カナディアンロッキーを越えた鉄道-イエローヘッド峠
カナダ最初の大陸横断鉄道となったカナディアン・パシフィック鉄道 Canadian Pacific Railway (CPR) は、市場から離れ、遠回りになるとして、最終的にイエローヘッド峠 Yellowhead Pass を選ばなかった。峠に列車が通るようになるのは、CPRの開通後30年近く経ってからのことだ。
レインボー山脈を背に フレーザー川に沿って下る貨物列車 © Canadian Pacific, 2017 |
20世紀に入って、大草原(プレーリー)の開発がより北方へと進展すると、CPRの本線からはずれた地域をつなぐ路線の建設が切望されるようになった。これらの地域から太平洋に出るには、イエローヘッド峠が最短の経路だ。好景気を反映して、峠には2本の鉄道が競合するように建設された。プリンスルパート Prince Rupert の港をめざすグランド・トランク・パシフィック鉄道 Grand Trunk Pacific Railway (GTPR)、そしてバンクーバーへ向かうカナディアン・ノーザン鉄道 Canadian Northern Railway (CNoR) だ。前者は1911年に峠まで線路を延ばし、1914年に全線開通した。後者は少し遅れて1913年に峠に達し、1915年に全通した。
カナディアンロッキーを越えた鉄道 路線図 緑線がGTPR、青線がCNoR |
カナディアンロッキーを越えるイエローヘッド峠は標高1133m、リゾート都市ジャスパー Jasper から西へ24kmの地点にある。その名は、ハドソン湾会社の探検隊を峠に案内したメティ Métis(原住民とヨーロッパ人の混血)の猟師にちなんでいる。彼は金髪で、隊員からテト・ジョーヌ Tête Jaune(黄色い頭を意味するフランス語)と呼ばれていた。
大陸分水界をなすとはいえ、ジャスパーの町と峠との標高差は70m程度しかない。ハイウェーを飛ばすドライバーは、案内標識を見ない限り、ほとんど意識することもなく通過するだろう。一方、峠の西側は、バンクーバーに流れ下るフレーザー川 Fraser River の最上流域に当たっている。途中、広いロッキー山脈峡谷 Rocky Mountain Trench に出るまで約80kmの間に、川は370mの高度差をゆっくりと下降していく。地形は開放的なU字谷で、勾配も許容限度に収まり、鉄道の通過に最も適したルートであったことに間違いない。
下の地形図をご覧いただこう。右端にイエローヘッド峠がある。峠を斜めに横切る太い破線は、ブリティッシュコロンビア州(左側)とアルバータ州の境界で、同時に大陸分水界をも意味する。ここからおよそ西向きに延びる廊下のような谷が自然の通路で、中央に見えるムース湖 Moose Lake を経て、左端のロッキー山脈峡谷へ通じている。谷の北方には、カナディアンロッキーの最高峰ロブソン山 Mount Robson(標高3954m)が見える(図の中央左寄り上部、12972フィートの標高点あり)。線路はハイウェー(16号線)とともに、谷に忠実に沿って走るが、かつて敷かれた2社の線路のうち、ムース湖より東では片方が撤去されてしまい、今は存在しない。
峠から西側の1:250,000地形図 グリッド(方眼)10km間隔、標高データはフィート単位 |
2社はどちらも、第一次大戦下の経営不振に苦しんだあげく、1918~19年に相次いで国有化されてしまった。そのことが路線の一本化を促進したように思えるが、実はそうではない。参戦中のイギリスが、自治政府に対して、フランスの前線で使用するレールの供出を求めたのが原因だ。要請に応じてカナダでは、1916年12月から順次、鉄道路線の整理統合 Consolidation が実行されることになった。ジャスパー周辺でも1917年から、重複区間約200マイル(320km)のレールがはがされていった。各社は撤去命令に従うより他なかったが、関係者の回想では、回収された資材のほとんどが大西洋を渡らないままに終わったそうだ。
GTPRとCNoR、どちらの線路が整理の対象とされたかは区間によって異なる。資料「アルバータ鉄道地図帳」(下記参考サイト)によれば、ジャスパー駅付近では、構内が広く整っていたGTPRの線路が残された。峠の前後は最初CNoR線が生かされたらしいが、1924年にGTPRが敷いた線路に切替えられて、そのまま現在に至っている。GTPRは連邦政府が建設の後ろ盾となっていて、線路規格が高かったことが選択の主な理由だろう。
ジャスパー付近の1:50,000地形図 グリッド1km間隔、標高データはm単位 |
峠から西へ進むと、ムース湖の湖尻にあるレッドパスジャンクション Red Pass Junction で、線路が二手に分岐する(下図)。CNoRのほうが線路の位置はだいぶ高いものの、そのままつかず離れず30kmほども走り、ロッキー山脈峡谷に出るところでようやく北と南へ分かれていく。複線のようにも見える線路配置の不思議は、上の建設史を知れば納得できるはずだ。北側を走るのがもとGTPR、南側がCNoRの線路で、現在はどちらも後を継いだカナディアン・ナショナル鉄道 Canadian National Railway (CN) の所有となっている。
レッドパス付近の1:50,000地形図 標高データは右下部のみm、他はフィート単位 |
トロントとバンクーバーを結ぶVIAレールの長距離旅客列車カナディアン号に乗れば、ちょうどこのあたりで最高峰ロブソン山 Mount Robson の雄姿を拝むことができる。西海岸からジャスパーへ区間乗車する乗客にとっては、行路のハイライトとなるひとときだ。ただし、「雲の帽子をかぶる山 Cloud Cap Mountain」と称される雪山が実際に姿を現すかどうかは、きわめて運任せのことらしい。
ロブソン山とミスト氷河 Photo by Brilang from flickr.com. License: CC BY-SA 2.0 |
次回は、フレーザー川を挟んで絡み合うCNoRとCPR(カナディアン・パシフィック)のルートの見どころを探る。
地形図は、カナダ官製1:250,000地形図 83D Canoe River, 83E Mount Robson、1:50,000地形図 82D/14, 82D/15, 83D/16, 83E/2, 83E/3(いずれもGeoGratis - Scanned Mapsからのダウンロード)を用いた。(c) Department of Natural Resources, Canada. All rights reserved.
■参考サイト
アルバータ鉄道地図帳 Atlas of Alberta Railwaysのサイト http://railways.library.ualberta.ca/ に、イエローヘッド峠前後のGTPRとCNの路線整理状況図(画像)が収録されている。
http://railways.library.ualberta.ca/Maps-10-1-11/
Grand Trunk Pacific Railway, Canadian Northern Track Consolidation(画像への直接リンク)
http://railways.library.ualberta.ca/Images/Maps/GTPRCanadianNorthernTrackConsolidation.jpg
イエローヘッド峠付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&sll=52.8923,-118.4621&z=13
カナダ公園管理局-イエローヘッド峠国定史跡
Parks Canada - Yellowhead Pass National Historic Site of Canada
http://www.pc.gc.ca/docs/v-g/pm-mp/lhn-nhs/yellowhead_e.asp
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