カナダの道路地図
クルマが日常の主たる移動手段なら、カナダの道路地図もアメリカ合衆国同様、たくさん種類があるものと想像していた。しかし、地図商のカタログを当ってみると、そうでもない。印刷物としての地図の選択肢はかなり限られているのだ。カーナビに象徴されるようなデジタル化の洗礼を受けて、早々と淘汰されてしまったのだろうか。いやそうではなく、理由は、人口がアメリカより一桁少ないというマーケット規模から考えるべきだろう。
*注 国連人口部のサイトによれば、2010年の人口はアメリカ3億1800万人に対してカナダ3400万人 http://esa.un.org/UNPP/
ランド・マクナリー道路地図帳 2014年版 |
カナダに関する道路地図を類型化すれば、3つのグループに分けられる。一つは、アメリカ合衆国やメキシコも含めて、北米大陸全体を1冊にまとめた地図帳だ。
これは比較的種類が多く、合衆国の地図ブランドであるランド・マクナリー Rand McNally(右写真、下注)、カッパ・マップ・グループ Kappa Map Group(旧 アメリカンマップ American Map)、アメリカ自動車協会 AAA をはじめ、イギリスのAA出版社 AA Publishing、フランスのミシュラン Michelin などから選ぶことができる。
カナダについては、全国図と州別図で構成され、余白には主な都市の拡大図が配されているというのが、各社共通した仕様だ。州ごとの主要道路網を把握したいといったニーズならこれで十分用が足せる。
*注 ランド・マクナリー社の道路地図については、本ブログ「アメリカ合衆国の道路地図-ランド・マクナリー社」参照
二つ目は、対象をカナダ一国に絞ったものだ。この全国版は、1枚もの(大判用紙を折り畳んだもの)と地図帳に綴ったタイプがある。
三つ目はそれをさらに州別か、地域別に分けたシリーズだ。当然、縮尺は1枚ものより地図帳、全国版より地域特定版のほうが大きく、描写はより詳細に、情報量はより豊かになる。
とはいえ、実際問題として、商業ベースに乗るカナダの道路地図は、同国アルバータ州のカルガリーに本社を置くマップアート出版社 MapArt Publishing の系統が、選択肢の大部分を占めている。
地図商スタンフォーズのサイトによると、マップアート社が刊行していた地図の一部が最近の業界再編によって、カナディアンカートグラフィックス社 Canadian Cartographics Corporation (CCC) に移ったという。内容は今一つ定かでないが、カタログで見る限りCCC社に移された地図(表紙に cccmaps.com とある)は1枚ものが中心のようだ。また、これとは別に、フランス語圏のケベック州では、JDMジェオ社 JDM Géo Inc. が刊行する地図に、マップアートのロゴが掲げられている。
では、マップアート社の地図帳を見てみよう。
右写真は、同社の「全国道路地図帳 Canada Road Atlas」2009年版だ(下注)。判型はA4判より縦が少し短い横21.5cm×縦27.5cmで、表紙を除いて全112ページ。まず1:5,000,000(500万分の1)の概要図が14ページあり、そのあとに人口の集中する南部のより詳しい地図(縮尺は1:625,000~1 660,000、地域によって異なる)が76ページにわたって続く。それから主要都市の拡大図7ページがあり、最後に地名索引がつく。
*注 同社の最新カタログでは、この黄表紙の全国道路地図帳が見当たらず、青表紙の「カナダ詳細道路地図帳 Canada Back Road Atlas」が紹介されている。これは後述する州別地図帳の内容を合冊したもので700ページもあり、携帯に向いているとはいいがたい。
全国道路地図帳の一部 (表紙、裏表紙を拡大) |
道路の記号は、高速専用道 Expressway が青、同 有料道 Toll expressway が紫、主要道 Principal highway が赤、地方道 Secondary highway が黄色に赤の縁どりと、なかなかカラフルだ。道路番号とともに区間距離も当然入っているが、km単位のカナダに対して、国境の南側(アメリカ)はマイル単位になっている。主要な鉄道路線も細い実線で描かれる。全駅ではないが、駅の位置がプロットされているので、別途、鉄道地図と対照することも可能だ。
感心するのは旅行情報が充実している点で、公園、自然保護区 Conservation area、野生動物保護区 Wildlife area、インフォメーションセンター、キャンプ地などがシンプルな記号で表され、明るい赤の文字で必ず名称が付されている。その数は相当なもので、ロッキーや西海岸ではこの赤文字で地図が埋め尽くされるかと思うほどだ。
また、背景の地勢表現も美しい。道路や文字を読取る邪魔にならないようトーンを抑えながら、高度別の段彩とぼかし(陰影)を微妙に組合せ、高山域ではその上に氷河の水色を載せている。繊細な描写は、道路地図としては上出来の部類と言えよう。
州別・地域別地図帳は縮尺がもっと大きくなる。手元にあるブリティッシュコロンビア州版(右写真)は、北部が1:1,000,000(100万分の1)、南部が1:500,000だ。これも116ページある。タイトルをBack Road Atlas(バックロードは裏道、田舎道の意)としているのは、道路表現の詳しさをアピールするのはもちろんのこと、他社の旅行地図帳(「バックロード・マップブックス Backroad Mapbooks」、別稿で詳述)も意識したのだろう。
もちろん道路地図なので、マップブックスのように登山道までは描いていないが、車の通れる道は赤い縁取りをした太めの線を用いていて、識別性はこのほうが高い。さらに、ほとんどすべての道に丹念に名称を添えているのには驚くほかない。
BC州地図帳の一部 (裏表紙を拡大) |
旅行情報の充実度は、全国版に準じている。地勢表現も同様で、特にカナディアンロッキーや海岸山脈 Coast Mountains のような山岳地域では、立体感がひときわ見事だ。鉄道記号は旗竿型に変わり、駅は黒丸の記号に駅名つきで、さらに旅客列車の停車駅には、運行会社であるVIAレールのロゴを付して知らせている。
これほど丁寧に編集された地図があるなら、敢えてライバルの登場を願う必要もないのだが、一応、CCC社の1枚ものにも触れておこう。右下写真は、ブリティッシュコロンビア州の道路地図だ。大判用紙の両面を使い、片面に北部、別の面に南部、余白に主要都市の市街図を配している。道路網を強調すべく、地勢表現を省略したデザインは、アメリカの典型的な道路地図のスタイルだ。
それはともかく、上記の地図帳と比較すれば、主要道と地方道の記号がどちらも赤で見分けにくく、旅行情報の記号のバリエーションが少ないなど、記号デザインの工夫不足は覆いがたい。また、添付の市街図は狭いスペースに詰め込もうとしたため、文字が細かくなりすぎた。価格が5ドル程度と安価な点は評価できても、地図としての魅力は薄いと言わざるをえない。
アメリカ合衆国と同様、カナダでも州政府監修の公式道路地図 Official Highway Map が定期的に作られている(下注)。道路情報だけが必要なら、これで十分だろう。
*注 公式道路地図については、本ブログ「アメリカ合衆国の道路地図-公式交通地図」参照
■参考サイト
マップアート http://www.mapart.com/
カナディアンカートグラフィックス(CCC) http://www.cccmaps.com/
公式道路地図の例
オンタリオ州運輸局 http://www.mto.gov.on.ca/english/traveller/map/southindexpdf.shtml
★本ブログ内の関連記事
カナダの旅行地図-ITMB
カナダの旅行地図-バックロード・マップブックス
カナダの旅行地図-アドベンチャーマップ
カナダの旅行地図-ジェムトレック
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