« ライトレールの風景-万葉線 | トップページ | ノルウェー最北の路線 オーフォート鉄道 »

2010年2月11日 (木)

ノルウェーの地形図

スカンジナビア半島の自然は、東斜面と西斜面でみごとに対照的だ。冬には凍結してしまう東のボスニア湾に比べて、西のノルウェー海は北上する暖流のおかげで海が凍らず、気候もそれだけ優しい。

反対に、地勢は東側が比較的緩やかで、西に向かって徐々に高度を上げていく。標高2000m以上に上昇したその山塊は、西側で一気に海に落ち込んでいる。西岸には農耕に適した平地はわずかしかない。半島の西側を占めるノルウェーが漁業を伝統的な主要産業としているのも、必然的なことなのだ。

Blog_norway_50k_detail1
ソールフィヨルド Sørfjorden 最奥部
M711 1315-3 Odda 2011年
 

万年雪から流れ下る氷河、岩山に点在する大小の湖、フィヨルドの静かな入江とそそりたつ岩壁。ノルウェーの国土には、ダイナミックかつ千変万化の造形が南北2000kmにわたって続いていて、それが地形図にも余すところなく描かれている。

国土測量の担当部局は、正式名を「スターテンス・カルトヴェルク Statens Kartverk(国の地図局の意、英語名 Norwegian Mapping Authority)と称する。ただし2012年3月から、従来略称であった「カルトヴェルケ Kartverket」を対外的に名乗っており、公式サイトもこれで統一されている。以下、和訳して「地図局」と記す。

地図局は、国土測量や地図データの製作だけでなく、地籍管理や海図作成も行う総合測量機関だ。その前身は「ノルウェー地理調査所 Norges geografiske oppmåling (NGO)」で、1773年に創設されている。ノルウェーがデンマークと同君連合を構成していた時代で、1779年から国境周辺の三角測量に、1785年からは沿岸と海域の測量作業に、それぞれ着手した。

初めての刊行図は、1835年の中部トロンデラーグ Trøndelag 沖を対象にした海図だった。陸地の地形図は、1869年に縮尺1:100,000で刊行したのが最初だ。これは、1面が東西4ミール mil(下注1)、南北3ミールをカバーする横長の図郭で、その形状から「矩形図 Rektangelkart」と呼ばれた。100フート fot 間隔(下注2)の等高線に加えて、ケバで細部を描く独特の地勢表現が注目される。

*注1 1ミール(ノルウェーマイル)=11,295 m
*注2 100フート(ノルウェーフィート)=31.375m。後の改訂版では30mに換算表示。

Blog_norway_100k_detail1
矩形図の例
Rektangelkart 14D Oslo 1900年
 

矩形図は結局、国土の南部を一部カバーしただけに終わった。というのも、改良された測地網と図法に基づく新たな地形図シリーズの刊行が、1893年に始められたからだ。縮尺は同じ1:100,000ながら、こちらは経緯度区切りの図郭だったので、「経緯度区分図 Gradteigskart」の名で呼ばれた。矩形図が未成だった北部の図葉が優先され、1916年からは南部にも刊行域が拡大された。

Blog_norway_100k_detail2
経緯度区分図の例
Gradteigskart N9 Narvik 1923年
 

地勢表現は、矩形図を引き継いで30m間隔のままだが、ケバは省かれ、代わりにぼかし(陰影)が使われている。黒、青、ぼかし用の茶系色の3色刷が基本で、氷床には別途、青緑色が充てられた。さらに1933年からは、等高線に茶色、国道の塗りにオレンジ色を充てたカラフルな5色刷も現れる。経緯度区分図は計217面あり、最終的に1974年まで改訂が続けられた。

Blog_norway_100k_detail3
経緯度区分図5色刷の例
Gradteigskart O5 Ringvassøy 1967年、O6 Tromsø 1967年
 

これに対して、1:50,000図の本格的な整備は、第二次世界大戦の終結を待たなければならない。きっかけは、1949年のNATO(北大西洋条約機構)発足だ。原加盟国に名を連ねたノルウェーでは、全国規模の軍用地図を縮尺1:50,000で整備する計画が立てられた。そのために、米国陸軍地図局 Army Map Service (AMS) との間で作業支援の協定が締結された。

AMSの軍用図シリーズには、識別用のユニークな4桁コードが与えられる。ノルウェーの1:50,000は「M711シリーズ(下注)」と呼ばれ、民生用の刊行図にも長らくこのコードが記されていた。

*注 M711の、1桁目は地域を表し、Mは西ヨーロッパ。2桁目は縮尺で、7は1:50,000(1インチ図を含む)。3~4桁は固有番号。

最初のM711図は、1952年に暫定版として登場した。ドイツ占領下で作成された1:50,000軍用図や経緯度区分図などの既存図をベースに、空中写真で資料修正を施したもので、黒と青の2色で印刷され、国土の南部を対象に約570面が作られた。

下図はその一例(リレハンメル図葉の一部)だが、興味深いことに、図右上の市街地周辺とそれ以外では、文字サイズや道路幅、ケバの有無など、明らかに図式が異なっている。前者には軍用図が使えたが、後者はそれがないため、1:100,000の経緯度区分図を拡大して充てたようだ。

Blog_norway_50k_detail2
M711シリーズ暫定版の例
1817 II Lillehammer 1952年
 

1955年には、正式版M711の作成が開始され、1962年に最初の図葉が現れた。新しい空中写真と現地調査に基づく新図で、いわゆるAMS図式で描かれている。5色刷になったことで、暫定版に比べれば、はるかに読み取りやすい。

Blog_norway_50k_detail3
M711シリーズ正式版の例
(上図と同じ範囲)
1817 II Lillehammer 1970年
 

M711シリーズの完成は1988年で、727面で全土をカバーした。ちなみに刊行元はすでに地理調査所ではなく、1986年の組織統合(下注)により、現在の地図局 Statens kartverk に改称されていた。

*注 1932年に海図部門が独立して海図局 Sjøkartverket になったが、1986年に再統合された。

スウェーデンと同様にノルウェーでも、国土の大半で1:5,000または1:10,000の「経済地図 Økonomiske kart」(下注)の整備を終えているとはいえ、市販図としては1:50,000が最も大縮尺だ。後述のとおりすでに廃版だが、長らく親しまれたシリーズでもあり、内容をもう少し見ておこう。

*注 1965年から作成が始まった「経済地図」は国土基本図で、地籍界も記載されている。

Blog_norway_50k1
1:50,000 M711シリーズ表紙
(左)Oslo 1976年
(中)Bergen 1986年
(右)Oslo 2007年 
 

表紙は、2代目から国旗の配色をモチーフにしたデザインになっている。図番は、1:100,000の図番(前2桁が東西、後2桁が南北の配列を示すマトリクス)にI~IVの枝番を付けて表す(例:1914 IV)。ちなみに表紙の最上段にある2~4桁の数字は発注番号  Bestillingsnummer(Best. nr. などと略記)で、地図の発注をかけるときは図番 Kartbladnummer ではなく、この連番になっている発注番号を記す必要があった。

図郭は1:100,000(未刊行)のそれを縦横2等分したもので、南北に長い国土を反映して、エリアによって仕様が異なる。縦方向は緯度15分刻みで一定だが、横方向は北緯62度以南が経度22度30分、同62~68度が同30分、同68度以北は同36分と変化するのだ。これほど刻みを広げても、最南部のクリスチャンサン Kristiansand と最北端ノールカップ Nordkapp の図葉では、後者のほうが横幅はやや狭い。

Blog_norway_50k_index
1:50,000索引図の一部
北緯62度(図中央)を境に図郭がずれる
 

地勢は20m間隔の等高線のみで表され、ぼかし(陰影)は加えられていない。だが、直近の図式では急傾斜地でも等高線が間引かれないので、冒頭の図のように、フィヨルドの断崖などはほとんど塗り潰したようになる、目が慣れれば、おのずと立体感が現れてくるだろう。

約50年の間に、地図記号は目覚ましい変貌を遂げてきた。2色時代は言うに及ばず、1980年代まではAMS図式で、市街がグレー(黒色の網掛け)、耕作地は白抜きで、赤で塗った道路がアクセントとなるほかは比較的地味な色調だった。

Blog_norway_50k_detail4
1:50,000 AMS図式の例
1115 I Bergen 1973年
 

1988年に実施された図式改訂はデジタル編集に対応するもので、印刷方式もスポットカラー(特色インクを使用)からプロセスカラー(CMYKの4色)に変わった。網点の解像度が低めのため等高線のシャープさが若干落ちたが、耕地にゴールデンイエローの面塗りが配されて、図から受ける印象はかなり明るくなった。あまり目立たないものの、山小屋やキャンプサイト、スキーコースなどのレジャー情報も加えられている。

Blog_norway_50k_detail5
1:50,000 印刷方式変更の前後
耕地が着色されて図の印象が一変
(左)1914 IV Oslo 1971年
(右)1914 IV Oslo 1991年
 

2000年の改訂では、市街地の配色がグレーからサーモンピンクに置き換えられ、街路にも茶色の塗りが施された。思い切った変更で、旧版が冬の装いなら、新版はあたかも盛夏の図のようだ。しかし、市街地の範囲は限られているので、全体が赤に染まるような図葉はない。

Blog_norway_50k_detail6
1:50,000 市街地の配色変更
1115 I Bergen 2002年
 

2005年改訂では、その市街地のサーモンピンクが薄い色にされ、落ち着きを取り戻した。注目すべきは海域で、軍用地図で試作されていたコンビ・マップ Combi-Map(M711LWシリーズ)の仕様に基づき、情報量が大幅に増えている。

Blog_norway_50k_detail7
1:50,000 海域情報の増補
1115 I Bergen 2012年
 

例えば、水深と10mの等深線は以前から表示されていたのだが、等深線が沖合いまで拡張され、水深10mを境に段彩も施された。航行の際に危険を伴う隠顕岩や沈没船、ビーコンやブイの種別など、さまざまな地図記号が見られる。それに加えて、灯台の光が緑・赤・黄と角度ごとに色分けされ、異彩を放つ。

水域は青の網掛けのみという図式が多いなか、ここに描かれる海は陸地顔負けの賑やかさだ。海洋レジャーの参考資料となることを意図しているのだが、もとより海図の代替ではないので、整飾に「この地図は航海用にデザインされていない。正式海図を使用のこと」と注記がある。

Blog_norway_50k_legend
1:50,000の凡例
 

1:50,000は、ノルウェーで唯一「地形図 Topografiske kart」を名乗るシリーズだった。ほかに1:100,000図や1:250,000図もあるものの、旅行地図 Turkart や道路地図 Veikart の名称で販売されてきたからだ。

近年、インターネットとデジタル機器の普及により、各国の測量局で印刷図(紙地図)の製作から撤退する動きが強まっている。ノルウェーも例外ではなく、2010年時点で地形図は、地図局名義ではあるものの、印刷はユーグランITグループ Ugland IT Group(2011年2月からノルデカ社 Nordeca AS に改称)、販売はカペレン・ダム社 Cappelen Damm AS に外注されていた。

そして2015年、ついにその販売自体が終了してしまった。それに代わるものとして、地図局では、地形図データを専用サイト(下注)で全面的に無償公開しており、出典を明示すれば二次利用も可能とされている。

*注 閲覧サイトと地図製品の著作権については、別稿「地形図を見るサイト-ノルウェー」で詳述している。

一方、印刷図にも根強い需要があると見え、ノルデカ社が「ノルウェーシリーズ Norge-serien」の名称で作成を引き継いだ形になっている。これは、従来図を4倍拡大(=1:100,000の1面分)した図郭を用いており、全土を212面でカバーする。

同社はまた、かつて地図局直営だったカルトブティッケン(地図販売所の意)Kartbutikken.no という販売サイトも運営しており、上記のシリーズはここで購入することができる。

Blog_norway_50k2
ノルデカ社のノルウェーシリーズ表紙
 

ノルウェーの旅行地図、道路地図については別稿にまとめた。

使用した地形図の著作権表示  © 2020 Kartverket

(2020年6月15日全面改稿)

■参考サイト
地図局 https://www.kartverket.no/
カルトブティッケン https://www.kartbutikken.no/

★本ブログ内の関連記事
 ノルウェーの旅行地図
 ノルウェーの道路地図
 スヴァールバル諸島の地形図
 地形図を見るサイト-ノルウェー

 デンマークの地形図
 スウェーデンの地形図
 フィンランドの地形図

« ライトレールの風景-万葉線 | トップページ | ノルウェー最北の路線 オーフォート鉄道 »

北ヨーロッパの地図」カテゴリの記事

地形図」カテゴリの記事

コメント

百聞は一見に如かず!素晴らしいですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ライトレールの風景-万葉線 | トップページ | ノルウェー最北の路線 オーフォート鉄道 »

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

BLOG PARTS

無料ブログはココログ