新線試乗記-富山地方鉄道環状線
明るくお化粧直しされた街路を、シックな塗装の新型路面電車(LRV)がしずしずと進んでいく。富山市の中心部、城郭風の博物館とお堀に臨む大手町の交差点に立つと、都市装置のみごとな整備ぶりに目を見張るばかりだ。
環状線を走るセントラム(シルバー) |
富山に出かける機会があったので、昨年(2009年)12月23日に開業した環状線に初乗りした。案内表示では単に「環状線」とされているが、これは富山駅前~丸の内~西町(にしちょう)を周回する3系統につけられた愛称だ。
今回の開業区間はそのうちの丸の内~西町間940mで、正式名称は、富山地方鉄道富山市内軌道線富山都心線というそうだ(あまりに長いので、この稿では以下、「環状線」で通す)。かつて1973年まで、丸の内から南下し、旅籠町で左折して西町につながる路線が存在した。今回の新線は経由地が一部異なるが、往年の市内循環ルートの復活ということになる。
■参考サイト
富山市中心部の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.691600/137.211400
路線図 |
市街地へのLRT導入が世界的なブームを呼んでいるとはいえ、日本の諸都市では既存路線の改良が関の山で、新線の開業を実現できたのは、富山市が唯一だ。しかも2006年の富山ライトレール、そしてこの環状線と立て続けで、波に乗っている印象がある。このあとも、JRの高架化が完成すればライトレールと市内軌道線の南北接続、さらに富山地方鉄道(以下、地鉄という)上滝線の市内軌道乗入れが構想されているそうだ。
どうして、これほど積極的な活用策が講じられているのかというと、それは「富山ライトレール」の項にも記したとおり、路線整備が、市の進めている都市再生計画の重要な柱建てになっているからだ。
そのため、環状線の新規区間では、徹底した上下分離方式が採用されている。線路や車両その他の整備費は全面的に市が支出し、それらの固定資産は市が保有して、地鉄に貸付ける形をとる。地鉄は運行を担当し、得られた運輸収入から市に施設使用料を支払う。地鉄には新たな減価償却費の負担が発生しないため、事業を採算に乗せることが可能になる。さらに既設線内でも、市が環状線電車の運行経費を保証しているという(下注)。
手厚い支援体制は、路面軌道を都市活性化の基軸に据えるという先進的思想の表れだが、それを短期間で達成していく行政の手さばきにも感服してしまう。
*注 運営スキームについては、佐藤信之『富山の路面電車』「鉄道ジャーナル」2010年6月号104~111ページを参照した。
◆
市内軌道線を乗り尽くしたいなら、市内電車・バスの1日フリーきっぷ(600円)を使うといいだろう。プラス200円で、ライトレールを範囲に加えた拡大版も売っている。私はまず2系統の終点、大学前まで往復し、架け替え中の富山大橋の様子を観察してから(これが完成すれば橋上は複線化される)、丸の内で降りた。
富山駅前から南進してきた線路は、この電停の南側で左右に分岐する。右折する複線は大学前へ、左折する単線は環状線で西町方面へ向かう。環状線は左回りの一方通行で運行されているので、新設区間は全線単線だ。建設費もそれだけ節約できたことになる。
丸の内はもとからあった電停だが、新線内と同様に、ライトレールに似たスマートな屋根付きホームに全面改修されていた。待っていると、電車の接近を知らせるアナウンスが流れた。「新富町を出ました」と言っているので、2駅前から案内があるようだ。電光掲示も出ている。市内軌道線は各系統とも日中10分間隔で、覚えやすいダイヤだ。
環状線の分岐点、丸の内停留所 |
やってきた車両は全身黒づくめで、不敵な雰囲気を醸し出していた。2車体連節の低床車はライトレールと同型だが、こちらはセントラム Centram という愛称がつけられている。形式は9000形とされ、このブラックボディのほか、ホワイトとシルバーの3編成がある。車内は2人掛けのクロスシートが並び、広い窓を通して町の景色が堪能できる。とりわけ、丸の内から次の国際会議場前までは、整備された城址公園のお堀に沿って走るので、沿線で一番見栄えがする区間だ。
左回りのルート上で唯一、大手町交差点は右折になっている。しかし、優先信号らしく、一旦停止程度でスムーズに通過した。曲がるとすぐ、国際会議場前の電停だ。ここから750mほど続く、緩くカーブした南北方向の通りは、大手モールと呼ばれている。軌道敷と車道がインターロッキング舗装で一体化され、ヨーロッパの旧市街の石畳を彷彿とさせる。並木が大きく育てば、いい被写体になるだろう。クルマの通行は少ないし、歩道が広く取られているから、セントラムを降りて散策するのもよさそうだ。
国際会議場前に進入 |
ずばり大手モールと名づけられた電停を出ると、左折して平和通りの中央に飛び出す。この通りは幅員がたっぷりあるので、単線の線路1本割り込ませる程度は全く問題がない。架線はセンターポール方式を採らず、道の両端からワイヤで吊っているが、電線のようには気にならないものだ。
国道41号と交差して、グランドプラザ前に着く。道路の北側、アーケード街の総曲輪(そうがわ)通りとの間では、大和(だいわ)デパートなどが入居するフェリオ、その隣にガラス屋根のかかった多目的空間グランドプラザなどが完成して、以前のイメージは一新された。他にも、西町南西角にあった旧 大和の跡地など、再開発事業がいくつも予定されているそうだ。
400m直進すれば、左折して本線に合流する。曲線半径が小さいのだろう、電車は車輪を軋ませながら交差点を曲がっていく。新規開業区間は合流地点の西町が終点になっているが、ここの北行電停は交差点の南側にあるため、環状線の電車は西町に停車できない。そのため、グランドプラザ前が南富山駅前方面との乗換え電停と案内されている。本線に入ったセントラムは北へ進み、富山駅前を通って、また丸の内へと帰ってくる。1周3.4km、所要18分の市内周遊だ。
(左)大手モールの併用軌道 (右)平和通りを貫く新線、左がフェリオ |
◆
訪れた日は日曜だというのに、平和通りは車が行き交うばかりで、通行人の姿はまばらだった。人の流れから見ればここは裏通りなのだろうと一人合点し、フェリオや総曲輪通りも歩いてみたものの、休日でこの数だと、やはり商売には厳しいだろうと思わせる。さすがにグランドプラザでは多数の人が憩い、子どもの歓声が響いていたが、総体としては、沈滞した市街地の現状をまざまざと見た気がした。
セントラムに乗っていると、富山駅前から乗車した2人連れのご婦人の話し声が聞こえた。「これ(セントラムのこと)いいわね。楽だし、きれいだし。どうしてうちの町にないのかしら。」 ご婦人方は満足した様子で、グランドプラザ前で降りて行った。
自家用車でロードサイドの大型店舗に行くのが習慣化している郊外居住者を市街地へ呼び戻すのは、容易なことではないだろう。しかし、列車で来る遠来の客に対しては、環状線セントラムが駅前で迎えてくれる。バスより明解で快適に利用できるこのシステムが、市の構想どおり人々を招き寄せる装置に育ってくれることを祈りたい。
(左)富山大橋東詰にある鵯島信号所(2系統) 新橋梁完成後、廃止の予定 (右)2系統の終点 大学前 |
1系統に導入された3車体連接タイプのサントラム |
■参考サイト
富山地方鉄道 http://www.chitetsu.co.jp/
富山市路面電車推進室
http://www.city.toyama.toyama.jp/toshiseibibu/romendenshasuishin/romendensha.html
富山市中心市街地活性化基本計画
http://www.city.toyama.toyama.jp/toshiseibibu/chushinshigaichi/chushinshigaichi.html
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