カナダ ケトルバレー鉄道 II-見どころ
屈指の山越え路線であったケトルバレー鉄道 Kettle Valley Ralway (KVR、下注) を記念する名所を、西の起点ホープ Hope から順にたどってみよう。
*注 本記事内では、表記をケトル「ヴァ」レーではなく「バ」レーに統一した。
図中1~6は下記詳細図の範囲 |
クインテットトンネル Quintette Tunnels
クインテットトンネル、あるいはオセロトンネル群 Othello Tunnels は、難所コキーハラ Coquihalla 越えの前哨戦というべき関門だ。どのような地形で、何が珍しいのか。簡潔に説明しているKVRの資料サイト(下記参考サイト)から引用させていただく。
「ホープを出てほんの数マイルで、コキーハラ川は高さ300フィート(90m)の切り立った花崗岩の断崖がある幅の狭い峡谷にさしかかる。峡谷に入るとすぐに、川は突然ヘアピン状に折り返し、たとえ余地があったとしても、鉄道が川に沿いながら峡谷を通過することは不可能だった。人々はこのルートを完全に避けるか、でなければ1マイルの長いトンネルをぶち抜くことが、通過する唯一の方法だと本気で考えた。
マカロック(同鉄道の主任技師アンドリュー・マカロック Andrew McCulloch)は同意せず、ルートを調査するために自らロープで体を吊り、崖の表面を降りた。彼は、トンネルを1本ではなく、4本うがてばよいことを発見した。その1つは「明かり窓」、すなわち片側が開いたもので、トンネルが5つあるような印象を与える。そのため、これはクインテット(5組の)トンネル Quintette Tunnels と呼ばれるようになった。さらに驚くべき事実は、4本のトンネルと間にある2本の橋の全体が、完全に一直線に並んでいることだった。」
図1 グリッド1km間隔、標高データはフィート単位(図2、3も同じ) |
地形図では、崖の記号は使われず、線路に架かる2本の橋だけがあっさりと描かれている(トンネルは筆者の加筆)。ただ、これでは難工事の実感が湧かないので、ぜひ下記参考サイトの実景写真で確かめていただきたい。現在ここは州立公園内の自然歩道(トレール)として4~10月の間開放されている。
なお、オセロ Othello という地名はいうまでもなく、文豪シェークスピアに由来している。命名者は主任技師マカロックで、この区間の駅名を考えるときに、お気に入りの戯曲の登場人物名を借用したのだ。オセロの次の駅はリア Lear、そしてジェシカ Jessica、ポーシャ Portia、イアーゴ Iago、ロミオ Romeo と続き、コキーハラの峠を隔ててジュリエット Juliet がある。このルートには何のゆかりもなかったが、乗客には評判で、駅の郵便局では訪問記念の絵葉書も扱ったという。
■参考サイト
ケトルバレー鉄道(KVR資料集) http://www.hectorturner.com/kettlevalley/
ブリティッシュコロンビア州公園局(BCパークス)-コキーハラ峡谷州立公園 BC Parks - Coquihalla Canyon Provincial Park
http://www.env.gov.bc.ca/bcparks/explore/parkpgs/coquihalla_cyn/
クインテットトンネル付近の概略図(BC ParksのサイトにあるPDFファイルに直接リンク)
http://www.env.gov.bc.ca/bcparks/explore/parkpgs/coquihalla_cyn/coq_canyon_map.pdf
クインテットトンネルの写真
http://www.env.gov.bc.ca/bcparks/explore/parkpgs/coquihalla_cyn/photos/
クインテットトンネル付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=49.3722,-121.3655&z=16
ブローディ Brodie
人里離れた山中のこの場所で、北のスペンシズブリッジ Spences Bridge 方面から来た線路と合流する。名所とは言えないが、KVRにとっては重要なポイントだ。地形図は1976年現在の情報で編集されているため、1961年に廃止されたコキーハラ越えの線路はすでに見えない。接続状況は筆者が加筆した。スペンシズブリッジから来た線路が狭い谷間を折返しているのは、ブルックミアの集落が載る谷との間に50mほどの高度差があるためだが、コキーハラ越えを優先した線形であるのは間違いない。
図2 |
■参考サイト
ブローディ付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=49.8187,-120.9330&z=15
プリンストン北方 North of Princeton
プリンストンでカッパーマウンテン Copper Mountain の鉱山へ行く支線を分けた後、線路は再び山越えにかかる。途中、旧駅でいうとベルフォート Belfort とジュラ Jura の間では、約100mの高度をかせぐために4回の折り返し(ループ)で丘を上っていく。
図3 |
■参考サイト
プリンストン北方(蛇行部)のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=49.5251,-120.4873&z=15
ケトルバレー蒸気鉄道 Kettle Valley Steam Railway
KVRのルート中、フォールダーFaulder~トラウトクリーク橋 Trout Creek Bridge 間16kmだけは線路が残されている。場所は、オカナガン湖 Lake Okanagan の南西岸にあるサマーランド Summerland の町の裏手で、トラウトクリーク Trout Creek(鱒の小川の意)の谷を下りてきた線路が湖岸の高台(段丘)に出ようとするところだ。ここでは1999年から蒸機牽引の観光列車が運行されている。公式サイトによれば、5~10月の間、週末を中心に1日2往復していて、所要時間は90分。ほかに、電飾を施したクリスマス列車や、悪名高い地元ギャングに列車が乗っ取られる「大列車強盗 Great Train Robberies」のような特別企画もある。
図4 グリッド1km間隔、標高データはm単位(図5も同じ) |
実際に走るのは、保存鉄道の拠点として設けられたプレーリーヴァレー Prairie Valley 駅とトラウトクリーク橋(リーフレットではキャニオンヴュー Canyon View 駅と紹介されている)の間約10kmだ。トラウトクリーク橋は、同名の川が刻んだ峡谷をアプローチトレッスルと上路トラスで跨ぐもので、長さ619フィート(189m)、高さ238フィート(73m)、KVRではもちろん最大規模だった。1912年の完成当時はトレッスル部が木製だったが、1927~28年に鋼鉄製に改修されている。観光列車は、オカナガン湖を遠くに眺める橋の上で停車して、折返す。なぜなら、橋の南詰めより先は、もはや線路が外されてしまっているからだ。
■参考サイト
ケトルバレー蒸気鉄道 http://www.kettlevalleyrail.org/
(右写真はリーフレット表紙)
トラウトクリーク橋付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=49.5657,-119.6543&z=16
トラウトクリーク橋の写真
http://wikitravel.org/upload/en/1/15/Trout_creek_trestle.jpg
オカナガン湖東岸の3段ループ Triple Loops, East of Okanagan Lake
オカナガン湖南端(湖尻)のペンティクトン Penticton を出ると、コキーハラに匹敵する難所であるカーミ区間 Carmi Division に入る。ペンティクトンは標高350m程度だが、オカナガン山 Okanagan Mountain 東側の鞍部にあるシュート湖 Chute Lake は、標高1200mに近い。KVRは、勾配を2.2%に抑えるために、湖の東側の山腹に3段の大規模なループ(下注)を構えて高度を稼ぐ。下部の折返しはオープンだが、上部のそれはトンネルを介している。アドラトンネル Adra Tunnel というこのトンネルは、長さ約500mに過ぎないが、KVRでは最長だ。いや、これほどの山越え路線に500m以上のトンネルがないこと自体が、驚異的というべきか。
地図からも想像されるように、現役当時、この区間は、木間隠れに山と湖の壮大なパノラマが開ける随一の絶景区間だった。よく紹介されるのは、通称「リトルトンネル Little Tunnel」からの展望だ(地図に展望地の印をつけておいた)。現在はトレールに転用され、後述するマイラ峡谷とともにサイクリストに人気が高いが、アドラトンネルは内部崩壊のため通行止めとされ、手前に短絡路が設けてある。
*注 ループ Loop は、勾配緩和などのために大きく引き回した線形(あるいは環状線)をいう。日本でいうループ線は、欧米ではスパイラル Spiral と呼ぶ。
図5 |
■参考サイト
ループ下部折返し(グレンファーGlenfir付近)のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=49.6614,-119.6028&z=16
マイラ峡谷 Myra Canyon
シュート湖の5km先で線路は峠に達するが、そこから距離にして約50kmは標高1200m台の高原を延々と走り続ける。地形的には、ケローナ Kelowna の南に陣取るリトルホワイト山 Little White Mountain の肩あたりに位置する。山塊にはいく筋かの峡谷が刻まれていて、中でもマイラ峡谷 Myra Canyon は際立って広く深い。KVRは上流へ大きく迂回しながら、木製トレッスル18か所(うち2か所は1929年に鉄製に改修)と短いトンネル2本を連ねて、これを渡り切る。要した木材は貨車25台分にのぼり、主任技師マカロック自身「これほどの山腹に建設された鉄道は見たことがない」と回想したほどだった。鉄製に改修されたトレッスルは、東側の6号が長さ220m、高さ55m、西側の9号が長さ111m、高さ48mと見ごたえのある規模だ。
ちなみにマイラ Myra というのは峡谷の東縁にあった駅名だが、由来は技師の娘の名前だそうだ。また、マイラの西隣の駅ルース Ruth はマカロックの娘の名、同じく東隣の駅はずばりマカロック McCulloch と命名されている。
図6 グリッド1km間隔、標高データはm単位 ただし下部はフィート単位の地形図を接続 |
1980年の線路撤去後、この区間も橋ごとトレールに整備され、爽快な谷渡りが楽しめると評判をとった。ところが、2003年の夏に一帯で落雷による山火事が発生し、12か所の木製トレッスルが焼失、鉄製トレッスルも路面の損壊を蒙ってしまった。被害の様子は、マイラ峡谷トレッスル修復協会のサイト(下記参考サイト)で確認できるが、夏は高温で乾燥する地域とあって、木橋の火の回りも速かったようだ。しかし、2008年までにすべて以前の姿に復元され、新たに沿線の切通しの安全策も講じられて、通行できるようになった。州南部を一つに結んだケトルバレー鉄道を思い起こさせる最大の遺構として、これからも自然に親しむ人々を迎えてくれるに違いない。
■参考サイト
BCパークス-マイラ・ベルヴュー州立公園 Myra-Bellevue Provincial Park
http://www.env.gov.bc.ca/bcparks/explore/parkpgs/myra/
マイラ峡谷のトレッスル群の写真集
http://castanet.firewatch.net/firepics2/firepics2/KVR - Myra Canyon/Before the fire/Summer/
マイラ峡谷6号トレッスル付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=49.7757,-119.3235&z=16
マイラ峡谷トレッスル修復協会 Myra Canyon Trestle Restoration Society
http://www.myratrestles.com/
(右写真はリーフレット表紙)
マイラ峡谷の路線図(PDF)
http://www.myratrestles.com/images/pdf/kvr_map-03.pdf
本稿は、Dan and Sandra Langford "Cycling the Kettle Valley Railway" Third Edition, Rocky Mountain Books, 2002、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
地形図は、カナダ官製1:1,000,000国際図 NM9_10 Vancouver, NM11 Kootenay Lake, 1:50,000 地形図82E/11, 82E/12, 82E/14, 92H/6, 92H/9, 92H/10, 92H/15(いずれもGeoGratis - Scanned Mapsからのダウンロード)を用いた。(c) Department of Natural Resources, Canada. All rights reserved.
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