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2010年2月18日 (木)

ノルウェー最北の路線 オーフォート鉄道

オーフォート鉄道 Ofotbanen

ナルヴィク Narvik ~スウェーデン国境 41.9km
(全体はナルヴィク Narvik ~ルーレオ Luleå 間 404.5km(支線を除く))
軌間1435mm(標準軌)、交流15kV 16.7Hz電化
1903年開通

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トルネトレスク湖畔を走るノールランツトーグ
Photo by Kasper Dudzik at www.sj.se
 

列車の終点ナルヴィク Narvik 駅、北緯68度26分。オーフォート鉄道 Ofotbanen は、かつてノルウェーのみならずヨーロッパ最北の鉄道として知られていた。ソビエト連邦崩壊で、開放されたサンクトペテルブルク~ムルマンスク線にその地位を譲り渡したとはいえ、車窓風景のすばらしさはなおも数字上のランキングを補って余りある。

ルートはスカンジナビア半島北部を縦断している。スウェーデン、ボスニア湾岸のルーレオ Luleå を発して、鉄鉱山の町キールナ Kiruna を経由し、国境の峠を越えてノルウェーの港ナルヴィク Narvik に至る。「大都会の雑踏を後にして、真夜中でも太陽が沈まないラップランドにある手付かずの聖域(サンクチュアリ)を旅しよう」。鉄道会社の甘い誘い文句に心が惹かれる。

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オーフォート鉄道の位置

路線名がノルウェーの地方名オフォーテン Ofoten から取られていることからわかるように、これはノルウェーにおける呼称だ。スウェーデン側ではその使命に照らして、ずばり鉱石鉄道 Malmbanan と呼んでいる。内陸のキールナとイェリヴァレ Gällivare 周辺に分布する鉄鉱石の鉱床を開発し、港と直結することが敷設の主目的だからだ。

構想は1880年代に動き出した。事業は1882~83年に認可され、イギリス資本により、東のボスニア湾側で先行して建設が進められた。1888年に港町ルーレオ~イェリヴァレ間が開通して、鉱石の運搬が始まった。ボスニア湾は冬に凍結してしまうため、年間を通して鉱山を安定的に稼動させるには、半島西側の不凍港ナルヴィクへの延長が不可欠だ。しかし、難工事が予想される西ルートを着工できないまま、会社は1889年に倒産してしまう。

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ビョルンフィエル Bjørnfjell 駅を通過する鉱石輸送列車
Photo by Markus Trienke at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 

鉱山開発を引き継いだ国有会社の資金提供で事業が再開されるまでに、9年の空白があった。その際、曲線半径の緩和や雪崩対策としてのトンネル化など、低規格で作られた旧計画の見直しが行われた。極北の地では、昼夜兼行で工事ができる夏の5ヶ月に対し、冬場はマイナス40度の強風に曝される。水が凍って水圧掘削機が役に立たず、ハンドドリルで掘り進まねばならないような過酷な条件下で、賃金を上げてもなお熟練工夫は不足した。

1902年11月、ようやくキールナ~ナルヴィク間が完成に漕ぎつけたが、国王を迎えての開通式は翌03年7月まで行われなかった。暗い冬の間、国王が極北の地へ行きたがらなかったからだと伝えられる。開通時は蒸気運行だったが、1923年に早くも全線の電化が完了している。

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オーフォート鉄道/鉱石鉄道のルート
© 2020 Kartverket, Contains data from Lantmäteriet, Sweden

今もキールナとナルヴィクの間では年間1590万トンの貨物を扱っていて、この数字はノルウェーの他の全路線の合計より多く、スウェーデンの貨物輸送量の25%を占めるほどだ。しかし、貨物ばかりでなく、旅行者にとっても一度は訪れる価値があるルートに違いない。

キールナから北へ41kmのトルネトレスク Torneträsk の駅から先は、スウェーデンで最も美しい鉄道ルートと賞賛されている。トルネトレスク湖(下注)が車窓の右側に長く横たわり、国立公園の玄関口アビスコ Abisko も湖のほとりにある。ここで降りて、代表的なトレッキングルート「王様の散歩道(クングスレーデン Kungsleden)」をたどって、同国の最高峰ケブネカイセ Kebnekaise 方面を目指す人も多い。

*注 トレスク Träsk は沼地という意味なので、トルネトレスク湖と言わずトルネ湖とする文献もある。

アビスコから先も、眺望は終始右手に開ける。列車は高度をじわりと上げながら大小の湖が点在する広大なU字谷をしばらく進み、スウェーデン最後の駅、標高531mのリクスグレンセン(国境の意)Riksgränsen に停車する。

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リクスグレンセン駅遠望
Photo by Scorpion2211 at German Wikipedia. License: CC BY-SA 3.0
 

スノーシェッド(雪覆い)が断続する中で両国を区切る分水界を通過した列車は、坂道をすべるように降りていく。1984年までキールナとナルヴィクの間は貫通する道路がなく、鉄道が唯一の交通手段だった。山中に使われなくなった駅を見かけるのはその名残りだという。

オーフォート鉄道の最後の見どころはここから始まる。 なにしろ、半島の縦断面は極端な非対称だ。鉄道が通るルートでは、東側で海岸と分水界との間に直線で360kmもの距離があるのに、西側はわずか8kmでフィヨルドに深く入り込んだ海に落ち込んでしまう。西ルートの完成が後回しにされたのも、ひとえにこの困難な地形が理由だった。

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国境~ロンバークフィヨルド最奥部
© 2020 Kartverket
 

ソステルベック Søsterbekk 駅を過ぎると、かつて列車は長さ180m、高さ40mのノールダール鉄橋 Norddalsbrua で谷を渡っていた(下注)。しかし、1988年にやや上流で鉄橋を回避する新線に切り替えられ、すぐにトンネルの闇に突入してしまう。その後も連続するトンネルをはさんで、線路は急激に深まる谷壁の中腹を伝っていく。工事用の道路を通すことができず、索道で資材を運んだというのはこのあたりだろう。

*注 ノールダール鉄橋は今も保存されている。

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閉鎖直前のノールダール鉄橋(1988年撮影)
Photo by Trond Blomlie at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

やがてロンバークフィヨルド Rombaksfjorden の壮大な空間が右の車窓に開けるが、それもつかのま、オメガカーブで南谷 Sördal を大きく巻いて、ひと気のない駅カッテラート Katterrat にたどり着く。ここでもまだ谷底との高低差は300m近くある。

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カッテラート駅
Photo by Åsmund Wie at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0
 

山襞に沿い、ゆっくり降りていくと、まもなく右下の谷に海水が満ちてくるのが見えてくる。横谷を大きく巻いた後に、ロンバーク Rombak 駅がある。フィヨルドを横断している国道E6号線の吊橋、ロンバーク橋 Rombaksbrua を眼下にすれば、終点まであと10分あまりだ。

2018年にフィヨルドの湾口をまたぐ新しい道路橋、ホローガラン橋 Hålogalandsbrua が完成した。長さ1559m、桁下高40m、ノルウェー第2の規模を誇る巨大な吊橋だ。これを見送る頃、列車は速度を落とし始める。ナルヴィク旅客駅は標高40m、町外れの高台に位置している。貨物列車はさらに先へ進んで海岸の港に至る。

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ナルヴィク旅客駅
Photo by Harald Groven at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0
 
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ナルヴィク周辺
© 2020 Kartverket

オーフォート鉄道はノルウェーの他の路線網とは接続しておらず、ノルウェー鉄道の路線図にも載っていない。優等列車はスウェーデンの首都ストックホルムから夜を徹して北上してくる。長らくノルドピレン Nordpilen(北の矢の意)の愛称で旅行者に親しまれていた夜行便だが、その後、ノールランツトーグ Norrlandståg(北部地方の列車の意)と名称が変わった。両国国鉄がそれぞれ国境までを担っていた旅客列車の運行も、オープンアクセス方式が導入されて以降は変動が激しい。

スウェーデン側は2000年から民間企業トーグコンパニエト Tågkompaniet(列車会社の意)が参入し、2003年に国際的な交通事業者であるコネックス社 Connex(後のヴェオリア・トランスポール Veolia Transport)に引き継がれた。このとき、ノルウェー側もオーフォート鉄道会社 Ofotbanen が運行権を獲得した。しかし、オーフォート社の経営状態は芳しくなく、たびたび安全性の問題も指摘されたため、ついに契約は取り消され、2008年6月からスウェーデン鉄道SJが代わって、ノルウェー側まで通しで運行することになった。

2020年の時刻表では、ルーレオ~キールナ間には5往復(週末4往復)、キールナ~ナルヴィク間は3往復の旅客列車が設定されている。このうち1往復は途中のボーデン Boden で、ストックホルム Stockholm との間を結ぶ伝統の夜行便を増結/解結する。

(2020年6月18日改稿)

■参考サイト
スウェーデン鉄道SJ http://www.sj.se/
スウェーデン鉄道時刻表 http://www.resplus.se/
 時刻表は Tidtabeller。ナルヴィク~ルレオー間は時刻表番号30。
オーフォート鉄道を含む鉄道写真集 http://www.arctictrains.com/

本稿は、John Cranfield "The Railways of Norway" John Cranfield, 2000 および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
地形図画像は、2020年6月に再取得したものである。

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コメント

NHKの秘境鉄道の旅を見て懐かしくノルウェーの鉄道について調べていたらここに辿り着きました。
Narvikーボードー間は未だに鉄路で繋がっていない様ですね。再度訪れて見たい北欧です。ノルウェーの陸路と海路で旅をして見たいと思っています。

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