« インドの鉄道地図 VI-ロイチャウドリー地図帳第3版 | トップページ | ヴィーゼンタタール鉄道 I-赤いレールバスが行く »

2016年4月24日 (日)

フィリピンの地形図

西太平洋に面するフィリピン共和国 Republic of the Philippines は、ルソン島、ミンダナオ島を筆頭に7,100とも7,600とも言われる多数の島から成る。環太平洋火山帯に位置し、赤道にも近いことが、この国にしばしば台風、地震、噴火といった自然災害をもたらす一方で、豊かな天然資源や、世界でも有数の生物多様性をはぐくんできた。

そのフィリピンの公式測量機関「国土地図・資源情報局 National Mapping and Resource Information Authority (NAMRIA) 」のサイトでは、国土をカバーする地形図体系の紹介とともに、地形図画像が多数公開されている。断片的な情報で恐縮だが、サイトの記述をもとに同国の地形図事情を追ってみたい。

■参考サイト
NAMRIA - Topographic map(紹介ページ)
http://www.namria.gov.ph/products.aspx
NAMRIA - Topographic map Download(画像ダウンロード)
http://www.namria.gov.ph/download.php

Blog_philippines_50k_sample1
1991年に大噴火を起こしたルソン島のピナトゥボ山
噴火口にはカルデラ湖が生じている
1:50,000地形図(PNTMS、JICA協力図) Mount Pinatubo 2007年版の一部
 

NAMRIAは、環境・天然資源省 Department of Environment and Natural Resources に属する行政機関だ。戦後フィリピンが改めてアメリカから独立を果たしたとき、米軍が担っていた測量・地図作成業務は、フィリピン沿岸測地測量局 Philippine Coast and Geodetic Survey (PC&GS) が引継いだ。組織は当初海軍に属していたが、後に国防省の内局となって、Bureau of Coast and Geodetic Survey (BCGS) と改称される。大統領令に基づき、国民に提供する地図の製作を目的としてNAMRIAが設立されたのは、ようやく1988年のことだ。

同国の地形図体系は、縮尺の小さい順に1:250,000、1:50,000、1:10,000、1:5,000とあるが、全土をカバーしているのは前2者にとどまり、改訂の進捗も十分とは言いがたい。

では、縮尺別に見てみよう。

まず1:250,000は全55面で、東西1度30分、南北1度の横長図郭だ。地勢表現は100m間隔の等高線とぼかしによる。サイトが提供している画像は解像度が低すぎて、注記文字を含めて詳細が全く判読できない。紹介文には「フィリピン沿岸測地測量局 Philippine Coast and Geodetic Survey、(米国)陸軍地図局 Army Map Service (AMS)、(米国)工兵隊 Corps of Engineer、米国沿岸測地測量局 US Coast and Geodetic Survey、公共道路局 Bureau of Public Highwaysその他の機関からの情報をもとに製作された」とあるので、1950年代のAMSによるS501シリーズを転用したものと推測できる。

Blog_philippines_250k
1:250,000地形図 Manila
 

AMS製作の原図は、テキサス大学ペリー・カスタネダ図書館地図コレクションで精細画像が提供されている(下記参考サイト)。上のマニラ図葉の一部に相当するAMS図を下に掲げた。両者を見比べると、未舗装道や市街地の色が違うようだが、注記文字の位置・書体、ぼかしの掛け方などはそのままだ。NAMRIA画像の低解像度に対する欲求不満は、これで十分解消できるだろう。

■参考サイト
University of Texas at Austin, Perry-Castañeda Library
Philippines 1:250,000 Series S501
http://www.lib.utexas.edu/maps/ams/philippines/

Blog_philippines_250k_sample
AMS 1:250,000地形図 ND51-5 Manilaの一部
 

1:50,000については、数種のシリーズが混在している。最初に製作されたのが、711シリーズ(S711)だ。JICAの資料(下注)によれば、全842面。もともとAMSによって1947~53年撮影の航空写真から作られたもので、1970年代初めに全土をカバーしたとされる。AMS標準の5色刷で、日本の1:50,000と同じく、東西15分×南北10分の横長図郭だ。地勢表現は20m間隔の等高線による。

*注 JICA「フィリピン国国土総合開発計画促進に関する地図政策支援行政整備調査 第1編」2008年3月

サンプルとして、サトウキビ畑に製糖鉄道が張り巡らされていたネグロス島バコロド Bacolod, Negros 付近と、ルソン富士の異名をもつ円錐形のマヨン火山 Mayon Volcano の図葉を掲げておこう(下図)。とりわけ前者は、記号や書体にAMS様式が色濃く感じられる。

Blog_philippines_50k_sample2
ネグロス島バコロド付近
1:50,000地形図(S711)3652-III Bacolod、3651-IV Murciaの一部
Blog_philippines_50k_sample3
マヨン火山
1:50,000地形図(S711)3759-IV Ligaoの一部
 

次の701シリーズ(S701)は、1979年撮影の航空写真によるS711の修正版だ。ただし現物を見ていくと、新たに描かれた(改測)図葉もあるようだ。製作されたのはルソン島のみで、上記JICA資料によれば151面ある。図郭が東西15分×南北15分の単位に切り直されたため、S711の図郭とは一致しない。

サンプル(下図)に挙げたのは、旧市街が世界遺産に登録されているルソン島北西岸のビガン Vigan 付近と、同じく世界遺産のコルディリェーラの棚田群のあるルソン島北部のバナウエ Banaue。それに、小火山や火口湖が点在するルソン島中部のサン・パブロ San Pablo を加えた。前2者はAMS様式だが、後者はむしろオーストラリア官製図の雰囲気を持っている。画像では図歴が欠落しているため、正確なところはわからないのだが。

Blog_philippines_50k_sample4
ビガン付近
1:50,000地形図(S701)7078-II Viganの一部
Blog_philippines_50k_sample5
コルディリェーラの棚田群のある一帯
1:50,000地形図(S701)7276-IV Lagaweの一部
Blog_philippines_50k_sample6
サンパブロ付近
1:50,000地形図(S701)7271-II San Pabloの一部
 

ここまではシリーズ名からも明らかなように基本は軍用地図なのだが、1988年からは、NAMRIAによる民生用地形図の計画がスタートする。その成果が、フィリピン全国地形図シリーズ Philippine National Topographic Map Series の頭字をとったPNTMSと呼ばれるシリーズだ。地形図は、空中写真や衛星写真はもとより、マニラ周辺では作成済みの1:10,000地形図なども資料にして編集されている。図郭はS701を踏襲したが、図番体系が変更されている。地勢表現は20m間隔の等高線で、適宜5~10m補助曲線が用いられた。

このシリーズは全部で672面の予定だそうだが、索引図を見る限り、まだ126面しか完成していない。そしてこの中には、日本のJICA(国際協力機構)が実施した国土総合開発計画促進のためのパイロット・プロジェクトで作成された中部ルソン地方 Central Luzon の地形図24面も含まれている。

サンプル(下図)には、首都マニラの南で、日本人にはモンテンルパとして知られるムンティンルパ・シティ Muntinlupa City と、マニラの北に接するマロロス・シティ Malolos City 付近を取り上げた。前者が計画的な道路パターンに市街地のアミを掛けただけの無愛想な図面であるのに対して、後者は独立家屋や施設の記号を多用して丁寧かつ鮮明に描かれている。前者はNAMRIAのオリジナル、後者はJICAが協力した(日本が提供した)24面の一つで、技術力の差は覆い隠せない。冒頭に掲げたピナトゥボ山の図も、JICAの協力図だ。

Blog_philippines_50k_sample7
ムンティンルパ・シティ
1:50,000地形図(PNTMS)3229-IV Muntinlupa Cityの一部
Blog_philippines_50k_sample8
マロロス・シティ
1:50,000地形図(PNTMS)3130-I Malolos Cityの一部
Blog_philippines_50k
1:50,000地形図(PNTMS) 3130-I Malolos City (全体)
 

1:50,000はこのように、一応全土をカバーしているものの、製作年代も図化精度もまちまちで、とりわけルソン島以外ではまだ、50年も前に作られた米軍由来のS711が大半を占めるという状況だ。

1:250,000と同様、これらもNAMRIAのサイトで画像公開されている(下注)。用意された索引図の画像があまりに小さいため、或る程度土地鑑がないと、目的の図葉にたどり着くのに苦労する。しかし、画像自体は、細かい注記文字も読み取れる解像度で、実用に耐えうるものだ。もちろん、交通網や市街地などの人工景観については、現況とかなり差異が出ていることを覚悟しておく必要があるが。

*注 S711、S701の旧シリーズにもNAMRIAのクレジットが挿入されているから、単純に旧図をスキャンしたものではないようだ。

Blog_philippines_50k_legend
1:50,000地形図(PNTMS、JICA協力図)の凡例
 

1:10,0001:5,000は一部の都市域で作成されているにとどまる。NAMRIAによれば、1:10,000はマニラ首都圏(メトロ・マニラ Metro Manila)と隣接地域、イロコス・ノルテ Ilocos Norte、ラ・ユニオン La Union、バギオ・シティ Baguio City、スービック Subic、レガスピ Legaspi City、サンボアンガ・シティ Zamboanga City の各都市、また、1:5,000はバコロド・シティ Bacolod City、イリガン・シティ Iligan City、イロイロ都市圏 Metro Iloilo、セブ都市圏 Metro Cebu、カガヤン・デ・オーロ Cagayan de Oro の都市域だ。地形図そのものの画像は公開されていないが、下記サイトにデータが使われている。

■参考サイト
フィリピン・ジオポータル http://www.geoportal.gov.ph/
 上部メニューのModule > Map Viewer

Blog_philippines_10k
1:10,000地形図 3229-IV-6 Alabang
 

使用した地形図の著作権表示 (c) 2016 NAMRIA.

★本ブログ内の関連記事
 米軍のアジア1:250,000地形図
 台湾の地形図-經建版
 米軍のベトナム1:50,000地形図
 オランダ時代のインドネシア地形図

« インドの鉄道地図 VI-ロイチャウドリー地図帳第3版 | トップページ | ヴィーゼンタタール鉄道 I-赤いレールバスが行く »

アジアの地図」カテゴリの記事

地形図」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« インドの鉄道地図 VI-ロイチャウドリー地図帳第3版 | トップページ | ヴィーゼンタタール鉄道 I-赤いレールバスが行く »

2025年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28  

ACCESS COUNTER

無料ブログはココログ