列車で行くアッター湖 II-アッターゼー鉄道
アッターゼー鉄道 Atterseebahn
フェクラマルクト Vöcklamarkt ~アッターゼー Attersee 間13.4km
軌間1000mm(メーターゲージ)、直流750V電化
1913年開通
2018年 アッターガウ鉄道 Attergaubahn からアッターゼー鉄道に改称
アッターゼー駅からの坂を上る連節車両 |
◆
前回の到達地カンマー・シェルフリング Kammer-Schörfling 駅前から、アッター湖南端のウンターアッハ Unterach へ行く561系統のバスに乗った。アーガー川の橋を渡り、湖の西岸に沿う地道を淡々と走っていく。20分弱で、アッターゼー・バーンホーフ Attersee Bahnhof という停留所に着いた。アッターゼー鉄道 Atterseebahn の駅前だ(下注)。
*注 湖の名は「アッター湖」としたが、居住地名や鉄道名は「アッターゼー」「アッターゼー鉄道」と記す。
アッターゼー駅 (左)人影少ない駅前 (右)旧駅舎 |
ここは村の中心から少し距離があり、周りに人家や駐車場が見えるものの、あまりひと気が感じられない。バス停の右手に、古典電車の写真を壁貼りした大屋根の建物が目につく。奥へ回ると、4線を収容する鉄道の車庫だった。西側の2線は運行時間中、開放されて、乗降場を兼ねる。ちょうど、赤帯を巻いた5車体連節の低床車が停車中だ。一方、東側2線は扉つきで、開いているほうを後で覗いたら、旧形車23 111が整備を受けていた。
車庫の横には伝統的な造りの旧 駅舎も残っているが、使われなくなったようだ。切符は車内で買えるし、大屋根の下のホームに待合室代わりのベンチも置かれている。旅客サービスの合理化で、駅といってももはや停留所と大差ない。そろそろ発車時刻だが、少し周辺を歩いてみたいので、1本見送ることにした。
(左)大屋根の建物は車庫 (右)駅の全貌 |
(左)車庫で整備中の旧車 (右)西側は乗降場に使用 |
◆
アッターゼー鉄道は、正式名をフェクラマルクト=アッターゼー地方鉄道 Lokalbahn Vöcklamarkt–Attersee という。通称も、従来は地域名に基づく「アッターガウ鉄道 Attergaubahn」だったのだが、路線のプロモーションのために昨年(2018年)、「アッターゼー鉄道 Atterseebahn」に改められたばかりだ。
起点は西部本線 Westbahn と接続するフェクラマルクト Vöcklamarkt で、沿線最大の町ザンクト・ゲオルゲン・イム・アッターガウ St. Georgen im Attergau を経由して、アッター湖畔のアッターゼー Attersee まで13.4kmを24分で結んでいる。1000mm軌間(メーターゲージ)、750V直流電化、そしてシュテルン・ウント・ハッフェルル Stern & Hafferl 社による運行というプロフィールは、以前取り上げたトラウンゼー鉄道 Traunseebahn(下注)と共通だ。
*注 トラウンゼー鉄道については、「グムンデンのトラム延伸 III-トラウンゼー鉄道」参照。
アッター湖周辺の鉄道路線の位置関係 オレンジがアッターゼー鉄道 |
車両も同様で、2016年9月から、グムンデンと同形式のフォスロー・キーペ Vossloh Kiepe(現 キーペ・エレクトリック Kiepe Electric)製トラムリンク Tramlink V3が3編成投入され、定期運行を担っている。先述のように、車庫はアッターゼーにある。小規模な修理はここで行われ、全般検査の際は、フォルヒドルフの修理工場へ移送される。
トラムリンクV3とその車内 |
トラウンゼー鉄道と瓜二つなのは、歴史的な理由がある。ともに「フォアアルペン鉄道 Voralpenbahn」という大規模な鉄道網の一部として計画された路線だからだ。フォアアルペンは、アルペンフォアラント Alpenvorland と同義で、アルプスの前の土地、すなわちアルプス北側の、平野や丘陵が広がる地域を指す。
そのルートは、北西部のリート・イム・インクライス Ried im Innkreis からアッターゼー Attersee まで南下し、アッター湖上を航路でつないで、東岸のヴァイレック Weyregg へ上陸する。それから東へグムンデン Gmunden、フォルヒドルフ Vorchdorf を経て、シュタイア Steyr と進む。今度は北上してザンクト・フローリアン St. Florian、リンツ Linz に至るという、オーバーエースタライヒ(上オーストリア) Oberösterreich の大弧状線構想だった。
このうち、フェクラマルクト~アッターゼー間が1913年1月にアッターゼー鉄道として、グムンデン~フォルヒドルフ間が1912年3月にトラウンゼー鉄道として実現した。さらにザンクト・フローリアン~リンツ間にも電気鉄道(下注)が開通したが、1914年の第一次世界大戦勃発とその後の長期不況により、計画は未完に終わった。
*注 エーベルスベルク=ザンクト・フローリアン地方鉄道 Lokalbahn Ebelsberg–St. Florian(フローリアン鉄道 Florianerbahn)。1913年開通、1974年廃止。軌間は、リンツ市電と直通させるために900mmだった。廃止後、一時保存鉄道として運行されたものの、すでに中止。
開通からしばらく、アッターゼー鉄道を支えていたのは貨物輸送だった。丸太や木材製品のほか、肥料や、沿線の醸造所で造られたビールも扱われた。アッターゼー駅から湖畔の船着き場まで貨物線が延び、近くの製材所から貨車ごと航送する方法で木材が運ばれた。フェクラマルクトに着くと、旅客駅の西にあった貨物駅で、標準軌の貨車に積み替えられた。
トラックへの移行が進み、貨物輸送は1990年代に廃止された。湖畔の貨物線はすでに跡形もなく、フェクラマルクトの貨物駅は、資材置場や留置線に転用されている。
フェクラマルクト駅西方にある旧 貨物駅跡 |
一方の旅客輸送も、第二次世界大戦後は減少が続いた。しかし、1967年を底にして持ち直し、2015年は年間約30万人が利用したという。2019年7月現在、列車本数は全線通しが平日17往復、土曜10往復、日祝日は6往復だ。ほかに開校日または夏季のみ運行の区間便が若干あり、アッターゼー方ではおよそ毎時1本が確保されている。
区間便はザンクト・ゲオルゲンまたはヴァルスベルク Walsberg 止まりのため、フェクラマルクト方では土休日に2時間間隔となる時間帯が生じる。土休日運休のカンマー線ほど極端ではないものの、幹線から流入する旅行者より、域内の通勤通学者に重きを置いたダイヤだ。
◆
駅から少し歩いたアッターゼーの村で、のびやかな湖の眺めを楽しんだ。午後はこちら(西岸)から見るのが順光だ。ターコイズの湖水にさざ波が立ち、その後ろでは、灰白の岩肌を剥き出しにしたヘレンゲビルゲ Höllengebirge(地獄の山脈の意)が、屏風のように空を限っている。日差しは強いものの、湖面を渡ってくる風が心地よい。
アッターゼー村の湖岸 |
アッターゼー村から湖を東南望 中央奥の山塊がヘレンゲビルゲ |
名残惜しさを振り切って駅に戻り、列車の客となった。乗客は10人に届かず、定員175名の連節車としては手持無沙汰だ。本来ワンマン運転のはずだが、女性車掌がしっかり検札に回ってきた。
最後尾のかぶりつきで見ていると、列車は、牧草地が広がる緩やかな傾斜地を軽快に上っていく。大きくカーブするまで、蒼い湖面が視界にとどまり続けるのは印象的だ。途中の停留所は、小屋の前に未舗装の乗降スペースがあるだけの、いたって簡素な造りで、リクエストストップのため、たいてい通過する。
アッターゼー駅出発後、 しばらく湖が見え続ける |
進行左手に家並みが増えてきた。アッターガウの中心、ザンクト・ゲオルゲンは、駅も島式2線を備えて、拠点らしい雰囲気がある。しかし、1時間間隔のダイヤでは列車交換の必要がないので、短時間停車しただけであっさりと出発した。
(左)途中の停留所は簡素な造り (右)ザンクト・ゲオルゲン駅 いずれも列車後方を撮影 |
また少し上った後、広々とした畑地を貫いて快走する。待避線のある停留所ヴァルスベルク Walsberg を過ぎると、緑の丘のかなたに、湖畔で眺めたヘレンゲビルゲが、高さの揃った山並みとなって再び登場した。のどかで開放的な車窓風景は文句なしにすばらしい。
緑の丘のかなたに ヘレンゲビルゲを望みながら |
やがて線路は下り坂となり、森に覆われた浅い谷間へ入っていった。細かいカーブを次々とかわすうちに、B1号線の踏切を渡る。B1(別名ウィーナー・シュトラーセ Wiener Straße)は、ウィーンからザルツブルクに至るオーストリアの国道1号線で、車が長い列をなして列車の通過を待っていた。
(左)緩やかな起伏を越えて (右)B1号線の踏切に車の列 いずれも列車後方を撮影 |
まもなく左に三角線を分け、右に急カーブすると、終点(戸籍上は起点)のフェクラマルクトだ。山側に小ぢんまりした旧 駅舎と低いホームが残っているが、今は使われておらず、列車は新しいホーム3番線に滑り込む。反対側2番線は西部本線の上り線ホームになっていて、まもなくリンツ行きのレギオナル(普通列車)が到着するはずだ。
フェクラマルクト駅 左の建物は旧駅舎 |
■参考サイト
シュテルン・ウント・ハッフェルル https://www.stern-verkehr.at/
Youtube - アッターゼー鉄道(フェクラマルクト~アッターゼー)運転台からの展望
https://www.youtube.com/watch?v=fpQXaVzXFUI
アッターゼー駅の改修前の状況がわかる
★本ブログ内の関連記事
列車で行くアッター湖 I-カンマー線
グムンデンのトラム延伸 I-概要
グムンデンのトラム延伸 II-ルートを追って
グムンデンのトラム延伸 III-トラウンゼー鉄道
フォルヒドルフ鉄道-標準軌の田舎電車
キームゼー鉄道-現存最古の蒸気トラム
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