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2014年10月 5日 (日)

ドイツの旅行地図-ライン渓谷を例に

シューマン Schumann の交響曲第3番「ライン Rheinische」を聴いていたら、かの地の旅行地図を見たくなった。曲そのものは必ずしも特定の風景の描写を意図してはいないらしいが、第1楽章冒頭で流れる明るく堂々とした主題は、ライン下りで知られた、中世の古城が見守る谷の中をライン川が滔々と流れるあの風景を想像させずにはおかない。

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ドイツを代表する観光名所の一つであるこの地域は、「ライン渓谷中流上部(オーバレス・ミッテルラインタール Oberes Mittelrheintal)の文化的景観」として世界文化遺産にも登録されている。登録名称のわかりにくい表現を噛み砕いて言うと、ライン川中流域(中ライン Mittelrhein、下注)の谷を二分したときの上流のほう、という意味だ。具体的には、谷の入口にあるビンゲン・アム・ライン Bingen am Rhein からモーゼル川と出合うコブレンツ(コーブレンツ) Koblenz にかけての67kmとその周辺が指定地域になっている。

*注 全長約1240kmのライン川は、上流側から順に、アルペンライン Alpenrhein(源流からボーデン湖)、高ライン Hochrhein(ボーデン湖~バーゼル)、上ライン Oberrhein(バーゼル~ビンゲン)、中ライン Mittelrhein(ビンゲン~ボン)、低ラインまたは下ライン Niederrhein(ボン~独蘭国境)、デルタライン Deltarhein(独蘭国境~北海河口)の6つに区分されている。

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棚から取り出してきた旅行地図は、ラインラント・プファルツ州測量局とヘッセン州測量局の共同刊行による1:50,000休暇地図 Freizeitkarte「ライン渓谷中流上部 Oberes Mittelrheintal」(右写真)。既製の官製地形図に、この地域で行える野外活動の各種情報を加筆してある。休暇地図というのは、州測量局が刊行する旅行者向け地図シリーズだが、加えてこの一点は、表紙に「世界遺産公式地図 Offizielle Karte des Welterbes」という箔がついているので、つい買ってしまった。考えてみれば、役所が作っているのだから公式なのは当たり前だが。

このような種類の地図は、かつて地形図の一つのバージョン(ハイキングルート加刷版 Ausgabe mit Wanderwegen)として作成されていた。筆者の知る限り、市中の書店や地図店の店頭に置いてある地形図は、たいていこのバージョンだった。しかし1980年代から徐々に、独立した旅行地図シリーズの刊行へと切り替わっていく。その当時、筆者が現地で買った1:50,000集成図「ライン川 Der Rhein」(1980年版、下写真)は、日本の国土地理院の集成図のように、まだ特別仕様の雰囲気を漂わせていた(下注)。これが1990年代に入ると、各州の地図目録に、名称はさまざまながら独自規格の旅行地図の案内が目立つようになる。

*注 刊行元は、当時のラインラント・プファルツ州土地測量局 Landesvermessungsamt Rheinland-Pfalz。

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ドイツの官製旅行地図の特徴を挙げると、一つに官製地形図を基図に用いていること(ただし図郭は自由に設定)、二つ目に掲載情報が州や自治体の観光局、あるいは自然歩道や自然公園の管理組織などの協力で収集されている(と明記してある)ことだ。品揃えも豊富で、コンパス社 Kompass のような民間地図会社のそれを優に凌ぎ、書店の棚でもけっこう幅を利かせている。ただし、1:100,000以上の縮尺図は州測量局の管轄下にあるため、州ごとに整備状況はまちまちだ。

*注 コンパス社の旅行地図は1:50,000が中心で、1:25,000を揃える官製図に比べると、いささか分が悪い。

旅行情報を示す地図記号のデザインに関しては、もともと全国統一の図式規程から出発しているので、基本は州を超えて共通のはずだが、すでに独自の記号を追加するなどして、州別どころかシリーズ別の規格といっていい状況になっている。実際、1:50,000休暇地図「ライン渓谷中流上部」では、緑の太線で表される自転車道 Radweg(これ自体は統一図式)に、固有のピクトグラムを付してルートを区別しているし、観光用のドライブルートも(統一図式にはない)黄色で塗ったうえ、同様のピクトグラムを置いている。

もちろん自転車やクルマの道だけでなく、歩くための自然歩道 Wanderweg や学習歩道 Lehrpfad(下注)も、ピクトグラムを含めてしっかり記載されているのだが、なぜか凡例には挙げておらず、どちらかというと従の扱いだ。想像するに、歩く人は姉妹品の1:25,000図を使ってほしい、というメッセージではないか。確かに、歩きの際に参考とするには1:50,000はコンパクト過ぎて、もう少し詳しく描いた地図がほしくなる。

*注 学習歩道(レーアプファート Lehrpfad)は、土地の自然環境や文化などに対する関心を高めるために、説明板などを整備した遊歩道。図式規程では赤の太い点線で表すことになっている。なお、ドイツ語のWanderwegは英語でtrail、またPfadはpathと訳されることが多い(Pfadとpathは同根の語)。

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姉妹品たる1:25,000休暇地図「ライン渓谷中流上部」(右写真)は、1:50,000が青の表紙であるのに対して緑の表紙で、3分冊になっている(北から順に1~3と付番)。掲載範囲は、図番1 (Blatt 1/OM1) がコブレンツ Koblenz を中心にアンデルナッハ Andernach ~ブラウバッハ Braubach 間、図番2がラーンシュタイン Lahnstein ~ローレライ Loreley 間、図番3がローレライ~ビンゲン Bingen 間だ(図郭は右下図参照)。

現行版は2010年第4版で、アトキス ATKIS による新図式を用いているが、通常の地形図とは違ってぼかし(陰影)が掛けられ、地形の起伏が手に取るようにわかるのがいい。図上の主役は、歩く道だ。とりわけラインの右岸を行くラインシュタイク(ライン山道)Rheinsteig と、左岸を行くラインブルゲンヴェーク(ライン古城歩道)Rheinburgenweg は別格で、赤の太線に黄色の縁取りまで施して、いやでも目立つようにされている。自然歩道は高みに攀じ登ったかと思えば、ラインに注ぐ支流を渡るために斜面を急降下するという繰り返しで、はなはだ脚に堪えるルートだが、この縮尺であれば、谷壁を昇降するジグザグルートもおおむね描ける。

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1:25,000休暇地図
ローレライ Loreley 付近
(c) Landesamt für Vermessung und Geobasisinformation Rheinland-Pfalz und Hessisches Landesamt für Bodenmanagement und Geoinformation, 2014
Blog_germany_freizeitkarte3_index
1:25,000休暇地図「ライン渓谷中流上部」
3点の図郭
 

父なるラインと言われるとおり、ドイツ語でライン川 Der Rhein は男性名詞だ。川は、上ライン地溝 Oberrheingraben の広大な氾濫原から一転して、ここで標高600m前後の粘板岩山地の中に深い谷を造り、北海平野へと抜けていく。地形の成り立ちからすれば、隆起する地盤を川が浸食した先行谷ということになるのだが、その狭い谷間に豊かな水量が集中するので、見る者に自然の圧倒的なパワーを感じさせる。

古城を眺めながらラインを下る船旅もいいが、川面を俯瞰しながら谷壁をトラバースしていくトレッキングも捨てがたい。オーバーヴェーゼル Oberwesel から、ローレライの岩壁を対岸に見てザンクト・ゴアール Sankt Goar までなら9km、約3時間と手ごろだ。その後は、列車でボッパルト Boppard まで進み、リフトでゲーデオンズエック Gedeonseck の展望台に上って、大河が180度向きを変える現場を見てみたい(下注)。旅行地図を眺めながらそんなことを考えていたら、早くもオーケストラが交響曲の最後の主和音を叩き出していた。

*注 ゲーデオンズエック Gedeonseck の展望台については、本ブログ「ライン川の大蛇行-ボッパルダー・ハム」参照。

これらの旅行地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋書店のウェブサイトでも扱っている。"Topographische Freizeitkarte Oberes Mittelrheintal" で検索するとよい。なお、"Topographische Freizeitkarte" で検索すると、他にも官製旅行地図が多数表示されるので、参考にされたい。

(2006年4月14日付「ラインとモーゼル」を全面改稿)

■参考サイト
ラインラント・プファルツ州測量局直販サイト
http://www.lvermgeo.rlp.de/shop/
ユネスコ世界遺産サイト「ライン渓谷中流上部」
http://whc.unesco.org/en/list/1066
世界遺産「ライン渓谷中流上部」公式サイト
http://www.welterbe-oberes-mittelrheintal.info/

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