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2010年11月 4日 (木)

カナダの地形図

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官製地形図索引図 2001年版
 

上の画像は、カナダの官製地形図の索引図の表紙だ。例として大西洋諸州 Atlantic Provinces 編を示した(下注)が、右側に添付した地図にあるとおり、全体は6分冊になっている。なにしろロシアに次いで世界第2位、日本の26倍もの面積をもつ国土なので、1:50,000の縮尺で網をかけると、インデックスでさえこれぐらいのボリュームになるということだ。

*注 大西洋に突き出したニューブランズウィック州 New Brunswick / Nouveau-Brunswick、ノバスコシア州 Nova Scotia、プリンス・エドワード・アイランド州 Prince Edward Island の3州を沿海州 Maritime provinces / the Maritimes、これに北方のニューファンドランド・ラブラドール州 Newfoundland and Labrador を加えて、大西洋諸州と呼ぶ。

カナダの本格的な地形図作成は1904年に始まる。南アフリカの第二次ボーア戦争に参戦した経験から、軍用図整備の必要性が強く認識されていたからだ。この年、陸軍諜報部隊に測量部 Survey Division が設置され、イギリス陸地測量部 Ordnance Survey から技術者を招いて、1インチ図(図上1インチが実長1マイルを表す縮尺、1:63,360)の製作に着手する。2年後の1906年に最初の図葉が刊行されたが、国内にはまだ専用の印刷機がなく、地図はイギリスで印刷に付された(1912年から内国製に)。

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1インチ図 Toronto 1909年
 

地形図を必要としたのは軍部にとどまらない。鉱山省に属する地質調査所 Geological Survey は、地質図のベースにするために1908年から独自に作成を開始していた。1920年には内務省の地形航空測量局 Topographical and Air Survey Bureau が、航空図として作り始める。

仕様の共通化を図るため、三者は1922年に合同の委員会を設置した。その結果、1926年にカナダの汎用地形図の基準となる全国地形図体系 National Topographic System (NTS) が確立された。地形図の最大縮尺は1マイル1インチで、より小縮尺の2マイル1インチ(1:126,720)、同 4マイル、8マイル、16マイル(1:1,013,760)と5種類の縮尺が設定された。

しかし第二次大戦後、NATO(北大西洋条約機構)で軍用図の国際基準が議論される中、地形図の縮尺をヤード・ポンド法からメートル法に転換することが求められた。これを受けてカナダでは、1950年から1インチ図に代わって1:50,000図が順次刊行されるようになる。地形図体系も変更され、縮尺は1:50,000、1:125,000、1:250,000、1:500,000、1:1,000,000(100万分の1)の5種となった。

地形図は現在、カナダ天然資源省 Natural Resources Canada が所管している。2005年ごろ議論された地形図の刊行廃止はどうやら撤回されたようで、公式サイトではその後も、全国をカバーする汎用地形図体系の提供が案内されている。とはいえ、調べてみると、筆者が最初に同国の地形図を入手した1990年代に比べて、だいぶ様相が変わってきた。

まず、縮尺別シリーズの多くが整理され、姿を消した。上記5種のうち、1:125,000は需要が小さいとして早々に廃止されたが、1:500,000や1:1,000,000も作成中止となって久しい。1:1,000,000は国際図 International Map of the World (IMW) と呼ばれ、世界標準の地形図体系を構築すべく第一次世界大戦前に始まった国際プロジェクトだ。カナダでも、共通仕様に基づき69面が製作されていた(下注)。

*注 自国領が含まれる図葉は74面あるが、国境をまたぐ5面はアメリカ合衆国が作成した(図郭内に含まれる面積が多いほうの国が担当)。

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1:1,000,000国際図
NM 9/10 バンクーバー(縮小画像)
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同 一部を拡大
 

また、本来の体系にはなかった1:25,000も1952年にラインナップに加えられた(最初の図葉刊行は1956年)が、各州で独自の大縮尺図作成が始まったことから、1978年をもって終了となった。結局、現時点で刊行が継続されているのは1:250,000と1:50,000の区分図シリーズだけだ。

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1:25,000地形図 West Toronto 1974年
 

販売体制も民間に完全移譲された。数年前までカナダ・マップ・オフィス Canada Map Office という小売をしてくれる部局があったが、現在は、地域流通センター Regional Distribution Centre と称される各地の公式ディーラー(地図商)を通じて購入するように告知が出ている。

また、印刷方式も、オフセット印刷からデジタルプリンタ出力に変わった。これまでは両面刷りで、裏面に薄い色で詳しい凡例(記号の説明や略号の意味)が掲載されていたのだが、新しいデジタル版の裏面には何も刷られていない。その代わり、凡例欄がおもて面に移され、カラー化されている。

2010年9月の段階では、公式ディーラーの中でもオフセットの古いストックを送ってくれるところがまだあった。しかし、消えていくのは時間の問題だろう。筆者はデジタルプリント特有の、線のキレの悪さや用紙の湿ったような手触りが今一つ好きになれないが、地図印刷のオフセット離れは、ユーザーの嗜好を越えて、もはや世界的な趨勢だ。

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1:250,000地形図 30M Toronto
 

存続している地形図シリーズについて、少し紹介しておこう。

カナダの地形図はすっきりと明るいデザインが特徴だ。ナイアガラ滝 Niagara Falls 周辺の1:250,000を例に挙げよう(上図参照)。中央を北上するナイアガラ川を境に左がカナダ、右はアメリカ領になる。地図そのものはカナダの刊行物だが、アメリカ領の部分は同国製の地形図をそっくり用いているので、両者の違いが歴然としている。

特に目立つのは道路記号だ。アメリカは黒のくくり(縁取り)つきなのに対して、カナダはくくりを用いず、色の線だけで表現している。さらに、赤(舗装道)と橙(未舗装道)という、暖色系で明度の高い色を用いている。これが明るいイメージをもたらす原因だろう。また、鉄道記号もアメリカに比べて線がずいぶんとスマートだ。

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1:50,000地形図表紙
(左)Lake Louise 1996年
(右)Prince Rupert 2001年
 

高度の単位はメートル表示だが、1975年まではヤード・ポンド法に拠っていた。その名残りを示すフィート単位の地図がまだ残っている。むしろ、メートル法を採用した地図には、図郭の両端に METRIC/MÉTRIQUE(メートル法による)と大書して、ユーザーの注意を促しているほどだ。

注記では最近、左下隅に Provisional Print(暫定印刷)と加刷されたものも散見する。同センターの2008年10月の発表資料によると、これは公式のデジタルファイルから印刷された正本であることを証明するもので、販売枚数の少ない図葉はこの方式にするとある。しかし、全面移行によってこの区別は意味をなさなくなり、代わりに正本の印として、円形のホログラムシールが張られるようになった。

2種類のシリーズのうち、1:250,000は6~7色刷りが基本(デジタルプリントでは4色に変換)で、北部ではモノクロ図もある。経度2度(北緯68度以北では4度)、緯度1度の区割りが1図郭で、1991年のカタログによれば、全土を915面でカバーしている。図番は、図郭が属する1:1,000,000のそれ(1~117)に、南東隅から千鳥状にA~Mの記号を添えて表現する(例:13C Minipi Lake 図葉)。

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NTS付番方式の例
黒の太枠:1:1,000,000の図郭(13)
グレーの太枠:1:250,000の図郭(13C)
黒の細枠:1:50,000の図郭(13C/9)
 

等高線間隔は平地か山岳地域かによって異なる。平地では20m(フィート表示の場合100フィート)、山岳地域は100m(同500フィート)が多数派のようだが、その中間の刻みを採用した図葉もある。地勢表現としてはそれのみで、ぼかし(陰影)など視覚的な効果は一切考慮されていない。氷河の表現も、等高線の色を青に代えるか、その範囲を水色の塗りで覆っただけの、いささか淡泊なものだ。

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1:250,000地形図 92B Victoria
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1:250,000地形図 83D Canoe River
図中央、氷河が青の等高線で描かれる
 

一方、1:50,000は、1:250,000を縦横とも4等分した図郭だ。図番は、図郭が属する1:250,000のそれに、南東隅から千鳥状に1~16の数字を添えて表現する(例:13C/9 Little Drunken River 図葉)。

2000年ごろの改訂図から表紙にフルカラーの写真が配置され、折図としての体裁が整った。印刷もこの時点でプロセスカラー(CMYKの4色)印刷になっている。もちろん、居住地のほとんどない地域では、モノクロ図や、空中写真に地名だけ付加したいわゆる写真図も相当数ある。

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1:50,000地形図 31G/5 Ottawa
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1:50,000地形図 103J/8 Prince Rupert

【追記 2021.1.14】

2010年前後に「CanTopo」の名称で、更新が遅れている1:50,000図葉をデジタル地形データ等から生成した新図式で置き換える作業が実施された。これにより約2200面が新版となったとされる。下に図葉全体の縮小画像と、従来図式との比較を掲げる。

新図式では配色が大幅に見直されて、従来図式とは印象が一変したことがわかる。道路は赤から茶色に、公園はグレーからアップルグリーンに、等高線に茶色からグレーになり、よく言えば落ち着いた、別の見方をすれば地味な雰囲気になった。市街地の道路網がより詳細に描写されているが、その一方、盛り土や切通しの記号が省かれ、橋梁も記号に細線を置くことで上下関係を示す形に簡略化されている。

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CanTopo版1:50,000の図葉全体(縮小画像)
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(左)従来図式 93G/15 Prince George 2000年
(右)新図式(CanTopo) 同 2010年

さて、これらの地形図の入手方法についてだが、先述した公式ディーラーは、外国からの注文にも対応してくれるはずだ。ただし、ディーラーによってはその州内の図葉しか扱わないところもあるので、確認が必要だ。

もちろん、カナダの地形図はウェブサイトでも全面的に公開されているので、大判用紙の印刷図という古典的な形態にこだわらなければ、入手は難しくない。また、情報源を明記すればオンラインや印刷物にも自由に使ってよいとされていて、アメリカと並び、地形図にもパブリックドメイン(公有物)の考え方が貫かれている。カナダを学ぶのに、ナビゲーター役として、あるいは記録のツールとして、これを利用しない手はない。

なお、地形図を公開するウェブサイトについては、本ブログ「地形図を見るサイト-カナダ」で詳述。公式ディーラーのリストは「官製地図を求めて-カナダ」に記載している。

使用した地形図の著作権表示 © 2021 Department of Natural Resources Canada. All rights reserved. Open Government Licence - Canada

■参考サイト
カナダ天然資源省  https://www.nrcan.gc.ca/

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