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2019年7月13日 (土)

ウィーン地方鉄道(バーデン線)I-概要

ウィーン地方鉄道(バーデン線)
Wiener Lokalbahnen (Badner Bahn)

ウィーン・オーパー Wien Oper ~バーデン・ヨーゼフスプラッツ Baden Josefsplatz 間 27.2km(ウィーン市電への乗入れ区間 4.2kmを含む)
軌間1435mm(標準軌)
直流600V電化(ウィーン市電区間(オーパー~シェディフカプラッツ間))
直流750V電化(シェディフカプラッツ~インツェルスドルフ間)
直流850V電化(インツェルスドルフ~バーデン間)
1899年全通、1907年全線交流電化、1945年直流化

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ウィーナー・ノイドルフ駅
小ぶりな駅舎が郊外色を醸し出す
 

街路を走る路面電車(トラム)を普通鉄道線に乗入れさせて、都心と郊外を乗り換えなしで結ぶ列車運行システムを、トラムトレイン Tram-train と呼ぶ。1990年代にドイツのカールスルーエ Karlsruhe で導入されたのをきっかけに、世界各地に広まった。それが注目されたのは、ライトレールとヘビーレールという規格の違いを現代の技術で克服した斬新な方式だったからだ。

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ところが、今から100年以上も前にこのコンセプトを実現していた鉄道が、オーストリアの首都ウィーン Wien と近郊の保養地バーデン Baden(下注1)の間で、今も走っている。正式にはウィーン=バーデン地方鉄道 Lokalbahn Wien–Baden というのだが、運行会社名から「ウィーン地方鉄道 Wiener Lokalbahn (WLB) 」として知られ、さらにウィーン市民は親しみを込めて「バードナー・バーン Badner Bahn」、すなわちバーデン線と呼ぶ。これから3回にわたり、この古くて新しいトラムトレイン(下注2)を紹介したい。

*注1 バーデン Baden は普通名詞では湯治、水浴を意味し、他にも同じ地名があるため、バーデン・バイ・ウィーン Baden bei Wien (ウィーン近傍のバーデン)と呼んで区別することがある。
*注2 ただし、イギリスのLRT協会 Light Rail Transit Association は、この鉄道をインターアーバン・トラム(都市間トラム)Interurban tram に分類している。

まずは、路線図をご覧いただこう(下図)。

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ウィーン~バーデン間の鉄道路線の位置関係
赤がWLB線(市街地の電停は省略)
 

上方がウィーン旧市街で、ウィーン地方鉄道(以下 WLB)のターミナル、ウィーン・オーパー Wien Oper があるのはその南端だ。そしてこの電停は、ウィーン市電62系統(オーパー Oper ~ラインツ Lainz)の起点でもある。WLBの列車は、市街地を抜けるウィーン・マイドリング Wien Meidling(下注)まで、62系統と同じルートを走っていく。

*注 正確にはマイドリング~シェディフカプラッツ間で62系統の軌道と分岐する地点。

そこから先は自社の専用線になり、郊外の商業地を直線的に南下する。ウィーナー・ノイドルフ Wiener Neudorf、グントラムスドルフ Guntramsdorf、トライスキルヘン Traiskirchen といった昔からある町を経由した後、バーデンの市街地に達する。ここで再び路面軌道となり、旧市街に接した終点ヨーゼフスプラッツ(ヨーゼフ広場)Josefsplatz で旅を終える。全線27.2km、所要約1時間の道のりだ。

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始発駅オーパー
リング(環状道路)沿いの一等地にある
 

だが、この直通ルートは最初から意図して造られたわけではない。WLB線のルーツは、ウィーン南郊の煉瓦を運んでいた路面軌道と、バーデン市内の路面軌道という、全く性格の違う二つの独立した路線だ。

前者は1886年に開業した、ウィーン・ガウデンツドルフ Wien-Gaudenzdorf(下注)からウィーナー・ノイドルフ Wiener Neudorf に至る蒸気路面軌道に始まる。当時はまだ市街地を半円に囲む外側の市壁 Linienwall が残っており、まさにそれを撤去して、環状道路(ギュルテル Gürtel)と新市街地の建設が進められようとしていた。軌道の主な目的は、ノイドルフにある煉瓦工場から拡張を続けるハプスブルクの首都へ、建築資材の煉瓦を運搬することだった。

*注 現在のU4号線マルガレーテンギュルテル Margaretengürtel 駅付近。

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復元された煉瓦貨車
(トライスキルヘン市立博物館 Stadtmuseum Traiskirchen の展示)
Photo by Karl Gruber at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

しかしその2年後、ウィーン地方鉄道(WLB)が設立され、路線は地方鉄道 Lokalbahn(下注)に性格を変えて、延伸が図られることになる。1893年にはウィーン側でマッツラインスドルファー・プラッツ Matzleinsdorfer Platz へ、1895年には南側でグントラムスドルフへ線路が延びた。

*注 地方鉄道(ロカールバーン)とは、幹線網を補完するために、緩和した規格で認可を受けた地方路線。

一方、バーデンではすでに1873年から、レースドルフ Leesdorf からシュヴェヒャト川 Schwechat に沿ってラウエンシュタイン Rauhenstein へ遡る路面軌道が営業していた。当初馬が車両を牽いていた軌道は1894年7月に電化され、オーストリアで2番目の電化路線となった(下注)。WLBはバーデン乗入れを実現するために、1897年にこの軌道を買収する。そして1899年に、残された間隙であるグントラムスドルフ~バーデン・レースドルフ間を完成させて、ウィーンとバーデンの間を1本の路線で結んだのだ。

*注 オーストリア初の電化鉄道はメードリング=ヒンターブリュール地方鉄道 Lokalbahn Mödling–Hinterbrühl で、1883年開業(最初から電化されており、架線集電では世界初)、1932年廃止。

その後、1906年にバーデン側の終点がヨーゼフスプラッツ Josefsplatz まで、1913年にはウィーン側の起点がオーパーまで延長され、現在の運行区間が確立された。

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バーデン市内の併用軌道
旧馬車軌道時代からの由緒あるルート
 

上の路線図に示した通り、両都市間には、国鉄(現 ÖBB(オーストリア連邦鉄道))の南部本線 Südbahn も走っている。この点で両者は、日本の官鉄とそれに並行して造られた都市間私鉄の関係に似ている。知られているように、こうした私鉄は電車を導入し、運行頻度を高め、停留所をこまめに置くといったサービスを展開して、官鉄から乗客を奪った。

WLBも1906年に全線電化を完成させ(下注1)、1910年に旅客数がピークに達したのだが、この状況は長く続かなかった。というのも、続く1920年代は第一次世界大戦後の国を覆う経済不況に加えて、バスや自動車という道路交通のライバルが台頭する時期だったからだ。WLBは食堂車を運行したり、入湯割引券つき乗車券を売り出すなど果敢に応戦したものの、併営していたバーデン市内の軌道線は休止に追い込まれた(下注2)。

*注1 南部本線の電化は半世紀遅れて、1956年にまず南駅 Südbahnhof ~グログニッツ Gloggnitz 間で実施されている。
*注2 ラウエンシュタイン線(ヨーゼフスプラッツ以西)は1931年、市内環状線 Ringlinie は1928年、フェスラウ線 Elektrische Baden–Vöslau は1951年に廃止。

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バーデン露天浴場 Thermalstrandbad Baden 前を行く
ラウエンシュタイン線(バーデン=ラウエンシュタイン路面軌道)
(1926~31年ごろ)
Photo at wikimedia.
 

第二次世界大戦中は、沿線に集積する軍需産業の通勤客で混雑したが、戦争末期にこれらが連合軍の空爆の目標となり、鉄道施設も大きな被害を受けた。全線が復旧したのは、1947年9月のことだった。しかし、貨物輸送が途絶えたうえ、モータリゼーション進行の影響で、1950年代にかけて旅客数も減少が続いた。

輸送実績が持ち直したのは、ようやく1960年代からだ。ウィーン都市圏の拡大によって、沿線で住宅地や商業施設の開発が進んだことが背景にある。それまで日中に1時間空くこともあった列車ダイヤは、1984年に大きく見直された。バーデンまで30分サイクルとなり、連節式車両も初めて導入された。その後、運行間隔は、1989年にウィーン方でピーク時15分、2000年には同 7分30秒まで短縮されている。列車の最高速度も、郊外区間で80km/hに引き上げられた。

1984年のダイヤ改正以前、全線を走破する列車は、片道あたり平日28本(一部はヴォルフガングガッセ Wolfganggasse 入出庫)、休日26本しかなかった。現在は平日73本、休日64本で、区間便も多数設定されている。その結果、1954年に350万人だった年間利用者数は、2014年に1200万人を超え、昨年(2018年)は1270万人に達したという。

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ÖBB線(高架)と交差するバーデン市内の併用軌道
 

中でも、乗客増に貢献しているのが、沿線のフェーゼンドルフ Vösendorf で1976年に開業したショッピング・シティ・ジュート Shopping City Süd(ジュートは南部の意。略称SCS)だ。増設を重ねて、オーストリア最大の商業施設となり、最寄りの電停(下注)は、平日日中でも電車が到着するたびに、ホームが人であふれる。ここはウィーン市域外で、本来ウィーン・コアゾーン Kernzone Wien のみ有効の乗車券類は使えないのだが、SCSのカスタマーカードなどを所持すれば、特別に区間外乗車が認められている。

*注 商業施設と同時に開設されたフェーゼンドルフ・ショッピング・シティ・ジュート Vösendorf Shopping City Süd 電停。略して Vösendorf SCS と書かれることが多い。

WLBの近年の盛況ぶりは、列車編成でも実感できる。現在の運行車両は、1979年から1993年にかけて製造された、いわゆるマンハイムタイプの100形24編成と、2000~2010年に導入されたボンバルディア製400形14編成だ。どちらも両運転台の3車体連節車ではあるものの、時代を反映して、前者は出入口にステップのある高床、後者はノンステップの低床になっている。

輸送力の確保と同時に、バリアフリー環境を保証するために、通常、全線を走破する便は100形と400形を連結した全長50m超の長い編成が用いられる。前後どちらのユニットが低床車(400形)であるかは、電停の列車接近案内の表示でわかるようになっている。混雑する時間帯にはさらに3ユニット連結も投入される一方、区間便は100形または400形の1ユニットで賄われている。2021年から2023年にかけて、新たにボンバルディア製低床車両(500形)18編成が導入され、古くなった100形を順次置き換える予定だという。

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100形とその車内
1+2席で通路が広い
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400形、100%低床で2+2席
Right photo by Paul Korecky at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

WLBの鉄道・バスを運営するウィーン地方鉄道有限会社 Wiener Lokalbahnen GmbH は、1942年にウィーン市により公有化され、現在はウィーン都市公社 Wiener Stadtwerke GmbH 傘下の公営企業だ。一方、ウィーン市内交通の運営主体、ウィーン市交通局 Wiener Linien も、組織形態は有限・合資会社 GmbH & Co KG で、都市公社が所有する。すなわち、WLBとウィーン市電は姉妹鉄道の関係にある。敢えて統合しないのは、WLBが市域外に路線を延ばしているからだろう。

乗車券も、市内交通の1回券や24時間券などがWLBでも有効で、市境のフェーゼンドルフ・ジーベンヒルテン Vösendorf-Siebenhirten 電停まで使える(下注)。その先はVOR(東部地域運輸連合 Verkehrsverbund Ost-Region)の運賃ゾーンに従って、別途運賃が必要になる。列車はワンマン運行だが、車内に券売機が設置されているので、無札で乗った場合でも乗車券の購入が可能だ。

*注 言い換えれば、WLBのオーパー~フェーゼンドルフ・ジーベンヒルテン間は、ウィーン・コアゾーン Kernzone Wien(Kernzone 100)に含まれる。

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車内に設置された券売機
右上には"SCHAFFNERLOS(車掌不在=ワンマン運転)"の表示

ライトレールとヘビーレール、二つの顔をもつWLBのルートは、意外に変化に富んでいて興味深い。次回、それをウィーン・オーパーから順に見ていこう。

■参考サイト
ウィーン地方鉄道 http://www.wlb.at/
ウィーン市交通局 https://www.wienerlinien.at/

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