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2017年8月12日 (土)

ミッドランド線 II-アーサーズ・パス訪問記

古い話で恐縮だが、2004年3月にニュージーランド南島を訪れたとき、クライストチャーチ Christchurch からアーサーズ・パス Arthur's Pass へ、バスと列車で日帰り旅をした。前回のミッドランド線 Midland Line とトランツアルパイン TranzAlpine の記事の付録として、そのときの様子を綴っておこう。写真も当時のもの(一部はネガフィルムからのスキャン)であることをご了承願いたい。

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アーサーズ・パス駅に停車中の、
クライストチャーチ行きトランツアルパイン

サザンアルプスを横断するミッドランド線は、前々からぜひ乗ってみたい路線の一つだった。とはいえ、全線往復は一日がかりで、私たちのような幼児連れには辛いし、地形図で確かめると、車窓の見どころは前半に集中している。乗るのはアーサーズ・パスまでとして、滝を見に行くミニハイキングと組合せれば、気分も変わっていいのではと考えた。

最初、往復ともトランツアルパインにするつもりで、1か月前にトランツ・シーニック Tranz Scenic 社のウェブサイトで予約を試みたが、すでに往路は満席だった。仕方がないので、列車に近い時刻で運行しているバス会社を探し出し、Eメールで予約を入れた。無料のピックアップサービスがあるというので、泊っているクライストチャーチのB&B(ベッド・アンド・ブレックファスト、いわば民宿)まで朝、迎えに来てほしいと依頼した。

それで今朝は、返信メールで指示された7時30分に間に合わせるために、早起きする必要があった。7時からの朝食を大急ぎで済ませて宿の玄関で待っていると、通りの向かいに "Coast to Coast" と社名を掲げた、送迎用らしきマイクロバスが停まった(下注)。列車なら市街のはずれにある駅まで出向かなければならなかったから、これはラクチンだ。私たちが最初の客で、そのあと大聖堂前のほか数個所で次々と客を拾って、ほぼ満席の20人ほどになった。

*注 ちなみに2017年8月現在、このルート(朝、クライストチャーチ発、グレイマウス行き)には、Atomic Shuttles Service のバス便がある。
http://www.atomictravel.co.nz/

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スプリングフィールド(右下)~アーサーズ・パス(左上)間の1:250,000地形図
国道(赤の太線)は、鉄道(黒の太線)から離れた山間を通ってアーサーズ・パスに向かう
Sourced from NZMS262 maps 10 Grey and 13 Christchurch. Crown Copyright Reserved.
 

時刻表によると、クライストチャーチの発車時刻は8時ちょうどだ。アーサーズ・パスには10時30分に到着し、そのままグレイマウス Greymouth まで走破する(下注)。どこかで長距離用の大型バスに乗り継ぐのだろうと、ずっと地図で軌跡を追っていたのだが、そのうち家並みが疎らになり、郊外へ出て行くではないか。

*注 列車の時刻はクライストチャーチ8:15→アーサーズ・パス 10:42なので、所要時間はほとんど変わらない。

やがて運転手は道端に車を止めて、切符を売り始めた。そう、このマイクロバスがそのまま山越えをするのだった。バス停はあってなきがごとし、だ。客を最寄りから拾い、しかもアーサーズ・パスまでの運賃は、60 NZドルかかる列車の半分以下の25ドル(当時のレートで1,800円)。人口の少ないこの国らしい実に小回りのきいたサービスで、これでは列車が太刀打ちできるはずがない。でも、こんなに繁盛しているなら大きなバスにすればいいのにと思う。

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(左)アーサーズ・パス方面のバスのリーフレット
  大型バスが描かれているが...
(右)実際に走ったのはマイクロバス
 

バスは、畑がどこまでも広がるカンタベリー平野の直線道を、時速100kmで飛ばしていく。1時間ほど走ったところで、ようやく前方に山並みが現れた。アルプスの前山を越す標高942mのポーターズ・パス Porter's Pass だ。鉄道がワイマカリリ川 Waimakariri River の峡谷に沿って走るのに対して、道路は西にそれてこの峠を越える。

胸突き八丁の険しい勾配をローギアで登って行くと、えもいわれぬ色合いの山並みが迎えてくれた。アルプスの東側は乾燥気候で、樹木が育ちにくく、山肌が崩壊しやすい。それで、岩石の露出したところはグレー、草の生えたところは黄金色や黄緑色になり、水彩画の趣きを見せているのだ。

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ポーターズ・パスを越えてサザンアルプスの山懐へ
 

峠を下りてしばらく進むうちに、草で覆われた丘に異様な形の巨岩が立ち並ぶキャッスル・ヒル Castle Hill が見えてきた。ここでフォトストップを兼ねた休憩がある。乗客はみな狭い車内からつかの間解放されて、嬉しそうだ。このあたりは盆地状の土地だが、河川の浸食で起伏が激しく、道路は大きく迂回しながら谷を渡る。

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キャッスル・ヒルから雲がたなびくサザンアルプスを望む
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(左)剥き出しの巨岩が並ぶキャッスル・ヒル
(右)山間で静かに水を湛えるピアソン湖
 

静かに水をたたえるピアソン湖 Lake Pierson を過ぎ、改めてワイマカリリの広く平たい河原に出る頃、対岸に私たちが乗れなかった西行きトランツアルパインの疾走する姿が小さく捉えられた。次善策で選んだバスの旅だったが、こうして列車では見られない景色を鑑賞できる印象深いものになった。

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(左)ワイマカリリ川上流。川を横断する鉄橋が見える
(右)対岸にトランツアルパインの姿が
 

10時30分、時刻表どおりにアーサーズ・パスのバス停(正確には峠ではなく、峠の手前の集落)に到着した。バスの窓から列車を追いかけていた頃はまずまずの天気だったが、峠の空は変わりやすくて、時折しぐれが襲う。カフェでミートパイ、サンドイッチとコーヒーを注文して、早めの昼食とした。

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(左)アーサーズ・パスのカフェ前からハイキングに出発
(右)グレイマウス行きトランツアルパインが通過
 

晴れ間が覗いたところを見計らって、デヴィルズ・パンチボウル滝 Devil's Punchbowl Falls を見に出かけた。パンチボウルはポンスを入れる鉢のことで、滝の名は「悪魔の大鉢」といったところだろう。滝壷まで大人の足で30分ほどの距離だ。西海岸へ通じる国道からわき道にそれるとまもなく、峠から流れ下ってくるビーリー川 Bealey River ともう一つの谷川を連続して渡る。鉄材でトラスを組んだ歩道橋だが、わが子は一目見て「てっちょー(鉄橋)」と叫んだ。目指す大滝が正面に見えている。

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デヴィルズ・パンチボウル滝とトラスの歩道橋
 

途中までは立派な木製の階段が整備されていて快調だったが、やがて大きな石が転がる本格的な山道となった。上り一辺倒ではなく下り坂もある。ベビーキャリアで重心が高くなっているので、慎重に進まざるを得ない。落石注意の看板の先で林がとぎれて、いよいよ滝が全貌を現した。高さ131m(下注)、見上げる高さから一気に落ちてくる。水しぶきばかりか、雲に覆われた空から霧雨まで吹きつけてきた。来合わせた青年に家族写真を撮ってもらう。

*注 高さの数値は、DOC "Discover Arthur's Pass - A Guide to Arthur's Pass National Park and Village" による。

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(左)石が転がる山道を行く
(右)滝壺前に到着
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見上げる高さのデヴィルズ・パンチボウル滝
 

15時半に鉄道駅まで戻ってきた。発車時刻は15時57分なのだが、すでにトランツアルパインはホームに停まっていた。行きに見かけたときは客車を12両つないで堂々たる編成だったのに、帰りはたった3両とさびしい。それにここアーサーズ・パスはまったくの無人駅で、駅舎はあれど売店などはない。車内に持ち込むお菓子と飲み物を買いたいと思っていたので、当てが外れた。

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(左)アーサーズ・パス駅へ戻ると列車はすでに入線していた
(右)旧駅舎の写真パネル
  現駅舎は旧駅舎の焼失後1966年に建築
 

列車は予約済みだが、座席指定は現地で行われる。始発駅なら窓口で行うはずのところ、ホームに出ていた車掌氏に名前を告げて、ボーディングパスを受け取った。

車内に入ると、日本のグリーン車以上の大型席が片側2つずつ、テーブルをはさんで向かい合わせに並んでいる。狭軌の車両にこの設備なので、通路は人一人通れるくらいの幅しかない。列車が動き出しても、私たちの向かいの席には誰も乗ってこなかった。見るとあちこちに空席がある。出発前に見たウェブサイトでは満席と表示されていたので、どうやらボックス単位で予約を入れているようだ。

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トランツアルパイン車内
テーブルつきボックスシートが所狭しと並ぶ
 

出発すると列車はビーリー川の谷を下っていき、まもなくワイマカリリの広い河原に出る。朝来るときにバスの車窓から追跡したあたりだ。やがて川と国道から離れて雄大な風景の高原地帯に入っていく。

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(左)初めはワイマカリリの広い河原の際を走る
(右)キャス Cass から川を離れて高原を行く
 

次はいよいよ大峡谷だ。右手に、大地を深く刻み込んだブロークン川 Broken River が現れる。これを高い鉄橋でゆるゆると渡ると、今度は左手はるか眼下に、さきほど別れたワイマカリリ川が明るいブルーの太い線を大きくくねらせている。窓の開かない客車を脱出して、連結された荷物車のデッキに移ったが、そこはカメラを手にした乗客が入れかわり立ちかわり集まる展望台と化していた。

長めのトンネルをいくつか抜けると、支流を渡る高い鉄橋がある。ワイマカリリがオーム字形に蛇行していて、まるで上空に飛び出したかのような角度から眺めることができる。最後の眺めは、この峡谷がカンタベリー平野へ出て行くところだ。谷の中に封じ込められていた水の力が一気に解放され、網流の限りを尽くす様子が遠望された。

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(左)ブロークン川の鉄橋を渡って峡谷へ
(右)峡谷になったワイマカリリ川に再会
 

スイスの列車も楽しいが、それに匹敵するほど、ダイナミックな景勝ルートだ。朝充電したデジカメが列車に乗る前に電池切れになってしまい、その後はアナログカメラでちびちび撮ったため、車窓写真がもうひとつパッとしないのが唯一の心残り。

平野に出たスプリングフィールド Springfield で、静かなはずのホームがにわかにざわついた。窓越しに覗くと、3両目を占有していた日本人団体客の一行が下車して、駅前に停車した観光バスに移動していく。ここから先の車窓は単調なので、先を急ぐツアーにさっさと見切りをつけられたわけだ。

やがて左にゆるゆるとカーブして南部本線(メイン・サウス線 Main South Line)に合流し、工場や倉庫の中を走って、18時ごろクライストチャーチ駅に到着した。定刻18時05分より少し早い。駅舎は新しくモダンなデザインの建物だが、ホームは片面1線の簡素な造りだ。駅前に路線バスなどは来ていないので、シャトル Shuttle(当地では乗合タクシーのこと)を捕まえて宿へ戻った。

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クライストチャーチ駅に到着
 

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