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2010年3月18日 (木)

ベルゲン鉄道を地図で追う III-雪山を越えて

11時45分にヤイロ Geilo を発ったベルゲン行きの列車は、約10分でウスタオセ Ustaoset に停車する。標高991m、左の車窓いっぱいに広がるウステ湖 Ustevatnet(ウステヴァトネ、vatn、vatnet は湖の意)の湖面が、正午の陽光を跳ね返してくるだろう。ここから約100km、ラウンダール Raundalen(dal、dalen は谷の意)に入ったミョルフィエル Mjølfjell 駅までが山越えの区間に当たる。

1907年10月、西と東から延ばされてきた線路が結合されたこの地で、ささやかな祝賀行事が行われた。さっそく郵便輸送から始めてみたものの、その冬は荒天続きだった。除雪車も用意しないまま運行を続けることは不可能となり、結局、積雪が少なくなる翌年の6月まで開通が延期されたという経緯をもつ。

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ハウガストル~フィンセ間を走るベルゲン鉄道の列車
Photo by Kabelleger / David Gubler at wikimedia. License: CC BY-SA 4.0
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ヤイロ~ヴォス間の山越え
© 2020 Kartverket
 

列車は別荘が点在する湖畔に沿って進み、ハウガストル Haugastøl 駅を通過する。この緯度帯の森林限界は標高1000m前後のため、針葉樹はほとんど姿を消す。線路は再び上り坂となり、スノーシェッド(雪覆い)も現れる。1995~98年に雪害対策を兼ねて、長さ2710mのグロスカレントンネル Gråskallen-tunnelen 建設を含む線路改良が実施され、カーブの緩和が図られた。途中から列車の速度が上がったのは、そのせいだ。

峠の駅フィンセ Finse は標高1222m。左の車窓はフィンセ湖 Finsevatnet の向こうが開けて、平べったいハルダンゲル氷河 Hardangerjøkulen の舌先が見え隠れする。かつてフィンセは、峠道の保線と除雪を担って、蒸気動力のロータリー除雪車や推進用機関車が配備された作業基地だった。常駐する多くの鉄道員と家族のために、小学校さえ設けられていた。古い機関庫は、工夫博物館 Rallarmuseet に再利用されている。

現在、夏のシーズンにこの駅で降りる客の多くは、サイクリングが目的だ。夏から秋のシーズンには毎年2万人が訪れるといい、線路脇の小道を走るマウンテンバイクの群れは、列車の窓からもよく見かける。ノルウェーのほとんどの列車は自転車搬送が可能だが、主要駅にレンタサイクルも用意されている。

ラッラルの道 Rallarvegen と呼ばれるこの小道は、もともと鉄道建設のために造られたものだ。アウルランフィヨルド Aurlandsfjorden に面したフロム Flåm を起点に谷を遡り、ミュールダール Myrdal、フィンセを経て、ハウガストルまで延びている。ラッラル Rallar とは工夫のことだ。各地から集められたラッラルは、この道を通って人里離れた工事現場に赴いた。船で運ばれてきた建設資材も、フロムで荷馬車に積み替えられ、この道を運ばれていった。

ラッラルの道が自転車道として再生されたのは、ずっと後の1974年になってからだ。1980年代後半に国内のテレビ番組で紹介されたのをきっかけに、一躍人々に知られることになった。

高度差1200m、延長80km以上、一部を除いて未舗装の極めてハードなコースだが、万年雪や青い湖、早瀬、高山植物を愛でながら、見渡す限りの大自然を漕ぐ爽快さには換えられない。休憩や宿泊の施設も整っているし、鉄道に沿っているので体力に応じた区間のチョイスも可能だ。何より筆者には、フィンセトンネル Finsetunnelen の開通で廃止された峠越えの旧線を間近に追えるのが、とても魅力的に映る。詳しくは下記参考サイトを参照されたい。

■参考サイト
Haugastøl 1000 m.o.h(ハウガストル標高1000m) http://www.rallarvegen.com/
 トップページ > Rallarvegen に詳しい紹介がある(英語版あり)

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ラッラルの道
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サミット北方の廃トンネル
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モルドー川の早瀬
上の写真3枚は、Haugastøl 1000 m.o.h. サイトの Gallery より
© Haugastøl 1000 m.o.h, 2008
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フィンセトンネルと旧線
© 2020 Kartverket
 

さて、フィンセ駅に戻って12時25分発の列車で旅を続けよう。トンネルは、フィンセ駅の正面に口を開けている。長さ10589mで、ベルゲン鉄道では最も長い。トンネルの内部に、標高1237mの同国鉄道最高地点がある。列車は最高時速170kmで難なく通り抜けてしまうが、1993年にこの短絡線が開通するまでは、トーガ湖 Tågavatn 湖畔の標高1301mをサミットとする羊腸の線路をたどっていた。

それは、区間の半分がスノーシェッドで覆われているにもかかわらず、冬場の積雪で再三、運行が止まるような難路だった。廃止後すでに20年近く経つ。スノーシェッドは撤去されたが、レールはまだ残されており、地形図ではあたかも現役路線のように描かれている(上図参照)。

旧線はトーガ湖の北端で、半島の東西を分けるごく低い分水界をトンネルで抜け、モルドーダール Moldådalen へ左回りで降りていく。山地東側のなだらかさに比べ、西側の谷は階段状に高度を大きく下げるので、線路は20‰(1/50)の下り勾配の連続だ。フィンセトンネルを抜けた新線に、右から旧線が合流する。改良区間はここで終わり、以後は20世紀初めに敷かれた線路が、スノーシェッドを伴って急傾斜の危険な斜面を刻んでいる。

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トーガ湖と旧線、サミットから南東望
Haugastøl 1000 m.o.h. サイトの Gallery より
© Haugastøl 1000 m.o.h, 2008

 

通過するハリングスカイド Hallingskeid は途中の交換駅だ。ミュールダールの手前4kmはいよいよ谷底との高低差が広がり、山の中腹を、長さ1820mのラインウンガトンネル Reinungatunnelen をはじめとするトンネルの連続で切り抜けている。右の車窓に注目していると、わずかな明かり個所で、山懐に抱かれたラインウンガ湖 Reinungavatnet と深いフロムスダール Flåmsdalen の谷を俯瞰することができるはずだ。

ミュールダール Myrdal は標高867m。列車がなければ静かな山中の駅だが、観光路線のフロム鉄道 Flåmsbana が接続しているので、シーズンともなれば大勢の乗換客で賑わう(下注)。

*注 フロム鉄道については、本ブログ「ノルウェー フロム鉄道 I-その生い立ち」「ノルウェー フロム鉄道 II-ルート案内」で詳述。 

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ミュールダール駅(2014年撮影)
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ミュールダール周辺
© 2020 Kartverket
 

フロム行き13時00分発(冬時刻、夏は13時27分発)が右のホームで待機しているのを見ながら、12時58分発車。列車は右カーブで、グラヴハルセントンネル Gravhalstunnelen、5311mに突入する。当時、路線最長だったトンネルは、計画の成否を占う最大のプロジェクトに位置づけられていた。ハンドドリルで掘り始めたものの、硬い片麻岩の地質に歯が立たず、豊富に得られる水力や電力を使った水圧式あるいは圧縮空気式の削岩機を導入して、6年で掘り抜いたとされる。

トンネルを抜けると、舞台はラウンダール Raundalen の谷に移る。ヴォス Voss までに14の中間駅があるのだが、ミュールダール~ベルゲン間にはローカル列車が設定されているので、オスロからの長距離列車はすべて通過の設定だ。線路は終始谷の北側斜面を舐めるように降りていき、ときどき北から注ぐ支谷を巻くように渡る。左の車窓に目を注げば、荒々しい岩山が上方に遠のき、谷底は瑞々しい緑の回廊に変わっている。ミュールダールから40分あまりで、ヴァング湖 Vangsvatnet のほとりに広がるリゾート都市、ヴォス Voss に到着だ。

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ヴォス周辺
© 2020 Kartverket
 

次回(最終回)は、フィヨルドに沿っていよいよ目的地ベルゲンに接近する。

(2015年4月27日写真追加)

本稿は"OSLO - BERGEN The Bergen Railway" NSB brochure および John Cranfield "The Railways of Norway" John Cranfield, 2000 を参照して記述した。
ミュールダール駅の写真は、2014年に現地を訪れた海外鉄道研究会の松本昌太郎氏から提供を受けた。

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