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2018年8月 7日 (火)

ライトレールの風景-阪堺電気軌道阪堺線

阪堺電気軌道、通称 阪堺電車が、手持ちのレトロ車両を使って貸切運行を行っている。もう4年前になるが、2014年4月の海外鉄道研究会のイベントでそれに乗る機会があった。

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恵美須町で発車を待つモ161
(以下、特記ないものは2014年4月撮影)
 

阪堺電気軌道は、阪堺線(恵美須町~浜寺駅前14.1km)と上町線(天王寺駅前~住吉4.4km、下注)の2路線から成る。コースは、まず往路が恵美須町(えびすちょう)を出発して、阪堺線を一気に浜寺駅前まで走り通す。復路では我孫子道(あびこみち)の車庫を見学し、住吉から上町(うえまち)線に入って、天王寺駅前で降りるというものだ。

*注 ただし当時は住吉~住吉公園間0.2kmもまだ運行しており、朝の時間帯だけ発着があった。この区間は2016年1月31日付で廃止。

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阪堺電車の路線図
 

少し早めの昼食をとって、地下鉄堺筋線で集合場所へ向かった。恵美須町は、路線が1911(明治44)年に開業したときからのターミナルだ。堺筋が国道25号と交わる恵比須交差点の南西角で、通天閣が聳える繁華街「新世界」とは道を隔てて隣り合っている。しかし、駅(停留場)は平屋根の入口に電車のりばを示す小さな看板があるだけで、うっかりしていたら通り過ごしてしまいそうだ。

喫茶店の前の薄暗い通路を入っていくと、改札口はなく、あっけなくホームに出た。車内精算の路面電車だから当然なのだが、屋根を架けた3面2線のターミナルらしい造りの構内だけに、けっこう意外感がある。参加者は30名あまり、着いては出ていく定期列車の写真を撮りながら、賑やかに時間待ちをしていた。

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恵美須町電停
(左)のりばを示す小さなプレートがあるだけの入口(2010年4月撮影)
(右)3面2線の立派な頭端式ホーム
 

12時過ぎ、吊り掛けモーターのモ161がホームに入ってきた。1928(昭和3)年製の車両で、開業100周年を記念して昭和40年代の状態に復元されたのだそうだ。外装はダークグリーンだが、屋根は赤(鉛丹色)、ドアと窓枠はニス塗りでいいアクセントになっている。阪堺線ではど派手なボディー広告の車両を見慣れているので、このシックないでたちは新鮮だ。

車内に入ると、目の覚めるようなブルーのモケットシートが目を引く。腰を下ろすと感じる堅めの反発力が懐かしい。鎧戸の日除けやアールヌーボー風の装飾金具、「禁煙」のプレートでさえ、レトロ感を盛り上げる立派な小道具だ。

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モ161
(左)中央扉は両開き、ニスの赤茶が美しい
(右)艶やかなブルーのモケットシートが目を引く
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(左)さりげない装飾金具もポイント
(右)運転台

12時15分、電車は恵美須町を出発した。しばらくは建物の間の専用軌道を走っていく。信号に従うほかは停まらない特別列車だが、先行車を追い抜けないので急行運転とは言いがたい。大阪環状線の下をくぐり、それと並行する大通りを横断し、旧南海天王寺支線をまたいでいた築堤を上り下りする。

路面電車というイメージが定着しているにもかかわらず、車と並んで走る併用軌道区間はそれほど多くない。開業当時、住吉大社前や堺の旧市街地を除いて、町裏や都市化が及んでいない郊外に線路を敷いたからだ。だからこそ高度成長期、いたずらにクルマの目の敵にされることなく、生き残ることができたのかもしれない。

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恵美須町を出発
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天神ノ森駅(2010年4月撮影)
 

気が付くと緩い右カーブに差し掛かっている。天神ノ森の大きなクスノキが視界をかすめた。まもなく電車は、南海高野線のガードをくぐって紀州街道に出ていく。約2kmの間続く最初の併用軌道の始まりだ。

その北半分は、軌道の位置が道路の西側(進行方向右側)に偏っているため、対向するクルマが軌道上を堂々と走ってくる。この間にある東玉出と塚西の北行き電停は、路面に白線で描かれた安全地帯があるだけだ。そこに立ったままでは不注意なクルマに撥ねられかねず、利用者は道路際の軒先で待たなければならない。前方を見ていると、右折車や、時には通行人まで直前を横切る。電車の速度が勘で分かっていると見えて、慌てるそぶりもない。

上町線との分岐がある住吉電停の前でいったん停車した。軌道は複雑に交差していて、左後方へ行くのは天王寺駅前方面、右前方は住吉公園へ向かうひげ線(下注)だ。阪堺線浜寺公園方面と上町線天王寺駅前方面相互間の渡り線もある。

*注 このひげ線は、上述のとおりすでに廃止されている。

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住吉の渡り線を行く旧塗装のモ161
(2010年4月撮影)
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住吉鳥居前の併用軌道
 

初詣客数では関西で一二を争う住吉大社の門前(停留場名は住吉鳥居前)を通過すると、電車は急カーブで右にそれて、再び住宅地の中の専用軌道を走り出す。ほどなく阪堺電車の運行拠点である我孫子道で停車した。ここは阪堺線と上町線の乗換え指定駅であり、大阪市内最南端のため、運賃が変わる境界駅でもある(下注)。

*注 後述するとおり、現在普通運賃は全線均一になっている。

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大和川に架かる華奢なプレートガーダー橋
(2010年4月撮影)
 

大阪と堺の市境をなす大和川(やまとがわ)を、華奢なプレートガーダー橋で渡っていく。もちろん阪堺線では最も長い橋梁だ。阪神高速と少しの間並行した後、減速して急なカーブを回り込むと、堺の旧市街を南北に貫く大道筋(だいどうすじ)が見えてくる。

幅50mあるという大通りに設けられた一直線のセンターリザベーション軌道が、電車の通り道だ。座席に腰を下ろしていると気づきにくいが、両側の車道との間は、季節の花が溢れる花壇やつつじの植え込みで仕切られていて、トラムが走る環境としては特筆すべきものだ。この区間は約2.5kmも続き、けっこう乗り甲斐がある。

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大道筋のセンターリザベーション軌道
(左)老朽化していた軌道(2010年4月撮影)
(右)PCまくらぎ化で乗り心地が改善
 

旧市街の南端で、もと環濠の土居川を渡ると、三たび専用軌道が復活する。そしてまた、胸のすくような直線路だ。大阪市内に比べて住宅の密集度が緩和されたせいか、全開の窓から吹き込んでくる初夏の風が心地よい。

また築堤を上っていき、南海電鉄本線を斜めにまたぎ越すあたりで、電車は速度を緩めた。右の車窓に浜寺公園の松林が広がっている。13時ごろ、終点の手前の乗降場所で停止。参加者を全員降ろしてから、電車はおもむろに1面1線の浜寺駅前のホームに入っていった。ここでは折返しの発車まで、20分の休憩がある。

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(左)南海本線を乗り越して海側へ
(右)浜寺駅前ではホームの手前で客を降ろす
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浜寺駅前電停
(左)出札
(右)自販機が林立する正面入口
(いずれも2017年9月撮影)

1912(明治45/大正元)年に全通した阪堺線だが、1915年からは南海電鉄の一路線として運行されていた。利用者減少による採算悪化を受けて1980年に分社化され、今の形になった。しかし、その後も状況は改善せず、新会社発足以来約30年間で、輸送人員は7割も減ったという。

減少傾向は、大阪市内に比べて堺市内がより顕著だった。ほぼ並行して走る3本の鉄道(南海本線、南海高野線、JR阪和線)に、所要時間でも運賃の点でも及ばず、利用者の逸走を招いたのだ。2000年決算で、会社は最初の債務超過に陥った。人員削減で合理化を進める傍ら、2003年堺市に対して、堺市内区間の存廃を含めた協議を申し入れている。

その中で2007年ごろから、東西鉄軌道事業の構想が持ち上がった。従来の鉄道がすべて南北方向に走っているのに対して、それを連絡する東西軸としてLRTを建設するというものだ。それに合わせて阪堺線は公有化(上下分離)する方針だった。ところが、役所主導で検討が進められたため、LRTのルートとなる沿線住民の強烈な反対運動を引き起こしてしまう。2009年の市長選で争点になり、計画中止を公約に掲げる現市長が当選した結果、事業はあえなく白紙撤回された。

しかし、現実に走っている阪堺線まで見捨てるわけにはいかなかった。翌2010年に市は、阪堺線に対する支援策を発表し、2011年から10年間をめどに総額50億円の財政支援を行うとともに、公有化の協議を継続することとしたのだ。

支援項目で利用者にインパクトがあったのは、経費補助による運賃値下げだ。阪堺電車の運賃体系は、大阪市内または堺市内が200円、市境を越えると290円に跳ね上がって、並行路線より高くなっていたが、これを全線200円の均一運賃にした(消費税率改定に合わせて現在は210円)。さらに満65歳以上の堺市民は専用カード持参で100円になる。住民向けだけでなく、観光客誘致のためのフリー乗車券もいろいろと用意された。

また、車両の更新も話題となった。2013年から15年にかけて調達された3編成の新型LRV「堺トラム」だ。富山地鉄のサントラムや札幌市電のポラリスと同形の3車体連節車(下注)だが、車体塗装を敢えて抑えたトーンにしているのが特徴だ。原色がはじける従来車との違いは歴然で、外観との相乗効果で沿道に高級感を振りまいている。

*注 富山地鉄のサントラムは「新線試乗記-富山地方鉄道環状線」、札幌市電は「新線試乗記-札幌市電ループ化」の項で触れている。

実はこの日、朝早いうちに住吉鳥居前の電停でそれを待っていたのだが、同じ目的の親子連れがそばにいた。坊やは先発する従来車には目もくれない。「トラムに乗りたい!」と叫んで、次にやって来た堺トラムにいそいそと乗り込んだ。1時間に1本の割合で来る堺トラムは明らかに混んでいて、大人でもこれを選んで乗る人がいる、と後で聞いた。

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堺トラム第1編成「茶ちゃ」
 

多方面にわたる財政支援は、堺市民の阪堺線に対する認識に変化を与えたようだ。上町線の起点あべの界隈で、キューズモールやハルカスなど大規模商業施設が相次いで開業したこともあって、利用者数はそれ以来、上向きに転じている。

次回は、モ161の帰り道を上町線天王寺駅前までたどる。

■参考サイト
阪堺電軌 http://www.hankai.co.jp/
堺市公式サイト-阪堺線への支援の取組について
http://www.city.sakai.lg.jp/kurashi/doro/toshikotsu/hankaisen/

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