フランスの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社
2015年7月に、ドイツの出版社シュヴェーアス・ウント・ヴァル社 Schweers+Wall (S+W) から待望の「フランス鉄道地図帳第1巻北部編 Atlas ferroviaire de la France Tome I NORD / Eisenbahnatlas Frankreich Band I NORD」が刊行された。ようやく…というのが正直な感想だ。というのも、この出版物については何年も前から、刊行予告が打たれては延期の案内が届くという状況が繰り返されてきたからだ。
S+W社は、1994年のドイツ鉄道地図帳を皮切りに、詳細な路線情報を盛り込んだ労作をスイス編(2004年)、オーストリア編(2005年)、イタリア・スロベニア編(2010年)と、次々に発表してきた。しかし2013年の最新刊は、特定の国ではなくEU全体の路線網を扱うものだったので、シリーズもこれで打ち止めになるのかと疑った。それだけに、懸案(?)のフランス編刊行が無事実現したのは喜ばしい。
![]() フランス鉄道地図帳 第1巻北部編 (左)表紙 (右)裏表紙 |
第1巻北部編は、およそ六角形をしているフランスの国土を南北に分割した、その北半分を対象にしている。首都パリ Paris から周辺へ放射状に広がる路線網を包含するとともに、ロワール川 Loire の谷筋、ブルゴーニュ、ジュラ山地までの範囲を収める。比較的穏やかな地勢の地域といっていい。変化に富んだフランスアルプスや中央高地、ピレネー、地中海岸については、第2巻南部編(未刊)に譲ることになる。
地図帳の構成は、最初にフランス鉄道網の発達史と電化史を紹介するテキスト、そして序文と続く。次がメインの鉄道地図で計80ページ、最後に駅名索引が来る。鉄道地図の縮尺は1:300,000で、ドイツ編と同じだ。主要都市については拡大図が用意されているが、数は少なく、リール Lille、ルーアン Rouen、ブレスト Brest、パリ Paris、ストラスブール Strasbourg の5都市に限られる。情報は2015年4月現在とされている。
![]() パリ拡大図 (裏表紙の一部を拡大) |
地図記号などの仕様はシリーズで共通化されているので、既刊の読者には親しみやすい。また、シリーズの特色である、現役の営業線だけでなく休止・廃止線も記載するという方針はここでも堅持されている。現役線の情報だけでよければ、フランスでもすでに類書がある(本ブログ「フランスの鉄道地図 V-テリトワール社新刊」参照)が、過去に運行されていた路線まで調べ上げたものはこれを措いて他にはないだろう。
フランスは19世紀中盤、不安定な政情が災いして、イギリスやドイツに比べて鉄道の発達が遅れたのだが、政府の積極的な関与によって、第一次世界大戦の頃には路線延長が約6万kmに達した。標準軌の幹線はもとより、夥しい数の支線や軽便線がネットワークを補完しながら、地方の町や村に届いていたのだ。その多くはすでに過去帳入りしてしまったが、本書には線名、ルート、駅名、その位置、軌間までしっかり記録されている。知られざる小路線の痕跡を紙上で追うことができるのは、大いなる楽しみだ。
もちろん現役の営業線も見逃すわけにはいかない。注目は電化方式だ。日本がそうであるようにフランスでも、幹線の電化に直流(1,500V)と交流(25kV 50Hz)の2方式が併存しているのだ。
前者は1920年代から使われ始め、国有化以前の鉄道会社のうち、電化に積極的だった南部鉄道 Midi やパリ・リヨン・地中海鉄道 PLM が採用した。他方、後者の商用周波数による交流電化は、第二次大戦中にドイツがシュヴァルツヴァルト Schwarzwald のヘレンタール線 Höllentalbahn で開発を進めていたものを、当地に進駐したフランスの技術者たちが持ち帰り、実用化した。この経緯のために、中・南部の路線は主に直流、戦後に電化が進んだ北部や西部(および LGV、下注)は交流という相違が生じている。
*注 LGV(Ligne à grande vitesse)はTGVが走る高速専用線。
この鉄道地図では、電化方式を線の色で区分する。直流600~1,500Vには紫色、交流25kV 50Hzには緑色が使われる。第1巻は北部編なので、支配色は明らかに緑だ。ただし、パリには南部へつながる路線も来ていて、ターミナルで言えば東 Est、北 Nord、サン・ラザール Saint-Lazare の各駅は交流、リヨン Lyon、オステルリッツ Austerlitz、モンパルナス Montparnasse は直流だ。そのため、パリの図(上図参照)では、緑の陣地と紫の陣地が対峙しているように見える。ちなみにドイツ、スイス、オーストリアの地図帳では交流15kV 16.7Hzを表す赤が支配的なので、フランスのそれとは見た目がかなり違うのもおもしろい。
![]() 凡例の一部 |
フランス編では、新たな地図記号をいくつか導入したそうだ。既刊と比べてみると、線路の区分が詳しくなっている。3線・4線軌条を表す記号はこれまでなかった。ただし適用例はわずかで、ソム湾観光鉄道 Chemin de fer Touristique de la Baie de Somme の一部区間(p.5)と、ナント Nantes のロワール川を渡る鉄橋(p.58、ただし狭軌は廃線)のみ。
また、狭軌線が、メーターゲージ ligne à voie métrique(=1000mm)と狭軌 ligne à voie étroite(<1000mm)に区分されている。従来、狭軌線は軌間に関わらず同一記号で、その代わり、図枠外の説明文に正確な軌間が記されていた。メーターゲージが大勢を占めるので、それ以外の特殊軌間を際立たせようと考えたのだろう。
先述したように、この地図帳は2015年の現況を示すのが主目的だが、その中で明日の鉄道網の姿を垣間見ることもできる。フランスの誇る高速線LGVの延伸ルートがそうだ。この巻では、2016年開通予定の東ヨーロッパ線 Est Européenne、メス Metz ~ストラスブール間(pp.37-38)、2017年予定の南ヨーロッパ大西洋線SEA、ル・マン Le Mans ~レンヌ Renne間(pp.44-46)およびトゥール Tours ~ボルドー Bordeaux 間(pp.60,72)が予定線で表されている。
*注 南ヨーロッパ大西洋線のポワティエ Poitiers 以南は、第2巻に収載。
在来線もある。2016~20年予定のシャルトル Chartres ~オルレアン Orléans 間(p.48)や2017年予定のベルフォール Belfort ~スイス国境のデル Delle 間(p.68)だ。前者は新たな観光ルートとしての期待がかかり、後者はTGVとの連絡機能を担うようだ。こうした各地の動きを概観できるのも地図帳ならではの醍醐味だろう。
S+W地図帳のフランス進出を心から祝うなかで、一つ惜しいと思うのは、使用言語がドイツ語とフランス語の2か国語しかないことだ。ドイツの出版物で、描写対象がフランスなら当然とはいえ、これまで凡例(記号一覧)だけは英語を含めた4か国語で表記されていた。なぜ本書で英語が外されたのかは知らないが、将来、改訂版を出すときにはぜひ考慮してもらいたいものだ。
この地図帳は、アマゾン、紀伊國屋といった日本のオンライン書店でも取り扱っている。
■参考サイト
シュヴェーアス・ウント・ヴァル社 http://www.schweers-wall.de/
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シュヴェーアス・ウント・ヴァル社の鉄道地図帳については、以下も参照。
ヨーロッパの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社
ドイツの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
スイスの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
オーストリアの鉄道地図 I
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