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2016年12月24日 (土)

ウェールズの鉄道を訪ねて-カンブリア線

カンブリア線 Cambrian Line

シュルーズベリー Shrewsbury ~アベリストウィス Aberystwyth 131.2km
ダヴィー・ジャンクション Dovey Junction ~プスヘリ Pwllheli 86.6km
軌間 4フィート8インチ半(1,435mm)
1859~67年開通

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朝の光に浮かぶバーマス鉄橋のシルエット

まだひっそりとした朝のバーミンガム・インターナショナル Birmingham International 駅5番線から、私たちのウェールズへの旅が始まる。ここはバーミンガム空港の最寄り駅だ。ホームにはすでに、西海岸へ直通する4両編成の列車が停車している。側面をピーコックブルーに塗った気動車158形エクスプレス・スプリンターだ。きょうは終日いい天気になると、テレビの予報が言っていた。車両の屋根越しに射し込んでくる朝日がまぶしい。

今回(2016年8月)の旅では、西海岸のポースマドッグ Porthmadog に宿を取っている。そこを足場に、ウェールズの北・中部に残る小鉄道群を訪ね歩く計画だ。バーミンガム・インターナショナルからポースマドッグまでは253km、列車で4時間40分もかかる。小縮尺の地図では近そうに見えるのだが、本州に住む人が北海道の距離感覚にとまどうのと同様、グレート・ブリテン島も想像以上に広い。

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中部ウェールズ直通列車の走行ルート
シュルーズベリー以西はカンブリア線を通る
基図は "National Rail Timetable Map 2003-2004" を使用  (c) Network Rail, 2016
 

ウェールズのローカル線は、2003年からドイツ鉄道(DB)の関連会社アリーヴァ・トレインズ・ウェールズ Arriva Trains Wales が運行している。列車はシュルーズベリー Shrewsbury を経由して途中マハンレス Machynlleth で分割され、前2両が北のプスヘリ Pwllheli 行き、後ろ2両が南のアベリストウィス Aberystwyth 行きだ(下注)。私たちの目的地はプスヘリ方面だが、耳慣れない地名ばかりなので、乗り間違えないように注意しなくてはいけない。

*注 これは始発駅での編成。後述のようにシュルーズベリーで進行方向が変わるため、以降は前後が逆になる。なお、2016年現在、平日のプスヘリ方面は2時間間隔、アベリストウィス方面は1~2時間間隔の運行。

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バーミンガム空港とインターナショナル駅を直結する
エアレール・リンク AirRail Link(無人運転のシャトル)
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朝のバーミンガム・インターナショナル駅
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中部ウェールズ直通列車はアリーヴァ・トレインズ・ウェールズが運行
 

切符は、駅の窓口でウェールズの公共交通のフリーチケットを買った。「エクスプローア・ウェールズ・パス Explore Wales Pass」といって、ウェールズ内のナショナル・レール(下注)と路線バスに使える。価格は大人99ポンド。有効期間は連続8日で、鉄道にはその中で4日(自由選択)、バスには8日間とも乗れる。鉄道は本数が少ないので、それを補完する路線バスが自由に乗れるのはありがたい。それに、各地の保存鉄道もこれを見せると所定の割引が受けられる。通常20%引きだが、距離の長いフェスティニオグとウェルシュ・ハイランドでは50%引きという寛大さだった。

*注 「ナショナル・レール National Rail」は実体のある事業者名ではなく、旧イギリス国鉄 British Rail (BR) の路線を主に運行する旅客輸送事業者 TOCs が共通的に使用しているブランド名。日本でいえば総称としてのJRのようなもの(ただし旅客輸送のみ)。

ちなみに北ウェールズあるいは南ウェールズだけを回るなら、これより安い地域版(66ポンド)があり、さらに短期滞在用に有効1日のローヴァーチケットも用意されている。いずれも現地でしか買えないが、ブリットレールパス(下注)よりずいぶんと安く上がるのは確実だ。

*注 ブリットレールパス BritRail Pass は、ナショナル・レールの外国人旅行者専用フリーパス。

ただし、ウェールズ・パスにも難点がある。指定のローカル線を除いて、平日は9時15分以降有効、つまり朝の通勤通学時間帯には使えないのだ。きょうは月曜日。駅の改札機が時間までチェックするとは思えないが、車内検札でペナルティを払わされるのは避けたい。それで、列車が有効時間帯に入るシュルーズベリーまで、別に自販機で乗車券を購入しておいた(下注)。

*注 蛇足ながら、帰りはこの切符でバーミンガム・ニューストリート駅の改札機を出入りできたので、イングランドでもアリーヴァの運行区間なら有効のようだ。

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エクスプローア・ウェールズ・パス
これとは別に利用日付を記入する副券あり
 

列車は、インターナショナル駅を定刻の8時09分に発車した(下注)。渡り線をゴトゴト渡って左の線路に移り、速度を上げていく。予約の札が立っている座席はざっと半分で、始発駅ではまだ座る場所を選ぶ余地があった。しかし、バーミンガムの中央駅であるニュー・ストリート New Street である程度の乗車があり、シュルーズベリーでは、ついに通路を含めて満杯になった。のんびりしたローカル線を予想していたのに、大外れだ。隣に座ってきた老婦人はロンドン在住で、今はウェールズ西海岸のタウィン Tywyn に避暑に来ている、と話した。彼女によればこの集団は、シュルーズベリーで開かれていたフラワーショーを見て帰る人たちなのだそうだ。

*注 この中部ウェールズ直通列車は、かつてニュー・ストリート駅止まりだったが、2008年にインターナショナル駅まで延長された。空路との乗継ぎがスムーズになっただけでなく、大ターミナルでのタイトな折返しで多発していた遅延も減って、運行実績が改善したという。

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イングランドの麦畑の中を行く
 

シュルーズベリーで進行方向が変わり、列車はこの先、カンブリア線 Cambrian Line(下注)と呼ばれる中部ウェールズで唯一廃止を免れた旧国鉄線に入っていく。ウェルシュプール Welshpool の手前に「国」境がある。車窓はまだ、イングランドと同じのびやかな田園地帯が続いているが、駅名標は2言語併記になって、異国に入ったことを無言で告げていた。

*注 カンブリア Cambria は、ウェールズ(ウェールズ語でカムリ Cymru)のラテン名。ちなみに地質時代区分のカンブリア紀は、英国でこの時代の岩石の露出が最も多い地域であったことに由来する。

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(左)シュルーズベリー駅で多数乗車
(右)ウェールズ最初の駅ウェルシュプール
  駅名標は2言語併記
 

列車は、建設当時世界一と言われた深さ37mの切通し(タレルジッグ切通し Talerddig cutting)でカンブリア山地 Cambrian Mountains の分水界を越える。森を掻き分けるように坂を降りていくと、ダヴィー川 Dovey River (Afon Dyfi) の広い谷に出た。点在する建物が、赤煉瓦からグレーの石積みに変わっていることに気づく。ウェールズの建築様式だ。中部ウェールズの入口に当たるマハンレス駅では12分停車して、列車の切離し作業が行われた。

*注 アベリストウィス方面については、本ブログ「ウェールズの鉄道を訪ねて-アベリストウィス・クリフ鉄道」で触れている。

先行するアベリストウィス行きを見送って数分後、私たちのプスヘリ行きも発車した。実際に線路が分岐するのは次のダヴィー・ジャンクション Dovey Junction 駅で、西を目指してきた線路が、片方は南へ、もう片方は北へと進路を変える。実は海岸までまだ10kmほどあるのだが、ダヴィー川の河口は広大な三角江(エスチュアリーまたはエスチュエリー estuary)になっているため、川幅が狭いうちに渡っておく必要があるのだ(下注)。

*注 当初は河口(アニスラス Ynyslas ~アバーダヴィー Aberdovey 間)に長大な鉄橋を架ける計画で、一時、港までの仮線を敷いて渡船連絡を行っていた。しかし架橋は実現せず、代わりに現在のダヴィー川右岸(北岸)を縫うルートが造られた。

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(左)マハンレス駅でアベリストウィス行きを切離し
(右)実際の分岐駅ダヴィー・ジャンクション
  直進はアベリストウィス方面、右に曲がるのがプスヘリ方面
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海岸沿いの湿地帯は野鳥の楽園
(タウィン Tywyn ~トンヴァナイ Tonfanau 間)
 

保存鉄道に乗るのが主たる目的なので、ナショナル・レールの車窓風景には大して期待していなかった。ところがどうして、これはイギリスでも指折りの海景ルートだ。列車は、カーディガン湾 Cardigan Bay の波打ち際を舐めるように走るかと思えば、断崖の上から白く煙る大海原を眺め下ろす。往路、遠浅の河口には目の届く限り砂浜が広がっていたのに、帰りは満潮で線路際まで水が押し寄せていて、まったく別の風景に写った。

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(左)カーディガン湾に沿って北上
(右)マウザッハ川の河口に接近(フェアボーン Fairbourne 南方)
 

中でも絶景と言えるのが、マウザッハ川 Afon Mawddach に架かるバーマス鉄橋 Barmouth Bridge の前後区間だ。この川も例に洩れず広い三角江をなしていて、カンブリア線は河口近くでこれを横断する。1867年に完成した鉄橋は、長さが699m(下注)。113本の鋳鉄製橋脚が木造トレッスルを支え、その後に、河道をまたぐ2連の下路アーチが続いている。アーチ橋は、当初船を通すために跳上げ式の構造になっていたそうだが、1899年に旋回式に改築され、それが現存している。速度制限の標識が建っていたが、列車は平然と通過していった。渡り終えた後、左の車窓から振り返ると、橋の全貌が見渡せる(冒頭写真)。黒ずんだ頑丈そうなアーチと、整然と並ぶ華奢な橋脚の取り合わせが絶妙だ。

*注 長さには諸説あるため、ここでは英語版ウィキペディアの数値を記した。

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マウザッハ川の三角江を横断するバーマス鉄橋
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バーマス鉄橋
木造トレッスルに旋回式のトラス橋が接続
 

列車がバーマス Barmouth 駅に到着すると、多数の人が下車した。ホームの賑わいが、沿線でも人気のある観光地であることを教えている。路線も末端に近づいてきたからか、走行音が短尺レールのそれに変わり、速度もやや落ちたようだ。列車はリクエストストップ扱いの小駅にも、けっこう律儀に停まっていく。フィーンフォーンと聞こえるユーモラスな警笛は、都会ではちょっと間が抜けているのだが、開放的な海岸の景色にはマッチするような気がする。

車窓最後の名所は、ハーレフ(ハルレッフ)駅に程近い丘の上に立つハーレフ城 Harlech Castle だ。13世紀ウェールズ王国を征服したエドワード1世が拠点にした城の一つで、世界遺産にも登録されている。列車の窓からもその威容が拝めるが、訪れた家内によると、城の上から一望できるカーディガン湾の景色はまた格別なのだそうだ。

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丘の上に立つハーレフ城の足元を列車は走る
 

架け直された道路併用橋でドゥアリド川 Afon Dwyryd を渡ると、列車の針路は再び西へ変わる。三角江の岸辺をなぞり、後で乗るフェスティニオグ鉄道と交差し、湿地を横断する長い直線路を渡りきれば、目的地のポースマドッグだ。2面2線のがらんとした無人駅にも、それなりの客が降り立った。プスヘリの終点まであと20km走り続ける列車を見送って、私たちは宿へ向かった。

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ポースマドッグ駅に到着
 

■参考サイト
Cambrian Lines http://www.thecambrianline.co.uk/
Arriva Trains Wales  https://www.arrivatrainswales.co.uk/

【付記】 ウェールズ語の表記について

ウェールズの公共の表示は、英語とウェールズ語の併記が原則だ。地名も概してウェールズ語由来だが、読み方は一様でない。"Porthmadog" は、バーミンガムの切符売り場でポースマドッグ(スは[θ])と聞いたが、現地の列車の車掌氏は巻き舌を効かせてポ「ル」スマードッグと発音した。カーナーヴォン Caernarfon も、現地読みはカイルナルヴォンだ(「ル」は巻き舌)。また、"Aberdovey" は、ウェールズ語で河口の意の Aber(アベル)と、ウェールズ語による川の名 Dyfi(ダヴィー)を英語化した Dovey(ダヴィー)との合成で、車掌氏はアバドーヴィーと発音した。現地でもそうだから、日本語表記はなおさら混乱している。

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路面に記された「徐行」の文字も2言語で
 

加えて、日本語では書き表しようのない音があり、中でもエルを2つ重ねた "ll" が難題だ。これは「舌端と歯茎で舌の中央に閉鎖を作り、舌の脇の隙間から空気を通すことによって生じる摩擦の音」(ウィキペディア日本語版「無声歯茎側面摩擦音」から引用)とされるが、本稿では原則として、語頭に来るときは「ス+ラ行音」(例:スランディドノ Llandudno)、語中で母音の前では「ラ行音」(例:マハンレス Machynlleth)、語中で子音の前では「ス」(例:プスヘリ Pwllheli)で表記した。ただし、慣用の読みがある場合はそれに従う(例:スランゴスレン Llangollen)。もちろんウェールズ語の発音が位置によって変化するのではなく、日本語での書き分けに過ぎない。

次回は、ここポースマドッグを拠点にするフェスティニオグ鉄道に乗る。

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