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2019年7月20日 (土)

ウィーン地方鉄道(バーデン線)II-市街地ルート

ウィーンの街は、シュテファン大聖堂 Stephansdom を中心として同心円状に拡がっている。そのうち、旧市街をあたかも年輪のように縁取っているのが、リング Ring(英語と同じく環の意)と呼ばれる幅広の環状道路だ。1860年代に古い市壁を取り壊すとともに、その外側にあった緩衝地帯を再開発するにあたって造られた大通りで、国会議事堂、市役所、大学、博物館など街を代表する豪壮な建築が建ち並ぶ。

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ウィーン国立歌劇場(左)の前を出発するバーデン行きの列車
 

ウィーン地方鉄道 Wiener Lokalbahnen (WLB)、いわゆるバーデン線 Badner Bahn のターミナルはその一角、ケルントナー・リング Kärntner Ring の南側にある。電停名「ウィーン・オーパー Wien Oper」は、筋向いで威容を見せるオペラの殿堂、ウィーン国立歌劇場(シュターツオーパー)Wiener Staatsoper から取られている。

ここは昔から旧市街の南口として、市壁があった時代はケルンテン門 Kärntnertor が置かれていた(下注)。今もUバーン(地下鉄)や市電の主要系統が集まる、まさに交通の一等地だ。

*注 ケルンテン Kärnten の名はオーストリア南部の地方(現在は州)名に由来する。門を通過していたケルントナー・シュトラーセ(ケルンテン通り)Kärntner Straße は、ウィーンの目抜き通りの一つ。

ターミナルとはいっても、大通りの一部を使っているので、構造は狭い敷地に2線を並べた簡素なものに過ぎない。進行方向右側がウィーン地方鉄道(以下、WLBという)、左側がマイドリング Meidling まで同じルートを走る市電62系統のホームだ。前後は街路を利用した大きな単線ループで、反時計回りの一方通行になっている。WLBも市電も頻繁運転しているから、遠路はるばる到着した列車でも長居はできない。ものの数分で、後の列車に場所を空けるために出発していく。

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ウィーン・オーパー電停
(左)市内ではWLBと62系統が同じルートを走る
(右)ウィーン市電の電停標識
 

ちなみに、市電の電停は、Uバーンの駅名を取り入れて 「オーパー、カールスプラッツ Oper, Karlsplatz」だ。片やその手前300mに、WLBと62系統の「カールスプラッツ」電停(オーパー方面の列車のみ停車)もあるから、注意を要する(下図参照)。

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ウィーン・オーパーおよびカールスプラッツ周辺の詳細図
赤がWLBのルート
黒はウィーン市電
薄茶はUバーン(地下鉄)
Data source: www.basemap.at, License: CC-BY 4.0
 
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ウィーン市街地のWLBルート(オーパー~シェディフカプラッツ)
薄赤は地下区間
破線は廃止された旧ルート
Basemap from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA
 

オーパーを発車すると、列車は交差点を左折して、ケルンテン通り Kärntner Straße、次いでヴィーデン中央通り Wiedner Hauptstraße を南下する。4つ目の電停、「ワルツ王」ゆかりのヨーハン・シュトラウス・ガッセ Johann-Strauß-Gasse(下注)の後、軌道は道路の下へ潜っていく。1969年に開通した、ウーシュトラープ Ustrab(舗道下路面軌道 Unterpflaster-Straßenbahn の略)と呼ばれる地下区間だ。

*注 この通りに、ヨハン・シュトラウス2世が1878年からその死(1899年)まで暮らした邸があった。跡地の建物の壁に記念プレートが嵌め込まれている。

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ヨーハン・シュトラウス・ガッセ電停
(左)オーパー方面のホーム
(右)電停の南で地下区間へ潜る
 

地上にはギュルテル Gürtel(帯、ベルトの意)という、ウィーン市街地を半周する環状道路が走っている。19世紀末から20世紀初めにかけて、外側の市壁(リーニエンヴァル Linienwall)の跡地に整備されたもので、リングとそれに隣接するいわゆる2号線 Zweierlinie を「内環」とすると、ギュルテルは「外環」に相当する。シュピッテラウ Spittelau、ウィーン西駅、旧 南駅・東駅(現 中央駅)など、鉄道の主要駅を連絡していて、市内でも特に混雑が激しい大通りだ。

地下区間は、交通渋滞の緩和と列車の円滑な運行を目的として造られた。全体で3.4kmの長さがあるが、そのうちWLBが通過するのは、ラウレンツガッセ Laurenzgasse からアイヘンシュトラーセ Eichenstraße まで4か所の電停を含む約2kmだ。途中のクリーバーガッセ Kliebergasse では、中央駅方面から来る18系統の軌道に急曲線で合流し、次のマッツラインスドルファー・プラッツ Matzleinsdorfer Platz で、1、6両系統を左に分ける。地上の設備をそっくり移設したと言えばそれまでだが、地下の直角分岐というのは非日常感を漂わせる。

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ウーシュトラープ(地下区間)
(左)クリーバーガッセ電停の直角カーブ
(直進は中央駅方面(18系統)、左折はオーパー方面)
Photo by Falk2 at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
(右)アイヘンシュトラーセ、地下区間の西端
 

アイヘンシュトラーセの先で軌道は地上に復帰するが、近くに重要な見どころがある。それはヴォルフガングガッセ Wolfganggasse 車庫の跡だ。もとは1942年に都心区間をいったん廃止した際に代替として造られたターミナルで、1947年の全線再開後もウィーン側の車庫として使われていた。敷地内に電停もあり、この前後区間だけWLBは、62系統と別れて独自の軌道を通っていたのだ。

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ヴォルフガングガッセの旧拠点
(左)WLB旧社屋(右)車庫裏側
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かつてのヴォルフガングガッセ電停と車庫
(2018年2月25日撮影)
Photo by Paul Korecky at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

しかし、郊外のインツェルスドルフ Inzersdorf に新しい車両基地が完成したことから、ヴォルフガングガッセ車庫と前後の軌道は2018年3月末で廃止された。翌4月1日からWLBの列車は、62系統のルートを通ってマイドリングへ向かうようになった。

今年(2019年)5月末に現地を訪れたところ、まだ電停や車庫はまだ原形をとどめていたが、軌道には草が生え、一部で地面の掘り起こしが始まっていた。北隣の公園を含む車庫跡地約3.5haは、WLB旧社屋のある南側の区画1.4haとともに、市当局からすでに再開発計画が発表されている。車庫は残して商業施設に活用する意向だが、周辺は更地化されて、アパートや老人福祉施設の建設が始まるようだ。

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廃止1年後のヴォルフガングガッセ電停と車庫
(2019年5月31日撮影)
 

アスマイヤーガッセ Aßmayergasse で、上下線は二手に分かれて狭い街区を走り抜ける。500mほどで再び合流すれば、もうÖBBのマイドリング駅が目の前だ。

マイドリングは、かつて南部本線 Südbahn と市電の乗換駅に過ぎなかった。ところが、U6号線(地下鉄)の延伸とSバーン(市内・近郊列車)の充実に加え、近年は、ウィーン中央駅 Wien Hbf と西部本線ラインツトンネル Lainzer Tunnel の完成によって、東西南北すべての幹線(下注)から優等列車を受け入れるようになった。今や、市内交通と近郊・長距離交通の重要な結節点だ。

*注 北部本線 Nordbahn=チェコ方面、東部本線 Ostbahn=ハンガリー方面、南部本線 Südbahn=グラーツおよびスロベニア・クロアチア方面、西部本線 Westbahn=ザルツブルクおよびドイツ方面。

実際、中央駅出発時にはまだ空席が目立つザルツブルクあるいはグラーツ行きのレールジェット Railjet(特急列車)も、次のマイドリングで大勢乗り込んできて、席が埋まる。Sバーンと長距離線の乗換えは中央駅でも可能だが、両者のホーム間にかなりの距離がある。それでホームが近接しているマイドリングでの乗換えが断然便利なのだ。

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(左)ÖBBマイドリング駅
(右)駅前のマイドリング中央通り Meidlinger Hauptstraße
 

そのマイドリング駅に対応するWLBの電停は、おもしろいことに3か所もある(下図参照)。一つ目は東側のデルフェルシュトラーセ  Dörfelstraße で、ÖBB駅東口の前だ。二つ目がずばりバーンホーフ・マイドリング(マイドリング駅)Bahnhof Meidling で、ÖBB駅の実質的な中央口である西口、U6号線、そして駅前商店街に直結している。

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ウィーン・マイドリング周辺の詳細図
赤がWLBのルート
黒はウィーン市電
薄茶はUバーン(地下鉄)
Data source: www.basemap.at, License: CC-BY 4.0
 

WLBの列車はこの後、フィラデルフィア橋 Philadelphiabrücke(下注)でÖBB線をまたぎ越し、その南詰で、オーパーから延々62系統と共用してきた市電軌道と別れる。左へ右へと急曲線が連続するので、3ユニットの長い編成が通ると、まるで大蛇がのたうち回っているようだ。路面軌道では原則的に目視走行だが、ここからは地方鉄道 Lokalbahn で、法規上は普通鉄道 Vollbahn の扱いとなるため、鉄道信号機が現れる。

*注 南部本線の前身、ウィーン=グロクニッツ鉄道 Wien–Gloggnitzer Eisenbahn で最初に使われた蒸気機関車が米国フィラデルフィア市から来たことから、この名がある。ちなみにU6号線のマイドリング駅は、2013年までフィラデルフィアブリュッケ(フィラデルフィア橋)駅だった。

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フィラデルフィア橋を渡れば、市内軌道ともお別れ
 

自前路線の最初の電停は、シェディフカプラッツ Schedifkaplatz だ。名前からは想像できないが、ここがマイドリング駅の三つ目の乗換電停になっている。西口地下道の南端で地上に上がると、この電停の前に出られる。WLBの郊外区間(バーデン方面)とSバーン・U6号線とを乗り継ぐ客は、もっぱらここを利用するので、利用者数はWLBの電停の中で最も多く、年間130万人に上る。近年、施設が改修され、屋根付きのモダンなホームに生まれ変わった。地下道から屋根がつながったので、雨に濡れずに乗り継げるのも人気の理由だろう。

ちなみに、2番目に利用者が多いのは南へ7つ目、大型ショッピングセンター最寄りのフェーゼンドルフ・ショッピング・シティ・ジュート Vösendorf Shopping City Süd (Vösendorf-SCS) で、年間120万人だ。すなわち、この2電停の間が現在、WLBの最混雑区間となっている。

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シェディフカプラッツ電停
 

次回は、シェディフカプラッツから先、郊外区間の見どころを紹介する。

■参考サイト
ウィーン地方鉄道  http://www.wlb.at/
ウィーン市交通局  https://www.wienerlinien.at/
Stadtverkehr Austria  http://wiki.stadtverkehr.at/

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コメント

いつもブログをご覧くださりありがとうございます。
WLBは100年を越える歴史をもつだけあって、とても興味深い路線だと思います。市内では、地下を走ったり、上下線が別々の街路を走ったり、車窓が変化に富んでいて飽きさせません。
惜しいことに、今の車両は前面展望がきかないので、2021年から導入される新型車両に期待したいと思っています。

いつも興味深い記事を有難うございます。WLB には一部ながら2012年に乗車したことがあり、懐かしく拝見しています。
 ツアーの最終行程がウィーンでホテルが Vösendorf-Süd にありました。帰国する朝早く、どうしても行きたかったアウガルテン公園にある第二次大戦中の高射砲塔を訪れました。同行者の意向もあって行きはタクシーにしましたが、帰りは Oper から電車に乗車したのです。
 事前に調べて、ご説明にあったように Baden までの郊外線でありながら市内線に乗り入れていること、途中で地下区間もあり、地下での分岐もあることが分かっていましたので、十分車窓を楽しんだことを覚えています。
 今回の記事では Wolfganggasse 付近で変化があったことを教えていただき、グーグルマップやストリートビューで改めて訪れているところです。
 どうも有難うございました。今後も期待しております。

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