イギリスの1:250,000地形図 II-歴史
1:250,000は、図上1cmで実長2.5kmを表す縮尺だ。しかし、そのルーツをたどれば、いわゆる「クォーターインチ地図 Quarter-inch Map」に行き当たる。これは図上1/4インチが実長1マイルに対応するもので、分数表示では1:253,440になる。
1:250,000 クォーターインチ地図 第5シリーズD版 ハイランズ西部(1978年)の一部(×1.6) © Crown copyright 2016 |
クォーターインチ地図 第4シリーズ表紙 1948年 image from The Charles Close Society site. |
クォーターインチの初版刊行は、1888年のことだ。すでに1859年から1マイル1インチ図(1:63,360)をもとに編集作業が着手されていたのだが、情報量の不足から完成が遅れていた。しかもこの第1シリーズはデザイン、内容とも不評で、途中で改訂版である第2シリーズに切り替えられて、ようやく1918年に全土21面が揃った。
続いて1919年に始まった第3シリーズでは、精度の低いぼかし(陰影)に代えて、段彩を施した200フィート(61m)間隔の等高線が用いられ、道路網が太く強調された。下図でご覧のとおり、クォーターインチ図式の骨格はここで確立され、その後実に70年以上にわたって各シリーズに受け継がれていく。
1934年からの第4シリーズ全19面では、森林に緑色が配されるとともに、自動車旅行の一般化に呼応して、車内で扱いやすいように縦長の折図として販売されるようになった(右写真)。
クォーターインチ地図 第3シリーズの例 図番4 右図は一部拡大(×2.0) image from The Charles Close Society site. |
現行版に直接つながるのは、第二次大戦後の1957年に始まる第5シリーズだ。というのも、ここで初めて他の欧米諸国に歩調を合わせて、縮尺が1:250,000に変更されたからだ(下注)。しかし、実際の縮尺の変化は小さかったので、シリーズの名称はクォーターインチ地図のままとされた。つまり、伝統的な測量単位(帝国単位)を名乗りながらも、中身はメートル系に置き換えられていたわけだ。全土を17面でカバーするこのシリーズは、1970年代まで改訂を加えながら刊行が続けられた。表紙のデザインは、他の縮尺と同様、途中で大きく変わったが(下写真)、1インチ地図の赤表紙に対して、青表紙とされた点は共通している。
*注 地図の縮尺表示には「1:250,000またはおよそ4マイル1インチ」と記された。
クォーターインチ地図 第5シリーズ表紙 (左)A版、1962年 (中)C版、1966年 (右)D版、1978年 |
地勢表現には、さらに磨きがかけられた。段彩(高度別着色)は、低地では薄いミントグリーンだが、200フィートでクリームイエローに変わり、高度が上がるにつれて黄系から濃い茶系へと変化していく。それで、平地の多い図葉には爽やかな空間が広がる一方で、山地の卓越する図葉では険しい地勢が強調される。さらに、森林を表す明るいアップルグリーンの塗りが適度なアクセントを添える。
クォーターインチ地図 第5シリーズの異版を比較。後の版ほど彩色の明度が向上する (左)A版、クライド湾 1962年 (右)D版、ハイランド西部 1978年 © Crown copyright 2016 |
初期は暗めの色調だったが、版を重ねるごとに明度が上がり、美しい見栄えになっていった。実際に今年(2016年)、OS創設225周年を記念して出版された特別図「ハイランド西部 Western Highlands」で、第5シリーズ(D版、1967年、下注)がベースに採用されたことでも、その完成度の高さが窺える。
*注 同一シリーズ中の版 Edition の区別は長らく、Aから始まるアルファベットで(マイナーな改訂はアルファベットに数字を添えて、例:A2)、地図のコピーライト表示の近くに記されていた。ただし、2015年6月から、歴年表示のみに切り替えられている。
ルートマスター表紙 1978年 |
長年親しまれたクォーターインチ地図だが、1978年に開始された新シリーズで、ついにその名が消える。新名称は、道を識る者というような意味の「ルートマスター Routemaster」とされた。形態の点で旧版と違うのは、地図が両面刷りになったことだ。全土を9面でカバーできるように図郭を拡張するかわりに、それを南北に2分割して、表裏に印刷している。用紙も、直前の旧版のおよそ横82cm×縦75cmに対して、123.5cm×48cmと著しい横長サイズに変わった。
これは縦の折返しをなくし、蛇腹状に畳んで扱いやすくする試みなのだが、ユーザーの反応は意外にも冷たかった。そこで、次の版では、同じ図郭のまま、片面刷りに戻されている。当然、用紙が約2倍大になるため、今度は、車中で使うにはかさばって困るという苦情が寄せられたそうだ。
地図図式にも目立った変化があった。実は第5シリーズでは高地の塗り色が濃くなりすぎて、小道や注記が見分けにくいという声が上がっていた。実際にはこの欠点は改版でかなり改善されていたのだが、ルートマスターではさらに思い切って段彩の色を薄くした。等高線の色も茶系から赤系に変えた。また、道路番号の文字はぼかしにかかる部分に白のマージンをつけるなど、細かい工夫もしている。その結果、両図を並べれば、まったく別の図のように見える(下図参照)。濃色の道路網が効果的に目に飛び込んでくる反面、地勢表現にメリハリが感じられなくなったのもまた事実だ。
なお、このルートマスター版を使って、OSブランドの地図帳「OSイギリス地図帳 Ordnance Survey Atlas of Great Britain」(1982年初版)、「OSイギリス道路地図帳 Ordnance Survey Road Atlas of Great Britain」(1983年初版)も制作されている。
両者の印象の差は地勢表現の配色の大幅変更によるところが大きい (左)クォーターインチ地図 第5シリーズC版 ウェールズ北部及びランカシャー 1966年 (右)ルートマスター A版 ウェールズ及びミッドランズ西部 1978年 原図は堀淳一氏所蔵 © Crown copyright 2016 |
トラベルマスター表紙 1993年 |
1993年からはシリーズ名称が、「トラベルマスター Travelmaster」に再び変更された。新名称には、ターゲットを旅行者一般に拡大する意図が込められたようだ。用紙寸法はそのままだが、図郭が一部変更されて、面数は8面に減っている。ただし、1:625,000の全国図がトラベルマスターの図番1に位置づけられたため、1:250,000図葉には2~9番が振られた。また、図面編集がデジタル化され、それに伴って図式も大幅に変更された。この図式が、多少手を加えながら、現在まで引き継がれているものだ。
2001年以降は、小縮尺図や旅行地図(集成図)が「トラベルマップ Travel Maps」の名でグループ化された。その上でシリーズごとの役割を改めて明確化するために、1:250,000は「ロード Road」と命名された(下注)。その際、図番が1~8番に振り直されたため、同じ図郭でもトラベルマスター時代とは1だけ図番がずれている。
*注 1:625,000全国図は「ルート Route」、旅行地図(集成図)は「ツアー Tour」と命名。
OSロード 表紙 (左)2009年 (右)2016年 |
そして前回も触れたように、2010年1月の供給中止を迎えることになる。この背景には、当時のOSの組織内事情がある。1990年代に急速に進んだ地図のデジタル化で、広い作業スペースが不要になったため、OSは古い本部施設をたたんで、別の場所に移転する準備を進めていた。付随して、これまで200年以上内製してきた地図の印刷と出荷業務も、外部業者に委託する方針が決まる。ところがその際、見直しの対象に挙げられたのが小縮尺図で、費用対効果が低いとして、1:250,000と1:625,000全国図の刊行の取止めが発表されたのだ。
日本の1:50,000の例を引くまでもなく、印刷物としての地形図の供給見直しは世界的な趨勢だ。その中でむしろOSは、フランス国土地理院(IGN)などとともに、地形図に豊富な旅行情報を盛り込むことで、積極的に一般市民への浸透を図ってきた。そのパイオニアでさえ、時代の流れには逆らえなかったのか、と当時は残念に思ったことだ。それだけに、今回装いも新たに復活したOSロードには期待がかかる。この新地図が、車を運転する人にとどまらず、国土をくまなく知りたいと考える多くの層に受け入れられることを願いたい。
新版では地勢表現(段彩とぼかし)が改善された (左)トラベルマスターA版 イングランド南東部 1993年 (右)OSロード イングランド南東部 2016年版 © Crown copyright 2016 |
本稿は、Tim Owen and Elaine Pilbeam "Ordnance Survey: map makers to Britain since 1791", Ordnance Survey, 1992、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
■参考サイト
イギリス陸地測量部(OS) http://www.ordnancesurvey.co.uk/
チャールズ・クロース協会 https://www.charlesclosesociety.org/
The Lez Watson Inexperience - Ordnance Survey Leisure Maps Summary Lists
http://www.watsonlv.net/os-maps.shtml
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