スイスの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
前2回で紹介したスイスの公共交通地図は、主として一般旅行者向けに製作されたものだ。鉄道網についてさらに詳しく調べたいと思うと、もはや1枚ものの折図では足りず、鉄道地図帳 Railway Atlas のような専門書に頼ることになる。ドイツのシュヴェーアス・ウント・ヴァル出版社 Verlag Schweers+Wall が「スイス鉄道地図帳 Eisenbahnatlas Schweiz(英語名はRailatlas Switzerland)」を刊行している。今のところ、これが唯一、その期待に応えてくれるものだろう。
初版が出たのは2004年1月だ。同社はそれまでドイツの鉄道地図帳を製作していたが、他国に守備範囲を広げた初めてのケースとなった(下注)。現在は、2012年3月刊行の改訂第二版が入手できる。今回はこの地図帳の特徴について、初版との相違点を含めて取り上げよう。
*注 2013年現在、同社の鉄道地図帳は、オーストリア、イタリア+スロベニア、EUを加えて計5巻に増えている。
スイス鉄道地図帳 2012年版 |
同 2004年版 |
同社の鉄道地図帳シリーズの最大の特徴は、全線全駅をいわゆる正縮尺図(1つの図の中で縮尺が一定)にプロットしている点だ。路線密度の高いスイスを十全に描くために、メインの地図の縮尺はドイツ編の1:300,000に対して、1:150,000と大きい。また、背景には地勢を表すグレーのぼかし(陰影)やブルーの水部(川、湖)のほかに、植生を表すアップルグリーンのアミもかけられて、鉄道と地形の関係が想像できるようにしている。
凡例の一部 |
地図に使われている記号は基本的にシリーズ共通で、多数ある属性を視覚的にうまく分類している。路線に関しては、まず単線・複線を線の太さで区別する。そして標準軌・狭軌(軌間は注記)、貨物線、休止線、廃線(下注)、建設中・計画中の路線は線の形状で、また、電化方式は線の色でそれぞれ書き分ける。ラックレール区間は点線を、第三軌条方式の電化区間は緑の細線を添えて表現する。保存鉄道は蒸機のマーク、ロープウェーやケーブルカー、チェアリフトは搬器を模したマークのため、すぐわかる。
*注 施設が使われていない路線 außer Betrieb / Not in use と撤去済の路線 abgebaut / Former line, removed が区別されているので、ここでは休止線、廃線と訳した。
路線の関連ではほかに、時刻表番号や鉄道名の略称(SBB以外)も記載する。山岳路線につきものの急勾配区間と最大値、トンネルの名称と長さなどのデータも揃っている。また、鉄橋など鉄道名所の注記は列車撮影に、廃線の位置や廃止年の記載は廃線跡探索にと、趣味の資料としても役立つに違いない。
駅については、停留所や貨物駅などを記号の形状で区別し、キロ程と標高を添える。さらに、双単線方式のための渡り線、側線、操車場、コンテナターミナル、修理工場、機関庫、カートレイン Autoverlad 積み降ろし駅など、さまざまな機能を図示する。引込線を持つ工場には、会社名まで記している。また、各々の見開きページの欄外は、各路線のプロフィールが集約され、格好の資料集になっている。
リギ山周辺 (2004年版表紙の一部を拡大) |
スイス編には、この1:150,000図以外にも多くの鉄道地図が加えられ、こちらも大変興味深い。まずスイス全図を使った主題図が6点ある。私鉄(SBB以外)の路線網、狭軌区間(軌間で色分け)、ラックレール区間、Sバーン(近郊路線)ルート、観光列車ルート、保存鉄道の分布と、区分図ではつかみにくい鉄道網の特色を、マクロの視点から確かめることができる。
また、部分拡大図も多数用意され、この点は初版に比べて格段に充実した。主要都市近郊図は1:50,000で、掲載順にキアッソ Chiasso、ルガーノ Lugano、ロカルノ Locarno、バーゼル Basel、ルツェルン Luzern、チューリッヒ Zürich、ベルン Bern、ジュネーヴ Genève、ローザンヌ Lausanne など。トラムの路線も描き込まれているので、ヘビーレールとどう絡んでいるかも一目で分かる。モントルー Montreux、エーグル・ベー・モンテー Aigle•Bex•Monthey の拡大図もあるが、これはこの地域に広がる狭軌線の細部を描くのが目的だろう。
チューリッヒ拡大図 (2004年版裏表紙の一部を拡大) |
続く山岳鉄道の詳細図面も、初版にはなかったものだ。アルプトランジット計画 Neue Eisenbahn Alpentransversale (NEAT) (下注)の舞台であるゴットハルト(ゴッタルド)鉄道 Gotthardbahn とレッチュベルク~シンプロン横断軸 Lötschberg-Simplon-Achse とともに、スイス観光の看板列車であるベルニナ急行・氷河急行のルート Bernina-Express- / Glacier-Express-Route が取上げられている。
*注 スイスアルプスを縦貫する長大トンネルを中心とした新線計画のこと。ドイツ語の直訳は「新鉄道アルプス横断線」で、略称のNEATを使うことが多いが、英語ではアルプトランジット AlpTransit と呼ばれる。
まずルートの縦断面図で新旧ルートを比較した後、ループやスパイラルが連続する山越えの見どころを1:50,000拡大図で提示するという配列だ。どの路線も鉄道ファンには必見なので、詳しい見取図の提供はありがたい。最後にユングフラウ地域 Jungfrauregion の1:75,000図がついて、盛りだくさんの地図の部は終わる。
巻末には初版同様、駅名、トンネル名、鉄道会社名(略称と正式名)の索引などがつき、参考資料としての条件は万全だ。使用言語も独・仏・伊・英の4か国語が併記され、読解に支障はない。初版は96ページだったが、第二版は図版の追加によって112ページに増えている。
スイスの鉄道というと、登山列車か氷河急行という定番のイメージが強過ぎて、TGVやICEのような高速列車のネットワークで気を吐く隣国に比べて、注目度は落ちるかもしれない。しかし、バーン2000やアルプトランジットという意欲的な大規模プロジェクトが推進され、その結果、旅客列車の定時隔運行や速度向上、貨物輸送の増強・高速化など大きな変化が生じつつある。充実度を増した地図帳をひもとけば、こうしたスイスの鉄道が目指す未来もまた見えてくるだろう。
(2006年10月20日付「スイスの鉄道地図 II」を全面改稿)
■参考サイト
シュヴェーアス・ウント・ヴァル社 http://www.schweers-wall.de/
スイス連邦鉄道(SBB) http://www.sbb.ch/
★本ブログ内の関連記事
スイスの鉄道地図 I-キュマリー+フライ社
スイスの鉄道地図 II-トラフィマージュ
スイスの鉄道地図 IV-ウェブ版
シュヴェーアス・ウント・ヴァル社の鉄道地図帳については、以下も参照。
ヨーロッパの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社
ドイツの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
オーストリアの鉄道地図 I
イタリアの鉄道地図 II-シュヴェーアス+ヴァル社
フランスの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社
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