スイスの新しい1:25,000地形図
1:25,000地形図のことは先日、本ブログに書いたばかりだ(「スイスの1:25,000地形図」参照)というのに、まるでタイミングを計ったかのようにスイストポ swisstopo から、新しい図式の発表がなされた。今後、更新される図版はすべてこの図式になり、将来的には1:50,000や1:100,000にも拡大されるという。
しかも今回の措置は単なる図式改訂というレベルにとどまらない。地図記号や整飾(図郭外の記載事項)も相当程度見直されてはいるが、より重要なのは地図作成のプロセスが根本的に改められたことだ。何がどのように変化したのか、公式サイトの記述を参考にレポートしたい。
新1:25,000地形図 オルテン Olten 付近 (閲覧サイト map.geo.admin.chより) |
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まずは従来図式と新図式で描かれた地形図を見比べてみよう(右下図参照)。一見したところ、従来図式に漂う古風さ、厳格さに対して、新図式はカラフルでずいぶんと垢抜けた雰囲気になった。地図記号に関する主な変更点は以下の通りだ。
1:25,000新旧比較、市街地の例 上が従来図式、下が新図式 アーラウ Aarau 図葉の一部 (スイストポのリーフレットより) |
・注記文字の書体が、サンセリフ(先端に飾りのない)タイプのフルティガー Frutiger に変更され、かつ最小寸法や地物との空隙がわずかに拡大された。いずれも読取り易さの向上を意図したものだが、特に書体の変更が、新図のスタイリッシュな印象を生み出す主因となっている。
・道路網は、幅員で等級化され、図上でも二重線の幅による区分に統一された(従来図式では二重線の片側を太線や破線等にして区別)。また、高速道、主要道、地方道はそれぞれ橙、赤(ピンク)、黄に着色され、高速道のインターチェンジとジャンクションには名称が表示された。1:50,000、1:100,000と同じ仕様だ。
・鉄道網は、赤色で表示され(従来図式では黒)、駅名も記載された(従来図式では記載なし)。赤色にした理由についてスイストポは、交通網の概観を強調し、建物密集地での識別性を高めるためであり、すでに1:200,000~1:1,000,000の小縮尺図で使われてその効果は実証済みだとしている。確かに黒づくめの市街地では目立つが、その代り、幹線道路(ピンクに着色)と並行する個所では識別しにくくなった。
・行政界のうち、国や州 Kanton のそれは紫の実線で表されるとともに、薄紫の帯が添えられた。また、郡 Bezirk は薄紫の実線、市町村 Gemeinde は同じく破線で表された(従来図式は線の形状のみで区分)。行政界が一目で追えるようになったのは大きな改良だ。
1:25,000新旧比較、山地の例 左が従来図式、右が新図式 アーラウ Aarau 図葉の一部 (スイストポのリーフレットより) |
・森林界は、新図式では省かれた(旧図式には存在し、境界が明確か不明確かで区分されていた)。その理由についてスイストポは、人口密度の比較的高いミッテルラント Mittelland では小道や自動車道と重なることが多く、アルプスでは低木林との区別が難しい。樹木の中には地図データの更新周期である6年で3~4m成長するものもあるため、実態に合わないからとしている。
・その他、高層建物(25m超)、ヘリポート、病院、駐車場等の記号が追加され、教会、礼拝堂、競技場、冷却塔、疎林、低木林等の記号デザインが変更された。
次に地勢表現だが、等高線と標高点は、平均精度±0.5mの新標高モデルswissALTI3Dから取得されている。1:25,000地形図から生成された旧来のデジタル標高モデルDHM25では、ミッテルラントで1.5m、アルプスでは3~8mの誤差が許容されていたので、それに比べて精度の一層の向上が図られたことになる。その一方で、緩傾斜地に挿入されてきた補助曲線がなくなり、道路や鉄道の築堤や切通しも記号で表現されなくなったため、微地形の判読は困難だ。
スイスの官製地形図を特徴づけているぼかし(陰影)と露岩・崖の描写については、従来図式と同じものが使用されている。精緻で美的にも優れた地勢表現が将来へ引き継がれたことは喜ばしい。
整飾部では、図郭を取り囲んでいた伝統的な太罫がなくなり、従来そこにあった経緯度は図枠に直接ティックマーク(分目盛)を立てて青色で記されるようになった。また、隣接図郭との重複部分が削られてしまい、図郭をまたぐような注記の表示方法もなくなった。さらに従来、左下に記されていた初版年の表示が後述する理由で意味をなさなくなり、省略されている。
アーラウ図葉(従来図式) |
アーラウ図葉(新図式) |
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地図表現法の変化もさることながら、冒頭で述べたとおり、そこに至るまでの地図製作のプロセスが一新されている。これまでは、空中写真や実地調査等をもとに更新されてきた1:25,000の地形図データが、スイスの地形景観モデル Topographical Landscape Model (TLM) の基盤の位置づけだった。
しかし、今後は流れが大きく変わる。まず、地図上に表現すべきオブジェクト(対象物)は、縮尺1:10,000で構築された地形景観モデルから選択され、必要に応じて総描化の自動処理が施される。等高線と標高は、先述のとおりの標高モデルから取得される。同時に地籍測量データのようなすでに地形景観モデルと統合されている他の公的機関のデータも使いながら、基盤となる数値地図モデル Digital Cartographic Models (DCMs) が自動生成されるのだ。そのため、刊行図の原版は、インターネットや電子媒体用のピクセルマップ、ベクトルマップと同様、数値地図モデルから出力された二次生成物に過ぎなくなる(下注)。
*注 日本の1:25,000地形図も、昨年(2013年)11月から同様のプロセスで製作された新図式に変更されている。
最初の新図式 アーラウ図葉表紙 2014年版 |
新しい1:25,000地形図の予備的研究は早くも2001年に着手され、2006年から試作と評価が繰り返されてきた。2011年に1:1,000,000地勢図が更新されたが、これが新しいプロセスで製作された最初の刊行図だった。縮尺1:25,000での新図の作成作業は昨年から本格的に始まり、その結果、今年(2014年)1月に、新図式による最初の4面「1088 ハウエンシュタイン Hauenstein」「1089 アーラウ Aarau」「1108 ムルゲンタール Murgenthal」「1109 シェフトラント Schöftland」が発表された。
地形図の更新周期は6年とされているので、2019年には1:25,000の全図葉がこの新図式に置換えられる予定だ。また、スイストポの地形図閲覧サイト(下記参考サイト)でも、刊行版に対応した新図式のピクセルマップが公開され始めた。1952年に最初の図葉が刊行されてから60年余、ランデスカルテの最大縮尺1:25,000は今まさに、歴史的変革のときを迎えている。
■参考サイト
スイストポ 公式サイト http://www.swisstopo.admin.ch/
新図式に関する情報は、英語版Topics > New national maps for Switzerland
連邦地形測量所地図閲覧サイト map.geo.admin.ch-1:25,000地形図
http://map.geo.admin.ch/?layers=ch.swisstopo.pixelkarte-farbe-pk25.noscale
本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびスイストポ発行のリーフレット"Neue Landeskarten für die Schweiz"を参照して記述した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.
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