インドの鉄道地図 IV-ロイチャウドリー地図帳第2版
「インド鉄道大地図帳」第2版 |
2010年10月24日、サミット・ロイチャウドリー Samit Roychoudhury 氏の名で一通のメールが届いた。「前回、インド鉄道大地図帳 The Great Indian Railway Atlas の初版のご購入ありがとうございました。地図帳第2版の発刊をお知らせできることを嬉しく思っています。」 さっそく案内されていたサイトのサンプル画像をチェックする。いくら地図ファンでも新版が出るたびに購入するつもりはないのだが、今回はすぐに決心がついた。
かの国の地図一般の状況からして、初版に出会ったときも相当のインパクトがあったから、そのことは前回記事「インドの鉄道地図 III」に書き留めた。しかし、第2版の内容は旧刊の水準をはるかに超え、さらに磨きがかかっている。何より、ヨーロッパの鉄道地図にも引けを取らないカラフルで精度の高い図面、洗練され行き届いたデザインに目を見張る。サイズは横18cm×縦24cm、全104ページ、相変わらずのコンパクトな冊子だが、この中にインド鉄道網に関する有用な情報がぎっしり詰まっている。
では、第2版はどう変わったのか。巻頭言によれば、「第2版は、初版の更新と同時に新たな情報の提供も目的としている。地図はより正確になった。水部の描写はさらに詳細になった。主要道路、空港、町が表示対象に追加された。フルカラー版への移行によって、色による管区(下注)の描き分けができるようになった。」
*注 インド鉄道の管理体系は、17のゾーン zones(地域鉄道)に区分され、各ゾーンがさらにディヴィジョン divisions(管理区)に細分化されている。
サンプル図(裏表紙より) |
まず、地図の正確さというのは、縮尺が大きくなったのではなく、路線や河川などの地理的位置が精密になったことを指している。初版でも路線の軌跡は決して不正確とは思わなかったが、改めて新版と比較すると確かに甘めだ。たとえば、初版を含め従来の路線図で極端な蛇行ルートのように描かれてきたコンカン鉄道 Konkan Railway が、実はすっきりと合理的な線形をしていることなど、第2版が出なければまだ気づかずにいただろう。
*注 コンカン鉄道はインド西海岸、ムンバイ Mumbai とマンガロール Mangalore を直結する新線。難工事の末、1998年に全通した。
従来の路線図の例 http://mappery.com/map-of/Konkan-Railway-Map
新旧とも同じ1:1,500,000(150万分の1)という小縮尺図なので、いくら精密な表現といっても限界がある。しかし、路線相互の位置や接続関係がわかれば十分だという考え方を、著者は決して採らない。それどころか新版では、川や湖などのいわゆる水部、そして海岸線、国境といった、鉄道地図ではあくまで脇役の要素まで、地形図並みの密度・精度で描き切ってしまう勢いだ。一般利用できない官製地形図に代わって、参照資料のリストに加えられたAMS(旧米国陸軍地図局)製の地形図が、徹底主義の拠りどころを明らかにしている。
凡例(地図記号)の一部 |
次に主要道路や空港の表示だが、これは特別目立つものではない。空港は一応、国際空港、国内空港、その他の3段階表示になっているが、道路のほうは、等級などによる区別が一切見られない。どちらかというと、水部とともにベースマップの構成要素を成すもので、主題図にとっては背景の役割だ。ベージュの陸地に白抜きの道路、ライトブルーの水部というごく控えめな色の組合せは、上に載る鉄道網の表示を程よく引き立てている。
3番目の全頁フルカラー化は、新版最大の特色だ。これによって、管理区ごとに路線の塗り色を変えられるようになった。見た目の効果は大きく、表紙を除いて青と黒の2色刷りだった初版と見比べれば、別の書物かと思うほどの華やかさだ。隣接する管理区に類似色を充てないようにしながらも、トーン(色調)は全体で揃えているので、視覚的な統一感が適度に保たれているのもいい。色分けは鉄道施設の記号にも及び、機関庫(電気、ディーゼル、蒸気)、工場、操車場、コンテナターミナルなどを、頭字語と色で区別する。
メインの鉄道地図は74ページ(コルカタ拡大図を含む)と、縮尺は同じでも初版の55ページに比べてかなり増えた。図郭の変更で生じた余白は、都市近郊の拡大図を充実させるために使っている。対象となった都市は初版では8か所だったが、第2版は30か所以上にもなり、路線が錯綜する地域の読図がずいぶんと楽になった。拡大図では、貨物用の引込線でも2km以上あれば表示の対象になる。線路数も正確に数えてあるので、もはや配線図の域に踏み込みつつある。
このように、「インド鉄道大地図帳」第2版からは、初版の成果と反響を生かしながら、もう数段の高みを目指した著者の執念がひしひしと伝わってくる。精緻化された情報が、著者自身の巧みなデザインで効果的に表現されたことによって、地図帳はかけがえのない価値を獲得した。彼が筋金入りの鉄道ファンであると同時に優れたデザイナーであったことは、インドの鉄道に関心をもつすべての人々にとって大変幸運だったと思わないわけにはいかない。
本書については下記サイトにサンプル画像を含めて紹介があり、オンラインショップから国外へも送ってくれる。各国の鉄道・地図商でも扱うところ(スタンフォーズ Stanfords、ダージリンヒマラヤ鉄道協会 Darjeeling Himalayan Railway Society 等)があるので、容易に入手できる。
【追記 2016.4.19】
2015年11月に待望の第3版が刊行された。「インドの鉄道地図 VI-ロイチャウドリー地図帳第3版」で詳述している。
■参考サイト
The Great Indian Railway Atlas http://indianrailstuff.com/
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