カナダの旅行地図-ジェムトレック
カナディアンロッキー Canadian Rocky は、北米大陸の背骨というべきロッキー山脈のうち、カナダ領の部分の呼称だ。行政的には、ブリティッシュコロンビア州 British Columbia とアルバータ州 Alberta との州境一帯で、大陸横断列車からも雄姿を仰げる標高3954mのロブソン山 Mount Robson をはじめ、3000mを優に超す険しい岩山が連なっている。
前回まで紹介してきたITMBやクリスマー社の旅行地図シリーズにも、カナディアンロッキーの地図が数点含まれていたが、この地域では、ジェムトレック社 Gem Trek の地図が一歩抜きんでているだろう。最も北寄りのジャスパー国立公園 Jasper National Park から、最南部アメリカ国境のウォータートン湖国立公園 Waterton Lakes National Park まで、旅行者に特に人気の高いエリアがおおむねカバーされ、内容も充実しているからだ。
ジェムトレック社のサイトでは、地図体系を道路地図 Driving Maps とトレール地図 Trail Maps(下注)に分けている。前者は広域を表した図で、全部で5面、縮尺は1:250,000~1:840,000だ。縮尺の小さいものは、地勢表現が省略されている。それに対して、トレール地図は縮尺1:100,000~1:20,000の地形図仕様で、トレール関連の情報が詳しく、国立公園内の徒歩旅行を計画している人には必需品と言える。
*注 トレール Trail またはトレイルは、登山道に限らず、日本で自然歩道などと呼ばれている歩くための道(ハイキングトレール)や自転車が走れる小道(バイクトレール)も指す。対して自動車が走る道は、ロード road として区別される。
ブリティッシュコロンビア州ヴィクトリア Victoria にオフィスを構える同社だが、2005年以前はロッキーの東麓にあるコークラン Cochrane という小さな町で活動していた。さらに遡れば、冬季オリンピックの翌年(1989年)に、近くの都市カルガリー Calgary でマップタウン Map Town という地図店を開いたのがルーツだという。
そこで販売した自家製の旅行地図が好評だったため、以後、カナディアンロッキーの詳細地図を次々と発表することになった。同社は自社地図の特色の一つに、「地元の人間が作っている」ことを挙げ、地域を熟知した調査員が薦める情報であることを強調している。
道路に関する地図記号は、自動車道路が実線、トレールには破線を用いる。トレールは、その名称とともに区間距離や標高が細かく添えられ、ところどころに、双眼鏡を手にする人を象ったビューポイント(展望台)の印も置かれている。赤い線に黄色でマーキングされてことさら目立つトレールは、編集者の推薦コースを意味し、裏面に難易度、距離、高度差、所要時間を含めて詳しく紹介されている。
本格的なトレッキングはもとより、ドライブ途中で車を停めてあの展望台まで少し歩いてみよう、というような、にわかナチュラリストにとっても参考になるはずだ。
トレール地図の凡例 |
トレールに利用者区分を示しているのも、特色とされる。乗馬やマウンテンバイクの通行が許される区間は、色や形状、絵文字などで明確に区別されている。自転車のトレール乗入れは制限があって、違反者には罰金ばかりか、自転車の没収までされるそうだから、この表示の確認は案外重要だ。
地勢表現については、ちょっとした方針の揺り戻しがある。2005年以前に編集された地図は、等高線にぼかし(陰影)を加え、森林はミントグリーン、草地や裸地はアプリコット、氷河は薄い藤色に塗り分けた、たいへん美しいものだった。ところが、2006年以降の改訂では、そうした視覚的工夫が排され、等高線主体の伝統的な画法に後退してしまった。
自信を持っていたレリーフシェーディング(地形の影をつけること)をなぜ捨ててしまったのかを、同社はこう説明している。同社の地図のユーザーは、主として年配者だ。彼らから、地図の見た目はいいが、野外では、背景色が重なった暗い個所の文字や等高線が読み取りにくいと苦情が多く寄せられていた。地図の価格を抑えるために非コート紙を使っているので、色見本どおりに仕上がらず、暗めになるといった事情もあり、形式より機能を選択した、と。
トレール地図の索引図 |
この方針は5年間続き、その間にトレール地図の7割が更新され、山の影が消えてしまった。しかし、今年(2010年)の新刊「キャンモアとカナナスキス村 Canmore & Kananaskis Village」(右写真)では、再びもとの方式に回帰することになった。同社は、読者の意見が変化してきたことや、発色のいい耐水紙を使い始めたことを理由に挙げているが、ライバル社が見栄えのいい地図を次々と市場に投入しているという背景もあるように思われる。
冒頭の写真はシリーズの一つ、「ボウ湖とサスカチュワン・クロッシング Bow Lake & Saskatchewan Crossing」だ。縮尺1:70,000で、レイクルイーズ Lake Louise とジャスパー Jasper を結ぶ、アイスフィールド・パークウェー Icefields Parkway の中央部を範囲にしている。
ボウ湖、ペイトー湖 Peyto Lake といった、ツアーが必ず立ち寄る絶景スポットが収まるが、もちろん、真のターゲットは、一般客の来ない山中の湖を目指すトレッカーだ。初心者でも歩ける短いコースから、経験者向けの難路や宿泊を伴う峠越えまで、地図と写真とそれにリンクした豊富な文字情報で紹介されている。
この北に接続する「コロンビア大氷原 Columbia Icefield」図や南側の「レイクルイーズ-ヨーホー Lake Louise - Yoho」を組合せれば、カナディアンロッキーのハイライトが押えられる。これはやはり、視覚を刺激する影付きの地図で眺めたいものだ。
ジェムトレックの地図は、先述のマップタウンで全点扱っているほか、いくつかの地図商(たとえばアメリカのオムニマップ Ominimap)でも入手できる。
■参考サイト
ジェムトレック出版社 http://www.gemtrek.com/
地図紹介ページにサンプル図や両面のレイアウトの画像がある。
マップタウン http://www.maptown.com/
左メニュー > Gem Trek Maps ここにもサンプル図がある。
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