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2013年9月29日 (日)

スイスの鉄道地図 I-キュマリー+フライ社

スイスは誰もが認める鉄道王国だ。路線網の骨格を形成するのは、国鉄に当たるスイス連邦鉄道 Schweizerische Bundesbahnen (SBB)だが、それ以外にもおびただしい数の鉄道会社が観光輸送、地域輸送、ときには幹線輸送をも担っていて、その個性の豊かさが大きな魅力となっている。

単位面積当たりの路線密度が世界一と言われる国なので、当然、鉄道地図の存在価値も高い。筆者の知る限り、2013年現在で入手できる印刷物のスイス鉄道地図には、A2判(A4判の4倍)程度に収まるコンパクト版、用紙が横1mを越える大判図、数十面の地図を綴った地図帳の3種がある。このうち今回は、スイス鉄道のファンに長く親しまれてきた大判図を紹介しよう。

名称は「スイス公共交通地図 Schweizer Karte des Öffentlichen Verkehrs(英語名はMap of Swiss Public Transport)」で、同国の大手地図会社であるキュマリー・ウント・フライ(キュメルリ+フライ)社 Kümmerly+Frey(以下、K+Fと記す)が刊行元だ。地図は横138×縦99cmほどもある大判用紙に印刷され、表紙と別添の小冊子がついた折図として販売されている。内容は充実しており、スイスの公共交通機関のルートはこの1冊ですべてわかるといっていい。

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スイス公共交通地図2013年版
(左)表面 (右)裏面
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ベルン付近(裏表紙の一部を拡大)
 

まず大判地図のほうだが、ここには鉄道路線はもとより、ケーブルカー、ロープウェー、チェアリフト、バス、航路と、市内交通を除く公共交通路線が網羅されている。このうち鉄道や索道を表すのは、緑色の線だ。標準軌線を太く、狭軌線を細く描き分け、駅もユーロシティ(EC)、インターシティ(IC)、インターレギオ(IR)といった優等列車の停車駅は箱の中を赤で塗って、識別を容易にしている。ラック式鉄道や索道系は、線の形状を変えている。

バス路線はオレンジの実線だ。鉄道のない谷間や丘陵地もくまなくカバーして、きめ細かな公共交通網を形成している。停留所のある集落名が逐一示され、時刻表番号も添えられているので、公式時刻表の索引図としても万全だ。地図裏面の地名索引を併用すれば、同国内でおよそ行きたい場所と交通手段はすべて特定できるだろう。

方角がデフォルメされたわが国の時刻表地図とは違って、縮尺が1:275,000と明示されているので、区間距離や周辺路線との位置関係を正確に把握できる。薄いぼかし(陰影)で地勢が描かれ、眺めているだけでも旅行気分に浸れる。

一方、大判地図で省略された市内交通については、別添の小冊子に情報がある。ここには12都市の交通局が作成したスキマティックマップ(位相図)形式の路線図と、主要駅の周辺図が集められている。路線図は各交通局のウェブでも提供されているものとはいえ、一覧化されたことでバラエティに富んだデザインが目を引く。ただ、見開き23×21.5cm程度の紙面のため、注記文字はかなり小さくなる。とりわけエリアが広いチューリッヒ Zürich の場合、拡大鏡なしでは判読できないのが難点だ。

後述するデザイン上の問題はあるが、豊富な情報量と携帯性を考えれば、価格(19.80スイスフラン)はリーズナブルで、スイスの交通機関に関心がある方や、詳しい旅行計画をお考えの方に必須アイテムであるのは間違いない。

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2007年版表紙 (左注)
 

ところで、「スイス公共交通地図」はSBBの公式地図だったはずだが、と思われた方もおられるだろう。上の記述は現行の2013年版に拠っているが、この地図は数年に一度、改訂版が刊行されてきた。一つ前の版は2007年の刊行だ。表紙に「スイス公共交通公式地図 Offizielle Karte des Öffentlichen Verkehrs Schweiz」と記され、SBBのロゴが付されている。ここまでは確かにSBBが関与していたのだ。

*注 2007年版の現物が手元にないため、右写真はamazon.co.jpの画像を引用した。低解像度ご容赦。

この版は縮尺が1:301,000で、地図の図式も現行版と全く異なる。下図は上で引用したのと同じエリア(ただし1985年初版図を使用)だが、鉄道は黒で、バスはベースマップの道路記号の上に黄色を塗って表している。公共交通網の基幹を成す鉄道路線が強調され、優等列車停車駅を示す赤色も効果的で、現行図に比べてはるかにメリハリのあるデザインだ。

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ベルン付近 1985年版
 

下記サイトによれば、K+F社製交通地図の歴史は古く、1940年頃に「スイス交通・鉄道地図 Schweiz Verkehrs- und Eisenbahnkarte」として刊行されたのが最初のようだ。地図の縮尺は1:300,000だった。これは第二次大戦後の1954年に第2版が作られ、数年間隔で改訂版の刊行が続けられたものの、1967年版が最終となった。

■参考サイト
www.bahn-bus-ch.de > Bibliographie Schweiz
http://www.bahn-bus-ch.de/bahnen/biblio-l.html

一方、1963年に、「スイス交通企業地図 Karte der Schweizerischen Transportunternehmungen」が刊行されている。SBBが資料提供し、連邦地形測量所 Eidgenössische Landestopographie(原語は当時の名称)、すなわちスイスの国土地理院が刊行した官製の主題図だ。縮尺は1:333,333で、図上3cmが実長10kmに相当する。記号の形状や配色は異なるものの、地勢を表すベースマップの上に鉄道、バス、索道等の路線が描かれるスタイルはK+F社版と似ている。これは1975年に次の版が出た。

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スイス交通企業地図 1975年版の一部
 

年代や図式等から見て、これらの流れを受け継いで創刊されたのが、今に続くK+F社版「スイス公共交通地図」と考えてよさそうだ。筆者の手元に、初版である1985年刊行の「スイス鉄道地図 Bahnkarte Schweiz」があるが、副題の「スイス連邦鉄道公式地図 Offizielle Karte der Schweizerischen Bundesbahnen」が、SBBの肝煎りであることを示している。地図の縮尺は端数なしの1:300,000ながら、明らかに2007年まで続いた公式地図と同一の図版だ。連邦地形測量所の許可で複製したと注記があるので、図版の製作元は地形測量所なのだろう。

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スイス鉄道地図 1985年版
 

次の1988年版で、縮尺が1:301,000と初めて奇妙な端数がつく。この地図にとどまらず、K+F社刊行の他のスイス全図も同じ1:301,000だった。製版の過程で0.33%図版が縮んだのかどうかは知らないが、この程度の誤差なら実用的に問題が生じるレベルではない。

第3版に当たる1994年版では「公共交通地図」(背表紙にその文言が刷られている)、2000年版で「公共交通公式地図」と名乗るようになる。地図にはもともと私鉄やバスの路線も描かれていたので、より的確な名称に改めたということかもしれない。それでもSBBのロゴはついたままで、2004年、2007年と版が重ねられた。

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公共交通地図 1994年版
 

こうして系譜をたどってくると、冒頭紹介した2013年版が、1985年の初版刊行以来の大規模な変化であることが納得していただけるだろう。縮尺を含めて図式ががらりと変わり、ベースマップも色を重ねないグレー1色のものに差替えられた。そして何よりSBBのロゴが消え、鉄道会社監修の看板が下ろされたのが大きい。公式地図のポジションは、次回紹介する「トラフィマージュ」に取って代わられたからだ。

新図式では、どの公共交通も対等に扱おうというのか、鉄道路線だけを目立たせることはしていない。しかし、バス路線を鉄道網と連絡し、それを補完するものと考えるなら、配色にはもう一段の工夫があってもいいのではないだろうか。

この地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋といったショッピングサイトでも扱っている。

(2006年10月12日付「スイスの鉄道地図 I」を全面改稿)

■参考サイト
Swisstravelcenter.ch  http://www.swisstravelcenter.ch/
 上部メニューのKümmerly+Frey > Thematische Karten > Schweiz Karte des Öffentlichen Verkehrs

★本ブログ内の関連記事
 スイスの鉄道地図 II-トラフィマージュ
 スイスの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
 スイスの鉄道地図 IV-ウェブ版

 スイスの鉄道時刻表

 K+F社のその他の鉄道地図は、下記で紹介している。
 ドイツの鉄道地図 V-キュマリー+フライ社
 ヨーロッパの鉄道地図 IV-キュマリー+フライ社

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