北海の島のナロー II-ボルクム軽便鉄道 前編
ボルクム軽便鉄道 Borkumer Kleinbahn
ボルクム Borkum~レーデ Reede 間 7.44km
非電化、軌間 900mm、全線複線、1888年開通
◆
東フリジア諸島の西端、ボルクム島 Borkum へ渡る船は、エムデン Emden の港から出航する。私は朝9時に出る便を予約したので、市内の宿に前泊していた。エムデンは、エムス川 Ems の河口近くにある古くからの港町だ。港に面して市庁舎が建ち(下注)、人々が集まる広場があり、片隅に起源が1635年に遡るハーフェントーア(港の門)Hafentor という市門も残っている。保存帆船が係留された風景は、どこか対岸のオランダの港町を思わせる。
*注 第二次世界大戦中の空襲で町の8割が焼けたため、市庁舎も戦後の再建になる。
![]() エムデン中心部の旧港 |
![]() (左)旧港に面して建つ市庁舎 (右)ハーフェントーア(港の門) |
![]() エムデンの1:50,000地形図 (L2708 Emden 1997年版) © Landesamt für Geoinformation und Landentwicklung Niedersachsen, 2018 |
ただし、この港は保存された旧港だ。船が大型化するにつれ、港は沖へ拡張されていった。ボルクム航路は現在、旧市街から3km先の外港(アウセンハーフェン Außenhafen)にあるボルクム埠頭 Borkumanleger に発着する。
そのため鉄道も、エムデン中央駅 Emden Hbf との間に連絡支線を持っている。中央駅から埠頭最寄りのエムデン・アウセンハーフェン Emden Außenhafen 駅まで、ごろごろと低速で走る列車でも6分あれば着く(下注1)。また、中央駅前のターミナル(ZOB)からは、市バスも1時間ごとに出ている(下注2)。ボルクム桟橋では駅とバス停が目の前に並び、船との乗継ぎはいたって便利だ。
*注1 ヴェストファーレン鉄道 Westfalenbahn のRE15系統と、若干のIC(インターシティ)が乗り入れてくる。
*注2 Stadtverkehr Emden (SVE) 502系統、埠頭の最寄りは Außenhafen-Borkumanleger 停留所。なお、土曜は本数が減り、日曜は運休のため、要注意。
![]() (左)エムデン中央駅 (右)駅前広場に置かれた静態保存の蒸機 右奥は古い給水塔、手前の線路は模型走行用 |
![]() エムデン外港 (左)アウセンハーフェン駅 (右)左奥の建物がフェリーターミナル Fährhaus、駅に直結している |
ボルクムは、東西二手に分かれるエムス河口の間に位置し、諸島の中では本土から最も遠い島だ。それにもかかわらず、旅行者数はノルダーナイ島に次いで多く(下注)、人気に見合う受入れ体制を備えている。
*注 2016年の旅行者数 ボルクム 290,875、ユースト 135,284、ノルダーナイ 537,641、バルトルム 76,567、ランゲオーク 217,161、シュピーカーオーク 94,055、ヴァンガーオーゲ 123,036。 Industrie- und Handelskammer für Ostfriesland und Papenburg (IHK), "Tourismus auf den Ostfriesischen Inseln" による。
航路が水深のあるエムス川を通るので、他の島のように運行が潮位に左右されないのも有利だ。それでハイシーズンには、フェリー(貨客船)とカタマラン(双胴船)が1日3往復ずつ、計6往復の設定がある。フェリーは島まで2時間から2時間半かかるが、最高速度38ノット(70km/h)のカタマランなら、それを1時間に短縮できる。
![]() ボルクム航路の船団 (左)客船ヴェストファーレン号 (右)カタマラン(双胴船)ノルトリヒト号 |
ちなみにフェリーでボルクムまで、大人普通運賃は片道19.60ユーロ、往復37.20ユーロだ。ほかに週末往復や日帰り往復(片道運賃と同額!)の割引切符もある。島に着いたら軽便鉄道の列車で町まで行くので、これらはすべて鉄道込みの運賃だ(下注)。
*注 島内の利用者のために、軽便鉄道のみの運賃の設定もある(大人片道2.60ユーロ)。蒸機等の特別列車は追加料金が必要。
他方、カタマランは、乗船1回につき11ユーロの追加が必要になる。さらにパンフレットには予約推奨と書いてある。9時発はこれで運行されるので、私は大事をとって、ネット予約しておいた。ところが、乗船してみると、船内はみごとに閑古鳥が鳴いていて、帰りに乗ったフェリーのほうがはるかに混雑していた。
上記IHK資料によれば、島の訪問者の平均滞在日数は8.43日で、日本人の感覚からするとかなり長い。時間に余裕のある滞在客にとって、乗船時間を1時間節約したところで大した意味はないのだろう。もちろん、満席にならない限り、予約なしで窓口へ行ってもカタマランの切符は買える。
◆
エムデン中央駅から埠頭までバスで行った。到着が出航5分前という際どい接続だが、昨日下見に来ていたこともあって、難なく予定のカタマラン、ノルトリヒト Nordlicht 号(オーロラの意)に乗船できた。定刻9時、船は静かに港を離れる。積込みを待つ新車が整然と並んだ港内をゆっくり進み(下注)、川というより湾に見えるエムスの広い水面に出たところで、猛然と速度を上げた。
*注 エムデンにはフォルクスワーゲンの主力工場の一つがある。
ホバークラフトとは違い、カタマランは2階のデッキに出られる。高みから観察していると、航路は初め、緑の野に発電用風車が林立する右岸に沿う。やがてそれが右奥へ去るや、今度は左岸、すなわちオランダ側の陸地が接近してくる。こちらも発電用風車が回っているが殺風景で、造成された工業地区のようだ。スマホを定額のローミングサービスにしていたら、知らぬ間にオランダの電話会社につながっていた。
![]() (左)エムデンを出航 (右)右岸はドイツ領。緑の野に発電用風車が林立 |
![]() (左)エムス河口を猛然と走る (右)ボルクム島の砂浜に沿って |
やがてボルクムの白く扁平な島影が見えてきたころ、針路は北西から右回転して東に転じる。そして、砂浜に沿うようにして、島の埠頭へ接近していく。朝というのに、埠頭にはたくさんの人影と車の列があった。後で知ったが、オランダのエームスハーフェン Eemshaven 行きのフェリーを待っているのだった。確かにボルクムは、ドイツ本土よりオランダのほうがずっと近い。
![]() ボルクム埠頭で船を待つ多くの人影 中央が軽便鉄道のホーム |
タラップを伝って、ボルクム埠頭に降り立った。といっても、ここはまだ干潟の先端に造られた人工の小島だ。島本体とは長さ2km以上ある築堤でつながっている。岸壁に並行して狭軌の線路が2本延び、屋根付きの低いプラットホームがそれに接する。フェリーにマイカーを載せてきた人は別として、大半の訪問者はここで軽便鉄道の列車に乗り継ぐことになる。
![]() |
![]() ボルクム島の1:50,000地形図 (L2406 Borkum 1988年版) © Landesamt für Geoinformation und Landentwicklung Niedersachsen, 2018 |
ボルクム軽便鉄道 Borkumer Kleinbahn は、ここレーデ Reede から町なかのボルクム駅 Borkum Bahnhof まで、7.4kmを運行する非電化、900mm軌間の鉄道だ。エムス株式会社 AG Ems の子会社、ボルクム軽便鉄道・汽船会社 Borkumer Kleinbahn und Dampfschifffahrt GmbH が、航路と一体で運営している。ミニ路線ではあるものの、全線複線化されており、鉄道が残る3島の中で最も規模が大きい。
レーデとは投錨地、停泊地を意味する言葉だ。埠頭は一般にアンレーガー Anleger(接岸場所の意)と呼ばれるのだが、ボルクムでは港が整備される以前の呼称を残している。なお、同鉄道の時刻表では駅名を、Reede ではなく Fährhafen(フェリー港の意)と記載しているので要注意。
![]() 埠頭のレーデ駅 (左)列車が入線 (右)電光掲示板は各方面のボルクム駅出発時刻(船の出航時刻ではない)を示す |
待つことしばし、昔のバスかトラックのような余韻のない警笛を合図に、真っ赤な小型機関車が列車を牽いて、ゆるゆると入ってきた。ホームの前に停車するや、降りる人と乗り込む人が交錯する。特大のスーツケースが行き来し、毛並みのいい飼い犬も尻尾を振りながらついていく。
赤を装う機関車は、運行の主力を担うシェーマ社(下注)製の2軸ディーゼル CFL150形だ。側面のプレートによれば、これは「ハノーファー Hannover」号。鉄道には同型車があと3両、「ベルリン Berlin」「ミュンスター Münster」「アウリッヒ Aurich」が在籍している。いずれも赤塗装だが、機関室前面の排気筒の色が識別のポイントだ。このほか、より古いシェーマ・ロコ CFL200形「エムデン Emden」も、繁忙期に出番がある。
*注 ドイツのディープホルツ Diepholz に本拠を置くクリストフ・シェットラー機械製造会社 Christoph Schöttler Maschinenfabrik GmbH、通称シェーマ SCHÖMA 社は、簡易軌道やトンネル建設現場で使われるこうした小型ディーゼル機関車の専門メーカー。
![]() シェーマ製ディーゼル機関車。排気筒の色でも識別可能 (左)ハノーファー号、1993年製 (右)アウリッヒ号、2007年製 |
機関車の後ろにつく黄色づくめの車両は、コンパートメント兼荷物車だ。さらに、側面が色違いの4軸客車が8両連なっている。小型とはいえ全部で10両、堂々たる編成だ。客車は1993~94年の製造で比較的新しいが、デッキつき、ダブルルーフの古典仕様は、かつて活躍していたヴァイヤー式客車 Weyer-Wagen(下注)に基づく。乗車時間が短いので、座席は木製ベンチだ。車内の片側が対面式クロスシート、もう片側がロングシートで、狭いスペースに効率よく配置されている。
*注 カール・ヴァイヤー社 Carl Weyer & Cie. (後のデュッセルドルフ鉄道需要 Düsseldorfer Eisenbahnbedarf)は、デュッセルドルフに本拠のあった車両メーカー。軽便鉄道が所有する旧型客車は改修を受けて、今なお懐古列車 Nostalgiezug の運行に使われている。
![]() 現行4軸客車 内部は片側クロスシート、片側ロングシート |
![]() 懐古列車で使われる古典客車 |
乗客が乗り込んでいる間に、外では機回し作業が行われた。文献には、列車の両端に機関車を連結して(下注)、そのまま折り返し運転ができる、と書かれているが、この日はどの列車も機関車は1両だった。残りの機関車は、検査か整備に出ているのだろうか。
*注 2両の機関車が客車を挟む形のプッシュプル運転 Wendezugbetrieb は、 CFL150形を1両(「アウリッヒ」号)増備して、2007年に始まった。
時刻表によれば、この列車の出発時刻は「およそ」10時15分。船の遅延も見込んで、幅を持たせてあるのだろう。ホームから人影が消えれば、発車の準備が整う。前のほうで例のそっけない警笛が響き、列車はそろりと動き出した。車窓を、ランプウェーの口をぽっかり開けたフェリーの影が遠ざかる。ボルクム駅までは17分の旅だ。
![]() 懐古列車がレーデ駅を出発、ボルクム駅に向かう 先頭は1970年製のシェーマ・ロコ、エムデン号 |
続きは次回に。
■参考サイト
AG Ems https://www.ag-ems.de/
Borkumer Kleinbahn http://www.borkumer-kleinbahn.de/
Inselbahn.de https://www.inselbahn.de/
本稿は、Malte Werning "Inselbahnen der Nordsee" Garamond Verlag, 2014 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
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