マイリンゲン=インナートキルヘン鉄道でアーレ峡谷へ
マイリンゲン=インナートキルヘン鉄道 Meiringen-Innertkirchen-Bahn
マイリンゲン Meiringen ~インナートキルヘン Innertkirchen MIB 間4.99km
軌間1000mm、直流1200V電化
1926年開通(工事用鉄道として)、1946年一般旅客営業開始、1977年電化
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マイリンゲン駅MIB専用乗り場 (13番ホーム) |
名探偵シャーロック・ホームズ Sherlock Holmes が活躍する短編集を熱心に読まれた方なら、スイスのマイリンゲン Meiringen という地名を覚えておられるに違いない。「最後の事件 The Final Problem」でホームズとワトソンが宿をとり、モリアーティ教授が待つ運命のライヘンバッハ滝 Reichenbachfall(下注)へ向かったあの村だ。
*注 地形図の表記はRychenbachfall。
マイリンゲンには、この大滝ともう一つ、アーレ峡谷 Aareschlucht という観光名所がある。まだこのあたりが一面氷河に覆われていた時代、氷河の下の水流が、行く手を阻む石灰岩の山キルヘット Kirchet を侵食して、巨大なナイフで切り裂いたかのような深くて狭い谷を造り上げた。幅1mまで狭まる暗い谷底を、アルプスの青白い融雪水を集めたアーレ川が激しい勢いで流れている。
この名所を訪れる人に交通手段を提供しているのが、マイリンゲン=インナートキルヘン鉄道 Meiringen-Innertkirchen-Bahn、略称MIBだ。川のすぐ脇を長いトンネルで貫いて、峡谷の東西の入口近くに停留所を設けている。鉄道は名前のとおり、マイリンゲンと谷奥のインナートキルヘン Innertkirchen(下注)という小村を結んでいるのだが、滝や峡谷の探訪客、さらにはアルプストレッキングに出かける人々も乗るようになり、30年ぶりに再訪したら、一端の観光路線に変わりつつあった。今回は、スイスアルプスの山懐を行くこの小鉄道にスポットを当てたい。
*注 この地名の日本語の表記に関しては、インナートキルヒェン、インネルトキルヒェンなど揺れがある。ドイツ語の発音は「イナートキアヒェン」に近い。
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まずはその生い立ちから。
インナートキルヘンは人口800人余りのごく小さな村だが、地理的には、東のズステン峠 Sustenpass や、南のグリムゼル峠 Grimselpass へ向かう街道の分岐点に位置している。マイリンゲン(下注)からこれらの峠を越えて鉄道を通す構想は早くからあった。1898年にズステン峠経由でヴァッセン Wassen へ、1904年にグリムゼル峠経由でグレッチュ Gletsch への路線がそれぞれ認可を受けている。いずれも既存の鉄道に連絡するもので、沿線で水力発電を行って動力に利用する点でも共通していたが、資金難により実現しないままに終わった。
*注 マイリンゲンへは1888年に、アルプナッハシュタート Alpnachstad ~ブリエンツ Brienz 間の鉄道(現在のZBブリューニック線)が到達していた。
これに対し1919年に、奥地の電源開発を計画する企業が、建設資材や作業員を輸送する工事鉄道 Werkbahn の認可を得る。区間はマイリンゲンからインナートキルヘンを経て、グリムゼルへの街道筋にあるグートタンネン Guttannen の村までで、その先工事現場までは索道(ロープウェー)で結ぶというものだった。当初、峡谷区間ではキルヘットの山塊を乗り越える予定だったが、勾配を避けるために長さ1.5kmのトンネル案に変更された。工費の見積りが予想以上に膨らんだため、やむなく鉄道をマイリンゲン~インナートキルヘン間に短縮し、索道のほうを延長する決定がなされた。これが長さ5kmのミニ路線となった理由だ。
マイリンゲン=インナートキルヘン鉄道 周辺図 スイス官製1:100,000地形図ブリューニック峠 Brünigpass 図葉の一部を使用 |
この工事鉄道を建設したのは、オーバーハスリ電力会社 Kraftwerke Oberhasli AG (KWO) という発電事業者で、1926年に完成し、運行が開始されている。アーレ川の上流では、すでに最初の開発案件となるハンデック発電所 Kraftwerk Handeck の建設が始まっており、鉄道は開通早々、資材輸送の任務に追われた。SBBから調達した客車を使って、作業員や地域住民の輸送も実施された。
かつて活躍した馬面の6号電動車 (Bem 4/4) 1984年撮影 |
しかし、工事はいつまでも続くわけではない。そのために、路線は2度にわたって存廃の岐路に立たされている。最初は1932年、当面予定された建設事業が終盤を迎えた頃だ。このときは、交通手段を失うことを恐れた地元自治体が赤字補填を提案したことで、廃止を免れた。
第二次大戦中、新たにインナートキルヘン発電所やズステン峠道路の建設が進められて、貨物輸送は再び活気を呈したが、戦争が終わると廃止論が再燃した。今回は連邦政府の意向もあって、定期運行する一般旅客鉄道への転換が図られることになり、1946年にKWOの出資で設立されたMIBの手で、新たなスタートが切られた。
工事鉄道として造られたMIBは当初非電化で、蒸機が列車を引っ張っていたが、1931年に旅客輸送用に蓄電池式電車が導入された。しかし、蓄電池式は重く線路に負担がかかるため、車両の老朽化を機に1977年、直流電化の工事が完成して、今日に至る。現在定期運行に就いているのは、1996年に導入されたシュタッドラー・レール製の両運転台車(Be 4/4形8号機)だ。ほかに中古の予備車もあるが、短い路線のため運行のほとんどはこの車両1両で賄われている。
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昨年(2013年)MIBを再訪する機会があった。そのときの写真を添えてレポートしよう。
ご承知のように、MIBの起点マイリンゲンは、インターラーケンとルツェルンを結ぶツェントラル鉄道ブリューニック線 Brünigbahn(下注)のおよそ中間に位置する。ブリューニック線はここでスイッチバックするので、MIBのほうがむしろ本線の延長のように見える。軌間も両者同じ1000mmで線路はつながっているが、前者の交流15 kV 16.7Hz(スイス連邦鉄道SBBと同じ)に対して、後者は直流1200Vと電化方式が異なるため、乗入れは行われていない。
*注 ブリューニック線は、むしろSBB唯一のメーターゲージ路線として記憶されている方が多いかもしれない。同線は2005年にSBBからルツェルン・シュタンス・エンゲルベルク鉄道 Luzern-Stans-Engelberg-Bahn (LSE) に売却され、同時にLSEはツェントラル鉄道 Zentralbahn (ZB) に改称した。
マイリンゲン駅の3番ホームの東端にある乗場(13番ホームと称する)から、MIBの電車は出発する。この設備が供用されたのはごく最近、2010年12月のことだ。以前は構内の東を限る踏切の先に乗り場があり、両線との乗換えには約300mの徒歩連絡を要した。改良工事の完成で、ブリューニック線の列車で1~3番線のどこに着いても、プラットホームを前方へ平面移動するだけになった。新しい乗場には、バス停にあるような簡易待合所も設置されている。
(左)ZBマイリンゲン駅舎 (右)ブリューニック線ホームの先にMIB乗り場がある (遠方でホームがカーブしている付近) |
(左)MIBの主力車両Be 4/4形8号機 (右)待合所の案内板 |
MIBはわずか4.99kmの路線なので、中間に列車交換施設はない。単行電車が30分間隔で往復していて(時期により日中減便あり)、片道の所要時間は11分だ。発車6分前に、私たちが待つホームに電車が入ってきた。登山用のリュックを背負った人たちが降り、折返し14時17分にインナートキルヘンへ向け、出発した。
路線図には、起終点を含めて7つの駅・停留所が描かれているが、そのうち4つはリクエストストップで、うち2つは時刻表に時刻すら記載されていない。滝の最寄りになるアルプバッハAlpbachもそれで、この列車は通過した。
ちなみにこの付近では、MIBとは別の路面電車が走っていた時代がある。名称はマイリンゲン=ライヘンバッハ=アーレ峡谷路面軌道 Trambahn Meiringen–Reichenbach–Aareschlucht (MRA) といい、1000mm軌間、延長2.8kmの、これもまたミニ路線だった。名前どおりマイリンゲン駅前から滝へ上るケーブルカー山麓駅と峡谷の西口へ通じるもので、開業は1912年に遡る。工事鉄道(現MIB)とは現 アルプバッハ停留所の手前で平面交差していたが、1956年に休止となったことで、今は交差の形跡もない(下の地形図でルートを確かめられたい)。
マイリンゲン=ライヘンバッハ=アーレ峡谷路面軌道 周辺図 図上、薄い赤を施しているのが当該路線 スイス官製1:50,000地形図ズステン峠 Sustenpass 図葉(1948年版)の一部を使用 |
MIBの線路は、ここからアーレ川の堤に沿っていく。対岸の山腹にかかるライヘンバッハ滝とケーブルカーの線路が、車窓からもよく見える。次の停留所は、アーレシュルフト・ヴェスト Aareschlucht West(アーレ峡谷西口の意)だ。以前はザントシュテーク Sandsteg(ザント小橋の意、ザントは地名)と称し、同名の小橋でアーレ川を渡って5分ほど歩けば、峡谷の西口ゲートに達する。
(左)車窓から見えるライヘンバッハ滝 その右にケーブルカーの線路 (右)アーレシュルフト・ヴェスト停留所にて下車 |
(左)アーレ峡谷西口ゲート (右)峡谷へいざなう遊歩道 |
峡谷は、長さが1400m、壁面は水面からの高さが最大180mという、スイスアルプスでも屈指の規模をもつ。クライネ・エンゲ Kleine Enge(小狭間)、グローセ・エンゲ Grosse Enge(大狭間)という川幅が最も狭まる場所では、両側の岩壁が間近に迫って人一人すり抜けるのがやっとだ。峡谷を貫く遊歩道は、トンネルや桟道で整備されているので、誰でもこの自然の驚異をたやすく目にすることができる。
一方、鉄道はこの間を長さ1502mのキルヘットトンネル Kirchettunnel で一気に抜けてしまっており、車窓からは峡谷がまったく見えない。MIBに乗車する機会があるなら、列車で単純往復せずに、途中下車して峡谷を散策されることをぜひお薦めしたい。峡谷の西口と東口の間を徒歩で抜けるには約40分、MIBの停留所間なら約1時間といったところだ(下注)。
*注 峡谷内は有料区域で、2014年現在、大人15フラン(1スイスフラン110円として1650円)。
アーレ峡谷の地形図 スイス官製1:25,000地形図インナートキルヘン Innertkirchen 図葉の一部を使用 |
アーレ峡谷 (左)昼なお暗きクライネ・エンゲ(小狭間)の桟道 (右)遊歩道は断崖をくりぬいて続く |
アーレ峡谷 (左)グローセ・エンゲ(大狭間) (中)後半、谷幅は少し広がる (右)しかし危うい桟道は最後まで |
遊歩道の終点である東口ゲートは、車道に面した高台になっている。インナートキルヘンののどかな里の景色が目の前に広がり、峡谷探検で鬱積した圧迫感が一気に解きほぐされる。山野歩きがお好きなら、キルヘットの山を越えて西口に戻るか、山腹を伝ってライヘンバッハ滝へ足を延ばすのもいいだろう。しかし私たちは、MIBの残り区間に乗らなくてはならない。
インナートキルヘン盆地の展望 アーレ川の堤をMIBの電車が走る |
2003年に新設されたアーレシュルフト・オスト Aareschlucht Ost(アーレ峡谷東口)停留所は、川岸まで下りて、華奢な吊り橋を渡った先にある。停留所へ入る鉄扉は常時閉まっている。乗り場は地中にあるのだ。列車に乗りたければ、扉の横にある運行方向別のリクエストボタンを押して、待たなければならない。
扉の小窓から漏れる風圧で、列車が接近してくるのがわかる。列車のブレーキ音が止んで初めて扉が自動で開くが、トンネル内はホームなどないに等しく、目の前に車両の前扉がある。土合(上越線)や筒石(北陸本線)のような深いトンネル駅とは違って、エレベーターのドアが開いたら中で列車が待っていた、というのに似た不思議な感覚が味わえる。
アーレシュルフト・オスト停留所 (左)吊り橋で川を渡って停留所へ (中)小道を行くと行止り (右)鉄扉の脇にリクエストボタンがある 行きたい方向のボタンを押して待つ |
アーレシュルフト・オスト停留所 (左)列車が来ると鉄扉が開く 奥に見えているのは電車のドアステップ (右)車内から見た停留所入口(帰路写す) |
さて、インナートキルヘン行きに再乗車すると、まもなくキルヘットトンネルの闇を抜け、再びアーレ川の護岸に位置づく。次のウンターヴァッサー Unterwasser 停留所(リクエストストップ)は、付近に発電所しかなく、多くの場合通過だ。屋根付き橋の傍らを過ぎ、短いトンネルを一つくぐると、インナートキルヘン・ポスト Innertkirchen Post。停留所の周辺が村の中心で、ズステン峠やグリムゼル峠方面に向かうバスも、道路を隔てた郵便局の前を拠点にしている。乗客はほとんどここで降りてしまう。
しかし、鉄道はここで終わりではない。さらに500m進んだインナートキルヘンKWO(カーヴェーオー)Innertkirchen KWO が本当の終点だ。KWOは先述のとおり、オーバーハスリ電力会社の略称だが、留置線の両脇に大きな倉庫が立ち並ぶだけの殺風景な場所で、ローカル線の終点としては少々興醒めだ。倉庫の裏に回ると、大規模な変電施設がある。静かな山里に立つ鉄塔と送電線のジャングルを目にすれば、この鉄道が果たしてきた役割を思い起こすことができる。
(左)ウンターヴァッサー付近 トラス橋の脇に屋根付き橋 (右)終点が見えてきた |
(左)インナートキルヘンKWO停留所は倉庫の前 (右)MIB踏破の記念撮影 |
この記事は、Florian Inäbnit "Schweizer Bahnen, Berner Oberland" Prellbock Druck & Verlag, 2012、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.
■参考サイト
グリムゼルの世界(観光案内サイト)>マイリンゲン=インナートキルヘン鉄道
http://www.grimselwelt.ch/grimselerlebnis/bahnen/meiringen-innertkirchen-bahn
アーレ峡谷(観光案内サイト)
http://www.aareschlucht.ch/
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