グリーンランドのハイキング地図
ハイキング・イン・ グリーンランド (パンフレット)表紙 |
北極圏のグリーンランドでハイキングのための地図が刊行されているとは、意外だった。しかも、前回紹介したサーガマップス Sagamaps のような、制作年代の古い官製地図の複製ではない。独自の編集によるクリアな印象の中縮尺図で、地形図として見ても十分なクオリティを持っている。刊行元はグリーンランド・ツーリズム Greenland Tourism で、スカンジナビア観光局のサイトで「グリーンランド自治州観光協会」と訳されている組織だ(写真右はグリーンランド・ツーリズム発行のハイキングのパンフレット表紙)。
まずは、公式サイトにある紹介文を引用しよう。
「グリーンランド・ツーリズムは、当地で最も人気のあるハイキングエリアをカバーするハイキング地図を多数刊行している。地図にはルートと難易度が記載され、裏面にはルート紹介、周囲の自然、動物群その他知る必要のあることは何であれ詳しく記述されている。また、多くの図葉には、1:10,000による主要エリアの拡大図もある。長い徒歩旅行を計画しているのでなくても、ぜひ地図を持って行くことをお薦めする。」
地図の縮尺は1:100,000(一部は1:75 000)で、首都ヌーク Nuuk をはじめ、主要居住地とその周辺について21面作成されている。また、これ以外にヌークとイルリサット Ilulissat 北部および南部については、さらに詳しい1:20,000がある。内容は、おもて面が多色刷りのハイキング地図、裏面には単色で、当地のハイキングに関する総合情報(表記は英語)と居住地周辺の拡大図が掲載されている。野外でも使用できるように、用紙は耐水紙が使われている。
イルリサットと氷山浮かぶ湾口 Photo by Pcb21 at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0 |
シリーズの中で筆者がぜひ見てみたいと思っていたのは、イルリサット図葉(右下の写真はその表紙)だ。この町は、グリーンランドで唯一ユネスコ世界遺産に登録されているイルリサット・アイスフィヨルド Ilulissat Icefjord(現地語でカンギア Kangia)の観光拠点として知られている。アイスフィヨルドとは耳慣れない用語だが、Googleの航空写真を見れば一目瞭然だ。
■参考サイト
イルリサット付近のGoogleマップ(航空写真)
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=69.1950,-51.0796&z=11
イルリサット周辺の1:250,000地形図 図中央の "Jakobshavns Isfjord (Kangia)" がイルリサット・アイスフィヨルド Contains data from Styrelsen for dataforsyning og effektivisering, ""Grønland 1:250.000", May 2020 |
イルリサット(デンマーク語でヤコブスハウン Jakobshavn)の町の南側で、白い氷河が海に注いでいるように見えるのは、実は氷河ではなく、大小の氷山が幅5~7kmもあるフィヨルド(氷河に削られた谷が沈降してできた湾)を埋め尽くしている光景だ。氷で覆われたフィヨルドなので、アイスフィヨルドと呼ばれる。画面を右にスクロールしていくと、町から約45km東で、フィヨルドに大陸氷河が没する場所、いわゆる氷河の舌先が見えてくるだろう。
地図の解説によれば、この大陸氷河、セルメク・クヤレーク Sermeq Kujalleq(イルリサット氷河ともいう)は北半球で最も活発なものの一つで、一日平均19mの速さで流下し、年間約35立方kmの氷(氷山)をフィヨルドに押し出している。氷山は平均約1年半かかって湾口まで移動する。氷山の高さは最初1000~1500m(大部分は水面下)もあるが、湾口近くでは融けたり、分離したり、湾底のモレーン(氷堆石)に圧縮されたりして200~300mになり、先端はディスコ湾 Disko Bugt に流れ出す。
1:100,000 ハイキング地図表紙 |
1:100,000ハイキング地図のイルリサット図葉は、ちょうどフィヨルド全体が収まる大きさだ(用紙サイズは横70×縦42cm)。地図は、等高線と段彩で地勢を表現している。等高線間隔の25mは、この縮尺としては精密なほうで、急傾斜でも省略せずに描き込まれているので、氷河起源の複雑な地形が手に取るようにわかる。焦点のアイスフィヨルドは、氷山をデザインした大小の記号が一面に配置されているのがユニークだ。フィヨルドの奥には、白地に青の等高線で圧倒的なボリュームの大陸氷河が描かれている。
図化に使用された航空写真は1985年の撮影なので、当時の「舌先」が海岸線と見なされているが、その位置は地球温暖化の影響で急速に後退しているのが実態だ。地図には2001年以降の位置も年を追って示されていて、2006年には1985年より9kmも内陸に移動し、2008年はついに図郭の外にはみ出してしまった。
一方、地図のテーマであるハイキングルートは、目印のある短距離ルート marked route を破線で、推奨長距離ルート recommended route は点線で示し、さらに難易度に応じて緑、青、赤、黒と色分けしている。それとは別に、より長めの破線で描かれているのは犬ぞり道 dog sledging route だ。
地図裏面の注意書きには、居住地域外でのハイキングは経験者向き、とある。長距離ツアーともなれば、最も近い居住地から何マイルも離れて手付かずの自然を経験することになるので、肉体的なコンディションと方向感覚、そして地図とコンパスの扱いが必須のようだ。地図では、北東へ40km以上縦走する上級者ルートから、イルリサット市街南郊のアイスフィヨルド展望台へ向かう1km余りの遊歩道まで、さまざまなルートを案内して旅人を誘っている。
同 凡例 説明はデンマーク語、英語、ドイツ語の3か国語表記 |
出色の出来栄えを誇るこれらの地図は、現地の書店や旅行案内所、欧米の主要地図商で扱っているが、筆者の調べた範囲では、現地以外ではロンドンのスタンフォーズ Stanfords が比較的安い。
■参考サイト
グリーンランド・ツーリズム http://www.greenland.com/
トップページ > Plan your trip > Practical travel info > Maps and Geography に、グリーンランドの地図について紹介がある(英語版)。
同サイトにあるイルリサット・アイスフィヨルドの紹介
http://www.greenland.com/en/things-to-do/naturoplevelser/ilulissat-isfjord.aspx
スタンフォーズ(ショッピングサイト) http://www.stanfords.co.uk/
左上の検索窓で "Greenland Tourism" を検索。索引図、サンプル図あり。
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