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2011年8月16日 (火)

オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-もう一つのジグザグ

前回紹介したジグザグ鉄道は、ブルー・マウンテンズ Blue Mountains の尾根道の両端に設けたスイッチバックの一つを復活させたものだった。尾根からリスゴー Lithgow 盆地に降りていくこの大ジグザグ The Great Zig Zag に対して、シドニー平野から尾根へ上る位置にあるのが小ジグザグ The Little Zig Zag だ。付近の地名を採ってラップストーン・ジグザグ Lapstone Zig Zag とも呼ばれている。

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小ジグザグ最大の遺構、ナップサック高架橋
Photo by sv1ambo from wikimedia. License: CC-BY-2.0
 

シドニーからやってきた郊外電車(ブルー・マウンテンズ線 Blue Mountains Line)は、平野西端の町ペンリス Penrith を出ると、ネピアン川 Nepean にかかる鉄橋を渡る(下注)。まもなく、高巻くようにして山の斜面にとりつき、徐々に高度を上げていく。

現在は尾根を南に迂回して、グレンブルック川 Glenbrook Creek の溪谷の壁に沿うようにして走るが、主任技師ジョン・ホイットン John Whitton が設計したオリジナルのルートは、ジグザグで折り返しながら直接尾根へ這い上がるというものだった。

*注 ビクトリア橋 Victoria Bridge という。ちなみに、進行方向左側(南側)に並行する道路橋(ボックスガーダー橋)が1867年開通時の鉄橋。単線線路と道路の併用橋として造られたもので、メインサザン線のメナングル Menangle 鉄橋とともにNSW鉄道建設初期の大工事の一つだった。1907年の複線化にあたって現在の4連トラス橋が新設され、旧橋は道路専用となった。

ネピアン川の河岸は標高20m程度、それに対してグレンブルック Glenbrook の町が載る尾根の上は標高200m前後だ。鉄道がこの先、標高1000m以上のサミットに達することを思えば、小ジグザグを含む高度差180mなどほんの序の口とみなされても仕方がない。

ところが、この区間には意外にも、初代を含めて3代のルート変遷が行われている。それだけ改修を重ねなければならなかったという意味で、大分水嶺の向こう側をめざす鉄道の前に立ちはだかった難所の一つといっても過言ではない。

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ブルー・マウンテンズ地域
© Commonwealth of Australia (Geoscience Australia), 2006. License: CC-BY  4.0
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ラップストーン・ジグザグと迂回線
 

では、小ジグザグとその後継ルートを、時代順に地図(上図)で追ってみたい。まず初代は、グレーで表示したルートだ。東方からきた線路は、滑らかなカーブで山裾に取り付いたあと、東斜面にZ字を描き、最後に尾根の張出しを半周して上りきる。

ジグザグを採用したのは、トンネルや深い切通しのような地形に逆らう土木工事を極力減らして経費を節約するためだが、それでもZ字の底辺、ボトム・ロードの取付け部で、ナップサック溪谷をまたぐ橋梁を築く必要があった。砂岩を積んだ長さ118m(388フィート)、高さ37m(120フィート)のアーチ橋で、建設当時このタイプでは大陸最大の規模だったという。

工事は1863年に始まり、1867年に当該区間を含むペンリス~ウェントワース・フォールズ Wentworth Falls(下注)間が開通を果たしている。Z字の途中にあるルーカスヴィル Lucasville 駅は、州の鉱山大臣が持っていた休暇用別荘の最寄り駅として設けられたもので、ホーム1本の小駅だ。ジグザグの折返し、いわゆるボトム・ポイント Bottom Points とトップ・ポイント Top Points も単線のため、列車交換は急坂を上り終えたグレンブルック(旧駅)で行われた。

*注 開通当時の駅名はウェザーボード Weatherboard。

■参考サイト
当時のラップストーン・ジグザグのボトム・ポイントの写真(Wikimedia)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Railway_tracks_at_Lapstone_(2886372560).jpg

この区間は、すぐに運行上の隘路になった。理由はまず、ジグザグ前後の勾配が1:33(30‰)と蒸気機関車にはことさら厳しく、上り下りとも低速走行を強いられたことだ。それにもまして問題だったのは、輸送量の増加に応じて貨車の増結をしようにも、ジグザグの各折返しポイントにある線路の有効長が短いという点だった。

大ジグザグでは、構内の2線化と線路延長により線路容量を増やす改良が行えたが、小ジグザグの場合、Z字の前後に深い谷が迫っており、いま以上の延長は困難だった。比較的早い時期にジグザグが放棄され、別線が建設されることになったのはそのためだと考えられる。

1892年に開通した2代目の新線は、地図に赤茶色で示したルートをとった。東側では従来のボトム・ポイント付近で線路を引出し、旧線の南側の谷底を通ってから、グレンブルックトンネル Glenbrook Tunnel(初代)で一つ北の谷間へ抜けて、従来線に合流する。これで列車は切返しなしに通過できるようになり、運行効率は格段に向上するはずだった。

ところがこの対策は、予期せぬ新たな難所を生み出すことになってしまった。「ネズミの穴 rathole」とあだ名されたトンネルは長さ634mとそれほど長くないために、換気立坑(ベンチレーション・シャフト)が設けられていなかった。トンネルを含む前後は1:33(30‰)と急勾配のままで、S字形にカーブしているため見通しが悪かった。漏水がレールを常に濡らし、その結果、動輪はしばしば空転を起こした。

煙に巻かれる乗務員の苦闘は言うに及ばす、当時の新聞記事によれば、「乗客は1時間近く、グレンブルックトンネルの内部の美しさを賞賛し続けなければならなかった。トンネルの中を進むうちに列車は停まってしまい、2つに分割されて初めて動き出した。立ち往生したのは、十分な蒸気圧が得られなかったためだと言われている。」(1912年9月12日付ネピアン・タイムズ Nepean Times)

メイン・ウェスタン線(西部本線)Main Western Line の抜本的改良の一環として、3代目に相当する現ルートが開通したのは、1913年5月のことだ(下注)。迂回線のルートは地図上に赤で示した。勾配を1:60(16.7‰)まで緩和するために、旧線とは大きく離れた場所を通り、ブラックスランド Blaxland 駅の手前でようやくもとの道に合流する。ラップストーン駅から先、グレンブルック溪谷の北壁を縫う区間は深い切通しが連続し、とりわけ大工事となった。

なお5月の時点では、新線はまだ単線運行だった。そのため、リスゴー方向(上り坂)の列車が新線を回り、シドニー方向(下り坂)は旧線を使ったと推測される。左側通行のために、新から旧への渡り線が臨時に設置された(地図では Temporary Junction の表示)。新線の複線化は4か月後の同年9月に完成し、旧線は完全に廃止となった。

*注 開通を1911年としている資料もあるが、ここでは www.nswrail.net のデータに拠った。

さて、最後に小ジグザグの廃線跡の現況を見ておこう。

トップ・ロードとミドル・ロードは自然歩道 Lapstone Zig Zag Walking Track になっている。ハイウェーM4号線から左にそれてボトム・ポイントに車を置けば、ちょっとした廃線跡ハイキングが可能だ。M4号線の下をくぐってミドル・ロードを上ると、トップ・ポイント付近にルーカスヴィル駅のホームも残る。

トップ・ポイントの先端は展望台になっていて、旧ナップサック高架橋 Knapsack Viaduct が俯瞰できる。橋は後に道路橋に転用されたため、路面は2車線に拡張されているが、橋脚はもとの状態を保っている。橋へは、斜面を降りる歩道と階段でアプローチできる。一方、旧グレンブルックトンネルは閉鎖され、坑内はキノコ栽培に利用されているそうだ。

(2006年9月29日付「オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-もう一つのジグザグ」を全面改稿)

■参考サイト
Blue Mountains Railway Pages - Lapstone Hill Railway Routes
http://infobluemountains.net.au/rail/lapstone.htm
Blue Mountains Railway Pages - Old Glenbrook Tunnel
http://infobluemountains.net.au/rail/lower/glen-tunnel-old.htm
Wild Walks - Lapstone Bridge ZigZig walk
http://www.wildwalks.com/bushwalking-and-hiking-in-nsw/glenbrook-eastern-blue-mountains/lapstone-bridge-zigzig-walk.html
メイン・ウェスタン線データ
http://www.nswrail.net/lines/show.php?name=NSW:main_west
小ジグザグ付近のGoogleマップ
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=-33.7638,150.6404&z=16

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