カナディアンロッキーを越えた鉄道-フレーザー川を下る
カナディアン・ノーザン鉄道 Canadian Northern Railway (CNoR) が建設した線路(下注)は、広いロッキー山脈峡谷 Rocky Mountain Trench に出たとたん、南に針路を変える。この後、北西のプリンスジョージ Prince George へ大回りするフレーザー川を見送って、自らは近道をするのだ。川のお供をグランド・トランク・パシフィック(GTPR)に譲り、CNoRの列車は、支流トンプソン川 Thompson River の谷へ入っていく。
*注 現在はCNoR、GTPRとも、カナディアン・ナショナル鉄道 Canadian National Railways (CN) によって運営されているが、以下の記述では旧称で通す。
トンプソン峡谷を行く貨物列車 トンプソン Thompson~リットン Lytton 間 from flickr.com |
だが、CNoRの一人旅は、途中のカムループス Kamloops の町までだ。その先、今度は、ロジャーズ峠を越えてきた大陸横断の先駆者、カナディアン・パシフィック鉄道(CPR)と絡み合うことになるからだ。線路が統合されたイエローヘッド峠とは違い、この競合区間は現在も残っている(下図)。カナディアン号 The Canadian で通る場合は、東行、西行とも夜中の走行となってしまうのが残念だが、沿線には興味深い個所もあるので、少し触れておこう。
全体図 |
◆
川下りに際して、CNoRが採用したルート設定方針は明確に読み取れる。すなわちそれは、可能な限りライバルの対岸を通るということだ。CPRが左岸(河口に向かって左側の岸)に陣取っていれば、新参のCNoRは右岸に回る。この原則は、双方共通の目的地であるバンクーバーに入るまで、終始一貫している。狭い谷あいでは、列車が運行されている線路の傍らで安易に工事の発破をかけるわけにいかないから、このような配置になったのだろう。
ただし、400kmを越える並走の間で、原則を崩す場所が4か所だけある。いずれの場合もCNoRのほうから川を渡ってきて、一定距離、CPR線の傍らに寄り添う。極端なのは、カムループスから70kmほど下ったアシュクロフト Ashcroft の東【図1】で、左岸に移ったかと思うとすぐに右岸に戻ってしまう。この間、1km強しかない。工費のかさむ鉄橋を構えてまでそうする理由は、地形図や空中写真を読めば推測できる。CNoRの本来の陣地である右岸に、険しい崖(下注)が迫っているのだ。前後2か所の「寄り添い」も同じような構図になっている。
*注 地図では崖の記号が使用されておらず、等高線の混み方で判断するしかないので、空中写真も参照。
図1 アシュクロフトの東 1:50,000地形図 グリッド(方眼)1km間隔、標高データはフィート単位(以下同じ) |
■参考サイト
アシュクロフト東部のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&sll=50.7485,-121.2381&z=15
最後の1か所は、フレーザー川本流と再会するリットン Lytton の町【図2】にあるが、ここだけは地形が理由ではなさそうだ。図の左手からフレーザー川が合流するので、橋1本は必須なのだが、わざわざ岸を移動したのは、町あるいは河港のある側に線路を寄せたかったとしか考えられない。おかげで、鉄橋の取付け部に急曲線が生じ、線形はCPRに比べてかなり不利になってしまった。
図2 リットン付近の1:50,000地形図 |
◆
さて、ここまで基本的にCPRが左岸、CNoRが右岸という配置が続いてきた。しかし、リットンの川下約10kmの地点で、ついに位置関係が逆転するときが来る。CPRが右岸に場所を変えるため、CNoRはその直前で、フレーザー川とCPRの線路をアーチ橋で一気にまたいで、左岸に出るのだ。鉄橋が2本重なって見えるこの場所【図3】は、地名からシスコ・クロッシング Cisco Crossing と呼ばれ、鉄道写真の絶好の被写体になっている。列車運行が時刻どおりとはいかない中で、YouTubeには、鉄橋を渡るCNoR(CN)上の車窓から、真下を通過するCPRの貨物列車をとらえた、千載一遇の映像も投稿されている。
2本の鉄橋が重なって見えるシスコ・クロッシング 手前がCPR 列車が渡っている奥の鉄橋がCNoR(CN)線 Photo by Michael Frei at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0 |
図3 シスコ・クロッシングの1:50,000地形図 |
■参考サイト
シスコ・クロッシング付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&sll=50.1496,-121.5793&z=16
You Tube シスコ・クロッシングにおける列車同士の交差
Rocky Mountaineer CN Railway Cisco Crossing British Columbia
http://www.youtube.com/watch?v=Qyo6gsfGTCM
最後の見どころは、近辺の観光名所にもなっているヘルズゲート Hell's Gate、すなわち地獄の門だ【図4】。左岸の高みを通過するトランスカナダハイウェー(1号線)から対岸にあるCPRの線路際まで、観光用のロープウェー(下注)が架けられている。ここは、リットン~イェール Yale 間のフレーザー峡谷が最も狭まる地点に当たり、両側の岩壁がせり出して35mの幅しかない水路に、ロッキー山脈などを源とする豊かな水量が殺到する。
*注 エアトラム Air Tram と称する。地図では Aerial Cableway と表記。
ヘルズゲートの景観 Photo by Andrew Bowden at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0 |
図4 地獄の門付近の1:50,000地形図 |
地獄の門がとりわけ有名になったのは、1914年に行われたCNoR線の建設工事が原因だ。鉄道の路盤を造るために、切り立った左岸に発破をしかけたところ、予期せぬ大規模な崩壊が起きた。多量の岩石が直下の川を埋め、狭い川幅がさらに狭められた結果、流れに6m以上の滝のような落差が生じてしまった。
この災害は、思わぬところに影響をもたらした。次の夏、地獄の門から上流で、遡行するサケの姿がほとんど消えてしまったのだ。沿岸漁業への打撃を懸念した連邦政府と州政府は、掘削と爆破によって川を開こうとしたが、川底に沈んだ岩を取り除かない限り、問題は解決しそうになかった。調査検討の結果、難所を迂回する人工魚道が有効ということになり、1944年から設置工事が開始された。その後、水位に応じて数段の魚道が継続的に整備されていき、ようやくサケはもとの産卵場所に到達できるようになったという。地図にも Fish Ladder という注記が見える。
■参考サイト
フレーザー川の魚道構造物 Fish Passage Structures on the Fraser River
http://www.saxvik.ca/
地獄の門付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&sll=49.7799,-121.4495&z=16
◆
現在この並行区間は、所有会社がCPRとCNに分かれている。しかし、両社が方向別に共用することで、事実上複線として扱われているようだ。日本の例で言うと、名鉄名古屋本線・JR飯田線の豊橋~平井信号所間のようなものだろう。地図資料(下注)から読み取る限り、その区間はアシュクロフトの南方に位置するバスクジャンクション Basque Junction(東から数えて3番目の「寄り添い」区間内)からバンクーバー都市圏までで、CPR線が東行、CN(旧CNoR)線が西行となっている。カナディアン号やロッキーマウンテニア号などの旅客列車も例外ではない。CNoRの壮大な構想は泡と消えてしまったが、少なくともイエローヘッド峠の西側では、夢の跡を今も列車でたどることができるのだ。
次回は、クローズネスト峠を越えた南部本線の、知られざる山岳横断ルートを見る。
*注 Mike Walker "SPV's Comprehensive Railroad Atlas of North America" Western Canada, SPV, 2006 p59, p65, p71の地図。
地形図は、カナダ官製1:1,000,000国際図 NM9_10 Vancouver、1:50,000地形図 92H/11, 92H/14, 92I/4, 92I/11, 92I/14(いずれもGeoGratis - Scanned Mapsからのダウンロード)を用いた。(c) Department of Natural Resources, Canada. All rights reserved.
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