カナダの鉄道地図 I
今も63,500kmの線路延長を有するカナダの鉄道網(下注)だが、多くは貨物輸送専用になっている。
カナディアン・ナショナル鉄道 Canadian National Railway(略称 CN)や、カナディアン・パシフィック鉄道 Canadian Pacific Railway(略称 CPR または CP、日本語の正式社名は「カナダ太平洋鉄道」)といった大手の貨物鉄道会社も、昔は旅客営業を行っていた。しかし、自動車や航空機利用の普及で斜陽化が進んだため、政府は、アメリカのアムトラック Amtrak に倣って、旅客専門の事業体への集約を目論んだ。受け皿となったのが、公共企業体VIA(ヴィア)レール VIA Rail だ。計画は1978年に実行に移された。
*注 "Railway Trends 2009" The Railway Association of Canada, p16 によれば、2008年の営業路線総距離 63,507km。VIAレールが走るのは、同社サイトの「概要 Overview」によると12,500km。
以来、VIAレールは、所有する車両を他社の線路で走らせる方式で、カナダの長距離旅客輸送をほぼ一手に担っている。ただ、政府が、増え続ける経費負担を理由に、予算を段階的にカットしたため、発足時に比べて運行本数は大幅に減少してしまった。
トロント Toronto、モントリオール Montreal などカナダの中心都市を連絡するコリドー Corridor(回廊の意)と呼ばれる区間(ウィンザー Windsor ~ケベックシティ Quebec City)では、今も1日6往復程度確保されているが、東海岸や、大草原を貫いて西海岸へ行く長距離列車は、路線も限られ、週にせいぜい3~5往復というありさまだ。
なにしろ、トロントから西海岸を目指すカナディアン号 The Canadian は、走行距離4466km、車中4泊という大旅行の末、バンクーバー Vancouver に到着する。飛行機なら4時間30分だから、こんな長旅を敢えて選ぶのは、時間をかけても鉄道旅行を楽しみたいというような、特別の目的を持つ人に限られる。近距離利用を除けば、他の列車の傾向も似たり寄ったりだろう。
鉄道地図もそれに合わせるように、旅人向けに編集されたものが流通している。ウェー・オブ・ザ・レール社 Way of the Rail が刊行する「レールウェー・マップガイド Railway Map Guide」という地図で、「全国版 Across Canada(右上写真)」と「ブリティッシュコロンビアおよびカナディアンロッキー British Columbia and Canadian Rockies(右下写真)」の2種類がある。
手に取ってまず驚くのは、上製本のようないかにも頑丈な装丁だ。蛇腹に折り畳んだ地図を、厚さ2mm強もある板紙製の表紙の間にはさんである。これなら、トランクの中に詰め込まれても、旅先で手荒に扱われても、皺になったり破損したりする心配はなさそうだ。地図が表紙に糊付けされているので、表紙を開けば地図が同時に開く点も、便利な工夫だ。
「全国版」は、片面に東部、その裏面に西部を配置する。鉄道がない、あるいは少ない極北部は省かれているが、旅行という主目的からすれば当然のことだろう(下注)。旅客列車が走る路線は太い線で、愛称のあるルートごとに色分けしてあるので、よく目立つ。他の貨物専用線はごく細い線で存在がわかる程度に描かれているので、違いは歴然としている。駅も、停車駅は路線と同じ色で塗り、その他(貨物駅?)は白抜きにしてある。
ベースの地図は、繊細なぼかし(陰影)と高度に応じた彩色で地勢を表現したもので、背景としては暗めだが、その分、路線や大小の湖を浮かび上がらせる効果をもつ。鉄道沿線に限らず地名がたくさん入っているので、一般図としても使えるはずだ。
*注 スカグウェー Skagway(アラスカ州)からユーコン準州の内陸へ延びるホワイトパス・ユーコンルート White Pass and Yukon Route(WP&Y)も図郭からはずれている。
これに対して「ブリティッシュコロンビアおよびカナディアンロッキー」は、ロッキー山脈とその西側に図郭を絞ったものだ。この地域には、先述のカナディアン号だけでなく、ロッキーマウンテニア号 Rocky Mountaineer のような豪華ツアー列車も運行され(下注)、美しい山岳風景を求めて世界中から観光客が集まってくる。
当然、このような地図があれば、旅に携行するだけでなく、お土産としても喜ばれる。出版されたのもこちらがずっと早く(2002年初版。全国版の刊行は2008年)、手元の地図はすでに改訂第2版になっている。
*注 ロッキーマウンテニア号(バンクーバー~カルガリー、バンクーバー~ジャスパー)は、山岳地帯の景勝区間を昼間走行し、夜はホテルに宿を取るツアー列車。バンフ Banff 経由のCPR線から旅客列車の運行が廃止されたのを受けて、1990年にスタートした。人気が高く、2006年からは、BC Rail線を通るウィスラー Whistler 発着の列車も設定されている。
地図は片面で全範囲を収めているのだが、斜め上空から見た形の鳥瞰図のため、プリンスルパート Prince Rupert のような北部へ行くほど、表示が小さくなって見づらい。それを補う北部だけの拡大図が、裏面に用意されている。
路線は、旅客列車が走るルートと駅を網羅するだけでなく、トンネル、橋梁、それに車窓から見える山(ピーク)まで図示され、主なものには名称が振られている。さらに、カメラのマークがついているのは、車窓からの撮影ポイント Excellent Photo Opportunity で、展望車へ行くタイミングも測れそうだ。
路線情報の詳しさとともに、際立った地勢表現にも触れておきたい。陰影と彩色を施してあるのは「全国版」と同じ手法だが、こちらはさらに、立体視写真のように高度が極端に強調してある。ロッキー山脈の尖った稜線が隊列を成し、その間を、氷河が削り取った大規模なU字谷と湖が埋める描写は、観賞に値する見事さだ。列車旅をするつもりがなくても、壁に飾っておきたい逸品といえるだろう。
両者とも余白には、ルート各駅の起点からの距離と高度の一覧表がある。そして、鉄道標識や信号機の現示の意味、マイルポストの通過時間から時速を換算するためのスピードテーブルと、かなりマニアックな内容が盛り込まれている。製作者がカナダとアメリカの鉄道を計50万km以上乗ったという猛者だと聞けば、この徹底ぶりもわかるというものだ。
なお、地図の姉妹品に、「列車でカナダ-VIAレール旅行完全ガイド Canada By Train - The Complete VIA Rail Travel Guide」があり、カナダの旅客鉄道の乗り尽くしに格好の参考書となっている。これらは、日本のアマゾンや紀伊國屋Bookwebでも扱っている。
■参考サイト
ウェー・オブ・ザ・レール社 http://www.wayoftherail.com/
上部メニューのCatalog > 各アイテムのページ。縮小されているが、サンプル図も各ページに数点ずつある。
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