン鉄道駅
(右)麦畑の丘陵地を越える(ザンクト・ペルテン方向を撮影)
 

アルペン鉄道駅を後にして、列車は右へそれ、麦畑の広がる丘陵地を越えていく。早くも細かいカーブの連続で、PC枕木のよく整備された線路でも、きしみ音が断続する。再び平野に出ると、オーバー・グラーフェンドルフだ。ここはマンク Mank 方面の支線(グレステン線 Grestnerbahn またの名を「クルンぺ Klumpe」)の分岐駅だったが、2010年に廃止されてしまった。

現在、駅構内北側の転車台と扇形車庫があるエリアが、保存団体「鉄道クラブ Mh.6」の拠点になっていて、そこで、蒸機Mh.6をはじめとする760mm軌間のさまざまな車両の保存活動が展開されている。

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(左)オーバー・グラーフェンドルフ駅
Photo by GT1976 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)廃止されたグレステン線が分岐
 

オーバー・グラーフェンドルフの前後は貴重な直線区間だが、右に急カーブすると、次第に山が近づいてくる。さらにラーベンシュタイン・アン・デア・ピーラッハ Rabenstein an der Pielach あたりまで来れば、列車はもうピーラッハ川 Pielach の谷間を走っている。

多くの駅がリクエストストップ扱い(下注)のため、乗降がなければ通過してしまうが、地域の中心地であるキルヒベルク・アン・デア・ピーラッハ Kirchberg an der Pielach は固定の停車駅だ。ここで団体客が乗車して、一気に予約席が埋まった。キルヒベルクにもE形(1099形)電気機関車と旧型客車が静態保存されていて、車窓からも見える。

*注 乗降するときは、車内(降車時)または駅(乗車時)のボタンを押して知らせる必要がある。

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キルヒベルク・アン・デア・ピーラッハ駅
E形(1099形)電気機関車を静態保存
ヘッドマークは戦前のBBÖのもの
 

狭い渓谷の中で短いトンネルを二つくぐったところで、ピーラッハ川と別れて、列車は支流ナタースバッハ川 Nattersbach の谷に入る。ずっと連れ添ってきた州道B39号線が右へ姿を消すとまもなく、谷線と山線の境界となるラウベンバッハミューレ Laubenbachmühle に到着だ。

まず旧駅舎が見えてくるが、列車は前をそっけなく通過して、大屋根の建物の横に停まる。山里に似つかわしくないこの大規模施設は、ラウベンバッハミューレ運行センター Betriebszentrum Laubenbachmühle といい、ET形電車運行に際して造られた車庫兼整備工場だ。駅の機能もここに移され、運行事業者ニーダーエースタライヒ運輸機構 NÖVOG の資料によれば「マリアツェル鉄道の心臓部 Herz der Mariazellerbahn」になっている。

峠下の駅とあれば、蒸機なら給水作業のために長い停車時間をとるところだ。しかし、電車はわずか2分で出発してしまうので、施設を観察する暇もなかった。

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ラウベンバッハミューレ駅
(左)使われなくなった旧駅舎
(右)鄙びた駅だった20年前(1999年撮影)
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(左)現在のラウベンバッハミューレ運行センター
(右)車庫内でも発着可能に
Photo by Grubernst at wikimedia. License: CC0 1.0

山線 Bergstrecke

いよいよ鉄道の名物であるZ字状の3段折り返しによる山登りが始まる。ラウベンバッハミューレ駅の標高535mに対して、サミットは891.6mで、実に350m以上の高度差がある。最急勾配28‰、最小曲線半径は78m、狭軌とはいえかなり厳しい線形だ。

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山線 ラウベンバッハミューレ~ゲージングトンネル間の地形図
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

折り返しの1段目は、ナタースバッハの谷底をそのままおよそ3km進み、2本の短いトンネルを介したヘアピンカーブで折り返す。2段目は、ナタースバッハ谷の西側の山腹を逆向きに約5km上っていく。途中にオーバー・ブーフベルク Ober Buchberg 信号所(下注)があり、通常ダイヤでは、ここで列車交換が行われる。

*注 1975年までは停留所で、乗降を扱っていた。

尾根の先のへアピンで再び反転すると3段目で、すぐにヴィンターバッハ Winterbach 駅にさしかかる(ただしリクエストストップ)。森に遮られて、車窓から下の段を眺望できるところがほとんどない中で、この駅のマリアツェル方では、さっき出てきたラウベンバッハミューレ駅の大屋根が見下ろせる。しかしパノラマはいっときのことで、後はまた森に覆われた斜面を、ひたすら急カーブでなぞっていく。

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(左)1段目の折り返しヘアピンカーブ(後方を撮影)
(右)ラウベンバッハミューレ駅を見下ろす
  大屋根が運行センター、左に旧駅舎
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車窓からナタースバッハ谷を眺望
中央の谷底集落にボーディング Boding 停留所がある
 

山脈を貫くゲージングトンネル Gösingtunnel は長さ2369m、線内では飛び抜けて長大だ。路線のサミットもこの中にある。息苦しくなりそうな長い闇を抜けると、ゲージング Gösing 駅だ。エアラウフ(エルラウフ)川 Erlauf の谷底から350mの高みに位置していて、石灰岩の断崖も露わなエッチャー山 Ötscher(標高1893m)が初めて車窓に現れる。

鉄道工事の作業員宿舎が、開通後に開放されて、ハイカーや巡礼者を泊めるようになった。それが改築されて、1922年にアルペンホテル・ゲージング Alpenhotel Gösing として開業した。ゼメリング峠の南部鉄道ホテル Südbahnhotel のようだと言われた眺望絶佳のホテルは今もあり、列車からだと、その屋根越しにエッチャーを望む形になる。

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(左)アルペンホテル・ゲージングとエッチャー山
(右)エアラウフ谷を隔ててエッチャー山の眺望
   山頂は雲に隠れている
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山線 ゲージングトンネル~ミッターバッハ間の地形図
Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

鉄道はここで下り勾配に変わり、森に覆われた急斜面の山腹を慎重に進む。ゲージンググラーベン高架橋 Gösinggrabenviadukt、クラウスグラーベン高架橋 Klausgrabenviadukt、ザウグラーベン高架橋 Saugrabenviadukt(下注)と、鋭く切れ込む谷筋にいくつもの高架橋が弧を描いている。

*注 グラーベン graben はここでは渓谷、峡谷を意味する。

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ザウグラーベン高架橋を渡るE形(1099形)電気機関車
(2003年撮影)
Photo by Herbert Ortner at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

鞍部に載ったアンナベルク・ライト Annaberg-Reith 駅を過ぎると、ヴィーナーブルック貯水池(ラッシング貯水池 Lassingstausee)のほとりに差し掛かる。1911年からの電化初期に、鉄道に電力を供給していたヴィーナーブルック水力発電所 Kraftwerk Wienerbruck のための貯水池の一つだ。

池の周りのへアピンカーブに面して、ヴィーナーブルック・ヨーゼフスベルク Wienerbruck-Josefsberg 駅がある。エッチャーグラーベン Ötschergraben の峡谷を巡るハイキングルートの下車駅になっていて、マリアツェル駅との間にハイカーのための区間列車も運行されている。また、アンナベルク Annaberg の峠を越えてきたウィーンからの巡礼道ヴィア・サクラ Via Sacra(聖なる道の意)の旧道とも、ここで合流する(下注)。ヴィーナーブルックとは、ウィーンの巡礼者が渡る橋を意味する地名だ。

*注 ヴィア・サクラ旧道の概略位置を、上掲の地形図に破線で示した。なお、19世紀の新道(馬車道)は勾配を避けて、ライト Reith 地内を迂回している(現 州道B20号線のルート)。

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ヴィーナーブルック・ヨーゼフスベルク駅に
貯水池の対岸から対向列車が接近
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上掲写真の反対側から見た
ヴィーナーブルック・ヨーゼフスベルク駅
 

そのヴィア・サクラは、巡礼地へ向け、最後の峠ヨーゼフスベルク Josefsberg を越えていくが(下注)、鉄道はそれを避けて、峡谷の側を迂回する。山中にトンネルとガーダー橋が連続する中、エアラウフクラウゼ Erlaufklause 停留所の手前では、「ツィンケン Zinken(鹿の角の意)」と呼ばれるエアラウフ川の荒々しい峡谷の岩肌が垣間見える。

*注 巡礼道はこうして、アンナ、ヨセフ(ヨーゼフ)の名をもつ山(いずれも峠集落がある)を越えて、マリアの聖地に至る。

ようやく谷が明るく開けたところに、ミッターバッハ Mitterbach の町がある。谷の中央を流れるエアラウフ川が州境になっていて、川向うの町本体はまだニーダーエースタライヒ州だが、駅はすでにシュタイアーマルク州に入っている。林に覆われた浅い谷間を再びゆっくりと登っていくと、終点マリアツェル駅だ。ザンクト・ペルテンからは2時間15分の長旅だが、車窓の変化を追っていれば、退屈することはない。

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(左)マリアツェル駅に到着
(右)今より賑わっていた20年前(1999年撮影)
 

駅舎の軒下にフラワーバスケットが吊るされ、遠来の客を迎えている。しかし、待合室は閉ざされ、出札業務も行われていない。乗車券は、無人駅と同様、車内で巡回してきた車掌から買う方式だ。もちろんウェブサイトで事前購入もできるから、窓口がなくても支障はないのだろう。

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マリアツェル駅構内(南側から撮影)
 

さて、ここまで来たからには、信者でなくてもマリアツェルの町を見てみたい。中心部まで1.5km、駅前から連絡バスが出ているが、歩いても20分ほどだ。もし歩くなら車道を伝っていくより、駅前広場から延びる木陰の散歩道を行くのがお薦めだ。かつてグスヴェルクへ行く列車が下っていたグリューナウバッハ Grünaubach の谷を俯瞰しながら、ハイキング気分でのんびり歩ける。

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(左)マリアツェルの町へ通じる散歩道
(右)グリューナウバッハ谷の眺め
 

郵便局の建つ町の入り口から坂道を上がっていくと、バジリカの尖塔が姿を現す。広場を囲んで、品の良さそうな宿屋や巡礼者相手の土産物屋が軒を連ねているのは、門前町らしい光景だ。正面の階段を上ってバジリカの重い扉を開けると、ちょうど礼拝の最中で、きらびやかな装飾に囲まれた堂内に聖歌の清らかな歌声がこだましていた。

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マリアツェルの聖堂前広場
(左)立派な宿屋が立ち並ぶ
(右)門前の土産物屋街
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正面の階段を上ってバジリカへ
 

次回は狭軌鉄道の旅から寄り道して、マリアツェル駅に拠点を置いている標準軌の「マリアツェル=エアラウフゼー保存路面軌道」を訪ねる。

本稿は、Hans Peter Pawlik and Josef Otto Slezak, "Schmalspurig nach Mariazell" Verlag Josef Otto Slezak, 1989、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
マリアツェル鉄道  https://www.mariazellerbahn.at/
鉄道クラブMh.6  Eisenbahnclub mh.6  http://www.mh6.at/

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