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2018年2月18日 (日)

ドイツの新しい1:250,000地形図

連邦地図・測地局 Bundesamt für Kartographie und Geodäsie(略称BKG)が担当しているドイツの小縮尺図体系が2017年から大きく様変わりしている。黄色い表紙で親しまれてきた区分図シリーズの1:200,000地勢図 Topographische Übersichtskarte がついにカタログから姿を消してしまったのだ。代わりに登場したのが、Übersicht(概観)の語をつけずに、単に Topographische Karte(地形図)と称する1:250,000で、全30面が一気に刊行された。

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1:250,000地形図表紙
(左)ベルリン Berlin
(右)ローゼンハイム Rosenheim
いずれも2017年版
 

1:200,000図のルーツは19世紀に遡るが、第二次世界大戦後、1961年に当時の西ドイツを44面でカバーするシリーズとして再興され、東西統一後は旧東側にも範囲を拡げて、全59面の区分図シリーズ(のちに一部の図郭拡張で58面)になった。近年、1:100,000以上の地形図が、平板な印象の ATKIS図式(下注)に置き換えられていくなかで、1:200,000は、配色に変更が加えられながらも、銅版刷りの繊細さを残すドイツ地形図の特質をおよそ50年間護り続けてきた。

*注 公式地形・地図情報システム(アトキス)Amtliches Topographisch-Kartographisches Informationssystem (ATKIS) で使用される地図図式。

ドイツの1:200,000地形図ほか」の項でも述べたように、戦後まもない地形図体系の再編の際にも縮尺を1:250,000に変更する案が検討されたことがある。実際、英仏をはじめ西側諸国ではそちらが多数派なのだ。グローバル化時代に入ると、このことがシステム規格の決定に影響を与えることになる。欧州各国の地図作成機関等が参加する組織、ユーロジオグラフィクス EuroGeographics が汎ヨーロッパの地理情報データベースを構築するにあたり、採用した縮尺の一つが1:250,000だった。

ユーロリージョナルマップ EuroRegionalMap と呼ばれるこのデータベースには、各組織が、担当する地域の地理情報を共通仕様で提供する必要がある。そのためにドイツも ATKIS に1:250,000のデータを作成し管理している。縮尺が近似する1:200,000を、印刷図を維持するために更新していく積極的な理由は見出しにくい。さらに、ATKISからは印刷図の原稿も直接出力できるので、国内各州の測量局は、担当する1:25,000から1:100,000までの印刷図の大部分をすでにこの方式に移行させてしまっている。BKGが同様の転換策に踏み切るのは、実は時間の問題だったのだ。

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1:250,000地形図索引図
 

今回刊行された1:250,000地形図は、冒頭にも述べた通り、ドイツ全土を30面でカバーする全く新しいシリーズだ。地形図の裏面には、同じエリアのカラー衛星画像 Satellitenbildkarte が印刷されている。

折寸こそ旧図と同じ横10.8×縦24.0cmだが、表紙からして、色で縮尺の違いを示す従来方式(例えば1:200,000は黄色)ではない。人目を惹く風景写真を中央に配し、その下に都市や観光地の名が列挙され、収載されるエリアがすぐにわかるようになっている。英仏の例に倣って、利用者へのアピールを強化する作戦だ。

図郭は、旧1:200,000の経度1度20分×緯度48分に対して、新1:250,000では縮尺が小さくなり、用紙の横を一折り分長くしたことで、経度2度×緯度1度と切りのいい数値に収まった。

内容はどうだろうか。1:200,000(下図左)と1:250,000(下図右)で、同じエリアを並べてみた。場所は、バイエルン南東部のローゼンハイム Rosenheim からオーストリア国境の山岳地帯にかけてと、ベルリン Berlin 市街だ。色調はほぼ変わらないものの、一見して1:250,000のほうが、情報の取捨選択が徹底されていることがわかる。絵的にはシンプルで見易くなったと感じる一方で、残念ながら、省かれたものも多数ある。

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1:200,000図(左)と1:250,000図(右)の比較
ローゼンハイムからオーストリア国境の山岳地帯にかけて
© Bundesamt für Kartographie und Geodäsie, 2018
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同 ベルリン市街
© Bundesamt für Kartographie und Geodäsie, 2018
 

たとえば、ローゼンハイム図の下のほうにあるバイリッシュツェル Bayrischzell の町の周辺に注目すると、1:200,000に記された Hochkreut、Suderlfeld などの集落名、Seeberg、Maroldschneid などの山名や標高値が、1:250,000ではことごとく無くなっている。配置するスペースが縮小する分、割愛が生じるのはやむを得ないとはいえ、地名は場所を特定する手がかりだから、残念なことだ。

また、道路網や集落の表現も簡略化された。ベルリン図に見られるとおり、1:200,000では市街地の塗りに2色が使われ、中心街は濃いピンク、それ以外は薄いピンクと区別されていた。ところが1:250,000ではそうした配慮はなく、一様にピンクで塗られている。また、郊外では1:200,000で、胡麻粒のような黒抹家屋の記号を使って、集落の広がりや密度を表現していたものが、1:250,000では単に円で集落の中心を示すだけになった。道路網の省略もその延長線で、円と円の接続関係がわかれば十分という考えだろう。

注記文字は、サンセリフ(先端に飾りのない)タイプに変わった。日本語書体の明朝とゴシックの関係に似て、サンセリフは線幅がほぼ同じで視認性が良いことから、採用される傾向にある。1:200,000では注記文字は、水部の青を除いて一様に黒色が使われていたが、1:250,000では居住地名は黒、水部は青、自然地名は茶色、公園域は緑、軍用地はピンクと、細かく変えている。これにより、居住地名がまず目に飛び込んでくるようになった。反面、山の名などは埋もれてしまい、目を凝らして探さなければならないが…。

一方、等高線とぼかしを併用する地勢表現は踏襲された。等高線間隔は、旧1:200,000が平野部25m、山地50mだった。1:250,000も平地と低山地ではそれぞれ25m、50mだが、高山地では100m、急峻な山地では200mに拡げられている。そのため、バイエルンアルプスでも等高線は粗く引かれ、等高線の密度から地勢を想像することは難しい。また、写実的な崖記号が無粋なドットパターンに置き換えられ、砂地と間違えかねない。

ぼかし(陰影)は、メッシュ標高データから精細な画像が自動生成されているので、等高線の情報不足を補って余りある。ただ惜しいことに、配色にピンク系のグレーを充てたために、眠たげな印象を与え、等高線との区別もつきにくくなった。

新作というのに否定的な感想が多くて恐縮だが、それというのも、ドイツでは地形図のデジタル化に際して、アナログ時代に磨かれた地図デザインのセンスが十分尊重されなかったように思うからだ。作成プロセスの合理化を追求するなかで、伝統的な長所を生かす努力がやや疎かになっている。1:250,000もそれだけ見れば決して悪くはないのだが、前身の1:200,000と見比べると、多くのものを犠牲にしていることに改めて気づく。

この1:250,000の登場の陰で、従来の1:200,000地勢図は、2014年に南ドイツの10面が更新されたのが最後の刊行となった。かろうじて現在は、同じく2014年に刊行された地方図 Regionalkarte シリーズ 計13面(下注)のみがカタログに掲載されている。これは主要都市とその周辺を1:200,000図で概観するもので、裏面にはより広域を収める1:1,000,000(100万分の1)図が印刷された徳用版だ。果たして継続的に更新されるのか不明だが、このシリーズが残る限り、1:200,000図を手にする機会が消滅したわけではない。

*注 ハンブルク Hamburg、ブレーメン Bremen、ベルリン Berlin、ハノーファー Hannover、ライン=ルール Rhein-Ruhr(ドルトムント中心)、ケルン=デュッセルドルフ Köln-Düsseldorf、ハレ=ライプツィヒ Halle-Leipzig、ドレスデン Dresden、ライン=マイン Rhein-Main(フランクフルト中心)、ライン=ネッカー Rhein-Neckar(マンハイム中心)、ニュルンベルク=フュルト Nürnberg-Fürth、シュトゥットガルト Stuttgart、ミュンヘン München の13面(図郭は下図参照)

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1:200,000地方図
(左)ベルリン地方 Region Berlin
(右)ライン=マイン地方 Region Rhein-Main
いずれも2014年版
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1:200,000地方図索引図
カラーの図郭が地方図
グレーの図郭は従来の1:200,000地勢図
 

1:250,000地形図と1:200,000地方図は、日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトでも扱っている。"Umgebungskarte 1:250.000"、"Regionalkarte" などで検索するとよい。

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