オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 II
ジグザグ鉄道 Zig Zag Railway
ボトム・ポイント Bottom Points ~クラレンス Clarence 間 7km
軌間3フィート6インチ(1067mm)、非電化
1869年標準軌で開通、1910年迂回線開通により廃止、
1975年 1067mm軌間で保存運行開始(ボトム・ポイント Bottom Points ~トップ・ポイント Top Points 間)
![]() ジグザグ鉄道の公式ガイドブック |
◆
1860年代に土木技術の粋を集めて建設されたリスゴー・ジグザグ Lithgow Zig Zag(大ジグザグ The Great Zig Zag)を現代に蘇らせたのは、若い鉄道愛好家たちだった。
ジグザグ周辺は開通当初から名所として知られ、1881年には早くも州の保護地域に指定された。そのこともあって、迂回線の完成によって1910年に廃止となってからも、橋梁やトンネルなどの構築物が撤去されずに残されていた。この場所に再び蒸気機関車を走らせたいと考えた彼らは、1969年から、夢の実現に向けて関係機関との交渉を開始する。そして1972年には、運営母体となる協同組合 Co-operative を設立した。
しかし、肝心の車両の入手交渉はうまくいかなかった。ニューサウスウェールズ(NSW)州の鉄道当局は、すでに自前の鉄道博物館をサールミア Thirlmere の旧メイン・サザン線(南部本線)上に整備する計画を進めており(1975年開館)、保存車両をそこに集約することにしていたからだ。線路敷については、1974年に保護地域を管理するジグザグ・トラスト Zig Zag Trust およびリスゴー市との間の協定で、リースを受けることが決まったが、車両は他州からの購入を考えざるを得なかった。
オーストラリアで1435mm(4フィート8インチ半)標準軌の鉄道網をもつのはNSW州だけだ。結局、車両のほとんどは、日本のJR在来線と同じ1067mm(3フィート6インチ)狭軌で運行する北隣のクイーンズランド鉄道からもたらされた(下注)。ジグザグ鉄道 Zig Zag Railway の線路の軌間が、オリジナルと異なる1067mmになっているのはそのためだ。
*注:一部の車両は、南オーストラリア、西オーストラリア、タスマニア各州の狭軌線からも来ている。
![]() リスゴー・ジグザグと迂回線 |
大ジグザグとは、どんな場所なのだろうか。前回記事で使った地図を再掲しておこう。
下図で茶色のルートが、保存鉄道である「ジグザグ鉄道」の使う線路で、赤の二重線がシドニー Sydney とリスゴー Lithgow 以西を結ぶ現在のメインウェスタン線 Main Western Line だ。黄色の番号1を添えた部分がZ字の上辺にあたり、トップ・ロード Top Road と呼ばれる。同様に番号2はZ字の斜辺でミドル・ロード Middle Road、番号3は底辺でボトム・ロード Bottom Road となる。
トップ・ロードとミドル・ロードには、砂岩を積んだ壮麗なアーチ橋が計3か所あり、ジグザグの景観に花を添えている。ミドル・ロードには短いトンネルも存在する。
![]() リスゴー・ジグザグ詳細図 |
Z字の上辺から斜辺に移る角、すなわち列車が逆向きに折返す場所がトップ・ポイント Top Points、斜辺と底辺の角がボトム・ポイント Bottom Points だ。後者は現在、保存鉄道の終点となり、駅舎とホーム、給水施設、信号所などが整備されている。旧線跡はこのあと保存鉄道の車庫の山側を通って、現在線と合流する(図の点線部分はレール撤去済)。
![]() リスゴー・ジグザグ 上の詳細図のView1付近を走行中に撮影した写真を接合 そのため一部不整合がある 写真内の数字はジグザグの段数 |
さて、構成員の努力が実り、ジグザグで蒸機牽引の列車が観光客を乗せて走り始めたのは1975年10月18日、実に65年ぶりの運行再開だった。ただし、このときはボトム・ポイントからトップ・ポイントまでのミドル・ロード約1.5kmをピストンのように往復していたに過ぎない。
第2期の拡張は、州から建国200周年の助成金を受けることで可能になった。1987年4月にトップ・ロードを経てサイナイ山 Mount Sinai 付近まで、1988年10月29日に峠のトンネルを抜けて現在の終点であるクラレンス(クラランス)Clarence まで、運行区間が拡大した。サイナイ山からクラレンストンネルの間は、旧線跡が道路の拡幅用地に転用されてしまったため、道路脇に新たに路盤が造成された。
電車でのアクセスに限られるボトム・ポイント駅(下注)に比べ、主要道路に近接し、駅前に駐車場が確保されたクラレンスは、これ以降、観光鉄道の主たる玄関口の機能を果たすようになる。
*注:ボトム・ポイント駅は、シドニー中央駅~リスゴー間のシティレール CityRail 電車でジグザグ Zig Zag 下車。当駅はリクエストストップ(時刻表の表現は Stops on demand only。乗降客があるときのみ停車)のため、降車したければあらかじめ車内で車掌に告げておく必要がある。逆に乗車するときは、ホームに上がって列車が見えたら手を挙げる。
シティレール、ブルーマウンテンズ線(シドニー中央駅~リスゴー)の時刻表
http://www.cityrail.info/timetables/
Intercity Lines : Blue Mountains Line : Central to Lithgow and v.v.
![]() 硬券の往復切符 |
鉄道の運行日も、1994年までは週末と祝日、学休日のみだったが、その後は毎日運行となった。2011年の時刻表によると、1日4往復が設定されている。車庫がボトム・ポイントにある関係で、1番列車はここが起点、終列車は終点となるので、クルマでクラレンスに来た人は要注意だ。
週末、祝日、水曜および州の学休日は、蒸気機関車が列車を牽引する。それ以外の日は保存ディーゼルカー(レールモーター Railmotors)が代役を務めるが、特典として第1橋梁とトップ・ポイントで写真撮影、ボトム・ポイントで車庫見学の時間が確保されている。
ところで、ジグザグ鉄道はさらなる延長計画をもっている。空中写真を見ると、線路はすでにクラレンスからダーガンズ迂回線を東へ、旧ダーガンズ Dargans 信号所付近まで敷かれているが、最終的にはこれをニューンズ・ジャンクション Newnes Junction(2代目)まで延長して、峠越え旧線(1897年のルート)を全線復活させるという。舞台と役者が揃ったオーストラリア屈指の保存鉄道は、今も意気盛んだ。
◆
私は10年前(2001年1月3日)に、シティレール CityRail に乗ってここを訪れたことがある。沿線のようすもレポートに盛り込んでいるので、ジグザグ鉄道の項を締めるにあたって引用しておこう。
「カトゥーンバを過ぎたあたりから、断崖の下に深く平たい谷底が散見されるようになってきた。巡回してきた車掌氏にジグザグで降りたいと告げる。目的地はフラッグ・ストップ、すなわち告知しておかないと停車しない小駅なのだ。
やがて車内アナウンスがあった。「ジグザグで降りる人は後ろの車両へ」。最後尾へ急ぐと、もう6人ばかり集まっている。陽気な車掌氏は運転席を開けて妻を座らせ、シャッターチャンスをくれた。10時53分着。列車から降りてみてわかった。最後尾に集まれというのは、要するにその部分にしかホームがないからだった。
![]() (左)シティレール ジグザグ停留所 左は保存鉄道の整備工場 (右)ジグザグ駅のささやかなホーム 写真はすべて2001年1月3日撮影 |
ここは新線の連続トンネルを抜けたばかりの深い谷間。保存鉄道の列車が降りて来るのを待つ間、整備工場を自由に見学させてくれる。100年前の機関車も残してあると、案内人氏は誇らしげに語る。引込み線に沿って少し坂を上ったところが、乗り場であるボトム・ポイント駅だ。売店を兼ねた窓口でクラレンス往復の切符を買う。
11時半ごろ、あたりにドラフト音がこだまし、私たちが待つホームに蒸機が牽引する列車がゆっくり姿を現わした。客車は、コンパートメントごとに乗降ドアがついて貫通路がないクラシックスタイルだ。けっこう人気の高いイベントらしく、どの区画にも乗客の姿がある。
![]() (左)工場内部を見学 (右)ボトム・ポイントの信号所 左手前の線路は整備工場へ続く旧ボトム・ロード 右に分かれるのが保存鉄道本線(ミドル・ロード) |
![]() (左)ボトム・ポイント駅 (右)列車が入線 |
934のプレートをつけた機関車はいったん切り離されて前進し、水の補給を受ける。子どもも大人も見に集まり、記念写真を撮ったりしてはしゃいでいる。給水を終えた機関車はバックで機回し線を移動して、後方(帰路の進行方向)に連結される。転車台の設備がないので、ここからトップ・ポイントの折返しまでは逆行運転になるのだ。
私たちのように電車で来た客はこの駅から乗り込むが、実は、マイカーまたは観光バスでクラレンス駅にアプローチしている人の方がずっと多い。それで、給水の一部始終を見届けると、みな車内に戻ってくる。私たちも空いているボックスを探して乗り込んだ。
![]() (左)復路に備えて給水 (右)給水を終えた機関車は前へ付替えられる |
![]() (左)スラムドア客車の車内 (右)工学遺産のプレート |
11時48分、鋭い汽笛が鳴り響き、列車は動き出した。上り始めると短いトンネルがあり、続いて呼びものの雄大な風景が展開する。断崖にジグザグに引かれた線路。谷壁に張りつく白い砂岩造りのアーチ橋が美しい。今走っているのはミドル・ロードにあたり、はるか下に、複線電化され現役で使われているボトム・ロードがある。
![]() ミドル・ロードの第2橋梁(詳細図 View2)からの眺望 |
やがて左手からトップ・ロードの線路が近づいて、トップ・ポイント到着。ここで再び機関車を付替えるので、写真を撮る程度の時間はある。それが終わると逆向きに発車し、さっき上方に見えていた石橋を渡っていく。後は灌木林に囲まれた山道だ。急坂が続くため、石炭を盛んにくべているらしく、開け放した窓から粉塵が容赦なく入ってくる。
視界を閉ざしていた林がとぎれ、高原の風景が広がったと思ったら、まもなく峠のトンネル。それを抜けたところが終点クラレンスだった。12時24分着、所要36分。
私が駅舎で記念グッズを漁っている間に、妻が昼メシ用のサンドイッチと飲み物を確保してくれた。なにしろ周囲に人家もない峠の停車場なので、ここで食いはぐれると大変だ。駅舎は明るい森に囲まれていて、ベンチも置かれている。腰を下ろしてサイドイッチをほおばればピクニックに来た気分だ。
13時ちょうど、帰りの便が出発する。今度は下り道なので煙もほとんど出さず、快調に降りていく。こうして念願のジグザグ鉄道訪問が無事終わったのだった。」
![]() (左)トップ・ポイントで折返し待ち (右)眺望開けるトップ・ロード |
![]() (左)やがて灌木林の中へ (右)終点クラレンス |
本稿は、"The Great Zig Zag - A Masterpiece of Railway Engineering" Pictorial Press Australia, 1992 (Revised 1999、冒頭画像はその表紙)、および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
■参考サイト
ジグザグ鉄道(公式サイト) http://www.zigzagrailway.com.au/
★本ブログ内の関連記事
オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 I
オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-もう一つのジグザグ
オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-トゥーンバ付近
オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-メイン・サザン線とピクトン支線
« オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 I | トップページ | オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-もう一つのジグザグ »
「オセアニアの鉄道」カテゴリの記事
- ニュージーランドの保存鉄道・観光鉄道リスト II-南島(2024.02.22)
- ニュージーランドの保存鉄道・観光鉄道リスト I-北島(2024.02.07)
- オーストラリアの保存鉄道・観光鉄道リスト II(2024.01.21)
- オーストラリアの保存鉄道・観光鉄道リスト I(2024.01.16)
- ニュージーランドの鉄道史を地図で追う II(2023.02.28)
「保存鉄道」カテゴリの記事
- ドイツの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編 II(2024.09.28)
- ドイツの保存鉄道・観光鉄道リスト-南部編 I(2024.09.24)
- ドイツの保存鉄道・観光鉄道リスト-西部編(2024.09.06)
- ドイツの保存鉄道・観光鉄道リスト-東部編 II(2024.08.20)
- ドイツの保存鉄道・観光鉄道リスト-東部編 I(2024.08.16)
« オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-ジグザグ鉄道 I | トップページ | オーストラリアの大分水嶺を越えた鉄道-もう一つのジグザグ »
コメント