ドイツの地形図概説 II-連邦と州の分業
ドイツ各州の位置関係 |
インターネットで流れる情報がまだ多くなかった1990年代、筆者は地形図のカタログを取り寄せるために、各国の測量機関にせっせと手紙を書いていた。中でもドイツとのやりとりは頻繁だった。というのも、日本なら公の測量機関といえば国土地理院のことだが、連邦制を採用するドイツの場合、連邦政府だけでなく、州(ラント Land)にも測量機関があり、自州の地形図を作っていたからだ。これがドイツの地形図体系を特徴づけるもう一つの要素で、歴史の縦軸に対して地域性の横軸というべきものだ。
連邦の測量機関は、名称を「連邦地図・測地局 Bundesamt für Kartographie und Geodäsie(以下、BKGと略す)」という。本拠を首都ベルリン Berlin に、地理情報部門をフランクフルト・アム・マイン Frankfurt am Main に置いている。片や、州の測量機関はそれぞれ州政府が設置していて、名称もさまざまだ。ドイツの州は、歴史的経緯から市に州と同格の権限を付与しているベルリン Berlin、ハンブルク Hamburg、ブレーメン Bremen を含めて16を数える。連邦と16州、計17もの測量機関がひしめいていて、いったいどのように分業しているのだろうか。
ドイツの憲法に当たる基本法 Grundgesetz では、土地利用計画の策定について各州の権限(下注)としている。州は自ら土地測量を実施し、現地資料を収集し、その成果をもとに地形図の製作を行う。地籍管理についても同様だ。
*注 2006年の基本法改正で土地利用計画の策定は、いわゆる競合的立法権 Konkurrierende Gesetzgebung(連邦が法律で定めない範囲で州が立法権を有する)から大綱的立法権 Rahmengesetzgebung(連邦の大綱法の範囲内で各州に詳細を委ねる)の範疇に変更された。
地形図には大小さまざまな縮尺があるが、1:100,000とそれより大縮尺のもの(1:50,000、1:25,000など)は、州が自らの州域について製作の責任を負うことになっている。これはもちろん、全国共通の図式規程 Musterblatt に則り、図郭や図番を含めて基準の一律化を図った上での分担制だ。ただし、州と同格の上記3市はエリアが小さいため、中・小縮尺図については隣接する州の測量機関に業務を委託している(下注)。また、2つ以上の州にまたがる図葉は、含まれる面積が大きいほうの州が作る。もし、手元にドイツの地形図がおありなら、表紙の下部に注目されたい。製作した測量機関名が、州の紋章とともに記載されているはずだ。
*注 ベルリン州の州域はブランデンブルク州、ハンブルク州の州域はシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州、ブレーメン州の州域はニーダーザクセン州の各測量機関に業務委託されている。
地図表紙の州紋章 |
一方、連邦BKGが受け持つのは、より小縮尺の図に限られる。すなわち1:200,000、1:500,000といった広範囲を概観する地形図は、BKGが、各州が製作した地形図などから編集のうえで刊行してきた。このような連邦と州の分業は、アトキスATKISと呼ばれる地形図データベースの維持更新作業でも全く同じルールだ。
統一基準が定められているとはいえ、技術革新その他に伴って改定が必要になった場合はどうするのだろうか。各測量機関が協議する場として設置されているのが、ドイツ連邦共和国州測量機関作業委員会 Arbeitsgemeinschaft der Vermessungsverwaltungen der Länder der Bundesrepublik Deutschland (略称AdV)だ。地理情報に関する基本事項や州域を越えた重要事項はここで決定される。地形測量に関するさまざまな基準・規則を策定し、地図情報データベースの開発と応用の分野でも中心的な役割を担っている。
ところが、この枠組みで一糸乱れぬ統制がとれているのかというと、各論では必ずしもそうではない。特に紙地図は最近、種々の規格が入り乱れて混沌とした状況に陥っている。その原因は、アトキスの導入に伴って施行された図式変更にある。これによって、新旧2種類の異なる図式が併存することになったからだ。地形図の表紙に通常版 Normalausgabe と記載されているのは旧図式、アトキスのマークが入っていれば新図式が適用されている。1990年にデータベースの構築が始まってから20年以上になるが、紙地図の対応は州によって温度差が甚だしく、そのため旧図式の地図もまだかなり流通している。
官製地形図 図式変更の現状 |
現状を表(上の画像)にまとめてみた。州・縮尺別にOは旧図式、Nは新図式を表しているが、17ある測量局の間で、また7種の縮尺の間でも全く統一がとれていない状況が見てとれるだろう。
シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州やバーデン・ヴュルテンベルク州のように旧図式にこだわり続けているところもあれば、東部各州のようにあらかた新図式を普及させたところもある。さらに、新図式も一様ではなく、黒抹家屋を描くか否か(下注)、地勢を表すぼかしを入れるか否かといった細かなバリエーションがすでに生まれているのだ。詳しくは縮尺別に稿を改めて紹介するが、この状況を移行期として片づけるにはあまりに長すぎるし、規模から見てもこのカオスが収束するのはかなり先になりそうだ。
*注 黒抹家屋 Einzelne Gebäude は黒の小さな矩形を並べる集落の表現法。「実際の大きさ、家の数とは無関係に、既定の大きさで」(武揚堂『図説地図事典』1984 p.297)描く総描法の一つ。
また、北隣のデンマークで実施されているような紙地図刊行を見直す動き(下注1)も、一部の州で起きている。たとえば、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州域の地形図は、もはや市中の地図販売店では取り扱っていない。なぜなら、測量局機能の整理に伴って、オフセット印刷による通常の刊行を中止し、オンデマンドでの対応に切替えてしまったからだ。各州の測量局は地形図を利用した旅行地図を作っているが、同州はこれも民間会社に委ねてしまい、地図のストックを持たなくなった(下注2)。
*注1 デンマークの地形図の動向については、本ブログ「デンマークの地形図」で詳述。
*注2 ノルトライン・ヴェストファーレン州は行政改革の一環で、2008年に州政府直轄の測量局を廃止し、その機能をケルン県庁 Bezirksregierung Köln の一部局に置いた。地図刊行事業はこのとき廃止された。
オンデマンドの地形図とはどのようなものかと、該当部局に直注したところ、厚めの用紙にデジタルプリンタで出力したものが送られてきた(下図参照)。内容は地形図そのものだが、体裁はずいぶん違う。表紙部分もなければ、地図記号・凡例、道路・鉄道の到達先注記なども省かれ、整飾部分には図番・図名と縮尺、それに著作権表示程度しかない。図郭も、経緯度ではなくUTM座標系で区切っているため、従来図郭とずれが生じる分、広めに取られていた。
オンデマンド印刷の地形図の例 1:50,000 ボン Bonn |
一部を拡大 (c) GEObasis.nrw, 2012 |
これほど徹底的な例でなくても、地図刊行物のデジタル印刷への切替えなどはヘッセン州でも始まっている。ただ、こうした動きは全国一斉ではなく、各州の裁量に任されているのがドイツらしいところだ。統一されたデータベースと図式規程がありながら、紙地図のような製品になると考え方の違いが表れる。連邦制における州間の協調と独自性の微妙な関係は、地形図体系にも少なからぬ影響を及ぼしているのだ。
それでは、こうした地形図はどうやって入手したらよいか。次回はその実践法を紹介したい。
■参考サイト
ドイツ連邦共和国州測量機関作業委員会(AdV)
http://www.adv-online.de/
連邦地図・測地局(BKG)
http://www.bkg.bund.de/
ケルン県庁第7局(ノルトライン・ヴェストファーレン州基礎地理局)
http://www.bezreg-koeln.nrw.de/brk_internet/organisation/abteilung07/
官製地図を求めて-ドイツ
http://map.on.coocan.jp/map/map_germany.html
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