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2011年6月24日 (金)

日本の地形図はどこへ行くのか

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最近、1:25,000地形図の刊行点数が減っているのが気になる。ここ8年間の推移をグラフ(右図)に示した。赤の折れ線が1:25,000だ。2005~07年度には月平均で40点前後出されていたのだが、今年度は月平均8.5点、ピーク時の1/5までしぼんでいる。

地表の様子は日々変化しているので、地図は実用性を維持するために、定期的に更新されなければならない。日本の1:25,000地形図は、全部で4,356面(2011年6月1日現在)という膨大な数だ。1か月に10点弱のペースでは、更新が一巡するまでに何年かかるか計算するまでもない。

周知のとおり、1:25,000地形図は、「ウォッちず」という愛称でウェブ上でも閲覧できるようになっている。しかしこのシステムも、今年(2011年)2月から電子国土基本図のフォーマットに切替えられており、旧来の1:25,000地形図のイメージ提供は7月末をもって打ち切られる。テレビのアナログ放送と期を同じくして、使い慣れた地形図もついに放棄されてしまうのだろうか。

その懸念を抱くのには理由がある。2007年8月に地理空間情報活用推進基本法が制定され、それに基づいて、国土地理院の地図政策がその後大きく転換したからだ。この法律では、地理空間情報を国民の生活向上と経済発展を図るために不可欠な基盤と位置付け、その整備と提供、利用の促進等の施策を総合的、体系的に行うとしている(同法第3条)。

とりわけ注目すべきは、情報の記録を電磁的(デジタル)方式に限定し、提供方法もインターネットを利用して無償で(第18条)、と明記していることだ。これによって紙地図の刊行事業は、拠りどころを失ってしまった。さらに地理空間情報の規格についても、省令で都市部とそれ以外で異なることを許容し、全国統一基準で製作されてきた地形図体系とは別の、割り切った考え方を導入した。

デジタル化の必要性は、紙地図のもつ限界と表裏一体をなすものだ。資料(下注)では、明治期以降、紙地図が果たしてきた重要な役割を評価しつつも、急速に進展する高度情報化社会で活用していくには制約が大きいとして、5つの例示をしている。

いわく、紙地図に用いる地形図図式は、縮尺に応じて真位置をずらして描かれることがあるため、GPS利用に適応しておらず(位置精度の制約)、都市部の建物群は総描のために個々の建物を特定できない(空間解像度の制約)。紙地図は、製作から流通まで日数を要し、情報の鮮度が落ちてしまう(時間精度の制約)。また、情報の場所の検索にかかる時間は、デジタルとは比較にならず(検索の制約)、情報の共有、情報の多層化など、拡大する多目的利用に対して柔軟度が低い(多目的活用における制約)。

*注 村上広史「デジタル時代の地理空間情報体系」月刊地図中心441号(2009.6)p.6-10

情報のデジタル化は、技術革新に伴う必然的な流れだ。地図の世界でも、デジタル画像の配信が主流になり、分厚い道路地図帳はカーナビに移行し、山岳地図はGPS端末に取って代わられている。

地図は、紙ではなく画面で見るものという意識は、一般にもすっかり浸透した。大型書店には平棚が並ぶ地形図コーナーがまだ残っているとはいえ、最近、客が張りついているのをほとんど見たことがない。筆者自身、広い範囲を見渡すことができる紙地図の特性を評価しながらも、常に新図を手元に置くわけにはいかないので、最新情報はウェブのデジタル地図を併用しているのが実情だ。

紙の地形図の今後について、国土地理院の方針は明らかにされている。まず、主要な縮尺シリーズの廃止だ。長く人々に親しまれた1:50,000地形図は、すでに2008年度をもって更新作業が中止となり、1890(明治23)年に全国整備の方針が出て以来118年の歴史に終止符が打たれた。それに伴い、更新版の刊行も2009年6月の8面が最終となった。

同様に、都市部をカバーしていた1:10,000地形図も、2009年1月をもって刊行が途絶えた。1:50,000については、刊行済みの図の在庫補給(増刷)を行う方針だが、情報が古くなれば骨董品でしかない。

これに対して、当面更新を続けることになったのが、1:25,000地形図だ。1:25,000は全国をカバーする最大縮尺の地形図であり、上記の1:50,000もこれをもとに編集されていたので、その意味で地形図体系上の基本図に当たる。それに、2003年11月から、隣接図との重複を持たせて図郭を拡げた新しい規格での刊行が始まり、新旧の切替えが進んでいる最中だった。図式の項目の見直しはする(下注)ものの、紙地図全廃といったような徹底的な整理を見送ったのは、妥当な判断だったといえる。

*注 植生界、郵便局、送電線の情報は更新されない。

しかし、上記資料によれば、1:25,000についても「今後の利用動向を踏まえ、オンデマンド提供への全面的な移行に加えて、更新の中止等も視野に入れた検討が数年後に必要になる」としていて、それが冒頭で紹介した刊行点数の漸減の背景になっているのは間違いない。国土地理院に、今後の更新の見通しについて問合せてみた。

すると、電子国土基本図の提供が主体となっているため、更新結果を反映した地形図の製作に時間を要している。1:25,000の今年の新刊は昨年並み、もしくはやや減となる見込みだという回答があった。なお、廃止を免れているもう一つのシリーズ、1:200,000地勢図については、5年で全国更新するという目標に変更はないとのことだ。

地形図は、わが国の近代国家への成長に伴う国土の変貌を克明に記録し続けてきた貴重な資料だ。しかし、事業予算の制約もあるなかで、ついに選択と集中の犠牲になってしまったと解釈すべきだろう。地理院は、電子国土基本図も毎年アーカイブとして保存するので、過去データとの比較照合は可能になるとしている。もはや国土の変化の痕跡も、地図棚にではなく、モニター画面の中に残されていく時代だ。

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コメント

そういえば、数日前から東北大学外邦図アーカイブが見られなくなっていますね。
何があったのでしょうか・・・。

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