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2013年5月 3日 (金)

アメリカ合衆国の道路地図-ランド・マクナリー社

ドライバーを対象にした道路地図が初めてアメリカで現れたのは1898年だという。しかし当時、自動車はまだ富裕層の持ち物だった。20世紀に入ると、大量生産で価格の下がったT型フォードが爆発的に売れ、それを契機として大衆車の時代が訪れる。1910年代には、石油会社が需要喚起の策として、ガソリンスタンドで折り畳み式の道路地図を無料配布し始めた。アメリカの道路地図は、こうして瞬く間に広まっていった。

この種の地図の代名詞的存在となっているのが、ランド・マクナリー Rand McNally 社だ。1868年にシカゴで創業した同社は、はじめ鉄道に関わる印刷と出版を手掛け、次いで商業や教育の分野に進出した。鉄道地図や地球儀、世界地図帳、さらに地理の教科書を製作し、地図出版社としての地歩を固めていった。同社最初の道路地図は1904年、ニューヨークとその近郊の道路網を主題にしたものだった。

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ランド・マクナリー道路地図帳
2014年版
 

1920年、同社はガルフ石油 Gulf Oil から委託を受けて、配布用の道路地図の作成を開始した。1924年には、48州(下注)の道路地図を1冊にまとめた「ランド・マクナリー自動車の友 Rand McNally Auto Chum」を刊行している。掲載された地図は手描きで、紺(ダークブルー)と赤の簡素な2色刷り、まだ地名索引もなかった。1926年からタイトルが変わり、今も通用する「ランド・マクナリー自動車道路地図帳 Rand McNally Auto Road Atlas」になった。

*注 1924年時点では、アラスカとハワイは準州 Territory で、収録範囲外だった。

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グーシェイの
ミズーリ州道路地図
 

ガソリンで走る車の急速な普及は、道路網の整備も促していった。ナンバー付きのUSハイウェーを骨格とする合衆国の道路体系は、この20年代に構築されたものだ。いきおい道路地図の需要も高まって、地図製作に携わる会社が大小乱立した。30年代からは、ランド・マクナリーと並んで、H・M・グーシェイ H.M.Goosha、ジェネラル・ドラフティング General Drafting が覇を競い、人々はこれらを地図業界のビッグスリーと呼んだ。

しかし、この中で今も残っているのはランド・マクナリーだけになっている。ライバルが火花を散らしていたのは70年代までで、オイルショックをきっかけに石油会社や自動車クラブの地図配布が削減されるとともに、安定的な収入源を失った地図会社の経営は悪化していく。カーナビの興隆を待つことなく、他の2社は、90年代で歴史を閉じてしまった(下注)。実はランド・マクナリー社も2003年に倒産して、資本は入れ替わっているのだが、知名度の高いブランド自体は継続している。

*注 グーシェイ社は1996年にランド・マクナリーに買収され、ジェネラル・ドラフティング社は1992年にアメリカン・マップ社(現カッパ・マップ・グループ Kappa Map Group)に吸収されて消滅した。

グード世界地図帳 Goode's World Atlas のような教育分野の書籍も刊行しているとはいえ、ランド・マクナリー社の主力製品は、やはり道路地図だ。大別すると、大判用紙を折り畳んだ1枚ものと、地図帳形式に綴じたものがある(下注)。

*注 地図業界の競争領域はとうにデジタル地図に移っているが、その紹介は筆者の手に余る。現況は同社サイト等でお調べいただきたい。

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1枚もの州別地図
(左)ニューヨーク州 Easy to Read!版
(中)同 Easy to Fold!版
(右)地域別道路地図 サンフランシスコ・ベイエリア
 

1枚ものはさらにいくつかに分類できる。まず、1~2州を1面に収めた州別地図 State Mapシリーズでは、赤表紙の「Easy to Read!(読み易い)」と紺表紙の「Easy to Fold!(畳み易い)」が併存する。

「読み易い」版は、地図が拡大されていて、文字も大きい。余白には主要都市の市街図や代表的観光地の拡大図も多数掲載されている。その代り、用紙が大判になるため、何重にも折り畳まれ、携行する場合は少々扱いにくい。一方、「畳み易い」版は、縦2つ折り、横4つ折り程度で収まるコンパクトな用紙で、かつコーティング加工してあるので畳み易く、拡げ易い。しかし、文字は小さくなり、地図も州全体図が中心だ。ただし、すべての州でこの2種類が揃っているわけではないようだ。

1枚ものには、ほかに緑の表紙のシリーズもある。これは、都市域、旅行適地など需要の見込める特定地域の拡大版だ(上掲表紙写真の右がその例)。州別地図についている拡大図のレベルでは描ききれない細部の街路との位置関係、主要施設の位置などが把握できる。州別地図よりはるかに現地感覚に沿った縮尺なので、調べたい地域が絞れる場合は選ぶ価値がある。

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Easy to Read!版表紙の地図部分を拡大
 

次に地図帳だが、これも数種類刊行されていて、1枚ものと同様、判型や地図の縮尺、それに綴じ方などが異なる。

その中で代表とみなせるのが、黄表紙の「ランド・マクナリー道路地図帳 Rand McNally Road Atlas」だ(冒頭の写真)。中綴じ式で、判型はA3に近い27.6×39cm という大判だが、後発組の他社もこれを踏襲したので、アメリカの道路地図帳の標準様式になった。いうまでもなく同社の看板商品で、同社のサイトには90周年を祝う記念ページが上がっている。

■参考サイト
ランド・マクナリー社-道路地図帳90周年版
http://www.randmcnally.com/pages/anniversary

2014年版は144ページ、合衆国とカナダの州別道路地図をメインに、主要市街図、国立公園図、それにメキシコの全図も収録している。州別地図は地理的位置に関わらずアルファベット順に並べられ、多くは見開き2ページを使って展開される。ページの余白には各州の基礎データ、観光局連絡先、都市間距離表、それに旅行情報の詳細にリンクするマイクロソフトタグがつく。もちろん巻末には、地名索引が付随している。必要な情報を網羅した過不足のない編集で、アメリカの代表的地図帳というにふさわしい。

同じ判型でも「大縮尺道路地図帳 Large Scale Road Atlas」は、スパイラル綴じで264ページと、同社の地図帳では最もボリュームがある。タイトルのとおり、地図を上記地図帳より35%拡大して、読み取り易くしたのが特徴だ。当然、州別地図は見開き2ページに収まらないので適宜分割し、市街図なども再配置されている。ただ大縮尺になっても、記載内容にほとんど差はない。また、この版のみカナダ、メキシコの図は省かれている。

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大縮尺道路地図帳 2014年版
 

大判の地図帳にはもう1種、「モーターキャリア用道路地図帳 Motor Carriers' Road Atlas」がある。これは大型のトラックやバスの運転に特化した版で、州指定トラックルート、危険物規制データ、21ページに及ぶ都市間距離表などが盛り込まれたものだ。

さて、以上の大判タイプに対して、A4に近い21.6×26.7cm(8.5×10.5インチ)の地図帳も刊行されている。標準形は緑表紙の「中判道路地図帳 Midsize Road Atlas」で、中綴じ96ページの、携行に手ごろな冊子だ。合衆国とカナダの州別道路地図を完備しているものの、大判地図帳と見比べると縮尺は小さく、情報量も絞られる。市街図の数は1/4程度に減り、実用性の点では大判図にかなわない。「読み易い中判道路地図帳 Easy-to-Read Midsize Road Atlas」はその大縮尺版で、スパイラル綴じ、160ページある。

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(左)中判道路地図帳
(右)読み易い中判道路地図帳
 いずれも2014年版
 

このように、種類が多いため選択には迷うところだが、行動範囲が1つの州に限られるなら1枚ものの州別地図で十分だ。広域に移動するなら、まずは黄表紙の「ランド・マクナリー道路地図帳 Rand McNally Road Atlas」に当たるといい。

アメリカの道路地図の特徴の一つは、多くの場合、地勢表現、すなわち土地の起伏を表すぼかし(陰影)、等高線、段彩を省いていることだ(下注)。3次元的情報がないこの種の地図を、プラニメトリックマップ(平面図)と称している。製図や印刷の技術が伴わなかった道路地図の創生期ならいざしらず、汎用の地勢データが提供されている現代でも使わないのだから、これはデザイン上の方針なのだろう。

*注 地勢表現が全く無視されているのではなく、ランド・マクナリーでも国立公園図にはぼかしが使われている。また、州政府作成の公式道路地図には、地勢表現を付したものも少なくない。

道路地図はいうまでもなく、道路網や区間距離など、自動車を走らせるために必要な情報を記した地図だ。テーマと直接関係のない描写を略すのは、図面の錯雑さを回避する意味がある。さらにランド・マクナリーの道路地図では、それを補うように、国立公園や国有林、自然保護区などの範囲に緑のアミをかぶせ、景勝ルートにはトーマス・クックの鉄道地図のような緑の点線を添える。地勢を見せるより、旅行者にはこのほうが実用的だ。

加えて、赤色の実線を効果的に用いる道路網の配色や、識別性の高い文字書体の組合せなど、細部まで研究の跡が窺える。こうした読取りの容易さと、利用者のニーズを受け止める豊富な情報量。類書があまた並ぶ中でランド・マクナリーの道路地図が長年にわたり支持されてきた理由は、このあたりにあるのではないだろうか。

ランド・マクナリーの地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋BookWebなどでも扱っているので、入手は容易だ。地図帳のeブック(電子書籍)版も用意されている。

■参考サイト
ランド・マクナリー社 http://www.randmcnally.com/
同社道路地図のページ  http://www.randmcnally.com/product/road-atlas
 各版の仕様比較がある
同社オンライン道路地図 http://maps.randmcnally.com/
 同社オリジナルのウェブ地図。ペーパー版とは配色などが異なるが、やはり地勢表現はない。

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