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2017年10月29日 (日)

ロッキー山脈を越えた鉄道 VII-モファットの見果てぬ夢 前編

コロラドの鉄道を語る際に欠かすことのできない人物がいる。その名はデーヴィッド・モファット David Moffat。生まれは東部ニューヨーク州だが、20代半ばでデンヴァーに移住し、デンヴァー第一国立銀行 First National Bank of Denver の頭取にまでなった有力実業家だ。

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デーヴィッド・モファット
(1839~1911)
© Denver Public Library 2017,
Digital Collections H-123

 

彼は、デンヴァー最初の鉄道となったデンヴァー・パシフィック Denver Pacific(下注)をはじめいくつかの新興鉄道にも出資者として名を連ねている。そして、1887年にはリオグランデ(デンヴァー・アンド・リオグランデ鉄道 Denver and Rio Grande Railroad)の代表取締役に就任し、ライバル他社との激しい競争を制して、自社の優位を保つことに貢献した。テネシー峠回りの本線改良を推進したのも彼の功績だ。しかし、債権者との意見の相違が原因で1891年に社長を辞任し、その後は、リオグランデに対して距離を置き、独自の道を貫くことになる。

*注 デンヴァー Denver ~シャイアン Cheyenne 間のデンヴァー・パシフィックについては「ロッキー山脈を越えた鉄道 I-リオグランデ以前のデンヴァー」で言及している。

その後モファットが仕掛けた鉄道は、リオグランデにとって最後のライバルとなった。デンヴァー・ノースウェスタン・アンド・パシフィック鉄道 Denver, Northwestern and Pacific Railway (DN&P) が正式名だが、地元では常にモファット線 Moffat Line またはモファットロード Moffat Road(下注)と呼ばれている。なぜなら新たな夢を叶えるために、彼が持てる私財を惜しみなく注ぎ込んだ鉄道だからだ。

路線は、デンヴァーから直接西へ進み、ソルトレークシティ Salt Lake City と直結する計画だった。リオグランデと目的地が重なり、かつ南のプエブロ Pueblo を回るリオグランデに比べて距離がはるかに短い。デンヴァーの商業界も、市街の背後に残された鉄道空白地を解消する「エアライン Air Line(空地の路線の意)」として、その実現に大いに期待を寄せた。

*注 次回詳述するロリンズ峠 Rollins Pass 越えの廃線跡も、モファットロードと呼ばれるので注意。

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デンヴァー・ノースウェスタン・アンド・パシフィック鉄道(モファット線)の路線概略図
赤線がモファット線、青線がリオグランデ
 

デンヴァーの西側には、ロッキー山脈の一部を成すフロントレンジ Front Range(前面山脈の意)が屏風のように立ちはだかる。そのため既存の鉄道は迂回路を選んだのだが、遅れてきたモファット線はこの天下の険に敢えて正面から挑戦した。工事は1902年の冬に始まったものの、山脈に分け入るルートは難工事の連続で、分水嶺を越えて西斜面に達するまでに3年の歳月を要した。その分、開通後は壮観な山岳風景が見どころとなり、長旅の客を魅了したのだ。

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デンヴァー西方の山岳地帯を行くモファット線
USGS 1:500,000コロラド州全図 Colorado State Map 1980年改訂版に加筆
 

列車に乗ったつもりで、デンヴァーの中央駅であるユニオン駅 Denver Union Station(標高1,581m)からそのルートをたどってみよう。

駅を出てしばらく旧コロラド・セントラル線 Colorado Central Railroad と並行したあと、線路は西北西へ向かう。30km(18.5マイル)の地点に、早くも最初の注目ポイントがある。平原からフロントレンジへの取っ掛かりに設けられた大カーブ群だ(下の地形図も参照)。勾配を20‰に抑えるために、敢えて極端に切返すことで高度を稼ごうとした。

2か所の馬蹄形カーブには、デンヴァー側から順にリトルテン Little Ten、ビッグテン Big Ten の呼び名がある。アメリカの鉄道では通例、カーブの緩急を弦(=弧の両端を結ぶ線分)100フィートに対する中心角の度数で表す。度数が大きいほどカーブがきつい。ビッグテンの「テン」は10度を意味し、半径175mに相当する急カーブだ。マイルトレイン Mile train (下注)がこの区間を上る様子は、まるで山に帰ろうとする大蛇のようにも見え、早くから定番の撮影地になっている。

*注 マイルトレインは、1マイル(1.6km)もあるような長大編成の貨物列車を言う。

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ビッグテンを降りるマイルトレイン
Photo by Aaron Hockley at flickr.com. License: CC BY-NC-ND 2.0
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ビッグテン~プレーンビュー間
なお、等高線間隔は、
図の左半分が40フィート(約12m)、右半分が10フィート(約3m)
USGS 1:24,000地形図 Louisville 1965年版、Golden 1971年加刷修正版、Eldorado Springs 1965年版、Ralston 1965年版に加筆
 

この後、列車は山裾を北へ進む。トンネルにはデンヴァー方から番号が振られていて、第1トンネルを出てまもなくプレーンヴュー Plainview の信号場(標高2,071m)がある。大平原の眺望という名が示すとおり、沿線最大かつ最後の見晴らしが楽しめる。

その先はいよいよ山岳地帯だ。大小のトンネルが27本も連続する区間「トンネル・ディストリクト Tunnel District」が待ち受けている。線路は、断層崖に露出したフラットアイアン Flatiron(アイロンの意)の大岩を抜け、エルドラド山 Eldorado Mountain の下の第8トンネルで西に折れ、サウスボールダークリーク South Boulder Creek の南側の険しい山襞を文字どおり縫うように進んでいく。このあたり、谷底からの比高は300mを優に超え、かなりの高度感がある。

サウスドロー South Draw の深い支谷を馬蹄カーブでしのぎ、長めの第17トンネルで向かいの尾根を抜ける。クレセント Crescent 信号場(標高2,271m)を通過すると、右手にデンヴァーの水がめ、グロス貯水池 Gross Reservoir の巨大なダムが望める。その後も同じようなトンネルが断続的に現れるが、いつのまにかサウスボールダークリークの谷底がかなり上昇してきている。谷中の馬蹄カーブの途中でごく短い第27トンネルをくぐればトンネル・ディストリクトは終了し、パインクリフ Pinecliff 信号場(標高2,430m)が目前だ。

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クレセント信号場の西でグロス貯水池を望む
Photo by Jerry Huddleston at wikimedia. License: CC BY 2.0
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プレーンビュー~クレセント間
USGS 1:24,000地形図 Eldorado Springs 1965年版に加筆
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クレセント~パインクリフ間
USGS 1:24,000地形図 Eldorado Springs 1965年版、Tungsten 1972年版に加筆
 

この後しばらくは、高原上の浅い谷の中を通る旅になる。ロリンズヴィル Rollinsville、トランド Tolland の信号場を過ぎ、デンヴァーから81km(50.2マイル)で、いよいよ大陸分水嶺の本体というべき山塊にぶつかる。線路はイーストポータル East Portal 信号場(標高2,808m)の先で、単線のモファットトンネル Moffat Tunnel に突入する。長さが9,994m(6.21マイル)もあり、開通当時は北米最長を誇った(下注)。

*注 現在は、ワシントン州のカスケードトンネル Cascade Tunnel(12.55km(7.8マイル))、モンタナ州のフラットヘッドトンネル Flathead Tunnel(11.28km(7.01マイル))について鉄道トンネルとしては第3位。

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モファットトンネル西口
Photo by Jeffrey Beall at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

当時、このようなトンネル建設は、前例のない大プロジェクトだった。それだけに、必要とされた莫大な資金を民間の力だけで集めきるのは難しかった。そこで、公営水道の計画と抱き合わせにして、デンヴァー市が起債で一部を賄おうとしたのだが、私企業との合弁事業に対し、反対派から横槍が入って頓挫する。最終的には州政府の財政援助を得て、なんとか着工に漕ぎつけた。

トンネルの掘削も、資金調達に負けず困難な作業だった。特に西側で想定以上に地質が悪く、破砕帯に遭遇して大量の湧水にも悩まされた。工期の短縮を図るために、先に貫通させた導坑を使い、本坑を複数の工区に分けて掘り進めていった。この導坑はトンネル完成後、水路に転用され、先ほど見たグロス貯水池を経由して、西斜面の豊かな水資源を東の都市域に導く役割を果たしている(下注)。

*注 トンネルは東口より西口のほうが高度が高いが、中央を高くする拝み勾配のため、水路トンネルの西半分は逆サイホンの原理で流している。

長い闇を抜ければ、太平洋斜面で最初の駅ウィンターパーク Winter Park(標高2,762m)に到着する。スキーリゾートとして知られる町だ。線路はさらに、フレーザー川 Fraser River に沿って西へ下っていく。

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ウィンターパークの中心部
Photo by Darkshark0159 at English Wikipedia.
 

興味の尽きないルートながら、現在このルートを走る旅客列車はごく少ない。通年運行するものでは、シカゴ Chicago ~エメリーヴィル Emeryville 間の大陸横断列車カリフォルニア・ゼファー号 California Zephyr が唯一だ。西行き、東行きとも2日目の日中にこの山岳区間を通過するので、変化に富んだ車窓風景が楽しめる。

このほか、デンヴァーのシニア世代には懐かしいデンヴァー~ウィンターパーク間の「スキートレイン Ski Train」が、数年間の中断を経て、2017年のシーズンから復活している。

この列車は1940年に運行が始まり、1950~60年代にはウィンターパークのスキー教室に出かける子どもたちを運んでいた。1988年にリゾートトレインとして再出発したものの、利用者の減少が進み、2008~09年冬のシーズンをもって廃止されてしまった。ところが、2015年のウィンターパーク開設75周年に当たり記念列車を計画したところ、昔を懐かしむ人々に大きな反響を呼んだ。用意された450席は即日完売となり、急遽追加した翌日便もすぐに売り切れた。そこで運行の定期化が検討され、2017年1月からスキーシーズンの週末(土・日曜)に「ウィンターパーク急行 Winter Park Express」の名で再び走り始めたのだ。

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デンヴァー・ユニオン駅に停車中のスキートレイン(2003年)
Photo by Lexcie at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

こうして今や大陸横断鉄道の一部にもなったモファット線だが、実はデーヴィッド・モファットは、夢に描いた新路線の完全な姿を見届けることなく、1911年にこの世を去っている。分水嶺を越える区間は、確かに生前の1904~05年に開通しているのだが、トンネルが完成したのはずっと後の1928年なのだ。では、それまでの24年の間、旧線はどこを通っていたのだろうか。その驚くべきルートについて次回詳述しよう。

(2007年2月2日付「ロッキー山脈を越えた鉄道-モファット線」を全面改稿)

本稿は、「ロッキー山脈を越えた鉄道-コロラドの鉄道史から」『等高線s』No.12、コンターサークルs、2015に加筆し、写真、地図を追加したものである。記述に当たって、Claude Wiatrowski, "Railroads of Colorado : your guide to Colorado's historic trains and railway sites", Voyageur Press, Inc., 2002およびGeorge W. Hilton "American Narrow Gauge Railroads" Stanford University Press, 1990、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照した。

■参考サイト
アムトラック-ウィンターパーク急行 https://www.amtrak.com/WinterParkExpress

★本ブログ内の関連記事
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