スイスの地形図-概要
スイスの国土地理院である連邦地形測量所スイストポ Bundesamt für Landestopographie swisstopo(下注)は、昨年(2013年)創立175周年を迎えた。19世紀以来、同所が製作する地形図は、製作過程のデジタル化が進んだ現在も、他国のように無機質なグラフィックスに置き換えられることなく、官製地形図の最高峰としての品質を維持し続けている。電子媒体やインターネットでの提供と並行して、精細な印刷物もアナログ時代と変わらず用意されているのは敬服に値する。
*注 スイストポは、すでに1997年からネット上のドメイン名として用いられていたが、2002年から組織名の後につける形で正式名称の一部となった。
現行の地形図はランデスカルテ Landeskarte(国の地図、国土地図の意)と呼ばれ、縮尺の大きい順に、1:25,000、1:50,000、1:100,000、1:200,000、1:500,000、1:1,000,000の6種類がある(下注)。前3者が比較的狭いエリアを詳細に描く「地形図 topografischer Landeskarte」、後3者はより広域の概観を表現する「地勢図 geografischer Landeskarte」とグループ化される。スイスの地形図体系を、まず前3者から概観してみたい。
*注 1:300,000もカタログにあるが、これは1:200,000地形図(全4面)を単純に縮小して1面に収めた「概観図 Generalkarte」。
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図1![]() ジュラ山地の特徴的な地勢が、ぼかし(陰影)により浮かび上がる 1:100,000 ビール Biel 2005年 |
「地形図」グループの最大の特徴は、迫真的な地勢表現だ。高度を記号的に表す等高線だけでは、地形の読取りに習熟を必要とする。そこで、精妙なぼかし(陰影)技法を用いて土地の起伏を三次元的に見せ、岩山や氷河の形状は実物に似せて絵画化した。こうした直感に訴える描法で、地形を誰にでもわかる形で表現することに成功している。
ぼかしは北西方向からの光線を仮定して描かれる。初期は、単色で行うデッサンのように、明度すなわち色の明暗の変化だけで表現されていた。しかし、整備計画を主導したエドゥアルト・イムホーフ Eduard Imhof は、ハイライトに黄色、シャドーには青緑がかった灰色というように、色相の違いを明度と組合せる方法を考案した(図1参照)。この新方式の採用により、視覚効果はいっそう高まった。
岩山の荒々しい表現は、地勢の伝統的な表現法であるケバを応用したものだ。これもぼかしと同じように光源を意識することで、彫塑的な立体感を獲得している。その足元に横たわる氷河は、ぼかしで厚みが強調された上に、無数のクレバスが涼しげな青色で描き込まれ、真実味を醸し出す(図2参照)。こうした表現は歴代の専門技師たちが時間をかけて手描きしてきたものだ。自動化の研究も進んでいるが、熟練の技と同等の質にはまだ到達できないという。
図2![]() 岩山と氷河の迫真的な表現 1:50,000 ユリアーパス Julierpass 2009年 |
一方、等高線についても、配色に一工夫がある。定番の茶色だけでなく、氷河や万年雪の場所は青色、植生のない(地面が露出している)場所は黒色と、使い分けている。これは前身であるジークフリート図(初版1870~1926年)から受け継がれてきた描法だ。茶色は土の色を想像させるので、水部や岩場では違和感が出るのだろう。色を分けると製版や印刷の精度が要求されるが、印刷方式がスポットカラー(特色インクを使用)だった時代から、各色の接点にはほとんどずれが見られない(図3参照)。
図3![]() 3色の等高線とその接続 1:50,000 ヌーフェネンパス Nufenenpass 2006年 |
地図記号については、地図の裏面に一覧表(凡例 Zeichenerklärung)が掲載されている。とりわけ道路は等級ごとに実例の写真が入って大変ていねいだ。ただし、ここに挙がっているのは主要なものであり、もっと詳しい凡例は、スイストポのサイトにあるPDFファイルを見る必要がある。
![]() ランデスカルテの凡例の一部 |
鉄道は、普通鉄道の標準軌が実線、狭軌は旗竿形で示され、それぞれ複線以上と単線の区分がある。スイスには実際、狭軌鉄道が多数残存しているので、地図上でも旗竿はよく登場する。駅では主要駅 Bahnhof とその他の駅・停留所 Haltepunkt が区別され、後者はさらに列車交換設備の有無が示される。これに対して、貨物専用線・保存鉄道は白抜きの旗竿形が使われ、休止中の鉄道も同じ記号だ。トラムの併用軌道、工場引込線は別の記号がある(上図参照)。
植生では、森林に樹種の区別がなく、森林(樹林)Wald はアップルグリーンの塗りのみで表される。そのほか、疎林 Offener Wald、低木林 Gebüsch がパターンで描かれる。
縮尺の大小によっても、記号デザインには若干の相違がある。とりわけ目立つのは道路の塗りだ。1994年に行われた図式改訂で、1:50,000では高速道路、幹線道路、それに接続する主要道をそれぞれ橙、赤、黄に塗り分けることになった(図4参照)。1:100,000や「地勢図」グループでは最初から取り入れられていた表記法だが、これによって道路網が明瞭になり、地図全体にメリハリがついた。併せて、道路番号と、高速道路のインターチェンジ、ジャンクション、パーキングエリア名の記載も始まった。通常の注記ではなく、道路地図のような枠囲みのデザインになっている。また、国境記号にも赤の縁取りがつき、たとえばドイツ、フランスとの間で複雑に入り組むライン川周辺の国境線がかなり識別しやすくなった(図4参照)。
図4![]() 道路と国境線を彩色で識別 1:50,000 バーゼル Basel (上)改訂前 1988年 (下)改訂後 2011年 |
河川や湖沼といった水部は、かつてどの縮尺も水涯線に沿って陰線を引くスタイルだった。これはデュフール図(初版1845~65年)から続く伝統的描法なのだが、1999年の図式改訂で水色の塗りに置換えられた(図5参照)。読図には何ら影響はないが、わずかに残っていた銅版彫り時代の雰囲気がこれで消えた。
図5![]() 河川の描法変更 1:25,000 ノインキルヒ Neunkirch (上)改訂前 1988年 (下)改訂後 2007年 |
また、このとき1:25,000では、葡萄畑の記号が黒から緑色に変更されている。レマン湖東岸ラヴォー Lavaux の斜面に広がる葡萄畑は世界文化遺産にも登録された名所だが、新旧の1:25,000を比較すると、図から受ける印象の違いが歴然とする(図6参照)。
図6![]() 葡萄畑の配色変更 1:25,000 ローザンヌ Lausanne (左)改訂前 1992年 (右)改訂後 2009年 |
座標系はスイスの国内基準CH1903(スイスグリッド Swiss Grid とも呼ばれる)が用いられる。地図にはこれに基づき、1:25,000と1:50,000は1km単位、1:100,000は10km単位のグリッド(格子)が掛けられている。なお、CH1903は、世界測地系 World Geodetic System (WGS84) に準拠して1995年に改訂(CH1903+と称する)されたため、近刊図で記載されているのは、旧座標値の前に東西方向は2、南北方向は1を付加した新座標値だ。また、1998年から、WGS84に対応する座標も図枠に青色で加えられている。
1:25,000、1:50,000、1:100,000とも、このスイスグリッドで区切った図郭(区分図)だ。接続のために図上わずか2mm程度の重複部が印刷されているが、基本的に図郭間の重複はない。見たいエリアが図郭からはみ出しているために、隣接図の購入を強いられるといったことも起こりうる。そうした不便を補うために、まとまりのある地域を1面に収録した集成図 Zusammensetzung が刊行されている。特に1:50,000と1:100,000は、集成図だけで全土をほとんどカバーできるほど種類が多いので、利用価値が高い。
![]() 1:50,000表紙 左から1代目 Walenstadt 1963年修正 2代目 Genève 1974年修正 3代目 Mischabel 2004年版 4代目 Basel 2013年版 |
最後に表紙の変遷について、1:50,000を例に眺めてみよう(上図参照)。表紙は用紙の裏側に印刷されるため、色数は限られた。はじめは1色刷で、独仏2か国語が併記されていた。1960年代に入ると、図郭が属する言語圏の使用言語のみにマイナーチェンジされ、現在までこのスタイルが続いている。
デザインの2代目は、1975年からのいわゆる「バナータイトル Balkentitel(帯状の題名表示)」だ。2色刷になり、イムホーフ式の美しいレリーフが背景に刷られている。
1994年から3代目が登場した。図名の背景が連続階調へ、図番が最上部へ、索引図が地名優先へと変更され、検索しやすさを研究したデザインだ。さらに、それまで別刷り配布だった凡例が、表紙の続きに印刷されるようになったのも大きな進歩だろう。これは当初単色だったが、2000年代に入るとカラー化されていく。また、地図表紙に記載される年次は従来、改訂年次(地図内容が何年現在のものか)を表していたが、1999年から刊行年次 Ausgabe/Editionに変更された。
そして先ごろ(2013年)、4代目に当たる最新表紙がお目見えした。図番に加えて縮尺も最上部に移り、索引図はさらに拡大されている。
【追記 2014.2.1】
本項の説明は2013年までの図式に基づいている。1:25,000については2014年1月に発表された新図式で、地図記号を含め仕様が大幅に変更された。詳細は「スイスの新しい1:25,000地形図」参照。なお、1:50,000、1:100,000についても将来的に同様の新図式に置換えられる予定だ。
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以上、「地形図」グループの共通項を中心に概要を紹介した。その入手方法だが、刊行中のランデスカルテは、すべてスイストポのショッピングサイト"toposhop" で容易に購入できる。2014年1月現在、1:25,000~1:100,000の単価は14フラン(1スイスフラン115円として1610円)だが、外国から発注すると付加価値税VAT(8%)が免除され、12.96フランになる。日本への送料は15フラン程度だ。
また、スイストポの下記サイトで、ランデスカルテ各縮尺の最新版が閲覧可能になっている。購入するほどでもないという向きにはこれが便利だろう。本稿掲載の画像もこのサイトから取得させていただいた。非営利サイトでの画像利用については、引用元を明らかにすれば、1枚当たり50万ピクセルまで許諾および使用料の支払いは要しないとされている。
■参考サイト
地形図閲覧サイト map.geo.admin.ch http://map.geo.admin.ch/
使い方については、本ブログ「地形図を見るサイト-スイス I」参照。
次回からは、縮尺別の相違点などを見ていこう。
本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイト、Wikipedia英語版の記事(Cartography of Switzerland)および特集「スイスの地図」『月刊地図中心』2010年8月号を参照して記述した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.
■参考サイト
スイストポ 公式サイト http://www.swisstopo.admin.ch/
同 現行のランデスカルテに関する記述(英語版)
http://www.swisstopo.admin.ch/internet/swisstopo/en/home/products/maps/national.html
★本ブログ内の関連記事
スイスの地形図略史 I-デュフール図
スイスの地形図略史 II-ジークフリート図
スイスの地形図略史 III-ランデスカルテ
スイスの1:25,000地形図
スイスの新しい1:25,000地形図
スイスの1:50,000地形図
スイスの1:100,000地形図
スイスの1:200,000地形図ほか
地形図を見るサイト-スイス(基本機能)I
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