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2015年10月 8日 (木)

テューリンガーヴァルト鉄道 II-森のトラムに乗る

森のトラムの停留所は、周りを高い木立に覆われ、その名にふさわしいたたずまいを見せている。もともと現DB支線との乗換用に設けられたものなので、停留所名はずばり「ラインハルツブルン駅 Reinhardsbrunn Bahnhof」だ。日本でなら、さしずめラインハルツブルン駅前、とするところだろう。

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森に囲まれたラインハルツブルン駅停留所
 

テューリンガーヴァルト鉄道 Thüringerwaldbahn は、軌間1000mm、600V直流電化の郊外トラムだ。地元では、略してヴァルトバーン Waldbahn(森の鉄道の意)と呼ばれる。運営しているのは、テューリンガーヴァルト鉄道・ゴータ路面軌道会社 Thüringerwaldbahn und Straßenbahn Gotha GmbH (TWSB) で、ゴータの市内電車と名実ともに一体的に扱われている。

郊外路線は2本あり、本線格がゴータ中央駅~タバルツ間22.7km、支線がヴァルタースハウゼン・グライスドライエック Waltershausen Gleisdreieck ~ヴァルタースハウゼン駅 Waltershausen Bahnhof 間2.4kmだ。市内線の1~3系統に対して、それぞれ4系統、6系統を名乗る。

本線4系統は、全線の所要時間が51~58分。運行間隔は平日午前中60分、午後は30分となる。土日・休日は日中30分毎に走っている。一方、支線6系統は、所要時間わずか7分のミニ路線だ。4系統とは後述するヴァルタースハウゼン・グライスドライエックで連絡する。

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トラムの車内
 

テューリンガーヴァルト鉄道は先のDB線より50年以上も遅れて、1929年に開通した。公国政府はすでに1897年から建設の準備を進めており、これを含めて9本のルートを計画したものの、どれも実現には至らなかった。ようやく1914年に着工に漕ぎつけたが、第一次大戦とそれに続くインフレにより中断を余儀なくされたために、完成まで長い時間を費やした。

しかし開通すると、近郊からゴータ市内への通勤通学客だけでなく、市内からテューリンゲン森 Thüringerwald へ向かうレジャー客にも大いに利用された。特に1930年代に需要が高まったが、第二次大戦が勃発するとたちまち下火となり、1945年2月の空襲で被害を蒙って運行休止となった。戦後は、部分運行を経て、1947年に全線の運行が再開され、現在に至っている。

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テューリンガーヴァルト鉄道周辺図

鳥のさえずりを聞きながら待つうちに、赤と白に塗り分けたトラムがやってきた。まずは終点タバルツ Tabarz まで乗車する。このあたりは、テューリンゲン森の山麓を縫うアップダウンの多いルートだ。次の停留所はフリードリヒローダ Friedrichroda だが、地図で明らかなようにDB駅とは全く別の場所で、西の町はずれに位置する。続くマリエングラースヘーレ Marienglashöhle(聖母の水晶窟の意)も人家のない山の中だが、観光名所になっている水晶窟の最寄り駅だ。

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(左)森の中を行く
(右)サミット近くの跨線橋
 

急坂を上りきり、並木道に沿ってほぼ直線で下っていくと、ようやく景色が開けてタバルツ Tabarz に到着する。ここも鉱泉の湧く保養地で、テューリンゲン森へのハイキング基地でもあるのだが、駅はご多分に漏れず町の周縁部で、あまりひとけがない。トラムは転回ループを一周してから、ホームに停止した。

同じトラムで帰るつもりだが、発車は13時57分で、まだ20分ほど時間がある。そのうち、黒づくめのトラムが坂を下りてきて、ループ線を回った。車体にパーティーバーン Party Bahn とあるから、宴会用の貸切電車だ。わが赤白トラムの横に仲良く並んで止まった。

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終点タバルツ
(左)発車を待つタトラカー
(右)パーティーバーンがやってきた
 

現在、この鉄道とゴータ市内線では、タトラカーが運行の主力を担っている。いうまでもなくタトラカーは、チェコのタトラ社 ČKD Tatra が製造した旧 共産圏の標準形トラムで、ゴータにはKT4D形と呼ばれる4軸ボギー車が19両在籍する。うち6両は1981~82年製のオリジナル車、13両は1990年製でエアフルト Erfurt からの移籍車だ。

パーティーバーンもタトラカーだが、調理設備やトイレを装備した特別仕様になっている。これとは別に2011年、マンハイム Mannheim からデュヴァーク社 Duewag の旧型改良車4両が移籍してきた。帰りの街角で見かけたので、タトラカーに混じって運用に供されているようだ。

黒装束の同僚車に見送られて定刻に発車、もと来た道を快調に下っていく。さっき乗り換えたラインハルツブルン駅を過ぎると、例の並走区間にさしかかった。電化狭軌と非電化標準軌の線路が、森の中で2km半の間、並んで敷かれている隠れた撮影名所だ。

最後尾の席から見ていたが、トラムの整備された線路に対して、DBのほうは伸びた草がレールをほとんど覆い隠す勢いで、緑化軌道どころの話ではない。うまい具合に、隣を走っている赤いクジラ(下注)に追いついた、と思う間もなく、いとも簡単に抜き去ってしまった。DBの列車が時速40kmでとろとろ走るのに対し、トラムのほうは65kmまで出すので、端から勝負にならないのだ。

*注 前回紹介したとおり、アルストーム社のコラーディア Coradia を使ったDB 641形。その形状から、ヴァールフィッシュ Walfisch(クジラの意)のあだ名がある。

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DB支線との並走
(左)線路状態の落差に唖然
(右)赤いクジラを難なく追い抜く
 

ヴァルタースハウゼン・グライスドライエック Waltershausen Gleisdreieck で下車する。6系統ヴァルタースハウゼン駅方面の支線がここで分岐している。グライスドライエックは三角線という意味で、どの方向にも進め、かつ列車交換ができるという贅沢な設計の停留所だ。しかし今は、宝の持ち腐れになっている。2007年8月の合理化で、支線が折返し運転に改められたからだ。

かつては本線のトラムが、三角線を経由して支線に直通していた。終点がループになっているので(下注)、本線と共通の片扉・片運転台の車両が使用できたのだが、折返し化にあたり、両運転台車に置換えられた。それ以来、入庫する最終便を除いて、この1両が2.4kmの短区間を往復する毎日だ。ただし、乗換えの不便さを補うべく、接続はいたって良好で、本線の上下便がここで交換し、同時に支線とも連絡するように、ダイヤが組まれている。

*注 転回ループは1964~66年に全線の主要個所に設置され、片扉・片運転台車両の運行が始まった。

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グライスドライエック停留所
(左)奥のトラムがヴァスタースハウゼン駅行き
(右)両運転台改造車で運行
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ヴァルタースハウゼン付近の1:25,000地形図
旧東独官製1:25,000 M-32-46-A-c Waltershausen 1986年版に加筆
 

■参考サイト
三角線付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=50.8898,10.5778&z=19

ヴァルタースハウゼン支線も往復してみた。本線が野と森のトラムなら、支線は田舎町を行くトラムだ。最初は道端の専用線を進んでいくが、すぐに併用軌道になる。一方通行の狭い街路では、道路にはみ出したテラス式の停留所が設けられている。このオーアドルーファー・シュトラーセ(オーアドルーフ通り)Ohrdrufer Straße を含め、中間の停留所は3か所ある。

見通しの悪い街角の鉤型カーブを通過した後、再び短い専用線になり(下注)、まもなく終点ヴァルタースハウゼン駅 Waltershausen Bahnhof だった。いうまでもなくここはDB駅のすぐ前で、用済みになってしまった転回ループが残されている。

*注 開通時はヴァルタースハウゼンの中心部を経由していたが、1971年11月に短絡する現行ルートに改められた。

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ヴァルタースハウゼン支線
(左)専用軌道から併用軌道への移行地点
(右)テラス型停留所
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ヴァルタースハウゼン駅に到着
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使われなくなった終点の転回ループ
 

折返しの便でグライスドライエックに戻った。ここまで何度か列車を乗継いできたが、さすがドイツというべきか、ほぼ定刻の運行で、予定どおりゴータ中央駅へ戻る最終コースを残すのみになっている。本線のトラムはDB線を乗り越えた後、収穫間近な麦畑の中の直線路をけっこうな速度で疾駆する。ヴァールヴィンケル Wahlwinkel、ライナ Leinaと小さな村をたどり、鞍部を越えるボックスベルク Boxberg の停留所では、下りのトラムと交換した。

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(左)グライスドライエック北側でDB支線を乗越す
(右)ヴァールヴィンケルへの直線区間
 

ズントハウゼン Sundhausen で線路は、郡立病院前 Kreiskrankenhaus から来た市内線1系統と共用になる。道端軌道よろしく道路脇を走り、車両基地のあるヴァーゲンハレ Wagenhalle(車庫の意)で複線になって街路の中央に踊り出た。

ズットナー広場 Suttner-Platz(下注)は、さっき初乗りしたときに、鉄道開通85周年のラッピングを施した車両を見かけた場所だ。ボディーに、旧型車の現役時代をとらえたモノクロ写真と、「85年、そして日ごと緑の中を」というメッセージが添えられていた。その倍近い歴史を持つヘビーレールもざらに存在するとはいえ、なんとか命をつないできた郊外路面軌道としては、十分祝う価値のある年数だ。

*注 停留所名ベルタ・フォン・ズットナープラッツ Bertha-von-Suttner-Platz。旧市街の中心ハウプト・マルクト(中央市場) Haupt Markt の最寄りとなる。

市街地と郊外を結ぶといっても、この鉄道には、昨今流行のスマートな低床車はいないし、終点に瀟洒なニュータウンが広がるわけでもない。昔から市民の足を黙々と担ってきた堅実で地味な印象の路線だ。市内はともかく、長い郊外区間には運行経費に見合うほどの利用があるようには思えないが、それでも、ここでは鉄道が見放されていない。見てきたとおり、必要な部分に手を入れながら、利用価値のある公共交通として立派に使いこなされていた。

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(左)ヴァルトバーン85周年のラッピング車
(右)4系統、1929年以来の伝統
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ラッピングに配された写真
(左)市内線
(右)貨車を連れたタバルツ行き
 

はるばるテューリンゲン森の麓から走り続けてきたトラムにも、ゴールが近づいてきたようだ。旧市街の北のへりをかすめ、針路を南に変えたところで、東駅 Ostbahnhof から来る2・3系統と合流する。後は、DB駅前のターミナルに向かって長い直線区間を残すのみだ。

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(左)2系統の分岐点フッテンシュトラーセ Huttenstraße
(右)ゴータ中央駅前の直線路
 

本稿は、Peter Kalbe, Hans Wiegard, "Nahverkehr in Gotha - Die Geschichte der Gothaer Straßenbahn, der Thüringerwaldbahn und der Industriebahn Gotha" Verlag Dirk Endisch, 2009を参照して記述した。

■参考サイト
TWSB(テューリンガーヴァルト鉄道・ゴータ路面軌道会社)
http://www.waldbahn-gotha.de/
テューリンゲン中部運輸連合 Verkehrsverbund Mittelthüringen (VMT)
http://www.vmt-thueringen.de/

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