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2013年9月 1日 (日)

ヨーロッパの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社

ドイツを皮切りに国別の鉄道地図帳をこれまで4種刊行してきたシュヴェーアス・ウント・ヴァル社 Verlag Schweers+Wall。次はどの国が対象になるのかと心待ちにしていたところ、2013年5月の新刊は、予想を裏切って欧州連合(EU)諸国すべてがテーマだった。タイトルは「EU鉄道地図帳 Eisenbahnatlas EU」、判型23.5×27.5 cm、152ページの頑丈な上製本だ。

Blog_eu_railatlas11
EU鉄道地図帳
(左)表紙 (右)裏表紙
 

対象となるエリアは国でいうと、フィンランド、バルト三国からルーマニア、ブルガリアに至る南北のラインより西側になる。この範囲にはEU非加盟のノルウェー、スイス、バルカン諸国も含まれるが、これらは分け隔てなく描かれている。

EU鉄道地図帳の構成は大きく5部に分けられる。第1部はEU諸国の鉄道をテーマごとに説明文と主題図で概観する19ページ。第2部はメインのEU鉄道地図で、縮尺が1:2,000,000(200万分の1)に統一され、50ページある。第3部は主要都市の拡大図(縮尺非表示)で22ページ。第4部は高速線やトラム・地下鉄の導入都市の分布など、メインの鉄道地図を補足する主題図を集めた8ページ。第5部は地名(駅名)索引、用語集、各国の鉄道事業者一覧など文字資料が中心だ。

鉄道地図帳というと、路線網や駅を描く地図を綴った冊子だと理解している人も多いのではないだろうか。しかし、今回の地図帳はそれだけの機能にとどまらない。路線図をメインに据えながらも、むしろEUの鉄道に関する各種データを可能な限り地図上に表現した、いわば社会科地図帳のような資料集になっている。その特色を端的に示すのが第1部で、鉄道のさまざまな側面を捉えた主題図が目白押しだ。

初めに、線路の通行方向を示した図がある。おおむねベルギー、フランス、スイス、イタリアから西が左側通行だが、スウェーデンは右側陣営に囲まれた左側(道路も1967年まで左側だった)、スペインは左側陣営ながら東南部は右側など、地図ならではその区分が一目瞭然だ。また、各国の線路軌間を示した図では、その国の標準的な軌間で塗り分けるだけでなく、点在する狭軌線をドットの色分けで示していて、分布状況がよくわかる。

ほかにも電化方式、列車保安方式などの図が並んでいるが、これらは基本情報というべきものだろう。独自色が強く出ているのは、鉄道に関するEUの重点政策を示した地図群だ。

示されるテーマの一つは、この間加盟各国で導入されてきたオープンアクセスだ。これは、列車運行事業への参入自由化のことで、従来一体的に運営されてきた線路等のインフラ管理と列車運行を分離する、いわゆる上下分離とセットで実施される改革だ。地図では、貨物輸送における参入業者(ドイツ語でEVU=鉄道輸送企業)の数や、旧国鉄である鉄道企業による他国の鉄道輸送事業への進出状況、各国の上下分離の方式などが図示され、EU諸国における鉄道改革の概要が把握できる。なお、インフラ管理企業の名称や形態、所管する線路延長、あるいは列車運行企業の名称などについては、巻末の文字資料に詳細データがある。

もう一つのテーマは、同じくEUのアクションプランである欧州広域輸送網だ。30の優先軸(指定路線)をもつTEN-V (英語ではTEN-T、Trans-European Transport Networks) の路線図のほか、汎ヨーロッパ回廊 Pan-European Corridors (PAN-Corridors) の10路線や貨物輸送回廊などについても言及がある。関連して、アルプスを横断する各ルートの改良計画を含めた平面図や断面図も用意されている。ざっと目を通すだけでも、進境著しい欧州鉄道の今を知ることができるだろう。

Blog_eu_railatlas11_detail
ベルギー東部~ドイツ中央部
(裏表紙の一部を拡大)
 

さて、第1部だけに紙幅を費やすわけにはいかない。メインの鉄道地図の出来栄えはどうなのか(上写真はそのサンプル)。よく似た範囲を収録したマイク・G・ボール Mike G. Ball 氏の鉄道地図帳と比較しながら見ていこう。

*注 ボール地図帳の詳細については、本ブログ「ヨーロッパの鉄道地図 I-ボール鉄道地図帳」参照

EU地図帳の1:2,000,000(200万分の1)という縮尺は、ボール地図帳(国によって縮尺が異なるが、ドイツ1:1,000,000、フランス1:1 800,000程度)に比べて小さい。ドイツ、フランス、スペインといった大国でも見開き2枚分、計4ページにおおむね収まってしまう。これは広域を見渡すには好都合だが、細部の表現には限界がある。そのため、鉄道路線網は特に都市域では省略が見受けられるし、駅の表示も2つ以上の路線の接続駅が中心だ。この点ではBall地図帳のほうに分がある。

単線・複線や軌間の違いは線の形状で、電化方式は線の色で区分される。加えて操車場、貨物駅、車両工場、軌間変更などの位置は、添えられた記号でわかる。これは両地図帳とも同じような方式だ。ただBall地図帳の記号デザインが少々難解なのに対して、EU地図帳は同社の従来の国別地図帳とほぼ揃えてあるので、愛読者にはとっつきやすいだろう。

もちろんEU地図帳には、ボール地図帳にない特色もある。たとえば、先述したヨーロッパ広域輸送網に該当するルートには、TEN1、PAN V(Vは5の意)などのラベルが添えてある。いくつかの国では路線番号(時刻表番号ではない)が振られている。第3部にまとめられた主要都市の拡大図もたいへん有益だ。縮尺の関係があってか、トラムや地下鉄まで記載した例はわずかだが、都市に集まってくる幹線鉄道群を確かめていくだけでも興味深いし、土地勘を養う助けにもなるに違いない。

この地図帳の記述は、地図の凡例が独仏伊英の4か国語になっているほかは、すべてドイツ語だ。そのために筆者などは辞書を引きながらの読書を強いられるのだが、言葉に通じていなくても、メインの鉄道地図は十分役に立つ。ここに次の高速新線が計画されているのか、ロシア広軌はここまで西へ延びているのかなどと、新たな発見がいくつもあるからだ。目下のところ、これはEU諸国を概観する鉄道地図帳としての決定版と言えるのではないだろうか。

この地図帳は、アマゾン、紀伊國屋といった日本のオンライン書店でも取り扱っている。

■参考サイト
シュヴェーアス・ウント・ヴァル社 http://www.schweers-wall.de/

Blog_eu_railatlas12

【追記 2015.9.5】

2015年3月に、イギリスのイアン・アラン出版社 Ian Allan Publishing から、上記EU鉄道地図帳の英語版「ヨーロッパ鉄道地図帳 Rail Atlas Europe」が出版された。

図版やページ建ては原書と同じだが、ドイツ語テキストがすべて英語に翻訳されている。価格が少々高く設定されているとはいえ(本日現在、日本のアマゾンでは前者が3286円、後者は5660円)、英語で読めるメリットは捨てがたい。

★本ブログ内の関連記事
 ヨーロッパの鉄道地図 I-ボール鉄道地図帳
 ヨーロッパの鉄道地図 II-トーマス・クック社
 ヨーロッパの鉄道地図 III-折図いろいろ
 ヨーロッパの鉄道地図 IV-キュマリー+フライ社
 ヨーロッパの鉄道地図 V-ウェブ版

シュヴェーアス・ウント・ヴァル社の鉄道地図帳については、以下も参照。
 ドイツの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
 スイスの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
 オーストリアの鉄道地図 I
 イタリアの鉄道地図 II-シュヴェーアス+ヴァル社
 フランスの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社
 ギリシャの鉄道地図-シュヴェーアス+ヴァル社

イアン・アラン出版社の鉄道地図帳については、以下も参照。
 イギリスの鉄道地図 II-鉄道史を知る区分地図
 イギリスの鉄道地図 III-ボール鉄道地図帳

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