ウェールズの鉄道を訪ねて-フェスティニオグ鉄道 I
フェスティニオグ鉄道 Ffestiniog Railway
ポースマドッグ・ハーバー Porthmadog Harbour ~ブライナイ・フェスティニオグ Blaenau Ffestiniog 間 21.93km(下注)
軌間 1フィート11インチ半(597mm)
1836年開通、1946年休止、1955~82年保存鉄道開業
*注 公式数値13マイル50チェーンをメートル法に換算
ポースマドッグ・ハーバー駅の新ホームで発車を待つ列車 |
フェスティニオグ鉄道(赤で表示)と周辺の鉄道網 |
◆
ポースマドッグに到着した日、ホテルに荷物を置いて、私はさっそく一つ目の保存鉄道、フェスティニオグ鉄道 Ffestiniog Railway(以下 FR)に乗りに出かけた。同じポースマドッグが起点でも、FRの駅はカンブリア線のそれとは1kmほど離れ、市街地をはさんで反対側の、港の脇に位置している。名称もポースマドッグ・ハーバー Porthmadog Harbour だ。
もちろんこれは、鉄道が山から積出し港までスレート(下注1)を運ぶために敷かれたからで、開業も1836年と、カンブリア線(1867年開通)より30年以上も先輩になる。それどころかこの鉄道会社は、現存するものでは世界最古(下注2)というから只者ではない。
*注1 スレートは頁岩、粘板岩で、板状に加工して屋根を葺く材料などに用いられた。
*注2 運行中の世界最古の鉄道は1758年創業のウェスト・ヨークシャーのミドルトン鉄道 Middleton Railway だが、当時の会社はすでになく、保存団体(会社組織)が運営している。
(左)ポースマドッグの市街地 (右)かつてのスレート積出し港はマリーナに転身 |
駅舎は通りから少し引っ込んでいるが、すぐにわかった。黒ずんだ石積みに濃赤とアイボリーのラインが入った独特の配色で、「フェスティニオグ鉄道ハーバー駅」と側壁に大書してある。この駅は2011年から、もう一つの保存鉄道ウェルシュ・ハイランド鉄道 Welsh Highland Railway (下注1) の終着駅にもなったので、入口には2つの鉄道の時刻表が掲げてあった。
駅舎の中は切符売り場と、品揃えの豊富な売店、その隣はパブのようだ。グッズ漁りは後回しにして、さっそくエクスプローア・ウェールズ・パス Explore Wales Pass (下注2)を見せて、ブライナイ・フェスティニオグ往復の乗車券(50%引き)を購入した。
*注1 ウェルシュ・ハイランド鉄道については、「ウェールズの鉄道を訪ねて-ウェルシュ・ハイランド鉄道 I」「ウェールズの鉄道を訪ねて-ウェルシュ・ハイランド鉄道 II」で詳述
*注2 エクスプローア・ウェールズ・パスについては、前回「ウェールズの鉄道を訪ねて-カンブリア線」で詳述。
ポースマドッグ・ハーバー駅 (左)駅舎は石積みに赤とアイボリーでアクセント (右)入口には2つの鉄道の時刻表 |
紙カードに印字した乗車券 |
駅舎に接したホームには大きな庇屋根がかかり、満載のフラワーバスケットが彩りを添えている。これは南北に向いた旧1番線だ。ちょうど、給水を終えて持ち場に向かう緑色の小型蒸機「リンダ Linda」が通りかかった。1893年製で、最初はペンリン Penrhyn の採石場鉄道で働いていたが、1962年にフェスティニオグに輿入れした機関車だ。
その後ろ姿を目で追うと、ホームは急カーブで向きを変え、2014年にお目見えしたばかりの新1・2番線につながっている。これはウェルシュ・ハイランドの列車を受け入れるために実施された、敷地を海側へ拡張しての大改修の成果だ。このホームがなかった2011年当初、列車は入換機関車に託されて、スイッチバックで旧1番線に入っていた。1本きりのホームを、FRとウェルシュ・ハイランドが交替で使っていたのだ。新ホームと機回し線の完成で、両線の列車を一度にさばくことができるようになり、FRの列車もこちらを使うことが多い。
(左)フラワーバスケットが飾られた旧1番ホーム (右)小型蒸機「リンダ」が持ち場に向かう |
ポースマドッグ・ハーバー駅のパノラマ 左が旧1番線、 右はウェルシュ・ハイランド鉄道が入ってくる新2番線 |
新2番線から背後のカンブリア山地を望む (上の写真の反対側) |
この日のFRのダイヤは、10時05分発から15時45分発まで計6便だ。私はリンダが牽く14時30分発の列車に乗り込んだ。狭軌線なので、3等室は中央通路の片側が1人掛け、もう一方が2人掛けのテーブルつきボックスシートだ。隣の1等室を覗くと、肘掛つきの1人掛け席が用意されている。しかし、午後の山行きは客車1両につきせいぜい2~3組しか乗っていないから、1等室でなくてもゆったりした旅ができるだろう。
発車を待つブライナイ・フェスティニオグ行き列車 |
車内 (左)3等室は1人掛けと2人掛けのボックス席 (右)1等室は肘掛つき1人掛け席 |
ポースマドッグ~タン・ア・ブルフ間の地形図 1マイル1インチ(1:63,360)地形図 116 Dolgellau 1953年版 に加筆 |
列車はまず、ザ・コブ The Cob と呼ばれる築堤の上を走っていく。グラスリン川 Afon Glaslyn の三角江を締め切り、内側の干拓と同時に、水流を集中させて港の水深を確保するための長い築堤だ。線路は並行する道路(A497号線)より一段高く敷かれているから、眺めがいい。とりわけ左の車窓は、スノードニアの山並みを背景にして、広大な湿地の風景が展開する。
左奥に見える尖峰が、ウェールズの最高峰スノードン Snowdon(標高1,085m)だ。右の尖った山はクニヒト Cnicht(標高689m)と言うのだが、近いだけに目立つので、私は滞在中、ひそかに偽スノードンと呼んでいた。湿原は一面丈の高い草に覆われ、グラスリン川の水辺では鳥たちが集まって羽を休めている。
ザ・コブを行く 線路の左側は道路が並走、右側は遠浅の海 |
左車窓に広がる湿地とスノードニアの山並み 右端の目立つ尖峰はクニヒト山、スレート採掘で側面を削られ、このような姿に 左奥の高峰が本物のスノードン山 |
ザ・コブを渡り終えると、扇形に開いたボストン・ロッジ工場 Boston Rodge Works が右手をかすめる。FRの車両整備を一手に引き受けている基地だ。1893年生まれのリンダも、ここで解体修理を受けて2011年に復帰した。窓の外に集中していると、ウェイトレスさんから、お飲み物はいかがと声がかかった。何等車の客であろうと、注文したものはトレーを提げて持ってきてくれる。
FRの整備基地ボストン・ロッジ工場 |
次のミンフォルズ Minffordd は、石造りの趣ある駅舎と、ホームに陰を作る大きな樹が印象的な駅だ。それに気を取られてつい見逃してしまうのだが、駅の下をカンブリア線がアンダークロスしている。両鉄道の間でスレート貨物を受け渡していた側線も、左側に残っている。ここで最初の列車交換があった。
時刻表には14時35分発とあるのだが、対向列車はなかなか現れず、交換したときには45分になっていた。よく考えてみれば、ポースマドッグを30分に発車して、ここまで10分はかかっている。35分に交換できるはずがない。ほかの駅でもほぼ同じ調子だったから、どうやら時刻表はかなりサバを読んでいるようだ。
イギリスの鉄道は原則左側通行だが、FRは開通当初から右側通行だ。それで、対向列車は左の線路を進んでくる。車両限界が思いのほか小さいから、切符の注意書きのとおり、うかつに窓から乗り出していると危ない。ドアには鍵が掛かり(下注)、ホームにも出られないので、おとなしく通過を待つのが無難だ。対向列車の先頭は、珍しい関節式ダブル・フェアリーの11号機「メリオネス伯爵 Earl of Merioneth」だった。デザインは19世紀のものだが、1979年にボストン・ロッジで新造されている。
*注 途中駅で降りる客のいるボックスには、車掌がホームから開けに来た。検札の際に覚えているのだろう。
カンブリア線と接続するミンフォルズ駅に接近 |
ミンフォルズ駅にて (左)山を下りてきたダブルフェアリー蒸機と交換 (右)車両限界が小さいので、写真撮影には注意! |
13分の遅れ(?)でミンフォルズを発車した。5分ほどでペンリン Penrhin 駅を通過。集落の近くを走るのは当面これが最後だ。牧場のように大仰な柵で封じた踏切を横切ると、列車は山中へ入っていき、気がつくと、いつのまにか結構高いところを走っている。ボストン・ロッジ以降、1:82(12.2‰)~1:96(10.4‰)の勾配を保ちながら、等高線をなぞるように上り続けているからだ。
(左)牧場のような柵で封じた踏切を通過 (右)有人踏切で、柵は落とし錠で固定 |
線路に一定の勾配がついているのには理由がある。もともとFRは、機関車を使わない重力鉄道だった。小型貨車に整形スレートを積み、山の上から自然の力で転がすという実にエコロジカルな方式で運行されていたのだ。スレートは重いので、下り坂が続くと結構なスピードが出る。それを手動ブレーキで調節しながら、港まで送り届けた。
1856年の時刻表によれば、この方法でフェスティニオグからボストン・ロッジまで、途中3駅各10分の停車を含めて1時間32分で下りきっている。最盛期には、連結される貨車が80両以上になるのも普通で、3名の制動手が乗り込んでこれを操った。
下りはいいが、帰りの上り坂はどうしたのだろうか。実は、列車にはスレート貨車8両につき1両の割合で、馬を載せた貨車も連結されていた。港で荷を下ろして身軽になった貨車は、今度はその馬に牽かれ、約6時間かけて山へ戻っていったそうだ(下注)。
*注 ボストン・ロッジ~ポースマドッグ間のザ・コブはレベル(水平)のため、坂を降りてきた列車が停まってしまったときは、同じように馬に牽かせていた。
線路には一定の勾配がついている |
スレートの増産が続き、鉄道会社としては蒸気機関車を使った効率的な輸送を模索していた。しかし、狭軌用の小型機関車は開発が難しく、馬に代わる最初の蒸気機関車マウンテニア号 Mountaineer が導入されたのは、開通から27年後の1863年だった。これでようやく列車の長編成化が可能になり、1865年から人も乗せ始めた。
用意されたのは小さな2軸客車で、「虫篭 bug box」と揶揄されたとはいえ、イギリスの狭軌鉄道では初めて実現した旅客輸送だった。続いて1869年には、ダブル・フェアリー式機関車(下注)も導入されている。
*注 スコットランドのロバート・フランシス・フェアリー Robert Francis Fairlie が1864年に発明した、ボギー台車に動輪をもつ関節機関車。
山へ帰る列車はこうして機関車が牽引し、輸送力と速度の飛躍的向上が果たせたのだが、おもしろいことに、山を下る列車は相変わらず重力に頼っていた。それも、荷を積んだスレート貨車、一般貨車、客車、仕事をせずに走る機関車の最大4群に分割され、順番に坂を下っていく。車間を適切に保って転がすのが、制動手の腕の見せどころだったようだ。危険性が指摘されて、一般貨車と客車は機関車に連結するようになったが、スレート貨車は実に1939年まで自力で転がされていたという。
ザ・コブ区間(写真前方)は水平路のため、 途中で止まってしまった貨車は馬で牽いた(帰路写す) |
重力列車が実際にどのように走ったのか。運行のようすを再現した実験映像がある(下記参考サイト)。開通当時とは違って現在は、途中のジアスト Dduallt ~タナグリシャイ Tanygrisiau 間に逆勾配があるため、全線で重力走行させることはできない。それで、1つ目の実験はモイルウィントンネルの南口から、2つ目はトンネルを抜けた先にある水力発電所の裏手からのスタートだ。
機関車で坂の上まで引き上げられた貨車の列が、連結を解かれた後、どんな走りっぷりを見せるのか、興味のある方はご覧いただきたい。
■参考サイト
重力列車が実際にどのように走ったのかを再現したイベントの動画
BBC Countryfile - Gravity Train https://www.youtube.com/watch?v=scD0B7Gczp8
Slate train - 1863 and all that! https://www.youtube.com/watch?v=B5xzUsNbZ-g
次回も、ブライナイ・フェスティニオグへ向けて、旅を続ける。
■参考サイト
フェスティニオグ及びウェルシュ・ハイランド鉄道(公式サイト)
http://www.festrail.co.uk/
Festipedia https://www.festipedia.org.uk/
本稿は、「ウェールズ海岸-地図と鉄道の旅」『等高線s』No.13、コンターサークルs、2016に加筆し、写真、地図を追加したものである。記述に際して、"Ffestiniog Railway, A Traveller's Guide" Ffestiniog Railway Company, 2016および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照した。
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