オーストラリアの地形図-連邦1:100,000
オーストラリアの官製地形図の製作体制は、ドイツに似て、連邦と州の二段構造になっている。連邦は1:100,000とそれより小縮尺の図を担当し、各州は1:50,000、1:25,000など大きな縮尺の図を整備するというのが原則だ。ただし、例外もあるので、それは文中で言及していくとして、まずは連邦の地図を概観してみたい。
連邦1:100,000, 1:250,000 キャンベラ周辺 © Commonwealth of Australia (Geoscience Australia) 2009, 2006. License: CC-BY 4.0 |
◆
ジオサイエンス 地図索引図表紙 2002年10月改訂版 |
連邦が作成する地形図群は NATMAP(下注)と呼ばれ、州の地図と区別されている。担当しているのは、資源・エネルギー・観光省 Department of Resources, Energy and Tourism の管轄下にあるジオサイエンス・オーストラリア Geoscience Australia という組織だ。ジオサイエンスは地学、地球科学を意味する。筆者などは、一世代前の組織であるオースリグ AUSLIG、すなわちオーストラリア測量・土地情報グループ Australian Surveying and Land Information Group の名が耳に馴染んでいるが、それが2001年にオーストラリア地質調査所 Australian Geological Survey Organisation と統合されて、いまの形となった。
*注 NATMAP はもともと、1956年に当時の国土開発省に設置された地図作成部門、Division of National Mapping の略称だった。同部門は1987年に廃止され、AUSLIGに改組されていくのだが、NATMAPの名称だけは連邦の地図を表す名称としてまだ使われている。州が刊行する地図でも、VICMAP(ビクトリア州)、TASMAP(タスマニア州)のように愛称をつけている例が見られる。
ジオサイエンスが製作した区分図は NTMS と呼ばれる(下注)。これは「官製地形図シリーズ National Topographic Map Series」の頭文字をとったもので、後述する軍の測量機関が製作した図と区別するための呼称だ。NTMSには縮尺1:100,000と1:250,000のシリーズがあり、ほかに国際図規格の1:1,000,000(100万分の1)もある。
表紙に赤い帯が入っているのが1:100,000で、全国統一規格としては最も大縮尺の地形図シリーズだ。1965年に、今後10年間(1975年度末まで)でオーストラリア全土の地図作成を完了するという大規模な計画が閣議承認されたときに、これが基本図の縮尺と定められた。残念ながら整備計画自体は、予算不足のために目標の期間内に終えられなかったのだが。
1:100,000地形図表紙 (左)Perth(NTMS 旧表紙)1976年 (中)Malbourne(NTMS)1984年 (右)Moss Vale(デジタル)2000年 |
では、冒頭に掲げた首都キャンベラ Canberra の図で、1:100,000の仕様を確かめてみよう。対比のために、同じ範囲の1:250,000(次回紹介)を右上に挿入してある。まず、市街地の道路表示では、1:250,000がほぼ貫通路に限定されるのに対して、1:100,000では小街路も忠実に書き込まれている。環状道路に囲まれた国会議事堂 Parliament House は両図でまったく形が異なり、当然1:100,000のほうが真影に近い。市街地の右(東)に位置する国際空港も、1:250,000は滑走路のみだが、1:100,000では誘導路やヘリポート(円の中にH字の記号)まで分かる。
*注 図名はACT Special、図郭を拡張し、ぼかし(陰影)の入った特別版だ。なお、ACTは首都特別地域 Australian Capital Territory の意。
このように、特定の範囲を拡大して見たいときには、1:100,000は確かに役に立つツールだ。1988年に最初の整備計画を完遂したとき、1:100,000は全土で計3,066面を数えた。だが、予算上の制限から、比較的人口が張付いていない内陸地域(全体の48%)については編集原図の段階にとどめられ、刊行対象とされなかった。
刊行域と未刊行域を分ける境界線はレッド・ライン Red Line(下注)と言われ、後者の図葉は、リクエストに応じて原図のコピーで提供される形をとった。該当する図葉は1,410面あり、刊行図はそれを差し引いた1,656面にとどまった。その後、1:100,000にも図郭拡大版(図名の後ろに Special がつく)が少数ながら作られており、総面数は若干減少している。
*注 大陸中央部(アウトバック Outback)の大部分は乾燥地で、赤い砂地と岩山の光景からレッド・センター Red Center と呼ばれる。レッド・ラインはおよそその範囲と重なる。
1:100,000の1面がカバーしているのは、1:250,000の図郭を横3×縦2=6分割した経度30分、緯度30分の区画だ。そのため、横長判の1:250,000に対して、こちらは縦長になる。図番の振り方は国際図の体系ではなく、フランスやドイツの官製図に見られる4桁コードを使う。すなわち、前2桁は東西方向30分(=1図葉)ごとの列の位置を、後ろ2桁は南北方向30分ごとの行の位置を表している。例えば、西南岸のパース Perth 図葉は2034、東北岸ケアンズ Cairns 図葉は8064となる。
索引図(シドニー周辺) 緑字が1:100,000図名 茶字はレッドライン内の未刊行区域 |
等高線間隔が20mと1:250,000(50m間隔)に比べて精度は高まるが、地図記号はほぼ共通している。2000年5月からデジタル図式への切替えが始まったときに、ぼかしの省略と道路記号の変更が行われたのも同じだ。1:250,000と事情が異なるのは、面数がはるかに多いのと、ジオサイエンスが担当していない地域もあるという点だ(後述)。製作年代の古い図葉がまだ相当数残っており、1:250,000のように旧図式が一掃されることは当分ないだろう。
◆
冒頭で全国統一規格と書いたが、実際に統一されているのは図郭と図番だけで、地図の仕様は複数存在する。そうなった理由は、先述の全国地形図整備にあたって軍の測量機関が相応の寄与をしたことと、更新作業を一部、州の測量機関が引受けている例があるからだ。
軍の測量機関であった王立オーストラリア測量隊 Royal Australian Survey Corps (下注)は、1982年までに862面の1:100,000作成委任業務を完了している。これが現在も残っていて、筆者が購入した例では、たとえばクイーンズランド州ケアンズ Cairns, Queensland のような沿岸部やニューサウスウェールズ州バサースト Bathurst, NSW といった比較的近郊域でも、測量隊製だった。しかも、ケアンズはJOG系の図式によるR631シリーズ、バサーストはNATMAP図式のR651シリーズと、場所によって別仕様だ。
*注 王立オーストラリア測量隊は、1915年に創立された軍用地図の作成機関。第二次大戦後、整備が遅れていた国土測量を国家プロジェクトとして推進した際の実行組織となり、その後も国内外での地図作成事業を多数手がけた。1990年代に進んだ軍事部門の民間移管の一環で、1996年に解散した。
1:100,000地形図表紙 (左)Brisbane(SUNMAP)1982年 (右)Pipers(TASMAP)2000年 |
一方、州の測量機関が1:100,000の更新と刊行をしているのは、クイーンズランド州(一部の地域)とタスマニア州だ。
クイーンズランド州のそれは、中身こそ標準の1:100,000図式だが、右図のとおり、表紙はオリジナル仕様だ。この州の官製図は、陽光降り注ぐリゾートのイメージを喚起させるサンマップ Sunmap という愛称を持っていて、1:100,000もそのラインナップに組込まれているようだ。後者タスマニア州の官製図はタスマップ(タズマップ) Tasmap と称し、内製化が一層徹底している。表紙デザインに共通性がないばかりか、折り寸法が違い、図式も一部変えているなど、独自色が濃厚だ。
*注 タスマニア州の1:100,000については、「オーストラリアの地形図-タスマニア州 I」も参照
全国一律の1:250,000に対して、1:100,000は地域ごとのスタイルを温存していて、地図ファンにとっては興味深いシリーズになっている。ここで紹介した各縮尺の地形図(紙地図およびデジタルメディア)は、ジオサイエンスのセールスセンター Geoscience Australia Sales Centre をはじめ、各州の地図商で扱っており、容易に入手できる。
【追記 2017.5.8】
ジオサイエンス刊行の1:100,000は、2008年を最後に更新停止になっている。各図葉の最終更新図は、在庫のある限りジオサイエンスやオーストラリア国内の地図商から販売されるほか、ジオサイエンスのウェブサイトでも、PDFまたはTIFFファイルの形でダウンロードできる。地図ダウンロード、紙地図購入の方法については「官製地図を求めて-オーストラリア」にまとめた。なお、州の中には、連邦に代わって独自の1:100,000図を刊行するところも出てきている。
連邦の1:250,000地形図については次回。
■参考サイト
ジオサイエンス・オーストラリア http://www.ga.gov.au/
トップページ > Topographic Mapping
★本ブログ内の関連記事
オーストラリアの地形図-連邦1:250,000ほか
オーストラリアの地形図-クイーンズランド州
オーストラリアの地形図-ニューサウスウェールズ州
オーストラリアの地形図-ビクトリア州
« 日本の地形図はどこへ行くのか | トップページ | オーストラリアの地形図-連邦1:250,000ほか »
「オセアニアの地図」カテゴリの記事
- ニュージーランドの旅行地図 II-現在の刊行図(2017.07.16)
- ニュージーランドの旅行地図 I-DOC刊行図(2017.07.08)
- 地形図を見るサイト-ニュージーランド(2017.07.02)
- ニュージーランドの1:250,000地形図ほか(2017.06.28)
- ニュージーランドの1:50,000地形図(2017.06.24)
「地形図」カテゴリの記事
- 地形図を見るサイト-アメリカ合衆国(2021.01.19)
- 地形図を見るサイト-カナダ(2021.01.12)
- 御即位記念1:10,000地形図「京都」(2021.01.04)
- 地形図を見るサイト-ノルウェー(2020.06.21)
- 地形図を見るサイト-スウェーデン(2020.05.24)
コメント