インドの鉄道地図 I-1枚もの
我が国の9倍近い面積をもつインドには、64,000kmもの鉄道網がある。全路線の8割強がインディアンゲージと呼ばれる1676mmの広軌線だが、地方にはメーターゲージ(1000mm軌間、以下、M軌と表記)や、トイトレイン Toy Train(軽便列車)の舞台である1000mm未満の狭軌線も残っている。これから数回にわたって、手元にあるものを中心に、インドの鉄道地図を紹介したい。まずは、大判用紙に印刷された1枚ものから。
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インド国鉄時刻表 「トレーンズ・アット・ア・グランス」 |
国有のインド鉄道 Indian Railways が発行する「トレーンズ・アット・ア・グランス Trains at a Glance(略称TAAG)」という時刻表がある。毎年1回刊行されるもので、"at a glance"(一目見て、一見して)の名が示すとおり、長距離列車や急行列車の時刻を掲載した時刻表だ(下注)。
*注 より詳細な時刻表が必要なら、「インディアン・ブラッドショー Indian Bradshaw」(W. Newman's & Co. Ltd. 発行)がある。
その巻末に、別刷りの鉄道地図が添付されている。サイズは横42cm×54cm、フルカラー印刷。ベースマップはインド測量局 Survey of India(日本の国土地理院に該当する)の製作で、段彩と陰影を使っておおまかな地勢が描かれている。縮尺は明示されていないが、簡易計測したところ、約1:7,500,000(750万分の1)、すなわち図上1cmが実距離75kmに相当する。
時刻表添付の鉄道地図 |
テーマである鉄道路線は、軌間と幹線・支線を描き分けている。すなわち、広軌幹線は濃いオレンジで太く、その他の広軌線は薄いオレンジで細く、M軌は青紫の細線、それ以下の狭軌線は緑の細線だ。一方、駅の表示は主要駅のみだが、州都や主要都市の駅は記号の形で他と区別できる。
多色刷りのベースマップ上に、色分けした路線網を加刷するというのは結構難しい条件だが、地図はいわゆる弁別性を失わず、時刻表の付録としては立派な部類に入る。地図の底部に有名観光地の索引があって、地図に付された番号と対照できるようにしているのも、親切な工夫だ。不案内な土地の場合、まずは一覧性のある小縮尺図で全体を把握したい。そういう利用者の要望を満たしてくれる、まさにアット・ア・グランスな地図といえるだろう。
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ちなみに、筆者が参照した時刻表は2005年版だが、その後、2009年11月版をダウンロードした。ここにも上記の鉄道地図がついている。著作権表示は「インド政府2001年 (c) Government of India, 2001」で、2005年版と何ら変化がないように見えたが、細部を比べると、北部のデリー近郊や、南部のタミル・ナードゥ州など、かなりのM軌線が広軌の記号に修正されている。1990年代から推進されている軌間統一プロジェクト Project Unigauge によって、鉄道地図は着実に塗り変えられているようだ。
■参考サイト
インド鉄道-旅客列車(のページ)
http://www.indianrailways.gov.in/uploads/directorate/coaching/
"Indian Railways Map" のリンクで、上記鉄道地図のPDF版が見られる。
直接リンク(リンク切れご容赦)
http://www.indianrailways.gov.in/uploads/directorate/coaching/pdf/IR_Map.pdf
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インド測量局 Survey of India 自身も長年、独自の鉄道地図を刊行し続けてきた。同局の公式サイトにある「壁掛け一般図 GENERAL WALL MAPS」のページに、地勢図、行政区分図、道路地図などとともに内容が掲載されている。それによれば、名称は「インド鉄道地図 Railway Map of India」、縮尺1:3,500,000(350万分の1)、サイズは横90cm×縦120cm、価格40ルピー(1ルピー1.8円として72円!)、言語はヒンディー語と英語(併記ではなく言語別版)だ。右写真がその実物で、これは1999年の刊行、1962年の初版から数えて第18版と記載されている(下注)。
*注 1961年以前は67マイル1インチの縮尺で毎年刊行していたと、欄外記事にある。
インド測量局の鉄道地図 |
壁掛け地図 Wall maps とは、大判用紙に印刷されたポスター状の地図のことだ。紙の面積が上記インド鉄道の図の4倍以上ある分、縮尺は大きくなり、情報量も増える。全駅ではないものの、駅の表示はかなり詳しく、駅名の文字の大きさで駅の格がわかるようにもなっている。
鉄道記号は、軌間を線の太さで、単線・複線を実線と二重線で、電化を直交する短線で表す。新設の工事線とともに、広軌への改軌中の記号があるのがこの国らしい。凡例では、緑色が広軌、赤色がM軌のように誤解しそうだが、色は地域別の管理主体を示す目的で使われている。凡例の色はあくまでサンプルだ。
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インド鉄道の組織は、従来9つの地域鉄道 Railway Zones に分割され、それぞれ北部鉄道 Northern Railway、中部鉄道 Central Railway のように称されてきた(分社化しているのではなく管理局のようなものらしい)。地図では、州域をハッチで塗り分けた上に、地域鉄道ごとに路線の色を変えて重ね描きする。州界と鉄道界は一致しないので、なんでもないように見えて、結構高度な配色技巧が駆使されていることになる。とはいえ、2003年に地域鉄道の再編が行われ、現在はコルカタメトロ Kolkata Metro を含めて17に細分化されている。苦心の塗分けも限界に近づいているのではないだろうか。
インド測量局の刊行物は概してそうなのだが、多色刷なのに全体がくすんだトーンで、用紙も印刷も決して上質とはいえない。残念ながら、キレのいい最近の地図に慣れた目には、いささか古びて見えるだろう。情報量だけが取り柄だったのだが、ロイチャウドリー氏の優れた地図帳(「インドの鉄道地図 III」「インドの鉄道地図 IV」で詳述している)が登場してからは、この点でも文字通り色あせてしまった。
■参考サイト
インド測量局「壁掛け一般図」のページ
http://www.surveyofindia.gov.in/general_wall_maps.htm
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「インド-鉄道」図 |
もう一種、いくつかの地図商で扱っているインドの鉄道地図「インド-鉄道 India, Railways」を紹介しておこう。実物は持っていないが、アメリカの地図商ザ・マップショップ The Map Shop のサイトで比較的大きな画像が見つかる(下記参考サイト、右画像はそのサイトから)。横70cm×縦100cmのサイズで、フルカラー印刷。民間出版社の製作らしいが、サンプル図を見る限り、印刷品質は測量局版よりだいぶ良さそうだ。地図表現では、州域を色とりどりに塗り分けたベースマップにまず目が行く。路線網の描き方は単純で、駅の記載密度こそ測量局版と同程度あるが、軌間や線路数といった専門的情報は付加されていない。学校の教材にでも使うのだろうか。この地図はインディアマップストア India Map Store のショッピングサイトでも扱っているので、興味のある方はアクセスされるといい。
■参考サイト
ザ・マップショップのサイトにある上記地図の画像
http://www.wall-maps.com/Countries/IndiaRailMap.htm
部分拡大画像
http://www.wall-maps.com/Countries/india_rail_map_close.htm
インディアマップストアの該当ページ
http://www.indiamapstore.com/wall-maps/IMS0099.html
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ありがとうございます。感謝します。回答メールは今拝見したところです。大変失礼しました。
新たな図書資料(訳本)が見つかりました。ゴラクプルからテライ平原を横断し、24時間後にラクソウルに着いたと言います。ゴルカプルでは恐らくカルカッタ行きの急行列車を予定していただろうと思いますが、運航日が翌日なので当日の午前3時ゴルカプル発の「貨物車」(貨物列車とは書いていない)に特別客車を連結して出発しました。その後、サマステプールにて乗り換えし、午前8時にでると、ラクソウルに午後3時30分に着いたと記しています。同書には旅程図があるのですが、それを見る限りはゴルカプルからサガウリ経由でラクソウルとなっています。現在、原著を確認する予定ですが、来週にならないと届きません。
回答では、ゴルカプルーラクソウル線も開通していますので、どうやら貨物列車のため、ゴルカプルからチャプラ経由でサマステプールへ、ここからダルバンガ、バイラグニア経由でラクソウルにいたったのではと推測しています。1953年の頃ですからガンジス川の鉄道橋はムガル・サカイからバラナシしかありません。
どうでしょうか。上述の路線ではと推測していますし、ゴルカプルからラクソウルまで24時間かかったのは急行列車ではなく、貨物列車だからでしょう。それと、翌日の運行まで待てなかったのは、ゴルカプルからサガウリ経由の急行列車の運航日ではなかったとも思っています。ボンベイからのラクソウル行き急行列車はすべてムガル・サカイ、バラナシ経由で、やはりサマステプール経由になるんでしょうか。デリーからだったら、ラクナウ、ゴルカプル、サガウリ経由ラクソウルの路線だろうと思いますが、いかがでしょうか。
面倒でしょうがよろしくお願いします。
投稿: 滝口正三 | 2022年7月30日 (土) 23時49分
お問い合わせいただいた件ですが、インドの鉄道路線の多くはイギリスの植民地時代に建設されました。したがって第二次大戦までには幹線網がほぼ完成していたと思われます。
ウィキペディア英語版によれば、ゴラクプール・ジャンクションからサガウリを経由する幹線は1930年代の開通(全通の意か?)とされています。
https://en.wikipedia.org/wiki/Muzaffarpur%E2%80%93Gorakhpur_main_line
またラクサウル・ジャンクション Raxaul Junction からネパールに入る路線は1927年に2フィート半(762mm)の狭軌線で建設され、1965年まで運行されていたとあります。
https://en.wikipedia.org/wiki/Raxaul_Junction_railway_station
両線を結ぶ区間について情報はありませんが、狭軌線以前にそれが開通していたことは同駅の線路配置(東西ルートが直線で、狭軌線はそこから北へ分岐する)からも推測できるところです。
1950年代のムンバイ(ボンベイ)からの詳細な列車ルートについては承知しておりませんが、これらの鉄道を使ってネパールに入国することは可能であったはずです。
投稿: homipage | 2022年5月 7日 (土) 23時08分
1953年の英国エベレスト登山隊の隊荷のルートを調べています。この登山隊はヒラリーとテンジンにより初登頂されています。
隊荷と隊員はロンドンからボンベイ、そこから荷物を鉄道便でラクソウルまで輸送しました。
ボンベイからの鉄道は、カーンプル経由でラクナウへ、そこからゴラクプール、サガウリ経由でラクソウルではと思っています。
①ゴラクプールからバガハ、サガウリ経由のネパール国境沿いの路線は、1953年当時開通していたのでしょうか。
②ルクナウから①以外の路線だと、具体的にはどういうルートになるでしょうか。
③カーンプルではない場合、ボンベイからアラハバードとなりますが、ラクソウルまでの路線は具体的にどういうルートになるでしょうか。
恐縮ですが、よろしくご教示願えればと思います。
投稿: 滝口正三 | 2022年5月 7日 (土) 06時50分