インドの鉄道地図 VI-ロイチャウドリー地図帳第3版
「インド鉄道大地図帳」第3版 |
サミット・ロイチャウドリー Samit Roychoudhury 氏の「インド鉄道大地図帳 The Great Indian Railway Atlas」については、初版(2005年)、第2版(2010年)と感想を連ねてきたが、さきごろ第3版(2015年11月)の刊行が報じられた。きっかり5年の改訂周期を守っているようだ。
言うまでもなくここには、インド国内に張り巡らされた総延長65,000kmを超える鉄道路線網とその付属施設が、正確で合理的なグラフィックにより、余すところなく表現されている。ヨーロッパの類書にも匹敵する完成度の高さから、今やインドの鉄道を語る際の必需品といってよい。期待の新版は、過去2版とはまた装いを一新しており、本ブログとしては、常に進化し続ける鉄道地図帳のようすを追わないわけにはいかない。
第3版に旧版刊行以降に生じた動向が反映されているのは当然だが、変化はそれにとどまらない。まず目に付くのは、判型が拡大したことだ。旧版(初版と第2版)の横18cm×縦24cmに対して、第3版は一回り大きな横21.5cm×縦28cmで、アメリカのレターサイズ(8インチ半×11インチ)に相当する。旧版はコンパクトで携帯に便利だったので、この変更はユーザーの間で賛否両論がありそうだ。
むろん大判化の断行には理由がある。地図の縮尺が、従来の1:1,500,000(150万分の1)から1:1,000,000(100万分の1)に改められたのだ。前者では図上1cmが実長15kmのところ、後者は10kmで、それだけ大きく、また詳しく描くことが可能になる。旧版の場合、詳細を補うために拡大図が多用されていたが、新版ではある程度、本図の中に収まっている。それでも描ききれない大都市の路線網については、別図が用意されている。本図にその旨の注釈がなく、索引図に戻らないと掲載ページがわからないのが玉に瑕だが。
縮尺が変わると、図郭を切る位置も旧版とずれる。やむを得ないことだが、同じ路線や駅でも各版で掲載ページが違ってくるので、経年変化を追跡するのは少々面倒だ。一方で改良された点もある。たとえば首都デリー Delhi の位置だ。第2版ではちょうど図郭の境界に当たっていた(ただし別途、拡大図あり)が、第3版では図郭の中央に移動した。そのおかげで、首都圏 National Capital Region から放射状に広がる路線網が明瞭になった。
サンプル図(裏表紙より) |
地図の表現はどうだろうか。第2版では多色化したメリットを生かして、路線の色を管理区 Division(下注)ごとに変えるという方式を試みた。管理区の及ぶ範囲が明確になるだけでなく、見た目にも美しい地図に仕上がっていた。一転して第3版では、色分け方式をあっさり放棄して、日本の時刻表地図の会社界のように、管理区の境界を示すにとどめている。作者は記載する情報の選別に苦心したようだ。管理区のほかにも、第2版で白抜き表示されていた道路、記号表示の空港、さらに集落名や行政名など鉄道とは直接関係のない地名も第3版では省かれた。読取りやすさを優先させるために、描写対象は鉄道の属性に絞るという方針だ。
*注 インド鉄道の管理体制は、16の地域鉄道(ゾーン zone)に分かれ、地域鉄道はさらに管理区(ディヴィジョン division)に分かれる。
凡例(地図記号)の一部 |
初版の紹介でも記したが、単線・複線を実線の数で表すというような直感的な記号デザインが、類書に比べた時にこの地図帳の特色になっている。急勾配区間などで上り側の線路が単独の迂回ルートをとることがあるが、こうしたケースもそれらしく描かれている。第2版では小さくて目立たなかった工夫だが、第3版では容易に読み取れる。
電化区間については、旧版とデザインが変わり、橙色の太いアミを掛けて、マーカーを引いたように見せる。電化工事が進行中の場合は、同じく黄緑色のアミだ。電化路線が強調されて効果的であることに異論はないが、他方、従来同じようなマーキングが施されていたガート区間 Ghat section(山上り区間)と区別がつきにくくなってしまったのは残念だ。
記載内容を第2版と照合してみよう。やはり地方に残る1m軌(メーターゲージ)や狭軌線が数を減らしている。インド広軌(1676mm)への改軌計画 Project Unigauge が着々と進行中なのだ。
さらに注目すべきは、貨物専用回廊 Dedicated Freight Corridor (DFC) の整備計画だ。インドでも貨物輸送に占める鉄道の割合が減少しており、飽和状態にある道路交通の緩和と温室効果ガスの削減を図るために、在来線に沿う貨物専用ルートの建設が進められている。新ルートは、旅客と貨物の分離を図るだけでなく、建築限界や牽引定数を拡大し、曲線や勾配の緩和で列車速度を向上させて、輸送効率を高めているのが特徴だ。
第3版では、認可済の2本のDFCルート、すなわちデリー近郊ダドリ Dadri ~ムンバイのジャワハルラール・ネルー港 Jawaharlal Nehru Port 間1,468 kmの西部回廊 Western Corridor と、パンジャーブ州ルディヤーナー Judhiana ~コルカタ近郊ダンクニ Dankuni 間1,760 kmの東部回廊 Eastern Corridor を確認できる。多くは在来線の線増だが、都市域では、武蔵野線のようなバイパス線を造っているようだ。
イギリスやドイツには定番の鉄道地図帳が存在し、定期的に更新されて愛好家の信頼を勝ち得ている。第3版を数えるわがインド鉄道大地図帳も、いよいよその領域に入ってきたようだ。しかも現状に満足することなく毎回新たなスタイルを試み、理想の鉄道地図を追求すること怠りない。今から5年後に告知されるであろう第4版の刊行が、早や楽しみになってきた。
■参考サイト
The Great Indian Railway Atlas Third Edition http://indianrailstuff.com/gira3/
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