スイスの1:25,000地形図
ランデスカルテ Landeskarte で最大縮尺となるシリーズは1:25,000だ。茶系の表紙をまとい、1面で東西17.5km×南北12kmの範囲を表す。図番は4桁だ(下図「索引図」参照)。247面で全土をカバーしているが、面数の多さから、同じ「地形図」グループ(下注)の中では最も遅く1979年にようやくすべての図葉が揃った。前回「スイスの地形図-概要」で各縮尺の共通項を紹介したので、今回は1:25,000に特化した情報を補足しておこう。
*注 ランデスカルテの体系で、1:25,000、1:50,000、1:100,000が「地形図 topografischer Landeskarte」のグループ。
1:25,000表紙 左から1代目 Zürich 1970年修正 2代目 Grindelwald 1981年修正 3代目 Fribourg 1993年修正 4代目 Le Sentier 2013年版 |
1:25,000索引図 |
◆
1:25,000の面数が今のように確定したのはごく最近、2000年代になってからのことだ。以前は249面あったのだが、「図番1035 フリードリヒスハーフェン Friedrichshafen」と「1056 リンダウ Lindau」が更新停止となり、2面減ってしまった。図名がドイツの都市名であることから想像できるように、この2面は描く陸地がすべてドイツ領で、残りはボーデン湖 Bodensee の湖面だった。それで必要性が低いとみなされたようだ。
そもそも、なぜ他国領だけの図葉があったのだろうか。ボーデン湖はスイス、ドイツ、オーストリアの3か国が接しているのだが、湖上の国境線は確定されていない。しかしスイスは、国境線が湖の中央(両岸から等距離の地点)にあるという立場をとっているため、湖面であろうと領地が含まれる図葉は作成する方針だった。もちろんドイツの領土もスイスの図式で描いていた。
ところが、1990年から1:25,000では、ドイツとフランスの領土についてはその国の測量局から提供された図版をそのまま使用することになった(右図参照、下注)。その結果、右図のとおり、他国領はぼかし(陰影)だけがスイスのオリジナルで、図式はまるで異なる地図ができあがった。他国製の図版を貼り付けただけの図なら、わざわざスイスで刊行し続ける意味がない。このことが2面廃止の方針を後押ししたのだろうと思われる。
*注 他の隣接国がこの措置の対象でないのは理由がある。オーストリアでは現在1:25,000をまったく製作しておらず(1:50,000の単純拡大版しかない)、イタリアも新図の整備が遅々として進んでいないからだ。
なお、1980年代前半までは、「1354 アルジェーニョ Argegno」(「1353 ルガーノ Lugano」の東隣に位置する)も索引図に未刊として記載されているが、図郭内のスイス領はわずかなため、結局製作されなかった(「1374 コモ Como」の図郭延伸で代替)。
他国領の表現 赤線(加筆)の上がドイツ、下がスイス クロイツリンゲン Kreuzlingen 2008年 (使用図は1:25,000地形図、以下同じ) |
赤線の右がフランス、左がスイス ローデルスドルフ Rodersdorf 2011年 |
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スイストポの紹介サイトによると、1:25,000の売り文句は、「ハイカーや登山家、都市計画家、個人旅行者、探検家のためのスイスで最も正確で詳しい地形図。鉄道、道路および歩行路網は完全記載かつ細分化。居住地、水部、植生および地勢は詳細に表現。表示対象には完全な注記」とある。実用品とはいえ、額装すればインテリアになるような美しさと精緻さを備えた地図なので、筆者が特に気に入っている図葉をいくつか書き出しておこう。
売り文句が示唆しているように、まずはアルプスの図葉が必見だ。とりわけ1:50,000や1:100,000の縮尺で眺めた後で同じエリアの1:25,000に目を移すと、その迫力に言葉を失う。中でも「1249 フィンスターアールホルン Finsteraarhorn」がいい。図名になっているベルンアルプスの最高峰(標高4274m)のほか、名山ユングフラウ Jungfrau やメンヒ Mönch も図郭の範囲に入るが、図上の主役は別のところにいる。世界自然遺産にも登録されているヨーロッパ最大規模の氷河、アレッチュ氷河 Aletschgletscher だ。上流部で3本の氷河が合流し、巨大な谷氷河となって流れ下る様子がダイナミックに描かれている。アルプスの図葉では、ほかに「1348 ツェルマット Zermatt」や「1277 ピッツ・ベルニナ Piz Bernina」なども、氷河と岩山の取り合せが見事だ。
フィンスターアールホルン図葉 (写真を縮小、以下同じ) |
一方、南部湖水地方の「1353 ルガーノ Lugano」は、腕のように伸びる水色のルガーノ湖 Lago di Lugano が緑の山並みの中にバランスよく織り込まれている。巨大な山塊が周囲に湖を従えているように見える中央スイスの「1151 リギ Rigi」もいい。
ルガーノ図葉 |
ジュラ山地の図葉は概してぼかし(陰影)の効果が高いが、なかでも「1105 ベルレー Belleray」や「1106 ムーティエ Moutier」は、褶曲山地特有の地形の面白さに目を奪われる。地表にいてはわからない、地形図だけが描きうる自然の造形美だ。また、鉄道ファンとしては、ベルニナ鉄道 Berninabahn のすさまじい「いろは坂」ルートが描き込まれた「1278 ラ・レーザ La Rösa」も楽しい。
ムーティエ図葉 |
ちなみに1:25,000の場合、描かれている等高線の間隔は、エリアによって異なっている。比較的低山や丘陵が広がるジュラ Jura とミッテルラント Mittelland(国土のおよそ北半)は10m間隔、対するアルプス Alpen は20m間隔だ(計曲線は全土で100m間隔)。
アルプスのそれは、日本の同縮尺の地形図の10m間隔に比べれば粗いのだが、敢えて等高線をぎゅうぎゅう詰めにはしていない。急傾斜地はたいてい岩場になるので、露岩や崖の表現で覆われてしまい、どのみち等高線が隠れるからだろう。ただし、1:25,000に限った仕様として、崖の表現にも100mの計曲線が埋め込まれ、高度の読取りが可能になっている。逆に、傾斜が緩く等高線の間隔が開くところでは、中間に補助曲線を入れることで精度が補われている。
等高線間隔が違う図葉の接続 (上)ヴォールフーゼン Wolhusen 1988年(10m間隔) (下)シュプフハイム Schüpfheim 2006年(20m間隔) |
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アルプスやジュラの山間部が比類なき完成度を誇っているのに引き換え、都市部の表現は残念ながら実用的とはいえない。
市街地の注記は皆無に近い ベルン Bern 2010年 |
理由の第一は、市街地や商工業地域にほとんど注記がないことだ。先述の売り文句に「表示対象には完全な注記がある」というのはいわば野辺の話であって、街中で特定できるのは、ほぼ教会と付属の墓地に尽きる。役所や学校といった日本でなら当然と思われる施設でさえ何ら記載がない(大学のみHSなどの略号で表記)。大きな建物が並んでいれば工場群かと想像するが、何の工場なのかも図上では確かめるすべがないのだ。
第二に、道路の主従関係がよくわからない。1:50,000や1:100,000のように色分けされることもなく、道路番号もなく、等級別になっている記号だけが頼りだ。また、トラムの併用軌道は市街地に入ったとたんに省略されてしまい、ルートを知ることができないのが困る。
もう一つ、これは実用上の問題ではないのだが、市街地は建物の平面形を黒塗りしてあるので、印象が暗くて重い。遡って19世紀、デュフール図のために作成された測量原図は手彩色で、市街地に鮮やかな赤が施されていた。印刷図になってからは一貫して黒が当てられてきたが、多色刷りになったのだから配色を見直してもいいのではないだろうか。ともかく、今のところ1:25,000では(そして他の縮尺でも)、市街地はシルエットのようなものと考えておく必要がある。
【追記 2014.2.1】
本項の説明は2013年までの図式に基づいている。2014年1月に発表された新図式で、地図記号を含め1:25,000地形図の仕様が大幅に変更された。詳細は「スイスの新しい1:25,000地形図」参照。
本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびスイストポ発行の製品カタログを参照して記述した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.
■参考サイト
スイストポ 公式サイト http://www.swisstopo.admin.ch/
連邦地形測量所地図閲覧サイト map.geo.admin.ch-1:25,000地形図 http://map.geo.admin.ch/?layers=ch.swisstopo.pixelkarte-farbe-pk25.noscale
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