アイスランドの地形図、その後
本ブログ2007年3月29日の項で報告した「アイスランドから地形図が消えた日」のその後を書き継ぎたい。北大西洋の島国から地形図が「消えた」原因は、同年1月1日に施行された行政改革だった。アイスランド国土測量局 Landmælingar Íslands(英訳 National Land Survey of Iceland)の業務範囲の見直しで、印刷図の刊行や販売部門を廃止し、在庫も処分されることになったのだ。
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アイスランドから地形図が消えた日
この方針自体は別に珍しいことではない。端末装置の普及によって、印刷物を介さない地図利用法が一般的なものとなり、その反動で印刷地図の需要は確実に減退している。測量機関の関与をデジタル地図データの供給にとどめ、エンドユーザ向けの製品開発は民間に委ねるというのが、世界的な傾向だ。しかし、アイスランドの場合、受入れ態勢が決まらないまま、法改正の期日を迎えたために、紙の地形図が入手できない空白期間が生じてしまった。
入札により事業を引き継いだのは、首都レイキャビクで出版と書店を営むイズンメント Iðnmennt 社だった。同社は、フェルザコルト Ferðakort(旅行地図の意)というブランドを新たに立上げて、同年6月から、官製地図の復刊に取組み始めた。そして、買収済みの旧在庫品とともに、同社の書店内に設けた地図コーナーで扱うことにした。年々、美しい表紙カバーをつけた新刊が発表され、往時のラインナップに近づきつつある一方、古い図版を使用した一般図(1:100,000、1:50,000)は改訂が行われず、在庫限りとなる可能性もあるようだ。
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アイスランドの地形図体系は、歴史的経緯から大きく3つに区分できる。同国は第二次大戦中の1944年に、デンマークから完全独立を果たすのだが、それ以前にデンマークの手で最初の本格的な国土測量と地図作成が実施されていた。これが1つ目の体系だ。
国土測量局のサイトによると、1900年に軍が開始した事業は、1928年設立の(デンマーク)測地学研究所 Geodætisk Instutut に引き継がれ、1940年までの間に670面の地図が製作された。その中には、1:1,000,000(100万分の1)および1:750,000の概観図、1:500,000および1:350,000の教育用(および一般用)壁掛け地図、全土を9面でカバーする1:250,000主要図 Aðalkort、全87面の1:100,000アトラス地図 Atlaskort があった。また、島の南部と西部については縮尺1:50,000のクォーター地図 Fjórðungskort(図郭が1:100,000の1/4)が117面作られた。
堀淳一氏の著書『地図と風土』(そしえて,1978)の一章に、アイスランドの地形図体系の紹介がある。当時はまだ上記の1:250,000、1:100,000、1:50,000が原図のまま販売されていて、「おそらく、五万分一図を縮めてつなぎ合わせたものを、ほとんど省略とか総描とか、いわゆる編集とよばれる操作を加えることなく、ほぼそのまま一〇万分一図にするというやり方を採っているのだろう」(同書 p.38)と、実例の写真をあげて推測している。1:250,000はその1:100,000をさらに圧縮したものだ。3つの縮尺シリーズのうち1:100,000アトラス地図は、描写の精度や全土をカバーしている点で需要があると考えられたのだろう。現在も印刷物で頒布されているほか、国土測量局がウェブ上でも公開している。
■参考サイト
アトラス地図閲覧サイト http://atlas.lmi.is/kortasja/
初期画面は衛星画像なので、画面上部の Atlaskort を選択してから(下図の状態)、スケールバーで拡大表示させる。
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地形図体系の2つ目は、第二次大戦終結後の東西冷戦と関係が深い。アイスランドは1949年、共産圏に対抗して結成された北大西洋条約機構NATOの原加盟国に名を連ねた。NATOは、北大西洋の防衛に資するために広域測量事業を主導したが、アイスランドでも1955~56年に、三角測量などの実地作業が行われた。当時の米国陸軍地図局 Army Map Service (AMS) が主体となり、国土測量局も作業に協力した。このときの成果が同国測地網の基盤になっただけでなく、製作された1:50,000地形図の情報は、2003年に完成したデジタル地図データベース(IS 50V)にも生かされている。また、現在、同国で1:50,000地形図 Staðfræðikort として販売されているのは、これをAMSの後身、国防省地図作成局 Defense Mapping Agency (DMA) の協力により、1970~80年代に改訂したもの(C761シリーズ)だ。
地形図体系の3つ目は、近刊のベースマップとして使われているデジタルデータだが、これがAMS-DMAの測量成果から導かれたものであるのは先述のとおりだ。ラスタデータは各縮尺が揃っていて、フェルザコルトがこれから旅行地図や道路地図を製作している。
いくらデジタル全盛の時代とはいえ、印刷図の流通が途絶えるのは困惑する事態だったので、こうして再び店頭に多数の地図が並ぶようになったことを素直に喜びたい。それどころかここ数年、官製図の向こうを張って、もう1社、次々と美麗なオリジナル地図を送り出すところが現れた(マゥル・オク・メンニング社 Mál og menning、下記関連記事ではM&M社と略している)。おかげで、今では人口30数万人という小さな国に、もったいないほど多彩な地図文化が花を咲かせている。その様子について、次回から出版社別に紹介しよう。
■参考サイト
アイスランド国土測量局 http://www.lmi.is/
国土測量局の沿革
http://www.lmi.is/landmaelingar-islands/saga-landmaelinga-islands/
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