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2017年2月25日 (土)

ウェールズの鉄道を訪ねて-ウェルシュ・ハイランド鉄道 I

ウェルシュ・ハイランド鉄道 Welsh Highland Railway

カーナーヴォン Caernarfon ~ポースマドッグ・ハーバー Porthmadog Harbour 間 39.7km
軌間 1フィート11インチ半(597mm)
1922年開通、1936年旅客休止、1937年貨物休止、1997~2011年保存鉄道開業

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カーナーヴォン城の塔屋から東望
WHRカーナーヴォン駅は中央左寄り、市街擁壁と二車線道路の間にある
右はセイオント川

ウェルシュ・ハイランド鉄道 Welsh Highland Railway(以下 WHR)の起点駅は、カーナーヴォン城の高い城壁の上からよく見える。北ウェールズをめぐる最終日は、メナイ海峡を扼する要衝カーナーヴォン Caernarfon(下注)まで足を延ばし、狭軌保存鉄道でポースマドッグへ戻るという旅程を立てた。

昨晩から雨が続いている。朝もけっこうな降り方で、ホテルの斜め向かいにあるバス停へ行くのに、ウィンドブレーカーのフードではしのげず、傘を必要とした。路線バス1系統で野や丘を越えて、カーナーヴォンまでは45分ほどだ。

*注 カーナーヴォンはかつて Carnarvon と綴ったが、1926年に Caernarvon、1974年に Caernarfon に変更された。ウェールズ語の発音はカイルナルヴォン(ルは巻き舌)。

到着したバス停から南へ少し歩けば、カッスル・スクエア Castle Square という広場に出る。目の前にそびえるカーナーヴォン城は、コンウィ Conwy やボーマリス Beaumaris、ハーレフ Harlech の古城とともに、イングランド王エドワード1世がウェールズ征服のために築いた要塞だ。4か所まとめて世界遺産に登録されている。中でもここは首都の居城で、敷地の広さは先日行ったコンウィ城のざっと2倍はあるだろうか。高塔の数も多くて立派だ。

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(左)カーナーヴォンのバスターミナル
(右)カッスル・スクエア、右奥に城が見える
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メナイ海峡を扼する要衝の地カーナーヴォン城を東の塔から西望
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中庭の円壇でチャールズ皇太子のプリンス・オブ・ウェールズ戴冠式が行われた
右写真は当時の様子を伝えるパネル
 

城の見学を終えて、WHRの駅に通じる坂を下った。市街地を載せる段丘の下、セイオント川 Afon Seiont 沿いの低地の一角に、現在の駅はある。線路はプラットホームに接した本線と機回し線の2本きりで、出札兼売店のある建物も簡素な平屋のプレハブ仕立てだ。敷地に余裕がないので、運行基地はここではなく、途中のディナス Dinas に置かれている。

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WHRカーナーヴォン駅
(左)折返し運転に備えて機回しの最中
(右)線路2本きりの狭い構内
 

混まないうちにと、ポースマドッグまでの片道乗車券を買い求めた。途中のベズゲレルトに寄り道するつもりだが、同一日、同一方向なら途中下車は自由だと聞いた。

正規運賃が大人25.60ポンドのところ、エクスプローア・ウェールズ・パス Explore Wales Pass を見せたので半額になる。大人が同伴する15歳までの子ども1人はもともと無料だから、結果的に大人1人の正規運賃で家族4人が乗れるわけだ。しかし、あまり安いのも、なんだか悪いような気がする。

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WHRの片道乗車券
 

ちょうど折り返しとなる列車が到着したばかりで、降りた客が城や旧市街のほうへぞろぞろと移動するのが見える。駅の目の前に観光名所があるというのは、確かに大きなアドバンテージだ。しかし、WHRの魅力はそれにとどまらない。

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跨線橋から城の方角を望む
手前の赤茶色の建物が出札兼売店
 

カモメが飛び交うこの場所から、列車は内陸に入っていく。初めは牧場や林が現れては消え、中盤では、スノードニア国立公園の壮大な山岳風景が展開する。波静かな湖、清流の渓谷、天気がよければウェールズ最高峰スノードン山の雄姿も眺められる。後半は、農地が広がる沖積低地を走って、再び港の前に出る。景色はすこぶる変化に富んでいて、イギリス屈指の絶景路線といっても決して過言ではないのだ。

とはいえ、全線を乗り通すとなると、最速便でも2時間5分かかる。熱心な鉄道ファンでない限り、日帰りの往復乗車には少なからず忍耐が要求されよう。列車交換のある峠の駅リード・ジー Rhyd Ddu で折返すか、全線を走破するにしても、私たちのように片道は路線バスに任せるのが現実的だと思う(下注)。

*注 路線バス1系統はWHRのルートではなく、A487号線(旧国鉄アヴォンウェン線 Afonwen Line 沿い)を通るから、リード・ジーやベズゲレルトは経由しない。

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ウェルシュ・ハイランド鉄道(赤で表示)と周辺の鉄道網
 

WHRの運行期間は2016年の場合、2月中旬から11月末の間だ。残念ながら列車本数は少なく、中間期は1日2往復、夏のピークシーズンでも3往復しかない。当初の運行計画は1時間間隔だったし、手元にある2007年の時刻表(当時はリード・ジーまでの部分開業)でも、繁忙期5往復、最繁忙期には6往復の設定がある。

どうやらその後、大幅な見直しがかけられたようだ。思うように利用者が増えなかったのだろうか。本日のカーナーヴォン発は10時、13時、15時45分。私たちは13時発に乗るつもりだ。

ホームでは、その列車が折り返しの発車を待っている。牽引する蒸気機関車は、クリムソンレーキ(深紅色)をまとう1958年製の138号機。南アフリカで働いた後、WHRにやってきた。ボイラー部分が2つの台車にまたがって載る、ガーラット Garratt と呼ばれる連接式機関車だ。急曲線や勾配区間に適応しているので、線形の厳しいこの路線で第二の人生を送っていて、同僚機も数両在籍する。

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ガーラット式機関車138号機
 

客車は8両編成だが、さまざまな形式が混結されている。窓のないオープン形も1両挟まっているが、雨が吹き込んで、もはやシートはびしょ濡れだ。私たちはガラス窓のある3等車両に席を取った。貫通路をはさんで、2人掛けと1人掛けのボックス席が並ぶ。座席のモケットにはWHRとFR(フェスティニオグ鉄道)の図柄が織り込まれ、テーブルにも両線の略図が描かれている。2本の鉄道は今、一つの会社のもとで、姉妹鉄道のように運営されているのだ。

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(左)客車内。座席のモケットにはWHRとFRの図柄
(右)座席テーブルの路線図もWHRとFRを関連図示
 

あいにくの天気のせいか、乗客数はそれほど多くない。この車両も空席だらけだったが、発車間際に団体客がぞろぞろと入ってきて、急に賑やかになった。残念ながら窓は固定式で、撮影には向かない。結局、皮のベルトで窓の開閉を調節できるデッキドアの前にいる時間のほうが長かった。

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カーナーヴォン~スノードン・レーンジャー間の地形図
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 115 Pwllheli, 107 Snowdon いずれも1959年版 に加筆
 

カーナーヴォンを発車すると、初め、セイオント川の蛇行する谷に沿った後、鉄橋で対岸に渡る。それからしばらく、緑の牧場の中を行く。線路の右側(海側)をローン・エイヴィオン自転車道 Lôn Eifion cycleway(全国自転車道 National Cycle Route 8号線の一部)が並走している。それに気を取られて、途中のボントネウィズ停留所 Bontnewydd Halt の通過には、まったく気がつかなかった。リクエストストップなので、乗降客がいなければ停まらない。

約10分走り続けて、ディナスに着いた。かつてディナス・ジャンクション Dinas Junction と呼ばれた駅だ。狭軌線(下注)が運んできたスレート貨物を標準軌貨車に積替えていたので、構内は十分な広さを持っている。そこを買われて、駅は、カーナーヴォンの代わりに、保存鉄道の北の拠点に位置づけられた。機関庫や整備工場が整備され、側線は保存車両や工事車両のねぐらになった。ホームの端には石造りの小さな駅舎も見えるが、これは当時から残る建物を修復したのだという。

*注 商業鉄道時代のWHR、およびその前身のノース・ウェールズ狭軌鉄道 North Wales Narrow Gauge Railways。なお、現WHRのカーナーヴォン~ディナス間は標準軌の旧国鉄線だった。

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ディナス駅
(左)側線には工事用車両が留置
(右)ホーム先端の建物は復元駅舎
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ディナス駅の機関庫の前を通過
 

駅を出ると、列車は左に大きくカーブして、山手へと進んでいく。牛たちが寝そべる牧場があるかと思えば、こんもりとした森を境に、野の花が咲き乱れる草原が現れる。通過したトラヴァン・ジャンクション Tryfan Junction は、その名が示すように、旧線時代はブリングウィン Bryngwyn 支線を分岐していた。モイル・トラヴァン Moel Tryfan のスレート鉱山へ通じる路線で、今もパブリック・フットパスとして跡をたどれる。

左車窓に、グウィルヴァイ川 Afon Gwyrfai の流れが顔を見せるようになる。この後、峠までこの川が旅の友になるだろう。次のワインヴァウル Waunfawr 駅は、森に囲まれたひと気のない場所だが、跨線橋が架かる広い島式ホームで、機関車の給水タンクもある。保存鉄道の延伸過程で、2000~03年の間、列車の終点になっていた名残に違いない。しかし、この列車を乗り降りする人は一人もいなかった。

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(左)牧場で牛たちが寝そべる
(右)付かず離れず流れるグウィルヴァイ川
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跨線橋の架かるワインヴァウル駅
 

川を何度か渡るうちに山が近づいてくるが、雨がひとしきり強くなり、降りてきた雲で稜線は隠されたままだ。プラース・ア・ナント Plas-y-Nant 停留所の手前では、谷が急に狭まってくる。川は早瀬に変わり、列車は急カーブに車輪をきしませながら、ゆるゆると通過した。

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プラース・ア・ナントの手前でいったん谷が狭まる
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スノードン・レーンジャー~ベズゲレルト間の地形図
1マイル1インチ(1:63,360)地形図107 Snowdon 1959年版 に加筆
 

やがて右手にクエリン湖 Llyn Cwellyn の広い水面が広がって、乗客の目を奪う。水位安定のために人工の堰が造られているが、湖の出自は、氷河の置き土産であるモレーン(堆石)で堰き止められた、いわゆる氷河湖だ。浅いように見えても、水深は120フィート(37m)ある。線路は少しずつ坂を上っていくので、車窓から湖を俯瞰する形になるのがいい。

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(左)クエリン湖が見えてくる
(右)霧雨に煙る牧場と湖面
 

湖面の際まで続く斜面の牧草地で、羊たちが草を食んでいるのが見える。のどかな景色を楽しみたいところだが、降りしきる雨のせいで湖面すら霞んできた。天気が良ければ進行方向にスノードン山頂が見えるのに、今はまったく霧の中だ。登山口の一つになっているスノードン・レーンジャー Snowdon Ranger の停留所もあっけなく通り過ぎた。

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(左)クエリン湖が遠ざかる
(右)スノードン山腹を流れ落ちるトレウェイニズ川 Afon Treweunydd
 

クエリン湖が次第に後方へ遠ざかる。列車は、山から下りてくる急流をカーブした石橋でまたぎ、なおも、岩が露出するスノードンの西斜面で高度を上げていく。山襞に沿って急曲線が連続するので、前を行く機関車もよく見える。クエリン湖は白く煙って谷を覆う霧とほとんど見分けがつかないが、間もなく見納めだ。ひときわ大きな岩山を左へ回り込んでいくとリード・ジー、全線のほぼ中間地点に到着する。

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スノードン山の西斜面で高度を上げていく
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(左)リード・ジー駅に到着
(右)待合室と機関車の給水施設
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雨の中、カーナーヴォン行き列車と交換
 

旅の続きは次回に。

■参考サイト
フェスティニオグ及びウェルシュ・ハイランド鉄道(公式サイト)
http://www.festrail.co.uk/
Cymdeithas Rheilffordd Eryri /
Welsh Highland Railway Society(愛好団体サイト) http://www.whrsoc.org.uk/

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