ウェールズの鉄道を訪ねて-フェアボーン鉄道
フェアボーン鉄道 Fairbourne Railway
フェアボーン Fairbourne ~バーマス・フェリー Barmouth Ferry 間 3.2km
軌間 1フィート1/4インチ(311mm)
1895年開通、1916年保存鉄道化
機関士が巨人に見えるフェアボーン鉄道の機関車 背景はバーマス鉄橋 |
◆
タリスリン鉄道訪問の後、フェアボーンに移動した。タウィン Tywyn から列車でほんの20分ほどだが、この間に、山が海に直接落ちるヴリオグの断崖 Friog cliffs という難所がある。線路は、海面から高さ約30mほどの崖の中腹に通されている。過去、落石による機関車転落事故が2度発生した現場で、列車は時速25~30マイル(40~48km)の徐行を強いられる。
その代わり、眺望は何度見てもすばらしい。南から行くと、湾の向こうにバーマスの町が見え、次に長く延びる砂浜が近づいてきて、列車はそれに向かって飛行機が着陸するように高度を下げていく。
(左)カーディガン湾に沿って北上 (右)マウザッハ川の河口に接近(フェアボーン南方) 「カンブリア線」の項で使用した写真を再掲 |
ヴリオグの断崖を振り返る(翌日撮影) |
フェアボーンの村はその砂浜に載っている。降りた駅も棒線上の無人駅だ。対するフェアボーン鉄道 Fairbourne Railway の始発駅は、通りの向かいに敷地を構えている。早めに乗車券を買い、施設をひととおり見て回った。
鉄道は、ここから砂嘴の先端まで3.2km延びているが、軌間は1フィート1/4インチ(311mm)と、フェスティニオグやタリスリンの約半分だ。機関車はフルサイズ鉄道のそれを縮小して造られていて、分類としてはミニチュア鉄道(鉄道模型)になるそうだ。英語では Ridable miniature railway、つまり人が乗れる鉄道模型だ。
しかし、駅構内は立派に駅の要件を満たしている。並行する3本の線路に沿って、管理棟らしき長い建物が2棟建つ。中は切符売り場を兼ねた売店があり、その奥は本物(?)の鉄道模型のレイアウトスペースだ。建物の裏を覗くと、整備工場と留置線が見えた。小さな待合所だけのカンブリア線の駅とは、比べものにならない。ただ、なぜか客用のトイレはなくて、駅前の公衆トイレを案内された。旅客営業しているというより、趣味で動かしている鉄道だけれど乗ってもいいよ、というスタンスかもしれない。
ミニチュア鉄道とはいえ、整備された構内をもつフェアボーン駅 |
フェアボーン駅 (左)機回し用側線が分岐 (右)奥はヤードと機関庫につながる |
ちょうど前の列車が帰ってきたところだった。牽いていたのは、759のナンバーをつけた「ヨー Yeo」号、デヴォン州リントン・アンド・バーンスタプル鉄道 Lynton and Barnstaple Railway の同名の機関車のハーフサイズモデルだ(下注)。1978年製で、後述するように、フランスの廃止線から移籍してきた。どれだけ小さいかを実感するには、下の写真を見ていただくのが一番だろう。
*注 ヨーは、バーンスタプルを流れる川の名。
つないでいる客車は7両で、コンパートメントの箱型車両の間に、オープンタイプの屋根付きが1両、屋根なしが1両挟まっている。席は、当然そこから埋まっていく。ベンチシートは大人なら2人しか掛けられない狭さなので、現地の人たちは大きな身体を折り曲げて、かろうじて車内に納まる。
車両の小ささを実感 (左)機関車「ヨー Yeo」号 (右)箱型客車 |
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フェアボーン鉄道は、もともと1895年に、2フィート(610mm)軌間で造られている。フェアボーンの村を造る建築資材の運搬が敷設の目的だったが、まもなくフェリー乗り場へ行く観光客を乗せるようになった。1916年には、観光開発に専念するため、1フィート3インチ=15インチ(381mm)の蒸気鉄道に改軌された。所有者は何度か替わり、1940年にはいったん運行休止となっている。
第二次世界大戦を挟んで、鉄道は、実業家ジョン・ウィルキンズ John Wilkins により1947年に再開された。1960~70年代初期にはリゾート客の人気を集めて、利用者数がピークに達したものの、その後、実績が落ち込む。1984年には、エラートン家 Ellerton family に売却された。
ジョン・エラートン John Ellerton は、鉄道を立て直すために思いきった梃入れを図った。フェアボーンの駅舎を新設するとともに、機関車も一新しようと、ブルターニュのレゾー・ゲルレダン観光鉄道 Réseau Guerlédan Chemin de Fer Touristique の余剰機関車を調達した。この鉄道は、メーターゲージ線の廃線跡を利用して1978年に開業したのだが、資金不足で翌年あっけなく休止となり、新製間もない機関車の引取り先が求められていたのだ。
軌間が1フィート1/4インチ=12インチ1/4(311mm)だったため、フェアボーンではそれに合わせる改軌工事が行われた。代わりに、働く場をなくした1フィート3インチ軌間の機関車のほとんどが、世界各地に放出された。
しかし、エラートン時代も長くは続かず、1995年にトニー・アトキンソン教授 Professor Tony Atkinson らが新たなオーナーに就任した。それ以降、機関車の信頼性を高め、線路の状態を改良するために、相当額の資金が投じられた。2011年に彼が亡くなったため、鉄道はまたも拠り所を失ったが、スタッフの削減や寄付の奨励によって、何とか今まで運行が続けられている。
線路が延びているのは、マウザッハ川 Afon Mawddach の三角江を閉ざすように延びる砂嘴の上だ。それ自体はただの砂山なのだが、先端のペンリン・ポイント Penrhyn Point からカンブリア線の名橋、バーマス鉄橋 Barmouth Bridge が正面に見える。また、そこに発着するフェリーを使って、対岸にある人気の観光地バーマス Barmouth へ渡ることもできる。単純に往復するもよし、旅に変化をつけるパーツにするもよし、愛好家はもとより、一般旅行者も十分楽しめる保存鉄道なのだ。
フェアボーン鉄道(赤で表示)と周辺の鉄道網 |
フェアボーン鉄道沿線の地形図 1マイル1インチ(1:63,360)地形図 116 Dolgellau 1953年版 に加筆 |
◆
後の列車で来た家族と合流して、次の列車に乗り込んだ。機関車は「シェルパ Sherpa」号だ(冒頭写真の機関車)。レゾー・ゲルレダンから来た蒸気機関車の1両で、ブルーの塗装を含めてダージリン・ヒマラヤ鉄道のB形タンク機関車をモデルにしている。ただし、運転士の載るスペースからテンダーにかけては追加仕様だ。
15時40分、定刻に発車した。駅構内を抜けると、まずはビーチ・ロード Beach Road に沿う直線路を進んでいき、海岸に突き当たって右に折れる。そこが最初の停留所ビーチ・ホールト Beach Halt で、駅名が示すように、目の前に護岸堤防がある。その形から「ドラゴンの歯」と呼ばれるコンクリートの固まりの列は、第二次世界大戦中に造られた対戦車ブロックだ。
バーマス・フェリー駅に向けて出発 |
ビーチ・ロードに沿う直線路へ |
(左)最初の停留所ビーチ・ホールト (右)大戦の記憶をとどめるコンクリートブロックの列「ドラゴンの歯」 (カンブリア線車窓から撮影) |
短いルートながら、途中に4か所の停留所があり、列車は律儀に停まっていく。次は9ホールのゴルフ場の最寄りとなるゴルフ・ホールト Golf Halt だ。駅名標に、アングルジー島の有名な世界一長い駅名(下注)よりも長い副駅名が記されているので注目したい。
"Gorsafawddachaidraigodanheddogleddollonpenrhynareurdraethceredigion"
全部で67文字ある。ウェールズ語の意味は、「カーディガン湾の黄金の浜の上のペンリン・ロードの北の平和な地にあるマウザッハ駅とそのドラゴン」、ドラゴンとはもちろん先述のドラゴンの歯のことだ。
*注 ノース・ウェールズ・コースト線のスランヴァイルプール Llanfairpwll 駅、正式名は、
"Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogoch"(58文字)
(左)67文字の副駅名が添えられたゴルフ・ホールトの駅名標 (右)砂嘴に広がるゴルフコース |
(参考)スランヴァイルプール駅の駅名標(2007年撮影) |
続いてはループ・ホールト Loop Halt 。ループはパッシング・ループ passing loop(待避線)のことで、ここで列車交換がある。地図上ではずっと海岸線を走るように読めるが、海側は草の生えた砂の丘が終始続き、列車から大海原は見えない。逆に内陸側では、このあたりから砂嘴が細まってきて、潮の引いた三角江とそれを横断するバーマス鉄橋の眺望がどんどん開けていく。
(左)ループ・ホールトで列車交換 (右)右手にバーマス鉄橋が見えてくる |
最後の停留所はエスチュエリー・ホールト Estuary Halt 、エスチュエリーは三角江を意味する。一般道路はここが終端となり、先に進める乗り物は列車だけだ。
カルバートの短いトンネルを抜けて右カーブし、次いで左に大きく回り込みながら、列車は停止した。終点バーマス・フェリー駅に到着だ。客が全員降りると、さっそく機関車を前後付け替える機回し作業が始まった。線路は本来バルーンループになっていて、機回しの必要がなかったのだが、現在ループの合流部は閉鎖され、飛砂に埋もれかけている。
(左)終点バーマス・フェリー駅に到着 (右)さっそく機回しが始まる |
バーマス・フェリー駅全景 |
右手、砂浜の向こうに、長さ699mのカンブリア線バーマス鉄橋が延びる(下注)。真正面で500mほどしか離れていないので、あまりに長く、カメラもパノラマモードでなければ全貌を写し取ることは不可能だ。今は干潮なので北端の水路を残してほとんど砂に覆われているが、潮が満ちてくれば海に浮かぶ橋になるのだろう。眺めていたら、南からちょうど列車が渡ってきた。
*注 バーマス鉄橋については、本ブログ「ウェールズの鉄道を訪ねて-カンブリア線」も参照。
バーマス・フェリー駅から見たバーマス鉄橋のパノラマ |
カンブリア線の列車が渡ってくる |
バーマス鉄橋側から見た、 フェアボーン鉄道が走る砂嘴とバーマス・フェリー駅舎 (中央の建物、満潮時に撮影) |
対岸との間を結ぶバーマス・フェリーが、目の前の浜辺でこちらへ渡ってきた客を降ろしている。フェリーと言っても、クルマを積込むような船を想像してはいけない。実態はふつうのモーターボートを使った渡し舟だ。潮位が高いときは、町の護岸の下まで行ってくれるのだが、干潮の今は、突堤の海側の砂浜が船着き場になっている。
ボートは砂に乗り上げるようにして止まり、鉤のような道具を舟先に引っ掛けて踏み板が渡される。客は、船頭氏に手を添えてもらって乗り降りする。チップほどの運賃を渡して、私たちもボートに乗り込んだ。
天気予報が言っていたとおり、昼過ぎから薄雲が出始め、3時ごろには日差しも途切れて、空全体が雲に覆われた。その分、海風が涼しい。乗船時間はものの数分だが、到着した地点から町まで、砂の上を延々歩かなくてはならなかった。
バーマス・フェリー(渡し舟)で対岸へ |
バーマスの町はよく賑わっていた。山と海と三角江に臨むシチュエーションは、かのワーズワースも賞賛したと言われ、今もなおカーディガン湾屈指のレジャースポットだ。行列ができていた店で買ってきたフィッシュ・アンド・チップスを、川沿いのテラスでほおばる。
こじゃれた雰囲気をもつバーマス市街 |
家内たちがささやかなショッピングを楽しんでいる間、私は町はずれの高みまで行って、バーマス鉄橋の再俯瞰を試みた。列車はさきほど通ったばかりなので、主なき構図になってしまうのは承知の上だ。夕方というのに、鉄橋に併設されているフットパスを、人がけっこうぞろぞろと歩いている。
18時のプスヘリ Pwllheli 行きで帰るべく、カンブリア線のバーマス駅まで移動した。山側にある本来の駅舎はすでに閉まっていて、海側のホームへ廻れと案内が出ている。列車交換がないので、夕方以降は片側のホームを使用していないようだ。レジャー帰りのにぎやかな人たちに混じって、私たちも鉄橋のほうからやって来た気動車の客になった。
マウザッハ川の三角江を横断するバーマス鉄橋 「カンブリア線」の項で使用した写真を再掲 |
カンブリア線バーマス駅 駅舎はすでに閉まっていた |
次回はさらに南下して、アベリストウィスの鋼索軌道(ケーブルカー)に乗る。
■参考サイト
フェアボーン鉄道 http://www.fairbournerailway.com/
バーマス観光案内(公式サイト)http://barmouth-wales.co.uk/
本稿は、「ウェールズ海岸-地図と鉄道の旅」『等高線s』No.13、コンターサークルs、2016に加筆し、写真、地図を追加したものである。
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