イタリアの鉄道地図 I-バイルシュタイン社
アルプスの麓の緑の谷間から、シロッコが吹く地中海の岸辺まで、イタリアの鉄道の守備範囲はとても広い。路線網の総延長は19,400km、営業中のものに限定しても16,700kmあるという。その性格も、フレッチャロッサ Frecciarossa(赤い矢)やイタロ Italo が最高時速300kmで突進する高速線から、半島の周辺部や離島の山懐を健気に走る950mm狭軌のローカル線まで、変化に富んでいる。
イタリアの鉄道網を一定の詳しさで表した印刷物の鉄道地図(路線図)は、2016年現在、筆者の知る限りで3種ある。
1.ボール M.G.Ball 氏の「ヨーロッパ鉄道地図帳 European Railway Atlas」の地域シリーズ Regional Series の1巻「イタリア編」
2.バイルシュタイン社 Beilstein の「レールマップ・イタリー Railmap Italy」
3.シュヴェーアス・ウント・ヴァル社 Schweers+Wall の「イタリア・スロベニア鉄道地図帳 Atlante ferroviario d'Italia e Slovenia」
1については、すでに本ブログ「ヨーロッパの鉄道地図 I-ボール鉄道地図帳」で全般的なレビューをしているので、そちらを参照いただくとして、今回と次回で残りの2種を紹介しておきたい。
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レールマップ・イタリー表紙 |
2015年4月の新刊である「レールマップ・イタリー Railmap Italy / Carta Ferroviaria Italia(イタリア鉄道地図)」は、1枚ものの鉄道地図だ。横75cm×縦113cmの大判用紙に印刷され、折図にしてハードカバーがつけられている。冊子形式の他2種とは異なり、1枚でイタリア全土を一覧できるのがポイントだ。地図のデザインは一見地味だが、よく練られていて、主題となる路線情報がしっかり目に飛び込んでくる。
バイルシュタインの名はあまり聞き慣れない。実は、キュマリー・ウント・フライ(キュメルリ・フライ)社 Kümmerly+Frey (K+F) 刊行の「レールマップ・ユーロップ Railmap Europe(ヨーロッパ鉄道地図)」(2008年)と「ドイツ鉄道旅行地図 Rail Travel Map Deutschland」(2009年)の製作を担当したスイスの地図製作会社だ(下注)。これらはシートや表紙にバイルシュタインのロゴが見られるものの、あくまでK+Fブランドの出版物だった。それに対して、イタリア図はK+F社と関係なく、バイルシュタインが独自に企画制作、刊行したもののようだ。
*注 K+F社のレールマップ・ユーロップについては本ブログ「ヨーロッパの鉄道地図 IV-キュマリー+フライ社」で、また、ドイツ鉄道旅行地図は「ドイツの鉄道地図 V-キュマリー+フライ社」で紹介している。
内容はどうだろう。用紙寸法に収めるために、縮尺は1:1,300,000(130万分の1)と、少し小さめだ。ベースマップはベージュのぼかし(陰影)で地勢を手描きし、そこに水部(川や湖)を加えている。シンプルながら、色合いといい、明暗を際立たせた描法といい、イタリア官製1:100,000を彷彿とさせる美しさがある。森の緑に細かいぼかしで錯雑感が出てしまったドイツ図に比べると、はるかに見やすい。
サンプル図(ローマ付近) 画像は http://beilstein.biz/ から取得 |
主役たる鉄道路線はまず、色で電化方式を表す(上図参照)。イタリアの在来線は直流3000Vで赤色が使われているが、高速線や一部の私鉄は緑や橙になっていて、方式が異なることがわかる。また、非電化線は黒色だ。色分けによって、周辺諸国の路線との接続状況も明らかになる。たとえば、国境のトンネルをはさんでどちら側で電源が切り替わるかも一目瞭然だ。
線の形状は、高速線や標準軌/狭軌を区別するのに用いられる。高速線は太い二重線、標準軌は太線、狭軌は輪郭つきの破線だ。建設中または計画中の路線は細い二重線になる。また、旅客列車の走らない路線は、たとえば非電化線なら黒をグレーにするなど、トーンを落として表現する。これらも感覚的に無理のない設定だ。
高速線の記号は目立つので、路線が輻輳している地域でも識別が容易だ。筆者は、イタリアの高速線は交流25kV 50HzのフランスTGV方式だとばかり思っていたのだが、この地図で、最初に開通したフィレンツェ Firenze~ローマ Roma 間だけが在来線と同じ直流3000Vであることに初めて気づいた。また、在来線では、北西部ピエモンテ州のいくつかのローカル線や、アペニン山脈南部の山岳路線で、旅客列車が廃止されているという現実も教えられる。
1:1,300,000という縮尺の制約上、すべての駅や停留所を表示するのは難しい。他の資料と見比べると、旅客駅、すなわちかつての基準で駅舎があって駅員がいる(昨今は条件を満たさないものも多いが)という、イタリア語でいうスタツィオーネ stazione だけが表示の対象のようだ。停留所(フェルマータ fermata、英語の stop, halt)や貨物駅などは描かれていない。一方で各路線には、トレニタリア(旧 国鉄)の時刻表番号、地方の時刻表番号、ヨーロッパ鉄道時刻表の路線番号といったインデックスが丁寧に振られ、時刻表とのリンクが配慮されている。
サンプル図(メッシーナ海峡) 画像は http://beilstein.biz/ から取得 |
また、観光大国の鉄道地図とあれば、沿線の旅行情報にも抜かりはない(上図参照)。路線に緑の点線が添えられているのは、景勝路線だ。アルプスの谷間や湖沿い、アペニンの山越え、地中海岸など、目を凝らせばかなりのルートで記号が見つかり、旅心を刺激する。また、保存鉄道を示す蒸気機関車のマークも各所にある。そのほか、著名観光都市には星印が打ってあり、郊外には城、古代遺跡、修道院、景勝地など多数の記号が配されている。鉄道網と合わせてこうした周辺情報を追っていけば、地図を読む楽しみも倍加するだろう。
価格は19.90ユーロ(1ユーロ120円として2,388円)と少々高めの設定だ。しかし、列車で旅をしたいのだが、ウェブサイトにあるような主要路線と主要駅だけのラフな路線図では物足りないとか、イタリア全体を一覧できるものがほしいという向きには最適ではないだろうか。この地図は、バイルシュタイン社の自社サイトのほか、ドイツのアマゾン(Amazon.de)などで発注できる。
■参考サイト
バイルシュタイン社 http://beilstein.biz/
★本ブログ内の関連記事
イタリアの鉄道地図 II-シュヴェーアス+ヴァル社
バイルシュタイン社の作品群
ヨーロッパの鉄道地図 IV-キュマリー+フライ社
ドイツの鉄道地図 V-キュマリー+フライ社
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