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2010年6月24日 (木)

スウェーデンの山岳地図

スカンジナビア半島の背骨をなす山岳地帯を、スウェーデンとノルウェーが東西に分け合う。同じ山の続きでも両者の風景はずいぶん違う。端的に表現するなら、西のノルウェー側は垂直方向へ展開するのに対して、東のスウェーデン側は水平方向に広がっている。

それは川の表情でもわかる。東側の山地、特に上流域では、川は広い谷間を自由に悠然と流れ下っていく。途中、谷に沿って細長い湖や湿地が横たわり、水の流れはしばしば停滞する。氷河が置いていったモレーン(氷堆石)が川を堰き止めているのだが、それによって長さ50kmも続くような湖ができるのも、谷の勾配が緩やかな証拠だ。

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ラップランドの朝焼け
クヴィックヨック Kvikkjokk 北方、ストゥール・ダフタ湖 Stuor Dáhtá 湖畔から西望
Photo by Trougnouf (Benoit Brummer) at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

スウェーデン国土測量庁 Lantmäteriet の地形図はこの山岳地域だけ仕様が異なり、紫色の表紙を付け、「山岳地図 Fjällkartan」の名称で刊行されている。通常の地形図に山岳レジャーの必要情報を追加してあるので、内容としては他国の旅行地図(旅行情報を加えた地形図)と同様のものだ。

ただし、ノルウェーやドイツなどでは、同じエリアで通常の地形図と旅行地図の両方が手に入るが、この国では両者の刊行エリアが明確に分かれている。山地に入って地形図を使うのは、ほとんど山岳レジャーの愛好家だと割り切っているのだろう。

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「スウェーデンの地形図」山野地図の例
27I Kebnekaise 1961年
 

同国の山岳地図のルーツは、1930年代に遡る。このころ旅行や野外生活への関心が高まり始めたことを受けて、16点が刊行されたのが最初だという。

上掲の図は、1961年改訂の1:100,000「ケブネカイセ Kebnekaise」の一部だ。旧 総合地図製作所 Rikets allmänna kartverk (RAK) が製作した「スウェーデンの地形図 Topografiska karta över Sverige」の一図葉で、普通紙の代わりに丈夫なコート紙を使用している。

ケブネカイセは同国の最高峰で、ラップランドの山岳地帯を縦走するトレッキングルートと絡めて訪れる人が多い。頂上尾根には2つのピークがあり、従来、氷河で覆われた南嶺 Sydtoppen(この地図では 2111m)のほうが、岩山である北嶺 Nordtoppen(2097m)より高かった。しかし、気候温暖化により融けて、近年は差が縮小しているという(下注)。

*注 地形図には8月測定値の10年間平均で表示されており、2020年現在の図(「私の地図 Min Karta」)では南嶺が2096mで、北嶺より低くなっている。

1954年から刊行が始まったこの「スウェーデンの地形図」シリーズは、大部分が4色刷で縮尺1:50,000だ。しかし、ノールランド Norrland の内陸部だけは、ぼかし(陰影)を加えた縮尺1:100,000の特別版「山野地図 Fältkarta」として作られた。山影を強調する手描きのぼかしが美しく、暗めの色使いとあいまって北極圏の厳しい自然を彷彿とさせる。

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山岳地図 初期の表紙
 

1985年に、グリーンマップ Gröna kartan、ブルーマップ Blå kartanなど、縮尺別に色名を用いたシリーズ名称がつけられたとき、「山野地図」は、別途「山岳地図 Fjällkartan」としてグループ化された。その後、図郭の拡大が実施され、まとまりのある地域を収めるために、相互に重複が設けられた。図番も、県(レーンLän)コード(下注)と数字連番を組合せたものになった。

*注 県コードは、ストックホルム県をA(現在はAB)としてアルファベットが機械的に付与されている。ただし、ヴェステルボッテン Västerbotten 県はAC、ノールボッテン Norrbotten 県はBD。

この「山岳地図」シリーズでは、上掲のエリアが図番 BD6 「アビスコ=ケブネカイセ=ナルヴィク Abisko-Kebnekaise-Narvik」に含まれた。下図は1994年版だが、見違えるほどトーンが明るくなり、スカンジナビアというより、光が降り注ぐピレネーの山々のようだ。スイスの官製図と同様、ぼかしはハイライト(光の当たる部分)に1色、シャドーにもう1色使っている(下注)ので、その組合せ次第で地図の表情はがらりと変わる。

*注 スイスのぼかし2色法は、「スイスの地形図略史 III-ランデスカルテ」で言及。

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1:100,000山岳地図の例(上掲図と同じ範囲)
BD6 Abisko-Kebnekaise-Narvik 1994年
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同 アビスコ Abisko 周辺
BD6 Abisko-Kebnekaise-Narvik 1994年
 

レジャー情報を記号化し、旅行地図としての体裁が整えられたのは、このシリーズになってからだ。トレールはさらに、標識のある通年用、冬用、夏用のルートと、標識はないが推奨できるルートの4種に分類され、スノーモービルやスキーのルートも描かれる。宿泊施設や休憩場所の記号が細分化され、橋、渡渉地、駐車場、キャラバンサイト、非常電話など、山野歩きに必要な情報が盛り込まれた。

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1:100,000山岳地図 凡例の一部
 

旧図では黒の点線のため目立たなかったトレールも、新図では紫色で容易に識別できる。図の左端を南北に走るU字谷に沿って延びているのが、有名な「王様の散歩道(クングスレーデン Kungsleden)」だ。北のアビスコ Abisko から南のクヴィックヨック Kvikkjokk まで、425kmもある長距離ルートで、スウェーデン旅行協会 Svenska Turistföreningen (STF) が1899~1926年に整備して知られるようになった。日本語訳はいかにも詩的だが、散歩道どころか本格的な山岳路であることは、地図を眺めただけでも明らかだ。

図の左下に、散歩道の中継地の一つ、シンギ小屋 Singistugorna がある。本道はさらに南へ続くが、多くの人はここで東へ折れて、標高約840mの鞍部を越える。ケブネカイセの南麓にある登山基地、ケブネカイセ山岳ステーション Kebnekaise fjällstation(図の右下)を目指すのだ。

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王様の散歩道
テウサヤウレ Teusajaure 付近
Photo by Alexandre Buisse (Nattfodd) at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
 

「山岳地図」の主要な図葉は、裏面全面が、山岳安全協議会 Fjällsäkerhetsrådet が提供する山岳情報のスペースに充てられている。余白には雄大な山のカラー写真が配され、旅心を誘う。しかし、記述のほとんどがスウェーデン語だ。英語やドイツ語が併記されているのは、地図の凡例を除くと公共アクセス権 Right of public access(下注)に関する注意だけというのが惜しい。

*注 Right of public access to the wilderness の略で、自然享受権とも訳される。

2008年以降、他の地形図シリーズに合わせて、「山岳地図」も表紙が新装された。刊行年月が入れられ、掲載された情報がどの時点のものかがすぐにわかるようになったのは、大きな進歩だ。一方で、地図から受ける印象が違うように思うのは、ぼかしが影を表す1色だけにされたからだろう。1;100,000「山岳地図」シリーズは計25面を数える。

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山岳地図現行表紙
(左)1:100,000 (右)1:50,000
 

これとは別に、スウェーデン中部のイェムトランド Jämtland、ダーラナ Dalarna 両県の山間部では、縮尺1:50,000の山岳地図16面が刊行されている。もともとこのエリアの1:50,000は横長図郭で、レジャー情報の記号も入った特別版だったので、それを転換したものだ。1:100,000「山岳地図」の刊行エリアと重なるのだが、より大縮尺のため、需要が期待されるのだろう。ただし、下図のように、地勢を示すぼかしは付加されず、1:100,000に比べると簡易仕様になっている。

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1:50,000山岳地図の例
Z51 Åre 2006年

2018年6月で 国土測量庁は紙地図の刊行を廃止したが、2020年5月現在、カートブティーケン Kartbutiken などスウェーデン国内の小売商では、「山岳地図」(在庫分?)がまだ販売されている。また、同様の山岳旅行地図には、ノーシュテッツ Norstedts 社の「アウトドア地図 Outdoorkartan」シリーズ(王様の散歩道は1:50,000、他は1:75,000)や、カラソ Calazo 社の1:50,000シリーズなどがある。

次回は、国土測量庁の商業部門が刊行していた道路・旅行地図について。

(2020年5月28日改稿)

■参考サイト
国土測量庁 http://www.lantmateriet.se/
カートブティーケン http://www.kartbutiken.se/
ノーシュテッツ http://www.norstedts.se/
カラソ https://www.calazo.se/kartor/

スウェーデン旅行協会 Svenska Turistföreningen (STF)
http://www.svenskaturistforeningen.se/
山岳安全協議会 Fjällsäkerhetsrådet
http://www.fjallsakerhetsradet.se/

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コメント

ありがとうございました!

ご推測の通り、flat sheetsは折っていない地図で、ポスターのように丸めて筒に入れた形で発送されます。foldedは折り畳んだ地図ですので、封筒に入ります。当然、送料は後者のほうが安くなります。
Kartbutikenの場合、発送は特に指示しない限りprioritaire(航空便)扱いです。私は何度か利用しましたが、いずれも注文から2週間前後で届きました。

ありがとうございます!!

"Help"欄が、スウェーデン語のページしかなく、「どうしたものか」と思っていたので良かったです。

ちなみに、
地図の種類で、"flat sheets"と"folded"とあるのは、
「折目のない地図」と「小さく折りたたんであるもの」という理解でよろしいでしょうか。

あと、注文から実際に着くまでには、
何ヶ月かかかるものでしょうか。

(質問ばかりで申し訳ありません)


ご質問いただいた件ですが、Kartbutikenはもちろん日本へも発送してくれます。私がこのブログで扱ったスウェーデンの地形図はすべてここから買いました。
英語版ページが用意されているので、英米の通販と同じような手順で発注でき、国外へは非課税のため表示価格から15%引き、送料も比較的安く、良心的なサイトです。

はじめまして。

スウェーデン北部のトレッキングを考えています。

山岳地図は、上記の"kartbutiken"のサイトから容易に入手できます、とありましたが、それは日本へも発送していただけるということでしょうか。

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